37話目
イルミたちがやってきて二日、一行はまだフェリシアの家にいた。
「いつになったら決行するんですか? フェリシアが捕らえられてもう十日は経過していますよ!?」
痺れを切らしたベリルが我慢ならないという風にイルミに詰め寄った。
「落ち着け、ベリル。確かに簡単に壊せると言った。だが、仮にも一国の城に行くんだ。それ相応の準備が必要だ」
「何もしていないじゃないですか!」
ベリルがそう叫びだしたくなる気持ちは、ジュリアスにも理解できた。準備、と言いながらも魔女たちはまったりしているのだ。
「ちょっとぉ、イルミさんがしているって言っているんだから落ち着きなさいよぉ」
「まぁ、何もしていないのだがな」
「え!?」
フォローしようとしたパンジーは、本当にベリルの言った通りだったことに驚きイルミを凝視する。
「イルミ殿…今は何をしているんだ?」
このままでは話が進まないと考えたジュリアスは、冷静にそう問うた。
「ふむ…一番幼いのにしっかりとしている…。あぁ、何をしているか、だったね。城と魔女協会を見ているんだ」
「見ている?」
イルミはそう言いながらセレーネに視線をやった。セレーネは心得たと言わんばかりに小さく歌を歌う。すると、彼女の掌から水が沸き上がり、円形をかたどった。まるで、鏡のようだとジュリアスは思う。それを凝視していると何かがぼんやりと映し出され始めた。
「こ、これは…!?」
ランスが驚いて身を乗り出しながらもそれをよく見ようとする。
「結構面白いことになっているからな。様子をちゃんと把握してからのほうがいいだろう?」
映し出されたのは、魔女協会の本拠地である建物だった。
「こ、これはどうやって…?」
ランスが震える声音でセレーネに問う。するとセレーネは笑みを浮かべながら答えた。
「これは私が飛ばした鳥の視点よぉ。魔法で作ったものの方がもっと鮮明なのだけれど、そうすると魔女協会の人にバレちゃうかもしれないからねぇ。でも野生に生きる鳥ならば、変ではないでしょう?」
「そ、そうですが…このようなことが…」
ジュリアスにはどうしてランスが驚愕しているのかがよく理解でいる。もし、これが国が利用したら。自国のことだけではない、他国の情報が簡単に手に入るようになる。それどころか、戦争で物凄い役に立つだろうと。
そんなジュリアスたちの考えを読んだのか、イルミが軽い調子で言う。
「だから、私たちはどの国にも属さないのだ」
「!」
「魔女協会の者たちに、これは出来ない。だから今の均衡が保たれている。だが、一度虹の瞳を持つ魔女が一つの国に加担すれば、どのようなことが起きるかは想像つくな?」
「…はい」
「我々は、自然から力を借りれる。その気になれば、世界の裏側だって知ることができるだろう。だが、それは人の手には余るものだ。だからこそ、我々は何時だって楽しさだけを求めて生きている」
「な、るほど…確かに、これは危険すぎる力です」
もしこの力のことを自分の父や、他国の王家の者が知れば我先にと虹の瞳を持つ魔女たちを囲おうと必死になるだろう。今まではその瞳の美しさから。力の有用性が知られれば、国の為の道具として彼女たちが狩られるのだ。
「ジュリアス、私はお前を認めたからこそこの力を見せた。私の信頼を裏切ってくれるな」
「はい」
ジュリアスが神妙になりながら頷くと、ベリルが痺れを切らした。
「それで!? 一体何が起こっているというんですか? フェリシアは無事なんですよね?」
「落ち着いて、坊や。フェリシアに何かできる人間があの国に居るはずないじゃない? あ、ねぇねぇ、この子よ」
「む?」
セレーネが誰かを映し出す。その姿に見覚えのある三人はあっ、と声を漏らした。
「この子ね、イシュエルちゃんの付き人みたいなんだけど、どうも動きが不思議なのよねぇ」
「あ、すみません、この方は俺たちの協力者です」
「あらまぁ、そうなの? だからこんな動きしているのねぇ」
「こんな動き、とは?」
「結構派手に動いているんじゃないかしら…? イシュエルちゃんを裏切ろうとしているみたいねぇ?」
「! 危険なことをしているということか!?」
彼女、ペトラと別れた際に、危険なことはしないでくれとジュリアスは彼女に言った。だが、やはり大人しくしていてはくれなかったのか。
「彼女は何をしているんだ?」
「う~ん…どうやら内部崩壊をさせようとしているみたいなのよねぇ…」
「内部崩壊!?」
魔女協会の歴史は長い。ずっとたった一人の筆頭を元に形成され、存続してきた。それを内部崩壊させるとはどういうことなのだろうか。
「ほらぁ、側近の人が亡くなったでしょう? それを利用しようとしているみたいなんだけどねぇ…」
「危険すぎるではないか!」
もし、それをしようとしているのがバレれば、ペトラの命の保証はないだろう。何故、彼女がそこまでのことをしようとしているのか。ただ、名を呼ばれなかっただけの生活が、彼女をそこまで追い詰めていたのか。
「まぁ、私たちには関係のない話だけどね。少し面白そう…」
「セレーネ。お前の悪癖は出すな」
「あら、ごめんなさぁい」
「それで、結局どういうことなんですか?」
