新しい駒
新型コロナはいつ終息するのでしょうか?
今回はそれより早く更新できました。
入学式が終わると廊下にクラス編成名簿が貼りだされていた。
自分の名前を捜して行くとBクラスの端の方にあり、二人の従者の名前は載っていなかった。
あれれ……と思ってCクラスの方を見たら二人の名前がトップの方に書いてある。
大失敗だ。
従者よりほんの少しだけ点を多めに取っただけなのだが、ちょうど境界線上の成績だったらしく、離れ離れに編成されてしまったのだ。
Bクラスの担任は『マレリーナ・トリトニィ』という女性教師だった。
Cクラスの担任はベアトリーチェ・アックスというこれもまた女性教師だ。
従者の二人とは空間通信で連絡を取り合うことにして、とりあえずは乗り切るしかないが、この際私がCクラスに下げてもらうしかないだろう。
クラス編成は入試時の成績順にしているらしく、Aクラスにはニコルやヨランダ、ノエルなどの高位貴族の子女が名を連ねている。
もちろんトップにはチャールズ王子の名前も載っている。
一方Cクラスにはカネ、ザックを始め殆どの生徒が家名を持たない名前だけの表示になっている。
半分くらいはそうなので、平民が多いのだろう。
私は学生課に行って、従者と一緒のクラスにしてもらえないか聞いてみた。
従者がBクラスに上がるのは無理だが、私がCクラスに下がるのは別に構わないだろうと思ったからだ。
クラス定員があるなら、その代わりCクラスのトップの方の生徒にBクラスに上がって貰えば帳尻が合うと思った。
担当の男性職員は困った顔をした。
「うーん、普通なら自分から進んでランクが下のクラスに希望するなら、代わりに誰かが上がって来れるのだし全く問題ないようなのだけれどね。
ただBクラスの担任のトリトニィ先生が気難しい人でね。
すぐには結論がでないかもしれないんだ。
まあ、教室でオリエンテーションが始まるから、そこで待っていてくれないかな?」
私がBクラスの教室に行くと既に他の生徒は席についていた。
それが全員遅れて入って来た私を見る。
これはあまり心臓によくないな。
私は後ろの方だろう。一つだけ空いた席があるので、途中目礼をしながら自分の席に直行した。
「可愛い男の子だね」
「体も小さいね」
女生徒の囁き声が聞こえる。
すると間もなくして中年の女性が入って来た。四十才ちょっと手前くらいかな?
いやもっと若く見えるのは、頭脳労働者のせいだろう。
それにしても髪の毛が蒼い。
この色はどこかで見たことがあるような気がする。
トリトニィ先生はぐるりと全体を見回してから、何故か私を見て少しの間止まった。
中年女性から見ても私は目に止まるほど可愛い少年なのだろうか?
それとも女だとばれた?
いやいや胸はかなり板状にしているし、肩幅だって背中だって少し男の子っぽくしてるから大丈夫だとは思う。
入学時の注意を一通り説明した後、トリトニィ先生はまた私の方をちらりと見ながらプライベートな話をし始めた。
「私の若いころのことだ。不思議な少年に出会った。
彼の名前はミレーと言ったかな。
南の国の原始林の出身者だった。アネクスという、もう存在しない村の生き残りで不思議な力を持っていたのだ。
それは他人の魔気を吸収して体の中に貯めておけることができる力だ。
ところで魔気にはその持ち主の情報が入っていることは知っているかね?
