一話。俺は、お前を助けて見せる!
「よお、兄ちゃん。これ買ってくか?」
俺はこの日、2年ぶりにここに来た。
登校拒否、不登校を始めたのは5年前。
生きる意味を何も見いだせないまま、のらりくらりと過ごしていた2年前。
やるべき目標が見え、それに食らいつくために、必死にもがきまくったこの2年。
少しは、景色が違って見えるだろうか。
今、俺は、懐かしい市場を歩いている。魚屋の店主の声を軽くかわす。
2年ぶりだ。この場所に戻って来るのは。
一歩一歩を踏みしめながら、これから待ち受ける未来に思いをはせる。
市場を抜け、少し歩く。小高い丘。広い山々が遠くに連なるのが見える。
「やっと、この日が来たぜ。待ってろ。俺が絶対に救ってやる。」
俺は、山の谷間に沈んでいく夕日を見ながら、力の入った拳を固く握った。
*********
キーンコーンカーンコーン
県立高校の普通科。進学校ではない、中の下の人間が通うような平凡校
チャイムと同時に、昇降口に一人の男子生徒が現れた。
その後ろから、追いかけるようにもう一人、ボサ頭の男が足早に近く。
「おーい。和希。これから、お前ん家でゲームやりたいんだけど、今日、空いてる?」
「冬馬。」
前を歩いていた、和希と呼ばれた優等生っぽい男は、ゆっくり振り向き、誘ってきた友の名を呼んだ。
「えー、どうしよっかなー。」
「お?その反応は暇ってことだな?」
「ハイハイ。どうせ用事があっても、押し掛けて来るんでしょ。だったら、聞くだけ野暮でしょ。」
和希はため息をつく。それでも、喜ぶ冬馬の顔を見て、和む自分がいた。
「うっし。じゃ、この前の続きやろうぜ。」
随分と仲の良さそうな2人。
友人の家に行くというのに、先陣をきって前を歩く冬馬。
彼は、現在の日本を代表する、暇人であると言えるだろう。
もし、暇人オリンピックがあれば、金メダルは確実なのではないだろうか。
生まれてこの方、何もする気になれず、最近はもっぱら、残念な人生を送っている、暇人スペシャリスト。
反対に、和希は優等生であり、今の学校では、人脈も厚い。
そんな対照的な2人。
しかし、彼らは小学校からの長い付き合いだ。
一見、性格が合わなさそうに見えるかもしれないが、本質的には、冬馬も和希も同じかもしれない。
じゃれ合いつつ、短い、通学路を歩いていく。
和希の家についた。
「おっじゃましまーす。」
一応の常識はわきまえているもの。
冬馬は、自分たち以外、誰もいない家にも、玄関先で独り言程度の挨拶はしておく。
靴を丁寧に脱ぎ、目的の和希の部屋を目指す。
家の主より先に、部屋の扉を開ける。
定位置にスクール鞄を置き、ベッドの縁に背中を預ける形で、ドカっと座った。
「冬馬。僕、飲み物持ってくるから、先にゲーム機セットしておいて。」
和希は、荷物だけを置いて、一階の台所へと降りていった。
「らじゃー。」
冬馬は、慣れた手付きで、2人分のゲーム機の電源ボタンを押した。
慣れた手付きなのは当然だ。
近頃の冬馬は、暇さえあればゲーム、ゲーム、ゲーム。
以前の冬馬には考えられなかった生活。
初めてゲーム機を触ったのは5年前。
それまでは、ゲームのゲの字も知らなかったし、興味も持てなかった。
それが、この短期間で、世に出回るソフトを驚異的な速さで片っ端から制覇して来たのだから。
ゲーム界はさぞざわついただろう。
ある日、フラッとゲームに参戦して強敵を次々と攻略して、しまいには、優勝賞金を奪ってしまう奴が突然現れたのだから。
しかし、ある世界では、彼のような奴らをこう呼ぶ。
『暇人の極み=クズ男』と。
この名が付けられた経緯の詳しい解説は、多大な時間と労力を費やすため、今回は省く。
(まぁ、要するに、ゲームに費やす時間が異常で、暇人でしかこれほどの時間をかけることができないという意。まだまだ、この世界ではプロゲーマーの認知度は低い。)
ゲーム画面の明かりが点灯。準備万端。
しかし、肝心の和希がなかなか来ない。
「ふぁ。和希のやつ遅っせぇな。」
冬馬は、後ろにある、人のベッドに転がる。
柔らかく、弾力のあるマットレス。
昨夜、クリアするのに3日かかったアクション系ゲームが慢性的に寝不足の冬馬にさらに、追い討ちをかける。
どんなに世界最強の暇人であっても、この睡魔に勝てる者はいない。
冬馬も例外ではなかった。
徹夜の代償。
冬馬は重くなった瞼に逆らえず、暗闇に沈んでいった。
コンコンコン コンコンコン
「すいませーん。」
コンコンコン コンコンコン
遠くで、誰かが冬馬の睡眠の邪魔をする。
ドアを叩く音。
もう少し眠っていたい。
もう少し、もう少し。
覚醒に抗う冬馬に追い討ちをかけるように、その音は次第大きくなる。
コンコン コンコン コンコン コンコンコンコン コンコンコンコンコンコン
もう少し。もう少し。
「だーーーー。うっせーーー。」
冬馬は耳障りな音に起こされた。
我慢できずにベッドから起き上がる。
「和希、なんだよ。自分の部屋なんだからノックせずに入、れ...よ?」
しかし、意地の悪い友人に腹を立てた寝覚めの悪い状態で、
目の前に広がる光景を理解しなければならなかった。
「.....。ここ、どこだ?」
知らない部屋。見たこともない机、椅子、ベッド、布団。
そして、最大の疑問。
身に覚えのない傷と腕に巻き付いている包帯の数々。
腹部を襲う鈍痛に思わず顔をしかめる。
自分の脳が見せる、リアルすぎる幻覚に戸惑う。
(俺は、和希の部屋に居たはず。
和希の家は、高層マンションの8階。
白い、コンクリートの壁だったはず。)
しかし、今、冬馬に見えるのは、木。木造の壁が囲う、小さな部屋だった。
「おかしすぎる。俺は、和希の家で、ゲームしようとして.....、眠くなって.....、寝て.....。」
冬馬はこれまでのことを思い出す。
「そうか。これは夢だ。だとすると.....。」
冬馬はあることに閃く。
バッチーーーーーーーーーーーン
自分の頬を両手で強めに、いや、思いっきり挟んだ。
「っつ。.....。痛ってー。」
涙目になり、ジンジンする顔をさする。
「つまり、夢じゃない。」
変化のない光景に、自分の行動が意味をなさなかったことを悟る。
するとどこからか、見知らぬ声が聞こえてきた。
「あのー。
お客様。大丈夫ですか?
ノックをしても返事が無かったので、失礼とは思いながらも、入ってきました。
???
どうかなさいましたか?」
振り向くと、扉の前に上目づかいで、こちらを窺う女性がいた。
冬馬は、彼女の姿をまじまじと見つめる。
(生のメイド服とか、初めてだわ。ヤベー、超いい。)
心のなかで、別の冬馬が悶える。
この姿を俺の脳が欲していたのなら、この夢が、自分欲求を満たそうとしているのなら少し、手がつけられない。
(和希に迂闊に話せないな。)
(あ、でも、夢じゃないんだっけ?)
色々、ちぐはぐした感情が脳内を巡る。
冬馬は、混乱する思考と、己の欲求に葛藤しながら、この状況で、誰もが尋ねるであろう質問を彼女にした。