19話目
「殿下が、何故ここに…?」
ペトラも想像していなかったのか、茫然としながら問いかけてくる。ジュリアスはその問いに答える前に馬上から降り、ベリルの真正面に立ち頭を下げた。
「すまない、ベリル」
「ジュリアス…?」
「あの時、お前を玉座の間に出したのは私だ」
「どういう、ことですか」
話をしようとすると、ペトラが慌てた様子でそれを止めてくる。
「殿下、ベリル殿。ここでは場所が悪うございます。こちらへ」
「あ、あぁ…手間をかけて悪い」
そう言われて、ペトラの言う通りだと気付く。城下の人気のないところとはいえ、人目が全くないとは言い切れない。ジュリアスはペトラに連れられるまま古びた民家に案内される。ベリルは、どうなっているのか分からない様子ではあったが、それでも大人しくついてきていた。
「ここは私が内密に借りている家です。借りているのはバレているかもしれませんが、少なくとも今は誰もおりません」
「そうか。お前たちはここで待て」
「はっ!」
連れてきた僅かな護衛にそう言うと、彼らは何一つ文句を言うことなくジュリアスの指示に従った。本来ならば絶対にしない行動だが、相手がジュリアスということと今、のっぴきならない状況にあることを理解してくれているのだろう。
「ジュリアス、先ほどのことはどういうことですか?」
古い民家に入れば、ベリルはそのことを聞きたかったのだろう、まるで詰め寄るようにジュリアスに近づいてきた。
「…お前をあの牢から連れ出した時点で、城の外に逃がしていれば、あのようなことは起こらなかったかもしれない…いや、少なくともあの筆頭のことを考えればここぞとばかりにお前を利用するだろう」
「それは」
その時ジュリアスは傍にいなかったが、ペトラからの情報を考えればわかる。そして実際にそうなったのだろう。そして、ジュリアスはそうなると理解してベリルをあそこに送り込んだのだ。
「…どうしてそのようなことを…! お、俺がいなければ、フェリシアはあそこに来なかったかもしれない…! ジュリアス、どうして…!」
「いいえ。ベリル殿が牢屋にいれられた段階で、虹の魔女様は城に来ていたことでしょう」
「どうして言い切れるんですか…!」
ベリルの悲痛な叫びにも似たそれに、ジュリアスの心は痛みを訴えた。
「…虹の魔女殿が、お前を見捨てることは絶対にない。いくらお前が来ないで欲しいと言ったとしても、必ず城に来ていた。それが、虹の魔女だからだ」
「…情に厚い、ですか」
「あぁ」
「どうして…! どうしてわかっていたのに…!」
「ベリル、それはペトラ殿が情報をくれた時に話した。虹の魔女殿は、いずれにせよ筆頭に目を付けられ、いつか捕獲されていた」
「そんなの! フェリシアほどの力を持っていれば逃げきれたはずです!」
「お前という存在がいて、か?」
「!」
ジュリアスはベリルを傷つけるとわかっていながらも話を続けた。
「協会魔女…いや、筆頭は虹の魔女のことを探していた。その為ならば何でもするくらいに。そしてそれによって捕獲した実績もある。ということは、いずれお前は弱みとして見つかり、このようになった可能性は捨てきれないということだ。そして現在、ほぼ似たような状況になっている」
「そ、れは…」
ベリルは否定しきれなかったのか、言葉を濁らせる。
「ならば、こちら側が主導権を握ったほうが、まだいい」
「そんなの、どうやって!?」
「ペトラ殿、情報を頼めるか?」
「はい」
二人の会話を気配を消しながら聞いていたペトラは、ジュリアスの言葉で話し始める。
「陣は、イシュエル様の望んだ効力を発揮しておりません。つまり、虹の魔女殿の魔力を抽出できていないということです。それは、虹の魔女殿が魔力を使用して陣を無理矢理書き換えたためです」
「フェリシアが」
「はい。きっと何かしらされるとは思っておりましたが、あそこまでされるとは…。あと、お話した書き換えによって、イシュエル様ですら陣に手を加えることが出来なくなりました。なので、現在虹の魔女様は水晶に囚われているだけとなっております」
「それはどういうことですか?」
ジュリアスも疑問に思ったことを、ベリルが先に問う。
「少なくとも、今すぐに魔力を奪われ、結界として利用されることはありません。そして、虹の魔女様を餌にして他にいらっしゃる虹の魔女様を捕獲しようとイシュエル様は考えられています」
「他にいる魔女たちを?」
「はい。お弟子殿を城下に放逐するよう指示をされたのはイシュエル様です。貴方が他の虹の魔女に救いを求めるだろうと考えておられるのでしょう」
「で、ですが、俺は他の魔女のことなんて誰も知りません」
「イシュエル様はそうはお考えになっておりませんでした」
ジュリアスはふむ、と一人頷く。その様子をベリルが不思議そうに見ていた。
「ベリル、気が進まないとは思うが、私をお前たちの家に連れていってくれないか」
「は!?」
「殿下、何を…」
さすがのペトラも口を挟まずにはいられなかったようだ。
「そもそも、第一王子である私がろくに護衛をつけずにここにいることだが…私は城を出る」
「な、何を仰っておられるか、お分かりになられていますか?」
