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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

元聖女は我が儘に生きる

作者: マルコ

 稲妻が辺りを照らす。

 その光が暗いホールの中の魔王を照らす。

 数秒遅れて遠くで雷鳴が轟いた。

 勇者様の広い背中越しに見る魔王は、何度も聖剣で斬られ、6つある心臓のうち5つまでも勇者様に断ち切られた。

 だが、こちらも戦士様、魔道士様も倒れ、聖女の私も魔力が尽きかけている。

 勇者様も、最早立っている事などできない筈のダメージを負っている。


 ──負ける。


 ここまできて、そんな考えが頭を過った。

 確かに、魔王の心臓はあとひとつ。

 その場所も既に判明しているのだから、あとはそれを断ち切れば良い。

 だが、それは言うほど簡単ではない。

 先程5つ目の心臓を穿ったときも、戦士様が盾となり、魔道士様がサポートをし、相打ちの形でなんとかしたのだ。

 そして、勇者様の傷を回復した時点で、聖女の私の魔力はほぼ底をついた。

 これ以上、どうすれば魔王の心臓を、最後の心臓を斬れるのか。

 勇者様でも……それは不可能なように思える。

 

「最後だ」

 

 勇者様がそう魔王に宣言した。


「人間風情が! 舐めるな!」

 

 魔王の咆哮と共に、その6本の腕が勇者様に迫る。

 その間隙を縫って、勇者様は最後の心臓に迫り──断った。


「RUuuuuuuuGOoooooooo!!!」


 この世のモノとは思えぬ断末魔と共に、魔王は倒れた。

 勇者様は──立っていた。

 満身創痍で。傷だらけで。聖剣を杖代わりにしているが、それでも立っている。

 勝ったのだ。勇者様は。

 

「ガフッ」

 

 だけれど、次の瞬間には勇者様は血を吐いて膝をついた。

 やはり、最後の攻防で力を使い果たしたのだ。最後に残った私の魔力で、なんとか傷を癒やさないと……

そう思って動かぬ体を叱咤して勇者様の下に行こうとしていた私は、見た。

 魔王の、腕が、指が、動いている……!

 そして、その指先に魔力が集まり、勇者様を……

 

「────っ!」

 

 考えるより先に魔法を発動していた。

 初歩の魔法。

 僅かに残った魔力でも、どうにか発動できる程度の魔法。

 それで勇者様の体を動かした。

 魔王の狙った先には勇者様の身体は既に無く……

その代わりに──私が居た。

 魔力の光は、私の体を貫き、そして私は倒れた。

 

「聖女殿! っく!」

 

 勇者様は魔王の動いた腕を斬り飛ばし、私の下へと駆け寄ってくれた。

 もう、そんな力など残っていないはずなのに。

 

「聖女殿! しっかりするのだ!」

 

 勇者様のガッシリした腕が、私を抱き上げる。

 

「勇者様、お願いが、ございます」

 

 ああ、わたしの命はここで消える。それが、感覚的に分かる。

 だったら、私は聞いておきたい事がある。


「貴方の……お名前を、教えてください」

 

 私たちは、勇者、戦士、魔道士、聖女。

 それぞれの役割を与えられたチームに過ぎない。

 それ故に、お互いの名前すら知らずに今日まで来たのだ。

 でも、私は聞きたかった。勇者様のお名前を。だって……

 

「……フォーテム。それが、俺の名だ」

「……フォーテム……それが、私が好きになった方の名前……」

 

 好きな人の名前も知らずに死ぬのは、嫌だったから。



 ◇



 意識が戻った時、私は動くことができなくなっていた。

 それどころか、目もよく見えず、喋ることもできなくなっていた。

 ダメージの後遺症だろうかと考え、そのあとに自分は助かったのだと思った。

 とにかく、目が覚めた事を周りの誰かに伝えようと意味のない音を口から発すると、誰かが部屋に入って来た気配があった。

 音が不明瞭ながらも、その人物が発した声は聞いたことのない言語のように聞こえた。

 それを訝しんでいる間に、私はその人物に抱き上げられた。

 その腕は大きく、巨人族だと思った。


 ──それが、自分の母だと分かったのは、その直ぐ後だった。私は──やはり死んで、そして別の世界に生まれ変わったのだ。


 泣かない子と心配されつつも、どうにか過ごすうちに、自分が死んだ事、そして生まれ変わった事を受け入れて、言葉が分かるにつれ、どうやらここが別の世界である事を理解した。そして自分の事、家族の事も理解していった。どうやら私は大国の男爵令嬢らしい。末席とはいえ、貴族の娘として大切に育てられた私は、非常に大人しく、聡明な子供という評価を受けていた。

 生まれ変わったというようなことは周りには黙っていた。そんな事を言っても真偽を証明できないし、両親に心配をかけたくなかった。前の生では孤児だった私にとって、はじめて愛情を注いでくれた両親だったのだ。ただでさえ泣かない子と心配させたふたりを、これ以上心配させたくなかったのだ。

 そうするうちに、わたしは貴族の子供同士のお茶会に出席するようになった。

 社交界の予行演習のようなもので、シーズン前後に同派閥内で行われる簡単なものだ。

 私は、精神的には大人であったので、周りの子供たちの世話をしたりしながら参加していた。

 その様子を、派閥の長の公爵閣下が見ていて、あれよあれよという間に王子とのお茶会をセッティングされた。

 その時の私は、その意味が分かっていなかったが、今ならお妃候補として引き合わされたのだと分かる。可愛い弟ができたような感覚で王子と接した私だったが、それでも仲良くその後も付き合いが続いていった。