ベリルの切羽詰まった言葉に、イルミがふぅと息を吐きながら話し始める。
「魔女協会は、今回の一件で弱体化するだろう。そして、センジュリアの王も変わる」
「!?」
「今は、まだその時ではないだけの話だ」
「どういうことですか? フェリシアは、どうなるんですか?」
「落ち着け、ベリル。言っただろう? 我々ももう面倒なのだと。アリシアがお前に助力することを決めた切欠は違うかもしれんが、私としてはもう面倒事はたくさんなんだ。私たちはただ、そっとしていてほしい。ただ、終わりの見えない毎日を楽しく暮らしたい。その為の露払いならばするさ」
「そうよねぇ、イルミは前々から潰すべき、って言っていたものねぇ。アリシアが許さなかったけれど」
「今回の件は、私にとって渡りに船ということだ」
ジュリアスは、話の全てを理解することは出来なかった。だが、イルミが言ったたった一言だけは、理解できる。
「……陛下が…父上が王位を退くと、本当に言っているのか」
「そうだね。私の見る限りでは」
「貴女は、いったい…」
ジュリアスは、初めて虹の瞳を持つ魔女に対して恐怖心を抱いた。
イルミが、にやりと笑う。
「あぁ、言っていなかったね。私はイルミ・オルガ。虹の瞳を持つ魔女のなかでたった一人、未来視ができる魔女だよ」
*****
―――コンコン
自室の扉が叩かれる音を聞いたマルシアンヌは、痛む頭を押さえながら誰何した。
「―――マルシアンヌ様」
聞き覚えがあるような、ないような。どこかで聞いたことがあるはずなのに、何故か人名が思い出せない。その為、マルシアンヌは警戒しながら扉の前へと移動し、少しだけ扉を開いた。
「お前は」
「火急の件です」
そこにいたのは、イシュエルの長年の付き人だった。いつも無表情のはずの彼女の顔は、歪んでいる。初めて見るその表情の変化に、彼女がちゃんと生きた人間であることにマルシアンヌは気づかされた。
「……時前の連絡も無しに、何用? 私は忙しいの」
「連絡しなかったことは申し訳ありません。ですが、連絡をするわけにはいかなかったのです」
あまり話している印象がない彼女が、ここまで話すのは初めて見る。それと同時に、どうして自分に用があるのだろうか。イシュエルに何かあったのだろうか。
「まぁ、いいわ…。今回だけは許します」
「ありがとうございます」
マルシアンヌは仕方なく彼女を部屋に招き入れた。そして、火急の件とは何のだと問うと。
「…アルシェール様が、マルシアンヌ様が陣を書き換えた犯人だと仰いました」
「!?」
全く予想していなかったそれに、マルシアンヌはぎょっとした。どこから自分の名前が出たのだろうか。自分が書き換えていないことなどよく知っている。なのにどうして。
「マルシアンヌ様が書き換えられていないことは十分に承知しております。…大きな声で言えませんが、アルシェール様はイシュエル様の望まれる結果を未だに出せておりません。なので…」
「私を、犯人に仕立て上げようと?」
言い辛そうにした付き人の言葉の続きを口にすると、付き人は不安そうに顔を歪めながら小さく頷いた。
「…けれど、私が書き換えていないことなんてすぐにわかることよ。だってやってもいないもの。どうしてアルシェールはそんな馬鹿な真似をしたの? それに貴女も、どうしてそれを私に?」
「…実は、イシュエル様から二日間、お時間を頂けたのです。その間に、私が疑わしきものを見つけ出すと」
「貴女が?」
正直、付き人の言葉の意味がわからなかった。どうして付き人がイシュエルに意見できたのか、そして二日間という貴重な時間を貰えたのか。そして何より、どうしてそのことを自分に話すのか。
「私は、マルシアンヌ様が陣を書き換えられなかった本当の理由を存じ上げております」
「…本当の理由? どういうことかしら」
マルシアンヌは見当がつかないと表情でも付き人に伝えた。
しかし。
「マルシアンヌ様、貴女は、異性ではなく同性に恋愛感情をお持ちになられる御方ですね」
「―――」
疑問ではないそれに、マルシアンヌから表情が抜け落ちた。どうして、なぜ、いつ、と嵐のような疑問が胸中を駆け巡る。
そんなマルシアンヌに、付き人は真面目な表情をしたまま続けた。
「口外するつもりはありませんのでご安心を。なんなら契約魔術を施していただいても結構です。……マルシアンヌ様、貴女はエルフラウ様を、愛しておいででしたね? だから、エルフラウ様が陣を発動させることを知って、貴女様が書き換えることはしないと思ったのです。だって、失敗すればエルフラウ様がどのような目に遭うか想像できたから。……まさか、お亡くなりになるまで魔力を使わせるとは、思いもしませんでしたが…」
「何が、言いたいの」
マルシアンヌは警戒心を高め、睨むように付き人を見た。
確かにマルシアンヌの恋愛対象は女性だ。だが、それが何だというのだ。実際に誰かと付き合ったわけでもない。ただ、想いを寄せただけの話だ。ただただ、彼女の幸せを願った。それだけが、自分の望みだったのに。なのに、どうして。
「マルシアンヌ様、復讐を、お望みになられませんか?」
「―――は?」