彼はその力で他人の人生を読み解くこともできたのだよ。
私は故国を捨てて世界を放浪して、その謎を解こうと思ったが遂に果たせなかった。
今、この教室にその少年とそっくりな子がいる。
もちろんその彼は生きていれば四十才くらいなので、別人だと思うが、とても変わっているという点で彼に実によく似ている」
私はこっそりトリトニィ先生の魔気を摘まんで読み取った。
間違いない。昔彼女は樹海王国レストーシャンで会った宰相の娘にして天才少女のマーナだった。
マーナは愛称で、マレリーナというのが正式な名前だったのだ。
彼女はキャサリン王女の結婚を機に放浪の旅に出て世界中を回り、帝国に来たときにアーノルド・ダフラー学長に誘われてここの教師になった。
その彼女が私を見据えて、こう言った。
「ジョゼフ・デル・サクセス君、君は従者の二人がCクラスになったので、自分もCクラスを希望すると申し出たそうだね」
私は頷いた。
「普通クラスランクを落としてまで従者と同じクラスになるというのは前例がない。
そういう意味で君は非常に特殊な希望を持っている。
そして少し気になって入試の時の君の成績を見させてもらった。
設問内容には言及できないが、恐らくAクラスの者でも答えられなかったような珍回答をしていた箇所があった。
間違っていれば良いだろうと、適当に書いた答えが設問を越えた内容をぽろっと書いているのだ。
その為君は誤答が誤答として扱われたならCクラスになっていたのかもしれないが、大いなる可能性を感じさせるとしてBクラスにされたのだ。
そしてその時の採点官は私だった。
しかもそれが魔法学の魔気に関する記述だった。
その内容をここで公開することはできないが、魔気に関する現学会では誰も発表していない事実を当然のことのように書いていたのだ。
しかし、ここで君の追及をするのはやめよう。
君と総合では同点だった生徒をBクラスに迎えることにしよう。
だが警告しておこう。
君はCクラスでは従者ともどもトップクラスなので、定期テストのときに、今回のような中途半端な成績をとれば、また従者の者と別れ別れになる危険に見舞われるだろう。
どうせ取るならCクラスでも中くらいのレベルにするか、それとも一念発起して従者共々Bクラスの中堅どころの成績を取るかにして欲しい。
というのは、クラスチェンジの希望は今回限りで、次回からは定期テストの結果で振り分けられるということだからだ」
私は希望が聞き届けられたと知って、立ち上がり深々とお辞儀をした。
「ありがとうございましたっ」
マーナ「つくづく君は変わった生徒だよ。
だが担任は外れたが、教科ではまた会うことになると思うから気を抜かないでいてくれたまえ」
すると隣のCクラスから生徒が一人やって来た。
男子生徒でハロルドという生徒だった。
私はその代わりにCクラスに移動する。
そして驚いた。Cクラス担任のベアトリーチェ・アックスという女教師はあの『魔獣探索のビーチェ』の年を経た姿だった。
「君か、従者と一緒になりたいって、こっちを希望して来た変わり者は? むむむ……これは?」
私を見るなりアックス先生は顔を近づけて来た。
「君の顔は昔見たことがあるぞ。ミレーヌ……そういう女性がいたんだ。
君のお母さんはそういう名前ではないか?」
ミレーヌ「いえ、僕の母はキンバリーと言いますが、僕にはそれほど似ていません」
「けれども君の魔気はミレーヌと言う昔の知り合いと同じ反応を示している。
待てよ、ミレーヌは確か獄炎のライラと相討ちになって死んだ筈だ。
他人の空似か。それにしても魔気までも同じとは珍しい。
もしかすると生まれ変わりかもしれんな、はっはっはっは」
ビーチェは長い間冒険者をやって来たが、魔獣探索のプロとしてこの学園に教師として招かれたのだ。
いずれにしても私は従者の二人と同じクラスになることができてようやく一安心したのだった。
そしてマーナの忠告通り、私たちはCクラスでも中間程度の成績を取るように振舞おうと決意した。
その事件は突然起こった。
私はたまたま選択教科の古代歴史の授業を受けていた。
あまり人気のない授業だったがデビアン博士についての記録が残っているらしいとのことで興味を持ったのだ。
予想通り生徒の数はまばらでチャールズ王子が前の方に座って従者たちと共に授業を受けていた。
そのほかは一桁ほどの生徒がいたろうか。