 そうして月日が流れ、本格的に王子との婚約の為に私は公爵閣下の養子となり、城でのパーティーで婚約を発表される。

 当にそのパーティー会場で、私は階段から突き落とされた。

 私を心底怨みがましい目で見ながら押してきたのは、ライバル派閥公爵の孫娘だった。

 これまで何度も嫌がらせを受けてきたが、どれも証拠もなく、元の世界では後衛とはいえ、魔物と戦っていた身なので、どうにかなっていた。

 油断していた。まさか、階段で突き落とすとは考えてもみなかったのだ。

 階段という足場が不安定な場で、ドレス姿で動きにくい私は、そのまま後頭部から落下し──貴族令嬢としての生涯を終えた。



 ◇



 そして意識が戻り、また動けず、見えず、喋れず。という状態に陥ったわたしは、今度はすぐにまた生まれ変わったのだと気付くことができた。

 今度は平民の──しかし裕福な商人夫婦の下に生まれたようだった。

 赤ん坊のように泣く。というのは存外難しく、早々に普通の赤ん坊である事を放棄した私は、再び泣かない赤ん坊として心配をかける存在となった。心配してオロオロする両親を見ると、前世に遺した実の両親の事を思い出してしまう。

 あの後どうなったのか。気にはなったが、またしても別の世界に生まれたらしく、確かめる術は無かった。

 ある程度成長した後は、やはり聡明な子だという評価を得た。

 言葉や歴史といったものは異なる世界だが、前世で身につけていた礼儀作法はこの世界でもある程度は通用したので、さらに天才と思われたようだ。また、貴族教育の一環で計算ができるようになっていた事も良かった。

 商人の一家としてそれなりの戦力になった私は父や祖父に気に入られ、次期当主と目されるようになっていった。

 優秀な従兄とは後継争いをする間柄ではあったが、本人同士の仲は良く、従兄からはそれとなくアプローチをされていたが、精神的には息子くらいの歳の従兄を愛せるか悩んでいた。

 そんな時、我が家に賊が侵入してきた。

 折しも件の従兄が泊まりにきていた時だ。私も戦ったが、家に火をかけられ、逃げ場を失ってしまった。

 従兄が言うには、彼の弟の差し金であろうとの事だった。どうにか私だけでも逃がそうとしてくれたのだが、どうにもならなかった。

 最初の生で魔物と戦った事はあっても、ヒトと戦った事がなかった私は、このような状況に対処する事はできずに炎に焼かれていった。



 ◇



 予感はあったが、またもや生まれ変わった

今度は代々騎士の家の──3男として産まれた。

 それまで女としての生しか経験していなかったので、最初は戸惑いもしたが、男としての振る舞いを最初から教え込まれたので、考えていたほど苦労せずに馴染む事ができた。

 もはや恒例となった泣かない子という評価も、騎士の男の子ということで、将来有望だと喜ばれたが……成長するにつれ、ナヨナヨした子。という評価を受けるようになった。しょうがないのだ。魂に染み込んだ女としての所作はそうそう誤魔化し切れるものではない。

 それでも頭は良いし、真面目だという評価が功を奏して、兄ふたりと同じ訓練を、早いうちから受ける事ができた。

 力が足りずに、家族を守りきれずに死ぬようなことは2度と御免だったので、厳しい戦闘訓練も必死で食らいついた。

 地力では兄ふたりに敵う事は無かったが、魔法の扱いは一番という評価を得、力の長男、技の次男、魔法の3男。と兄弟それぞれの強みを発揮して騎士団に入団する事もできた。

 入団祝いと称して兄ふたりに娼館に連れて行かれ、そこで4度目の人生にしてはじめてを迎えた。──口付けならば前の生で従兄と経験していたが、まさか男の側で初体験するとは思ってもいなかった。

 兄からはあまりのめり込むなよ。と注意は受けたが、そもそも女に恋愛感情を持たない私にはその心配は無かった。……まぁ、だからこそ、心配されて連れて行かれたのだろう。女を知れば、興味を持つだろうと。

 その目論見は外れたわけだが、私はそれなりに活躍したので、女からはもちろん、男にもモテた。流石に付き合うとかそういう事は無かったが、それなりに上手くやっていたと思う。

 そんなある日、隣国からの侵攻があった。

 長らく友好国として交流していた国だが、かの国の王子が父王を殺し、その地位を奪って野心のままに攻めてきたのだ。

 その知らせを逃げてきた姫君から聞かされた我が国は、私の部隊を含む1軍を国境に派遣した。

 この時、私も国の上層部も、クーデターを起こしたばかりの軍の士気など大したことはないと思っていた。

 むしろ、侵攻軍を加えて隣国の首都を奪還できるとすら思っていた。

 しかし、予想に反して敵軍の士気は高かった。いや、士気が高いというよりも熱病に冒されたような高揚で襲いかかってきたのだ。

 当初、なるべく殺さないように。という命令があったこともあり、我が軍は次々に壊走していった。そんな中、私は殿を買って出て敵軍を抑えた。その甲斐もあり、予想以上の人数を逃すことができた。何より、敵兵への説得のために出てきていた姫君を逃がせた事は大きい。周辺各国とも連携して攻めることも可能となるだろう。そんな満足感と共に、私は地面に倒れた。体力も魔力も底をついた。迫る敵兵から逃げる事もできないので、私はただただ敵兵を睨みつける事しかできなかった。──狂った目だ。敵兵の顔を見て抱いた感想がそれだった。恐らく、洗脳の魔法なのだろう。この情報を何とか伝えられないか──そう考えた私だが、頭を槍に貫かれ、意識を失った。



 ◇



 そして目覚めた。

 再び女として生を受けた世界は、今までの世界よりも魔法が発達した世界だった。

 国家として治安も良く、夜に女子供がひとりで出歩いても危険など微塵もないほどだった。

 魔道具や魔導人形、使い魔といったモノが人々の生活を豊かにしていたので、私もこの平和を享受することにした。

 前までの世界では高位貴族の秘儀として秘匿されるような術式や、宮廷魔術師が生涯をかけて研究するような理論が、当たり前の知識として広く知れ渡っているような世界だ。

 私は勉強にのめり込んだ。

 前までの世界では世界の謎、永遠の命題と言われていたような知識が分かりやすく、噛み砕かれて解説されているのだ。私の持っていた知識は、この世界のものに比べれば原始的なものものだったが、普通の子供が遊びたい盛りにも勉強をしていたので、この世界でも天才だと言われるほどの実力を身につけてきた。とはいえ、「この年齢にしては」という枕詞が付いて回る程度のものであったので、飛び級で大学に通うようになった後では、成績の上では「やや上」といった評価に落ち着くようになった。

