九話。始まる戸惑い
そこには、身に覚えのない黒いシミが、ぼんやりと。
冬馬自身、初めて視るものであったし、こんなとこにアザが生まれつきあったとは考えにくい。
「な、何なんだ?」
冬馬が自分の腕に戸惑うほんの数秒で、そのシミの形がはっきりと現れる。
("蛇"?いや、"龍"?)
そんな、模様が冬馬の腕に巻き付いていた。
「は?」
冬馬は、自分の右腕を汚れを拭うように擦る。
しかし、汚れではないのは一目瞭然。
冬馬の、この動作は気休めでしかない。
模様が汚れであって、拭いたら落ちると良いな程度に思っていた。
冬馬の体の1部と化す黒い龍。刺青みたいだ。
「さては、和希。俺が寝ている間に油性ペンで落書きしたな?」
冬馬は、邪道な考えで和希を問いただす。
「.....、それなら良かったんだけど.....。」
しかし、冬馬の期待していた、あの呑気な肯定は返ってこなかった。
和希は、まるでその模様が何であるか知っているかのような口調で、冬馬から目を反らした。
その顔は強ばっていて、彼らしくない雰囲気があった。
「一応、聞くけど、その模様、冬馬の中二病が再燃して、自分で描いたわけじゃないよね?」
その様子なら、違うと思うけど.....。でも、その方が良かったんだけど.....。
と、呟きながら、和希は冬馬を見てくる。
「まったく、身に覚えがない。」
和希の真剣な表情に、いつもなら、さっきのコメントの一つか二つは突っ込みたい言葉を飲み込んで、
冬馬は、真剣に答える。
「そう.....。」
和希は、短く返事をし、口を閉じる。
「な、何なんだよ。お前、この落書きした奴、知ってんのか?」
和希の態度が、明らかにおかしい。
こいつが、俺をおちょくる以外の態度を取ったのって久しぶりだ。
そんな、友人の態度に慌てる。
しかし、それでも和希は黙ったままだ。
ただならぬ空気が二人の間に漂う。
「冬馬はさ.....。」
その気まずい空気を先に破ったのは和希だった。