私たち三人は目立たないように後ろの方の出入り口近くに座っていた。
そのとき『逃がし屋』から連絡が入った。
『稼業のことじゃねえんですがね。
学園の女生徒が刺されて倒れているらしんですよ。
めった刺しにされて恐らく助からな……』
私は他の二人に合図しそっと教室を抜け出した。
その現場には数秒後に転移して到着したが、血だまりの中確かに学園の制服を着た女性が倒れている。
ザックが女生徒の様子を調べて私に言った。
ザック「助けられたら助けても良いですか?」
ミレーヌ「ああ、頼む」
するとザックはどこからかポーションを出すとそれを傷口にかけて、さらにもう一ビン口に含むと女生徒に口移しに飲ませていた。
なんと大胆なことをすると恥ずかしくなったが緊急事態だから仕方ないだろう。
私は彼女の魔気からなにがあったか探った。
彼女は武門誉れ高きブリストン将軍の娘で伯爵令嬢だ。
そして公爵令嬢ノエル・カイル・ムスタードの取り巻きでもある。
ノエルたちは授業がなかったので例のグループで裏通りの魔法具屋から出て来たところを男たちに襲われたのだ。
全員魔法科の生徒で魔法で対抗する暇もなくあっという間に無力化されて袋に入れられ攫われた。
彼女はセィラー・アルル・ブリストンで土魔法の名手だが同時に父親譲りの武術の心得もあったので抵抗したが数人にナイフでめった刺しにされてその場に放置されたのだ。
「若旦那、奴らのアジトが分かりました」
逃がし屋が配下を使って、女生徒たちが拉致監禁された場所を教えてくれた。
ミレーヌ「悪いがこの血だまりを消して、今のはちょっとした悪戯の芝居だってことにして欲しい。
これは口留め用の銀貨だ」
「へい、大丈夫です。目撃者の数はそんなに多くねえですから」
それから私はザックにいったい何を使ったかを聞いた。
ザック「エリクサーです。実は私は生前薬品庫を亜空間の中に持っていてそれがそのまま残っていたんです」
ミレーヌ「お前が作ったのか?」
ザック「いえ、私は中級薬までしか作れません。
これは師匠が残したポーションで、今はどこにも存在しないものです」
ミレーヌ「お前はセィラーさんをデビアン空間で看病し、目が覚めたら傷は普通のポーションで治したことにする。
顔は仮面で隠しておくように。
そして制服もマントで覆うこと。
そしてそのことも含めて魔法契約で口外しないように約束させてくれ」
ザック「わかりました。助けたい一心で……軽率でした」
ミレーヌ「カネ、一緒に現場に飛ぶぞ」
カネ「はい」
私は空間移動で飛ぶ前に亜空間を現場に先行させてモニター観察した。
それはシャボン玉大の亜空間だが、他の者には目視できない。
しかしこちらの方とリンクさせると先方の様子が分かるのだ。
薄汚い部屋の中にノエルを含めた五人の女生徒が猿轡を噛まされて腕を縛られている。
男たちは十数人いた。舌なめずりをしながら女生徒の体をニヤニヤしながら見ている。
「これからお前たちには全員傷物になってもらうのさ。
お前たちは男遊びをしてお嫁には行けない体になってしまうという筋書きだ」
すると一人の女生徒に三四人ずつが群がり縄を解いて手足を押さえて乱暴を始めようとする。
既に服を脱がされている生徒もいる。
「泣き叫んでも聞こえねえよ。この家の周りは魔道具で結界を作って音が漏れねえんだ。
だから安心して叫べよ。
誰も聞いちゃくれねえがな、ひゃっひゃっひゃ」
クール・ビューティとも言われたノエル公爵令嬢は美しい顔を歪め体を震わせた。
ノエル「無礼者っ。私は第一王子の婚約者ノエル・カイル・ムスタードだ。
指一本でも触れたらお前たちの命はないぞ」
到底間に合わないので、とりあえず男たち全員の頭に亜空間をつけて私の掌にリンクさせ、軽く雷魔法を発動した。
そして……
ノエル「えっ?」
服を剥がされ絶体絶命だった彼女たちは、自分たちを襲っている男たちが一斉に倒れたので、一瞬何が起きたか分からず呆けていた。
だがノエルはすぐさま立ち直り他の女生徒たちに指示した。
ノエル「身なりを整えなさい。
そしてこの者たちは一人として生かしてはおけません」
ノエルは氷結魔法の詠唱をして男たち全員を凍らせた。
だがその前に私は男たち数名の魔気を採取し事件の真相を探っておいた。
冷静な筈のノエルが犯人たちを全員殺したのは、自分も含め女生徒たちの名誉を守りたかったのだろう。
ノエル「良いですか?