 通常4年で卒業となる大学に、飛び級で得た時間を存分に使って6年ほど通って色々な教師に教わった。──ちなみに、学費免除される程度の成績も維持した。

 だが、そんな日々も終わりを迎えた。

 私は、近年報告が上がるようになった死病にかかってしまった。

 症例が少ない病なので、治療法もわからない。原因も分からない。そんな病だ。

 だからこそ、私は自分自身を実験体として大学に提供した。

 症例としては魔力が過剰に体内に溜まる病だ。溜まり過ぎた魔力が体内で暴走し、体組織を破壊し、そのうち脳や心臓といった重要な臓器が破壊され、死に至る。

 原因として考えられ得る生活習慣を伝え、実験薬を摂取し、その副作用を伝える。

 そうした研究の結果、この病は使い魔による攻撃である。と判明した。

 それが分かってから犯人を特定するのは早かった。

 逮捕されたのは、私が携わった論文で持論が否定された教授だった。──そして、私の治療にも関わっていた。

 私はその教授が投与した薬により、既に回復不能なダメージを負ってしまっていた。

 他の症例もその教授の仕業だったのか。

 それを知ることなく、わたしはその世界を去った。



 ◇



 次に目覚めた私は、再び男として生を受けた。

 その世界は前の世界とは比べものにならないくらいに遅れた世界だった。

 いや、あの世界に比べればどんな世界でも遅れている世界ではあるのだが、それでも錬金学や魔法学、それに付随する技術は遅れ気味だった。

 最初は農村に生まれたので、自分の周りだけかと思ったのだが、世界全体がそんなレベルなのだ。

 何より、教会の力が異様に強い世界だった。

 最初の生では曲がりなりにも聖女と呼ばれ、神に祈らぬ日など無い私からしても首を傾げるほどだ。

 それで神の恩恵が強いかといえば、そうでもない。

 普通の錬金現象や魔法現象を神の奇跡と宣伝しているような有様だ。

 幸いにして、私の住む村を統治する教会は本当の意味で信心深い人物達で、良い統治をしてくれていて、中央の腐敗を嘆く人たちだった。

 そんな村の教会で私はこの世界の常識を学ぶとともに、身体も鍛えていった。前の世界は特別安全だったが、魔物や賊の危険に備えるのに鍛えるべきだと感じたからだ。

 そんな風に過ごしていたある日、国内に病が広がった。

 私から見ればなんということのない病だ。

 ただのシネレオ病だ。

 だが、あらゆる知識が遅れたこの世界では死病と恐れられている。

 確かに、放っておけば身体が灰色に変色して死んでいくこの病は、知識が無ければ恐ろしい病だろう。

 だが、魔力を適切に補充すれば死ぬ事もなく、逆に魔力が安定するようになるので、前までの世界では、国によってはわざと子供に感染させる風習のある国まであったくらいだ。

 人の命がかかっているので、変人と思われる事などお構いなしに前世の事を話し、病への対処方法を教会の皆に伝えた。

 流石に信じぬ者が多かったが、幸いにして教会長が信じてくれ、魔力を取り込みやすい食事や薬を配ることができ、私の村や近隣の村や町はひとりの犠牲も出さずにすんだ。

 しかし、教会長はそのせいで中央から目をつけられてしまった。

 教会長は、あえて自分が主導して病を抑えたと吹聴し、異端の治療をしたとして中央教会に処刑された。

 歪な権力のこの世界では、正しい治療をした者が殺されてしまう世界だと思い知った私だが、それでも助けられる命は助けるべきだと考え、医者として旅をする事にした。

 もちろん、本格的な医療を学んだ身ではないので、元いた世界ではどこでも通用しないような医者だ。それでもこの世界では通用した。私の手に負えないような重篤な病は少なく、それ以前の簡単な病が不治の病と扱われていたからだ。

 中央教会から身を隠し、時には心ある村の教会員に助けられつつ旅をしていた私だが、ある日中央教会長が私の治療を求めている。という話を耳にした。

 確実に罠だ。と訴える周囲の声に、私も悩んだ。

 だがしかし、本当に助けを求めている可能性が1%でもあるのなら、向かわなければならない。自分の身の安全の為に見捨てれば、神はお許しにならないだろう。

 そう言って中央教会に赴いた私を、中央教会長は捕らえた。

 やはり病というのは嘘だったのだ。

 わたしは公開処刑という事になり、脚や腕をそれぞれ3度斬られた上で斬首された。



 ◇



 次に目が覚めた時は、村娘として生まれた。

 一応、村長の家らしく、周りよりは裕福そうだった。

 それでなくとも、前の世界よりはあらゆる学問が進んでいて、迷信が蔓延っている。などということは無かった。

 運が良い事に、私が住む村が属する領の主は善政を敷いているらしく、領民は皆幸せに暮らしていた。

 流石に、前の世で権力に逆らう愚を痛感した私なので、逆らう必要のない領主というのは有り難かった。

 村長である父からは最低限の常識しか教えられなかったが、伝え聞く限りでは、この世界での女子の扱いとしては破格の待遇だったように思う。

 希に村に近付く魔物が居たが、これまでの経験を活かして、時にコッソリとひとりで、時に村の猟師に気付かせて対処しながら日々を過ごした。

 魔物が襲ってくるとはいえ、それは穏やかな日々だった。

 そうして十数年を過ごした頃。

 そろそろ私の嫁入り先をどうしようかというのが家族の話題に頻繁に上るようになった。

 村長を継ぐ弟は周りから天才だともてはやされそれでいて驕ることのない少年となっていた。

 無論、私がそのように教育したのだ。

 私が教えているのだと、本人にもバレないように、徐々に、不自然の無いように教えていたので、それほど大したことは伝えられなかったが、この世界ではそれでも必要十分な知識だ。私がどこかの村へ嫁に行っても、しっかりと村を発展させるだろう。