ジュリアスにはその言葉の意味の重要性を理解していないのか、ぽかんとしている。しかしペトラは案外優しいのか、首を横に振りながら考え直させようとしている。
「殿下、貴方様はこの国の正妃様の唯一の王子です。た、確かに側妃様が御産みになられた御方々はいらっしゃいますが、この国の民が次の王にと望むのは貴方様でしょう? それをどうして…」
「ペトラ殿、気遣い感謝する。だが、このままでは王家が駄目になる。弟妹たちには既に話してあってな。病気療養で遠方にて当面の間過ごすと言ってある。宰相もそれを承諾した」
「ちょ…ちょっと待ってください、なんでジュリアスが俺たちの家に…?」
「…私は、虹の魔女に独自の連絡方法があると思っている。それを探すんだ」
「なっ…だって、先ほど他の魔女を捕らえるためにって話をしたばかりじゃないですか」
「あぁ…、だが、一人でなければどうだろうか?」
「一人で…?」
ペトラははっと思いついたのか、ジュリアスを信じられないように見る。
「わかっている、ペトラ殿。だが、それに縋るしかあるまい。そうでなければ、虹の瞳の魔女たちはいつまでも協会魔女につけ狙われることになる」
「…ですが、本当にあるとお思いですか? お弟子殿であるベリル殿ですら、知らないのですよ?」
「敢えて、教えていなかったのかもしれない。それに、今回の一件、他の虹の魔女が知らないままでいるとは思えん」
「それは…あり得る話でしょうが…」
「~~ジュリアス、どういうことかちゃんと説明してください!」
ペトラと会話をしていると、痺れを切らしたのかベリルが苛立ちを隠さずにジュリアスに詰め寄った。
「すまない、簡単に言うと、虹の魔女たちに組んでもらい、あの水晶を破壊するんだ」
「あの水晶を?」
「ペトラ殿」
「はい。お弟子殿、あの水晶は筆頭であるイシュエル様が長年にわたり研究開発したものです。私が言うのもなんですが、陣の精度は最高級です。それを破壊するには、力づくで行うが、陣事態を無効なものにするしかありません。ですが、本来陣に関与できるイシュエル様は現在それができません。そして、エルフラウ様が亡き今、協会魔女が総出でもあの陣を破壊するほどの力はありません。まぁ、半数以上が死ねば何とかなるやもしれませんが……」
さらりと話すペトラに、今度はベリルが信じられないものを見る視線を向ける。
「陣もろとも、虹の魔女たちに破壊してもらう。いくら筆頭と言えども、同じ陣をすぐに用意することは出来まい」
「ですが、いずれ作られたらまた狙われるんじゃ…」
「そうならないようにするためにも、時間が必要だ。筆頭が陣を作っている間に、虹の魔女たちと組んだり、他国と組んだりすることが出来るはずだ」
ジュリアスは淡々と説明を続ける。正直に言って、今は時間が惜しい。今すぐにでもこの場を発ってベリルたちの住処に行きたいのだ。
「ベリル、私のことを信じられないかもしれない。だが、現在の協会魔女の在り方は好ましくないと考えているんだ」
「ジュリアス…」
「あと…」
ジュリアスは少しだけ年相応に照れを見せた。
「私は、虹の魔女たちに、憧れを持っているんだ」
「憧れ、ですか?」
こくりと頷く。
そう、ジュリアスは虹の魔女たちのことをたくさん調べた。その性質も、力も。書物に記されているものであれば、何でも読み漁った。本物に会えることはなかったが、それでも知りたがった。
ジュリアスにとって、虹の瞳の魔女とは自由の象徴のようなものだった。
王子として責務や重圧、期待などに雁字搦めにされ、表情一つ、感情一つですら自分の為のものではなかった。全ては、国の、王家の為。そんな生き方に早々に疲れたジュリアスの、唯一の楽しみが虹の瞳の魔女たちの話だった。実際に会うことはないだろうと早々に理解していた。それでも、彼女たちの話を聞くだけで、心が躍ったのだ。
「ベリル、私は他人によって齎される平和など必要としていない。私は、私の力で国を良くし、王となるつもりだ」
「ジュリアス…」
「今回、私はお前に対して不義理を働いた。お前の師を救い出し、全てが終わったときには何かしらで報いたいと思っている」
ジュリアスは真摯な気持ちでそれを言った。彼の師を利用したと言われれば、それまでだ。だが、そうでもしなければ、王である父の意志は変えられないだろう。例えどんなに美しいとしても、生きた人の瞳であるアレを、国宝にしようなどとほざく父を。
「頼む、ベリル。力を貸してくれ」
ベリルが悩んだのは、一瞬のようにも長いようにも感じられた。
「―――わかりました。俺は、俺の全てであるフェリシアを救いたい」
「わかっている」
ベリルは一度目を瞑ると、その赤い瞳にジュリアスを映す。
「では、俺とフェリシアの家に案内します」
「殿下、護衛はどうされるのですか?」
「あぁ、私の一番信頼できる護衛を一人だけ連れていく。多数連れていっても意味はないだろうからな」
「わかりました…私はイシュエル様も今後の動向を探り続けます」
「ペトラ殿、どうか危険だけは避けてくれ。貴女にも報いたいと思っているのだ」
「…そのお言葉だけでも、十分でございます」
ペトラは深々と頭を下げた。
「時間がない、急ぐぞ」
そうしてジュリアスはベリルを案内役にベリルを連れて民家を出た。