何も起こらなかったのですよ。
胸を張ってここから出ましょう」
ドアから外に出たときにノエルたちは仮面を被った私たち二人と出会った。
「ここにも賊がっ」
騒いだ女生徒を制するとノエルは私に向かって言った。
ノエル「あなたたちですね、彼らを倒してくれたのは?」
ミレーヌ「なんのことかな? 彼らはあなたの氷結魔法で退治されたのですよ。
ところで黒幕が誰か知りたいですか?」
ノエル「……」
ミレーヌ「そうですね。あなたの婚約を解消させて得をするのは誰か大体分かりますけれどね。
でも一言忠告しますが、相手は他の公爵家ではありません。
それと、あなたは魔道具屋から出てそのまま学園に戻ったのです。
ケガをした女生徒が一人いたと思いますが、命に別状はなかったようです。
けれども少しだけ休ませてから学園に戻しますので安心して下さい。
今日は何もなかった。そういうことです。
さあ、早くお戻りなさい」
私は声帯をいつもよりサイズアップしてより男性的な声でそう言った。
ノエルはじっと私たちを見ていたが、やがてクルッと身を翻すと速足で去って行った。
私は死んだ男たちの体を収納して、デビアン空間に戻った。
セィラーは意識が戻っていたが、怪我の程度や使った薬のことなどを魔法契約で口外せぬことを約束させてから造血剤などのポーションを与えてから学園に戻した。
私が古代史の教室に戻ったとき、まだ授業は続いていた。
先生は老人でユージーン・ロングレッグという。
先生「おや、君たち途中でいなくなったがいつ戻ったんだね?」
ミレーヌ「すみません。少し前に戻っていました。
先ほどは具合が悪くなったので中座して申し訳ありませんでした。
ところでロングレッグ先生はデビアン博士のことをご存じですか?」
先生「ああ、デビアン博士だね。
さきほどチャールズ君からも質問があったから答えたが、彼がホムンカープトを作ったと言われているが正確には少し違うと話していたところだよ。
ホムンカープトというのはホムンクルスに対して使った俗語で、博士はそういう言葉は使ってなかったのだ。
博士は三種類の生体ゴーレムを作ろうとした。
だが全て失敗したと言われている。
頭脳が超人的に優れているホムンセリブレムと精神力に優れているホムンコルディス、そして筋力や運動機能に優れているホムンモースコロスだ」
ミレーヌ「先生モリエレムモースコロスというのは?」
先生「ほう、何故その言葉を知っている? ホムンというのは男を意味し、モリエレムというのは女性を意味する。
そういうことだ」
なるほど私の従者のこの二人は筋力や運動機能に特化しているのか。
授業が終わり教室を出ようとするとチャールズ王子が私の所に飛んで来た。
後から従者の生徒が慌てて追いかけて来る。
王子「ねえ、君。えーと確かCクラスの魔法科の……」
ミレーヌ「ジョゼフ・デル・サクセスといいます、殿下」
王子「そうそうジョゼフ君。君ってどうしてモリエレムモースコロスなんて言葉を知っていたの?」
ミレーヌ「それは、えーと「私が教えました」」
こともあろうにカネがつい口を滑らしてしまった。
王子「えっ、君が? どうして。
どうして知ってるの」
『カネ、言っちゃ駄目だ。お前実験材料にされるぞ』
『す……すみません。ついうっかり、どうしよう』
『誤魔化せ。とにかく適当に誤魔化せ』
カネ「あのう……あるお爺さんが教えてくれた物語です。
ホムンクルスではなくモリエレムモースコロスという美少女ゴーレムが出て来る話でしたが、どんな話かは忘れました。
そのお爺さんももう死んでしまったそうです。
旅回りの芝居小屋の人でした」
王子「そ……そうなの?