 そんな風に平和を噛み締めていた私の警戒網に、今までにない強大な魔物の気配が引っ掛かった。

 それまでこれほどの力を持った魔物など居なかった。どこから流れてきたのか……

 最初の生で勇者様と共に対峙した魔物たちとまでは言わないが、今の村の防備では一瞬で蹂躙されるような魔物だ。

 そして──今の私が全力で戦って勝てるかどうか、怪しいレベルの魔物だ。

 そんな魔物が村に迫っている。

 せめてマトモな装備があれば、余裕をもって撃退できただろうが、直ぐに準備できるものではない。

 ずっと戦える事を隠していた私が、とんでもない魔物が迫っている。と言ったところで取り合ってもらえるはずがない。魔物の姿が見えるような距離まで近付かれたら、それは死を意味する。

 だから私は、ひとりで迎撃に向かった。できるだけ派手な音の出る魔法を使えば、村人は異常事態を悟って逃げてくれるだろう。

 家族は……どうだろうか?

 行方の分からない娘を探してしまうだろうか?

 それでなくとも、父なら最後まで村に残るだろう。

 村長とはそういうものだと、父は弟に説いていたのだ。

 口だけの男ではない事を、わたしはよく知っていた。

 だから、命に代えても守り抜かなければならない。

 魔物を見つけた私は、最大限の音と光を撒き散らす魔法を放った。

 かつての世界では派手過ぎて戦場では役に立たない。と誰も使わなかったような魔法だ。

 だけれど、戦闘している事をあえて知らせたい場合には有効な魔法だ。

 この魔法を知らない者でも、近くで戦闘が行われている事を悟って逃げるだろう。

 そうあって欲しいと願いながら、私は本格的な戦闘を開始した。



 ◇



  次に目を覚ました時、私はやはり死んでしまったのだと悟った。

 件の魔物は、私を食いちぎり、上半身と下半身を分かった。

 しかし、私の最後の魔法は、魔物の頭を吹き飛ばしたのだ。

 相打ち。

 それがあの戦いの結末だった。

 家族を泣かせる結果になってしまっただろうが、村は守ることができた。


 今度はまた男として生まれたらしい私の境遇は、農家の5男というものだった。

 これまでに比べて貧しい生活を余儀なくされたが、どうやらそういった境遇でも、冒険者ギルドという所に所属して名を上げれば、楽になるらしい。

 それは、貧民にとっての夢であり、他に選択肢のない強制された道でもあった。

 貧しくとも、農家であればまだ農民として生きていけるのだが、それは長男の話。

 私のような5男など、捨てられなければ御の字。という劣悪な環境だった。

 私は、6歳にして家を出てギルドに登録した。

 実を言えば、特に珍しい事ではない。

 食い扶持を減らす為に、ギルドという組織に子供を棄てる親は大勢いるのだという。

 この世界では家族に恵まれなかった事を残念に思いつつ、私は依頼をこなしていった。

 とはいっても、街中の雑用だ。

 冒険者ギルドとは言っても、その実態は何でも屋の仕事斡旋所だ。

 しかも小さな子供に紹介してもらえる仕事など、街中の雑用くらいのものだった。

 とはいえ、そんな依頼でも誠実にこなしていれば、信用を得られる。街中の買い物代行や手紙の配達といった「おいしい」依頼も受けられるようになり、別の街への御使いを受けられるようになった頃、魔物の退治依頼も解禁された。

 その頃には色々と仕事をしていた事もあり、誰にも習っていない魔法や戦闘術で魔物を退治しても、「いつの間に習ったのだろう?」くらいの疑問を持たれる程度で、特に問題もなく魔物退治ができるようになっていた。

 そうして魔物退治や配達、護衛の仕事などをこなすうちに、私はそれなりの名声を得ていた。

 それを聞きつけたのだろう。故郷の家族が金の無心をしてきた。

 いまさら何を言っているのだと、その時一緒に仕事をしていた仲間には呆れられたが、手切れ金代わりに金を渡してそれっきりだと伝えた。

 流石に、今生の家族には愛着も情も無かったが、それでも家族は家族なので、最後の情けで金を渡したのだ。

 金額としては、農家が普通に暮らす分には5年分くらいの金だ。

 それを半年で使い切ったと泣きついてきた時には、2度と近付けない呪いをかけて追い出した。

 そんな小さなトラブルはあったが、冒険者をやっている割には大きな事件もなく過ごしていたが、ある日ギルドから招集がかかった。

 なんと、全冒険者に対してだ。

 その理由は、魔物の大量発生。

 国家の……いや、全世界の一大事という事で、冒険者と各国の軍隊の連合軍が、大量発生した魔物を退治することになったのだ。

 正直、大量発生という情報だけではその対応は大袈裟に過ぎるのではないかと思ったが、過去の文献ではいくつもの国が消えたという記述もあるということで、最大限の戦力を整えたそうだ。

 ……その考えは甘かった。

 ソレが目に入った時、私は自分の正気を疑ったくらいだ。

 何せ、山が向かってきていたのだ。

 正確には、無数に折り重なった魔物の群れだ。

 それが山に見えているのだ。

 それが、地平線に沿って横並びになっている。

 

「ヒッ……!」

 

 誰かの声がやけに響いた。あるいは、自分が発した声かも知れない。

 

「魔砲隊、撃てー!」

 

