prologue Side B
パキパキと、透明な水晶のようなそれが、形成されていく。
虹色に輝くそれは、状況が状況でなければ言葉を失うほどに美しく思えただろう。
「やめろおおおおおお!!」
でも、ベリルにはそれが、絶望が型成しているようにしか見えなかった。
自分の腕を掴む奴らが憎かった。
そしてそれを振り払えない自分にも、憎しみがわく。
「放せっ、放せぇぇええええ!!」
パキパキとした音は、非情にも止まることはない。
それは、ベリルの大切な人を、飲み込んでいく。
どうして、どうして。
「なんで!! あの人がっ!! 何をしたんだ!!」
手を伸ばせば届きそうなのに。
ずっと一緒にいると言ったのに、どうして自分は傍にいないのだろうか。
殴られた頬が熱い。
でも、痛みは訴えてこなかった。
「お願いだから!! やめてくれええええ!!」
奪うな、あの人を、俺から。
奪わないでくれ、俺から。
それ以外何も望まないから。
腫れた瞼から微かに見えるその人は、微笑んでいた。
どうして。
水晶のようなそれは、ベリルの願いなど露知らず、どんどんその人を飲み込んでいく。
血が喉から出そうなほど、叫んだ。
それくらいで、あの人が戻ってきてくれるなら、どうでもよかった。
「やめろ、やめろ、やめてくれ!! 返せ!! その人を、返してくれぇぇ!!!!」
どうして、微笑んでいられるんだ、どうして逃げようとしないんだ。
―――どうして、俺の傍に、いてくれないんだ。
「うむ…どうだ?」
「はい、陛下。このままいけば万事問題なく」
男と女の声がする。
殺意が、膨れ上がる。
お前らがいるせいで。
お前らが、お前らが。
ベリルの心が憎悪で溢れていく。
しかし。
「―――ベリル。落ち着け」
「―――な、んで」
その人は、微笑みを浮かべたままだった。
話せるのであれば、どうして逃げてくれないのだろうか。
いつものように、逃げてくれないだろうか。
しかし、その人は女神のような笑みを浮かべたままだった。
「―――残念だね、王よ。私の力は、私のものだ」
「なに?」
その人は、顔まで水晶に覆われたまま、ニヒルに微笑んだ。
その笑みは、いつものように美しくベリルの赤い瞳に映る。
「何も知らないようだね…。ふふっ…だが、約束は守れ、人の王よ。さもなくば、呪いが発動する」
「何を言って―――」
パキリパキリ。
その人の豊かな黒髪が。
その人の顔が。
―――その人の、美しい瞳が。
「ベリル」
呼ばれたベリルは、涙に濡れた顔でその人を見つめた。
愛しい人。
誰よりも、何よりも傍にいたくて、大切で、何にも代えがたい人。
いつも子供扱いばかりされていたけれど、いつかと、そう思っていた人。
虹色の瞳が、ベリルを貫く。
その人が小さく息を吐く。
あぁ、水晶が、止まらない、止まってくれない。
ベリルの最愛を、飲み込んでいく。
虹色の瞳が、瞼によって閉ざされる。
初めて見た時からずっと好きだったそれを。
口元は笑みをかたどったまま、水晶に飲み込まれた。
「や、めて……」
どうして、ベリルから、奪うのだろうか。
「おね、お願い…、行かないで」
どうして、他人の大切なものを、奪っていくのだろうか。
「なんでも、するから…!! 頼むから…!!」
涙が、止まらない。
息が苦しい。
前が、見えない。
どうして、こんなことになってしまったのだろうか。
どうして、世界は自分にこんなにも優しくないのだろうか。
望んだものなんて、たった一つなのに。
パキッ…と最後の音と共に、水晶は止まった。
ベリルにとっては、絶望の音でしかなかった。
「―――!?」
「―――? ~~!?」
どこかで、誰かが叫び怒鳴り合っているのが聞こえる。
だが、ベリルからすればどうでもいいことだった。
あの人がいなくなった世界など、どうでもいい。
むしろ消えてしまえばいい。
そんな時にふと、何かが聞こえた。
―――――愛しているよ、私の可愛い、弟子
「!!」
ふわり、と身体が優しい何かで包まれた。
何か、なんて分かっている。
あの人の、力だ。
「ふぇ、り、しああああああああ!!!!」
フェリシア。
愛する魔女。
誰よりも優しくて、強くて、慈悲深い人。
ベリルにとって、人生のすべてだった人。
彼女は、美しい水晶の中で眠るようにいた。
まるで、今にも起きそうなほどに。
だが、起きないことを、ベリルは知っている。
「ああああああああああ!!」
フェリシア・オルガ・レン。
数少ない虹の瞳保持の魔女であり、ベリルの最愛の人。
その世界に少ない魔女が、一人、眠りについた。