君、名前は?」
カネ「私はジョゼフ様の従者でカネと言います、殿下」
王子「カネさんかぁ、なるほど美少女ゴーレムかあ。
例えば君みたいなゴーレムがいたら素敵だろうな」
カネ「えっ、えっ、な……なんですか」
ミレーヌ『おい、慌てるな。ばれてないから』
『は…はい』
ミレーヌ「では殿下、私たちはこれで」
王子「あっ……」
王子がさらに何か続けようとしているのを三人そろって深くお辞儀するとそこから退散した。
もちろん捕まっては嫌だから、角を曲がったら転移して距離をあけた。
これで王子は私たちを見失ったろう。
もうあの授業はサボろう。
今はもう全ての授業が終わり放課後になる時間帯だ。
廊下を男子たちに囲まれて歩いて来る女生徒がいる。
男爵令嬢バーバラ・ロトレックス、二年生だ。
下位貴族の娘が上位貴族の子息である男子生徒たちを侍らせている。
彼女はノエル嬢たちを襲った男たちの黒幕だ。
今は卒業生の第一王子の婚約者であるノエル嬢を汚し、その後釜を狙っているという無謀な娘。
そこまでは犯人たちの魔気から読み取っている。
ところがバーバラは突然私の方を見て驚きの目を見張る。
えっ、何故私を……そのとき背後から声がかかった。
「ジョゼフ・デル・サクセスさんですね」
振り返って見てバーバラが驚いた原因がわかった。
そこにはノエル嬢たちが立っていたのだ。
ミレーヌ「これはノエル・カイル・ムスタード様」
バーバラが驚いた原因はノエル嬢たちの元気な姿を見たからだ。
だが何故ノエル嬢は私に声をかけたのだろう。
私とは例の食事会のときに見かけただけだと思ったが。
そしてノエル嬢は私の耳元に顔を近づけて囁いた。
ノエル「さきほどはありがとう」
ミレーヌ「えっ、な……なんのことでしょうか」
ノエル「声を変えても仮面を被ってマントを着てもあなたの茶色の靴とカネさんの赤い靴は同じですもの。
靴ひもの縛り方にも個性があるので分かりました。
でも誰にも言いません」
ミレーヌ「しーっ、すぐ目の前に無事な姿のあなたを見て驚いている人がいるみたいですのでこれで 」
ノエル「えっ、まさか……」
ミレーヌ「見てはいけません。そのまま通り過ぎて下さい」
私の忠告通りノエル嬢たちはバーバラたちに気づかない振りをして行ってしまった。
「あなたっ」
私も行こうとするとバーバラが声をかけて来た。
「あなたっ、名前はなんて言うの?」
顔をあげるとバーバラの目から魔法の波動が飛んで来た。
私はそれを目で吸収すると魔気に変え、再び同じ波動に変えて彼女に返してあげた。
バーバラ「えっ?」
ミレーヌ「ジョゼフ・デル・サクセスと言います。一年魔法科Cクラスです。
確か二年教養科Aクラスのバーバラ・ロトレックス様ですね。
今後ともよろしく」
そう言って私は二人の従者と一緒に彼女らとすれ違った。
バーバラの目から出た魔法の波動は『魅了』と『催眠支配』だった。
けれども彼女が襲撃犯の男を魅了して犯行を行わせたのは分かっても、男爵令嬢としてどういう生い立ちだったかは『隠蔽』がかかって不明だった。
魔気を読んでも読み取れない情報を持つ彼女は何者なのだろう?
私は従者の二人にバーバラの目を見たかと尋ねた。
カネは見たことは見たが何も感じなかったと言って首を傾げた。
ザックは何か魔法を感じたが、そのまま通り抜けて行ったと言った。
たぶん人には効果のある魔法なのだろうが、自分は人ではないので何ともなかったのではないかとも言った。
さて私は情報収集の為に『順風耳』という風魔法を初期の頃は使っていた。
正直ほんの囁き声や呟きでも、目に見える範囲なら百メートルくらい離れていても耳元で囁かれたのと同じくらい聞こえる。
だが壁越しなど見えない範囲だと風魔法が使えない。
まして何百メートルも離れていると流石に聞き取れない。
そしてこの技は従者の二人にはできない。
風魔法が使えないからだ。
けれども最近は『地獄耳』という方法も使っている。
これは特定のターゲットにシャボン玉大の亜空間をくっつけてやる方法だ。
そしてターゲットが発声した言葉を自分の耳につけた亜空間とリンクさせれば、距離や障害物に関係なくクリアに聞こえる。
またリモートコントロール宜しく亜空間を飛ばして、そこに映る映像を頼りに狙った音や映像を拾うこともできる。
従者には亜空間を飛ばす能力はない。
空間魔法が使えないからだ。
だが特定の場所またはターゲットに接着させた亜空間とリンクさせたものを彼らの耳につければ、彼らにも『地獄耳』の真似事はできる。
人の出入りの多い市場や酒場などに亜空間を設置しておくと、色々な情報をあつめることもできる。
彼らにはそういうことを聞かせて私は私であちこちに耳をそばだてていた。