 この世界の兵器、魔砲の砲撃音が木霊する。

 常時は威力はあれど命中精度が低過ぎて「はた迷惑な楽器」とまで呼ばれる魔砲だが、これほどの群れがあいてならば、外す方が難しい。

 次々に着弾し、爆音を響かせる。

 外す方が難しい。なんだかんだで着弾地点から広範囲に影響のある兵器だ。

 確かに魔物の数を減らしている。

 それでも、なお、圧倒的過ぎる魔物の数からしたら微々たるものだ。

 魔物の山に穿たれた穴は瞬時に塞がり、何事も無かったように向かってくる。

 私は、意を決して一歩前に出る。

 隊列を乱す事を咎める声を無視して最前列に赴いた私は、あの高度魔法世界で作った術式を編み上げる。

 シミュレーター上で戯れに放った、世界を破壊し得る魔法だ。

 あの世界では、そんな魔法を一介の大学生が作れたのだ。

 無論、それを止め得る設備も整っている。

 大規模破壊魔法など、その兆候が露骨過ぎて役に立たない世界だったのだ。だから、小規模対個人の暗殺手段の方が厄介だった。

 だが、今のこの魔法を放つ相手は魔物の山だ。術式を妨害してくるはずもない。邪魔をするとしたら、後方の味方だが、私の展開する術式を見て呆けている。

 何人か、私の術式を理解した魔法使いたちが、真似た術式を展開している。

 ──私が魔法を教えた弟子たちだ。

 あとは、魔力の続く限りブッ放つだけだ。


 3日後。

 私は倒れた。

 大規模破壊魔法の連射などという、無茶苦茶をしたのだ。弟子たちもとうに倒れていた。

 あれだけ押し寄せていた魔物たち。

 尽きることのない動く山は今は無く、遠くに蠢く群れがあるだけだ。

 いや、それでも絶望的な数に違いはない。だが、それでも、ここに集まった戦力ならばなんとかできる。

 そう思えるだけの数にまで減った。

 それを認識した途端、緊張の糸が切れたのだ。

 体内の魔力はスッカラカンだ。

 体力ももう無い。不眠不休、飲まず食わずで魔法を放ち続けたのだ。もはや限界だった。

 私の意識は、そのまま闇に落ちた。



 ◇



 次に目覚めた時、私はあの時に死んだのだと理解した。

 だが、後悔は無い。やれるだけやった。

 結果は見届けられなかったが、残った者たちが何とかしてくれるだろうという信頼もあった。

 だから、私は今生に意識を切り替えた。

 今度は女として生まれたようだ。

 前回も含め、何度か男として生活をしたが、やはり私の意識は女なので、それは素直に嬉しかった。

 こんどの世界は、驚く事に魔法も魔物も居ない世界だった。それらは、物語の中の空想の産物として扱われていた。

 試しに、簡単な魔法を使おうとしてみたが、そもそも魔力が集まらずに魔法は発動しなかった。

 魔法が無いので、魔物も居ないのは当然だ。魔物とは、魔法を使う動物のことなのだから。その定義でいえば、人間も魔物だ。という説がある世界もあったが、どこもその説が主流にはなっていなかった。

 そして、魔法が無い代わりに、この世界は錬金学──この世界風に言うなら、科学が発達した世界だった。

 魔力の代わりに主に電力を用いた様々な道具は、魔道具と同じ様な物だ。

 魔力を込める代わりに、スイッチを入れる等しなければならないのがたまに煩わしい。

 うっかり魔道具の感覚で使おうとして、「スイッチ入ってないよ」と突っ込まれることもしばしばだ。

 おかげで私は「頭は良いけどドジッ娘」という、微妙な評価を得ている。

 日本という、戦争もなく、治安の良い国で暮らす私は、久々に平和な日々を過ごしていた。

 この国では計算が少々できる程度ではあまりもてはやされず、「賢いねー」くらいの評価に落ち着いているのも、穏やかに過ごせる一因だろう。

 そして、私はこの世界ではじめて娯楽にのめり込んだ。

 かの魔法文明が発達した世界でも、これほど娯楽が充実してはいなかったのだ。

 そうして色々と物語を嗜むうちに、私の境遇と似た主人公たちの物語を見つけた。

 どうやら、私は「転生者」で「チート主人公」と言って良いだろう。

 もちろん、神様に何か力をもらったわけでは無いけれども、「前世」の記憶があるだけでも違うだろう。しかも、何回もの生だ。

 自分と似た境遇のそういった物語を中心に、どっぷりと娯楽の世界に浸かった私は、所謂オタク女子と呼ばれるようになっていた。男に生まれた事もあったので、腐も百合も嗜んだので、この世界でもディープな感じになったようだ。

 そんな私も高校3年になり、18歳の誕生日を迎えた。

 この世界、生まれた日というものを祝う習慣があり、その日を誕生日と呼んで祝うのだ。

 流石に歳を重ねるにつれて祝う規模は小さくなってきたが、家族で食事をして、バースデーケーキを食べるということは続いている。

 ケーキは私の好物なので、学校に登校する間、早くも夜食べるケーキに想いを馳せていた。

 そんな私の目の前に、ボールが転がってきた。

 車道側から。

 まさか、そんな、テンプレみたいな……

 そんな想いでボールが転がってきた方を見ると、小さな子供が車道に飛び出そうとしていた。

 その後ろには、絶望的な表情をした母親らしき女性。

 そして、カン高いブレーキ音を響かせながら、子供に迫るトラック。

 気がつけば、私は子供を突き飛ばしていた。

 歩道に転がった子供が泣き出すのと、私の体が衝撃を受けるのは同時だった。

 トラックから、真っ青な顔で降りて駆け寄ってくる運転手には悪いことをしたが、子供の命が助かったのだから、良しとしたい。

 そう満足しながら、私の意識は途絶えた。



 ◇



 目覚めた私は考える。

 これまでの人生。特に誕生日を意識したことは無かったが、いつも死ぬのは18歳の誕生日だったような気がする。

 すくなくとも、前世で言う()()で19歳の歳で死んだのは間違いない。

 と、なると、この生でも18歳で死んでしまうのではないだろうか?

 そう意識すると、私はこのままで良いのだろうかと考えた。

 前世ではオタク女子と呼ばれはしたが、基本的に()()()で通したのだ。医者の真似事で中央教会に追われた時も、ソレが世のため人のためになると思ったから、やったのだ。

 最初の生ですらも、聖女として敬われ、後に現れる勇者様と旅ができるように訓練に明け暮れたものだった。

 ソレらを後悔はしない。

 後悔はしないが、少しくらい我が儘に、好きに生きても良いのではないだろうか?

 そんな風に思ったのだ。

 これまでなら、そんな事は思わなかったが、今回明確に18歳の誕生日に死んだ事で、その18年間をただ良い子で過ごすのは、もったいない。と思ってしまったのだ。

 輪廻転生という概念を知った今、これまで積んだ()を使ってもバチは当たらない気がするのだ。

 だから、私は──今生では、我が儘に生きる事に決めたのだ。


 そう決めた私に都合よく、今回の私は公爵令嬢という立場だった。

 2回目の人生では公爵家に養子にはいったが、今回は父公爵と血のつながった娘だ。

 多少の我が儘は通る立場だろう。

 そして、今回はちゃんと魔法のある世界だった。やはり、魔法も魔物も居ない世界など、例外のようだ。

 それなりの能力を示した方がちやほやされやすい。

 そう経験則で知っている私は、魔法の力を所々で使い、「お嬢様は天才だ」という評価を引き出していった。

 そんな中で最初にやったのは……トイレの改良だった。

 正直、日本の水洗トイレの後で、中世だか近世だかのレベルのトイレとも呼べないトイレを使うのは、苦痛以外の何者でもなかったのだ。

 だから、なんだかんだ理由をつけてトイレの改装をしてもらったのだ。

 もちろん、日本の下水施設なんて()()()()のモノは使わない。

 魔法や魔物が居るなら、存分に使わなければ損である。

 トイレ本体は水の魔石を使った温水洗浄便座&水洗にして、汚水が流れる先でスライムを養殖することにしたのだ。

 物理攻撃が効きにくいとはいえ、魔法には滅法弱いスライム。とはいえ、魔物は魔物。最初は反対されましたが、押し切りました。

 スライムを養殖すれば、トイレに使う以上の魔石が獲れますからね。小さな魔石なら、使い放題になる。

 そうやって得た水の魔石を使って、お風呂も整備しましたとも。

 ……毎日お風呂に入る、異様に潔癖症なご令嬢。なんて云われるようになってしまいましたが。

 そうやって、家の中の環境を整えていたある日、領地を貰えることになりました。

 これは別に私が優秀だからというわけではなく、この国の高位貴族の習慣だそうです。

 子供の頃から小さな村を統治して、段々広い範囲を統治するようにするのだとか。

 女の子であっても、「個人」のお小遣いはその領地から出す形になるのが、習わしだとか。

 そうやって得た村に行った私ですが……あまりの悪臭に耐えきれずに直ぐに帰ってしまいました。

 トイレを整備したのはあくまで我が家だけの話なのです。市井にはトイレという概念すらなく、その辺に垂れ流し。

 以前はそんな中で暮らしたこともあったのですが、我慢しないと決めた私は、領内の村にトイレを設置しました。

 魔物を飼うことに抵抗されましたが、領主命令で押し切りました。

 臭い領の領主とか、耐えられません!


 と、そうやって各戸にスライムを飼わせて回収した魔石。

 ソレを使って色々魔道具を作りました。

 先ずはエアコン!

 元からあるにはあったのですが、魔石が高価な上に効率も悪かったのですが……

日本の高校レベルの学力でも科学知識と魔法知識を融合して、職人に作らせました。

 お陰で夏も冬も快適な部屋で過ごせます。

 馬車にもエアコン付けて、脱臭装置も付けて……

ついでにシートの座り心地も改良しました。

 チート主人公御用達のサスペンションとかは原理がよくわからないので研究中ですが、とりあえずクッションの改良だけでも、乗り心地は抜群に良くなっています。

 そうこうするうちに、私の年齢も上がり、領地という名のお小遣いも増えました。

 最初の村からほど近い港町までの地域を貰えました。

 ……うん、港町のそこら中に排泄物がね……

 真っ先にトイレ設置令発令。

 領主命令ですからね、コレ。

 今度は港町なので、人口が村の比ではないです。

 当然、トイレの数もそれなり。できる魔石の数もガッポリ!

 そろそろ個人では使いきれなくなってきたので、商会作って商売することにしました。

 港町だから、とりあえずは冷凍機能付き荷馬車で、あちこちにお魚を届けられるようにしました。まぁ、本命は本宅に居てもお魚を食べられるようにしたいだけだったのだけれど。ほら、前世庶民だから、それだけ。って勿体ないと思ってしまうのよね。

 公爵令嬢だから、そんな感覚は恥なのだけれど。

 で、お金がドンドン入ってくるから、各地から色々なものを買いまくりました。

 コレぞ我が儘お嬢様!

 領地の港町に食材が集まるようにして、定期的にグルメコンテストを開くようにしたら、コレが大当たり!

 各地から有名シェフが集まって美味しいモノが食べ放題になりました。

 お陰でコルセットがキツく……!

 

 また、有り余る魔石を利用して、最初の村は職人村にしてしまいました。

 とにかく魔石の心配はしなくて良いから何か発明しなさい。

 という募集をかけたら、色々できてきて、ソレを売ってまた儲けて……という感じで無限ループするようになりました。

 

 なんて、好き勝手やって生活していたら、ソロソロお年頃な年齢となり、この国の第2王子と婚約することになりました。

 

 え? 良いのですか?

 自分で言うのも何ですけれど、結構フリーダムな我が儘娘ですよ、私。

 

 第2王子とはいえ、正妃の第一子だから、王位継承権1位の王太子だったと思うのだけれど? そんなのに、こんなの嫁がせて良いのですか?