ノエル「セィラーさん、あなたはもう大丈夫なの?」
セィラー「ええ、大したことがなくてポーションですっかり回復しました」
ノエル「それをしてくれたのは狂戦士の仮面を被った男の子なんでしょう?」
セィラー「はい、でも誰かは分かりませんでした」
ノエル「あなたは数人の男からナイフでめった刺しにされたのよ。
それこそ物凄い血の量だったわ。
お腹や背中をザクザク刺されて、ポーションごときで治る傷じゃなかった筈」
ノエル「それがそれほど深くなかったらしいのです。ナイフの先が丸かったのか余り刺さらなかったみたいなのです。
血も地面に広がればたくさん流れたような気がするかもしれませんが、実際はそれほど多く失血してなかったんです」
ノエル「信じられない。ちょっと傷跡を見せて貰えるかしら」
セィラー「ノエル様、それはお許しください。
完全に傷跡が消えてからお見せしますので、やはり恥ずかしいです」
ノエル「やはり口止めされているのね」
セィラー「いえ、そんなことは……はい、実は……魔法契約で」
ノエル「やっぱり。あなたは完全に気を失っていた。ポーションを飲まされたことも覚えていないのでしょう?」
セィラー「は……はい。目が覚めた時にはすっかり治ってました。破けた服と血痕は残ってましたが」
ノエル「その男の子はどうやって気絶したあなたにポーションを飲ませたのかしら」
セィラー「えっ、それは……わかりません」
ノエル「あら、顔を赤くして。今想像したでしょう? そうね、たぶんそうね。
で、誰だかは分かっているのでしょう?」
セィラー「いえ…それははっきりはわかりません」
ノエル「その狂戦士は黒い靴を履いてなかったかしら?」
セィラー「えっ……そういえば確かに」
ノエル「それなら間違いない。
一年Cクラス魔法科のジョゼフ・デル・サクセスの従者のザックと言う子よ、その者は」
セィラー「えっ、えええっ」
ノエル「言っておくけれど、彼の使ったポーションは少なくても二瓶。傷口にかけるのと経口で摂取するのとでね。
しかも死にかけたあなたを生き返らせるポーションって白金貨何枚積んでも買えるものじゃない。
エリクサーという伝説上の霊薬で、現存しないと言われているものよ。
それを惜しげもなく使ってあなたを助けたザックという少年、あなたにとっては大恩人。
どうする積り」
セィラー「……命には命をもって報いるしか……」
ノエル「馬鹿ね。あなたは伯爵令嬢、相手は平民の使用人。奴隷よ。
そんな身分でどうしてエリクサーを持っていたかは謎だけれどあなたは何もしなくても良いわ。
あなたを助けたということは私が受けた恩と同じよ。
そして私たちはジョゼフにも助けられている。
だから私が第一王子と結婚して将来王妃になったら、まとめてその恩を返すということにしましょう。
その為には是非とも王妃にならなくてはね。
そしてそれを妨害する者は葬らなければ。
私たちを襲った者たちは全員殺したけれど、それを命じた者を私はジョゼフから教えて貰った。
だから心配しないで」
セィラー「どうしてあの少年が襲撃犯の黒幕を知っているのでしょう?」
ノエル「それはわからない。
でもね、よく考えてごらん、セィラーさん。
彼は私たちが襲われて乱暴されそうになったとき、そのことを監禁されていた部屋の外から知って男たち全員を一瞬で気絶させたのよ。
そしてその後私が氷魔法で彼らを殺したことも部屋の外にいたのに知っていた。
それに従者のザックがあなたに使ったエリクサー……彼らが尋常の者ではないことははっきりしているわね。
だからそのことだけでも、黒幕の情報は信用できる、そんな気がしたの」
セィラー「その人たちはまるで神の目を持っているようですね。
それで黒幕というのは?」
ノエル「それはあなただけに教えるわ。
教養科二年生のバーバラ・ロトレックスよ。
男爵家の養女で、元は村娘だったらしいわ」
セィラー「平民出の俄か貴族、しかも男爵の養女ごときが何故私たちをっ? 」
ノエル「彼女は昨年途中から転入して来た。
そして結構高位の貴族の息子たちを誑かして自分の身辺に侍らせているようなの。
それが最近宰相の息子とか将軍の息子などにもちょっかいをかけるようになった。
そして最終的に誰に目をつけたと思う?」
セィラー「ま…まさか、ノエルさまの……」
ノエル「その……まさかよ。だから私が邪魔になった」
セィラー「ありえないっ。家柄もなにもない男爵家の養女ごときが、身分をわきまえずしかも婚約者のいる王族を狙うなんてっ」
ノエル「宰相の息子にも婚約者はいるのよ。
というか婚約者のいるような男性ばかり狙っているようにも思える」
セィラー「なぜでしょう?」
ノエル「婚約者がいない男は彼女を独占しようとするでしょう?