 え? 立太子はまだ? ああ、いや、でもほぼ決定ですよね?

 ……まぁ良いです。

 

 そんなこんなで、公爵領の本宅から王都の別宅へお引っ越し。

 もちろん、別宅もトイレお風呂エアコン完備で抜かりは無いです!

 で、王都に着いた途端に嘔吐しかけました。

 

 くっっっっさい!

 

 久々に馬車の脱臭機能フル稼働させましたよ。

 え? ここに住むのですか?

 別宅は色々完備していても、嘔吐……もとい、王都がこんな臭いでは、どこにも行けないじゃない!

 ちょっと、王様ぁー王様ぁー、別宅の周りの地域だけでいいからちょうだいぃーー!

 臭いの防波堤にするからぁー!


 っと、錯乱気味に訴えたら、何故か別宅のある西地区丸ごともらえました。

 王子の婚約者だから好きにして良いんですって。

 ソレで良いなら、自重はしません。

 全戸にトイレ設置厳命。スライム嫌だから引っ越す?

 ああ、良いですよ。港町から王都への引越し募りますから。あ、王様、私の領から王都西区までの道とか作ってしまって良いですか?

 お金は出しますから。人足だけ用意してくれませんかーって……ダメですよね? あれ? 良いんですか? じゃぁ、100区画に分けて、それぞれに300人ほどを。はい。大丈夫です。お金も食料もこちらで持ちますから。ヒトだけ用意してくれれば。ほら、北区の貧民街にいっぱい居ますでしょ? あの人たちください。

 よしよし、おねだり成功。


 とりあえず、王都改造計画は置いておいて、一応、王子の婚約者らしいこともやりますよ。

 王都(ただし西地区のみ)でデート。

 新しいデザインの服を買ったり、食事したり、ちょっと良さげな魔道具も買ったり。

 私が勝手に買う分には私のポケットマネーで支払います。

 まぁ、本当にポケットからだすのではなく、所謂ツケですけどね。

 後で別宅に来てくれたら払う形式です。


 とはいえ、このデートも正直に言うとあまり楽しいモノでもないのですよね。

 共通の話題もあまりないので、王子様の領地の事を聞いても教えてもらえませんでした。何か王室の秘事に関わる事なのでしょうか?


 どうやって仲を深めようか悩んでいた時に、私の侍女が休暇中に第2王子と見知らぬ令嬢との浮気を目撃したというではありませんか。

 

「直ぐに抗議を!」

 

 という侍女や家族を宥めました。

 王子が私にさほど興味が無いのはわかっていましたし、私も第2王子は好みではありません。むしろ……と、それはともかく、

第2王子が妾として件の令嬢とよろしくやりたいというのであれば、私としては無理に仲を深める必要がなくなる分、むしろ気が楽になるというもの。

 好き勝手我が儘に生きると決めた今生ですが、流石に政略結婚を蹴るような真似まではしませんよ。

 お飾り王妃、全うしてみせますとも。


 そうこうするうちに、私はついに18になる年を迎えた。

 その新年の挨拶の式典で、第2王子は私に向かって言ったのだ。

 

「お前との婚約を破棄して、このクラリスと結婚する!」

 

 と。

 

「理由を伺ってもよろしいですか?」

 

 クラリス嬢とねんごろなのは知っていたが、まさか正妃にしようとしているとまでは夢にも……いや、妄想くらいはした。

 コレはあれだ。悪役令嬢モノの婚約破棄シーンだ。

 私はクラリス嬢を虐めるとかそういう事をした覚えは全くないが、かなり好き勝手我が儘に生きてきたので、断罪される覚えなら枚挙にいとまがない。

 案の定、金遣いが荒い、我が儘放題と、私を断罪してくる第2王子。

 

「しかも、国庫の金も使い果たすとは、言語道断! よって斬首刑に処す事とする!」

 

 折しも、1ヶ月は私の18歳の誕生日だ。ちょうどその日に処刑が行われるのだろう。

 この生も、また18歳の誕生日までか。

 若干の違和感を覚えつつも、私はその言葉を聞いていた。

 

「異な事を申したな、弟よ」

 

 その声に、私の心臓は跳ねた。

 同時に、ざわついていた新年会の会場も静まり返る。

 

「あ、兄上、何故ここに!?」

 

 そう、その声は、ここに居ない筈の第1王子の声だった。新年会とはいえ、彼は隣国に赴いていた筈で、数ヶ月は戻らぬ予定なのだ。

 

「なに、少々用があったので戻ったまでだ」

 

 そう言う第1王子は、第2王子の10歳年上だ。妾腹で継承権も低い彼は、外交官として各国を飛び回っている。

 

「丁度お前が言っていた事だ。何故に国庫の金が使い込まれておるのか?」

「そ、それは、あのソレリアが……」

「と、言っているが、マルレータ嬢、真偽の程は如何に?」

 

 ソレリア・マルレータというのが、今生での私の名前だ。

 

「国庫のお金を遣った覚えなどありません。私の買い物は、全て私自身のお金で買ったモノですので」

 

 そもそも、ここ1年ほどは第2王子は例のご令嬢にご執心で、デートも無ければ贈り物も無かったのだ。国庫金など使うはずもない。

 

「う、嘘を申すな! あれほどの贅沢三昧! 個人、いや、公爵家の金でもどうにかなるものでは無いだろう!」

「と、申されましても……」

 

 事実、私は自分の領と商会のお小遣いで好き勝手していたのだ。自分のお金で何をしようと、文句を言われる謂れはない。

 ましてや、国庫の金など動かせる筈もないのだ。動かせるとすれば……

 

「確かに、お前がマルレータ嬢に贈るという名目で使い込まれた宝飾品の代金なら、国庫から出ているな」

「そ、その通り! そこの毒婦に請われて……」

「ちなみに、宝石職人や服飾職人が証言した受取人の容姿は、マルレータ嬢とは似ても似つかぬ、ピンクブロンドの御令嬢だったという事だ」

 

 ちなみに、件のクラリス嬢は、見事なピンクブロンドだ。

 

「これでも、まだシラを切るつもりか? 弟よ」

 

 その眼光に一瞬怯んだ第2王子だが、

 

「妄言もそこまでにしていただきたい。兄上よ。これまでは兄という立場ゆえに立ててきましたが、王太子であり、次期王である私を愚弄するとなると、兄とはいえ、それなりの対処をせねばなりません」

 

 そう、第2王子が言った瞬間、会場の空気が張り詰めた。


「誰が、王太子だと?」

 

 その空気を破ったのは、厳かな老人の声だった。


「ち、父上! な、何故ここに!?」

 

 そう、近頃は病と称して離宮に篭もっていた国王陛下だった。

 皆が──第1王子も含めて──臣下の礼を取る中、第2王子とクラリス嬢だけは呆けて立っていた。

「さて、誰が、王太子なのかな?」

 

 いっそ、優しげに聞こえる声音で、国王陛下は再度言った。

 

「も、もちろん、私です。正妃である母上の第1子なのですから!」

 

 そう宣言する第2王子を見る王の目は冷たい。

 

「ああ、アレの子だから、という理由か。だが、何故ワシの子ではないお主に、王位継承権があると思った?」

「は?」

「え?」

 

 それらの声は、同時にそこかしこで上がった。

 そういえば、国王陛下は何故お妃様を連れていないのだろうか?

 いや、今の発言から、なんとなく理由は察する。察するが、まさかそんな……

 

「以前より疑惑はあったのだ。だが、そこのマルレータの娘を王家に取り込む為には、年の近いお前が丁度良い駒になると考えていた。そして、偽りの夫婦でもなんでも、マルレータの娘を王家に取り込めれば、別にお主が王となろうが、構わないと考えていた。……だが」

 

 そこで陛下は言葉を止めて第2王子を睨んだ。

 

「まさか、国庫の金を浮気相手に使い込み、その罪をマルレータの娘に着せるとは、言語道断! 今、ここでワシは第1王子カインを王太子とし、第2王子アベルを……廃嫡する!」

「そ、そんな……!」

 

 第2王子と、クラリス嬢の顔が青ざめる。

 

「そこの2人には、国庫の横領の他に、国家反逆罪の疑いもある。早々に引っ立てい!」

 

 陛下の号令の下、近衛兵がふたりに縛をかけるが、クラリス嬢がビクリと震えたかと思うと、その顔を醜く歪ませて、私に襲いかかってきた。

 

「オノレ、今回ハ余計ナ邪魔ガ入ッタ! 予定ヨリ早イガ、今死ネー!」

「!?」

 

 その気配は、忘れたくとも忘れられぬ、あの魔王の気配だった。

 あの魔王の気配を纏う女が迫りくるという状況に、私はどう対処して良いか分からずに硬直した。

 いや、これは、魔法で動きを封じられている?

 動けぬ私に、魔王の爪が振り下ろされようとした時──

 

「2度も、目の前で殺させはせん!」

 

 そう吠えて剣で魔王の攻撃を受け止めたのは……

 

「勇者……様?」

 

 いや、違う。

 そんなワケはない。

 ここは違う世界なのだ。どんなに似ていても、あの勇者様の筈がないのだ。

 ああ、でも、魔王を斬り捨てるその剣筋は、何度も見た剣筋は、間違いなく……

 

「フォーテム様……」

「その名、覚えてくれていたのだな」

「はい……」

 

 ただの一度でも忘れる事などできぬ名前。

 

「でも、何故?」

 

 何故この世界にフォーテム様が居るのか?

 

「私は、魔王討伐の褒美として、貴女と共に生きる事を、神に望んだのです」

 

 私と共に……

 

「しかし、神の御業をもってしても、魔王に呪われてしまった、貴女を蘇らせる事は出来なかった」

「魔王に……呪われた?」

「そう。何度転生しても、18歳で殺され続けるという呪いです」

「そんな……」

 

 それならば、今までの人生で私が死んだ原因は、私が魔王に呪われたせいで……

自分のせいで、何人もの人々が犠牲になったかと思うと、恐ろしさで震えが止まらない。

 だがそんな私を、フォーテム様……いえ、カイン様が、その太い腕で抱きしめてくれました。

 

「元凶は魔王です。そしてその魔王の呪いも、私が退治しました。もう、貴女が苦しむ事はないのです」

「うううう、うわぁぁぁぁーーーー!!!」

 

 私は、今知った事実と、18歳になれば殺され続けた人生と、それら全てが混ざりあって、ただひたすら、泣いた。

 愛しい人の胸で、泣き続けた。





 その国には、後世の評価が真っ二つに分かれる王妃が居た。


 幼少の頃から我が儘放題に過ごし、欲しいものを買い、食材を買い集めて新しい料理を次々に作らせた。

 自分の利便性の為に次々と新しい魔道具を作らせた。

 自身の移動のために道を整備させ、川の流れまで変えさせた。


 そんな彼女を歴史家は言う。


 稀代の悪女と。浪費の王妃と。


 別の歴史家は言う。


 王国の基盤を整備した名君と。



 ただ、夫王と死に別れた彼女の最期の言葉は伝えられている。


「次もまた、あの人と一緒になれるかしら」


 その王と王妃の夫婦仲が円満であったことは、歴史家の意見は一致している。




 彼女がその後も転生したかは、また別のお話。


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― 新着の感想 ―
[一言] こういう転生連続モノ大好きなので嬉しいです!沢山の世界観を作ってくれたのも世界観厨として感激です。 創作ありがとうございます
[良い点] ◎でした。
[一言] 何度も生きて、何度も死んで、終の世界で初恋の相手と巡り会って結ばれる。 もし次があるのなら、せめて苦しんだ分取り返すようにまた巡り会ってほしい。 そう思わされました。
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