でも婚約者がいる場合は堂々と彼女を独占できない。
だから彼女の周りには男性のとりまきが群がっている訳よ」
セィラー「あざといですね」
ノエル「それはともかく。
バーバラ・ロトレックスについてはどうしたら良いのでしょう?
今回のことは犯人を全て消してしまったので、証拠も残っていない。
また同じようなことをして来ないとも限らず、正直悩みますね」
セィラー「どうしたら良いのでしょう。
彼女は危険です。放置できません」
ノエル「あなたは何もしないで。
私はお父様……いえ、お母様に相談してみます」
私の聞いた話はそこまでだった。
それから半月ほどしてのことだった。
二年生教養科の生徒が野外学習でゴブリンの群れに襲われたという事件が起きた。
生徒の数は三十人、教師は三人、護衛の数は十人、そしてゴブリンは三十匹はいたと言われる。
けれど護衛たちの活躍によりゴブリンは二十三匹殺し、後は追い払ったという。
その後、教師が点呼したところ、生徒が一人足りなかった。
その生徒は男爵令嬢バーバラ・ロトレックス。
その後捜索したけれどもとうとう彼女は発見されなかった。
男爵家では学園側に抗議したが、バーバラはいつの間にかグループから抜け出して勝手に個人行動してのことらしく、指導側に手落ちはなかったという見解がしめされた。
また男爵位という低い爵位であり、村娘が養女として迎えられたという出自のこともあって、大した事件として取り上げられなかった。
「私をどうする気?」
バーバラは私に向かって口を尖らせた。
デビアン空間の屋敷内の座敷牢に閉じ込めておいたバーバラの前に三人の仮面姿で立った私たちは顔を見合わせた。
バーバラ「どうしてあなたたちは私の『魅了』や『催眠支配』が効かないのよ。
あなたはジョゼフでしょう?
逆に私に魅了をかけ返したから仮面を被っていても分かるわ。
だとするとその狂戦士はザックという変な顔の男子で、鬼面女はあの東方人形みたいな娘ね」
ミレーヌ「お前は何者だ。人族じゃないだろう?」
バーバラ「あんたたちこそ絶対人間じゃないね。
亜人でもないっ」
ミレーヌ「私は……たぶん妖精のようなものだ。
魔物や精霊にも少し近い。
人族の血も混ざっている。
そしてここにいる狂戦士はホムンモースコロスという生き物で、鬼面女の方はモリエレムモースコロスという女性形の生き物だ」
バーバラ「とんでもない奴らだよ、あんたらは。
私はそれに比べるとかなりまともだ。
魔族と人族の混血さ。
サキュバスの血が混ざっていてこっそり村で育てられて、後は男を騙して今の身分になったんだ」
ミレーヌ「王妃の座を狙ったのは何故だ?」
バーバラ「畜生っ。お前だろうっ、やっぱり。
ノエルたちを傷物にするのを邪魔したのは、お前たちだったんだな?
私の前でノエルがお前に礼を言ってたのを見たから、変だと思ったんだ。
あいつらをどこにやった?
殺したんだろうけど、死体がなかったぞ」
ミレーヌ「質問に答えるのはお前だ。
きちんと答えないとゴブリンの巣の中に放り込むぞ。
お前は魔族の手先で帝国を内側から滅ぼそうとして今回のことを企んだのか」
バーバラ「そんなことするかっ。
私は魔族にも人族にも見捨てられたんだ。
ただ王族になって贅沢な暮らしがしたかっただけだ。
お前こそ帝国の犬か?」
ミレーヌ「質問をするのは私の方だと言ったろう。
だがどうやらお前は本当のことを言っているようだな。
お前は魔族からも忌み嫌われ差別されたらしいな」
バーバラ「やっぱりお前も準男爵の息子だから帝国に忠実なのか?
私をどうする積りだ?
この体を自由にして良いから助けてくれ」
ミレーヌ「気づかないのか? 私は女だ。そういう趣味はない」
バーバラ「げげげ、騙されたっ。
魅了を逆にかけ返されたとき、お前が可愛い男の子だって惚れてしまったじゃないか。
私の純情を返してくれっ」
ミレーヌ「お前が魔族の手先で帝国を崩壊に導くというのでないならまあ、特に心配するほどでもない。
個人的にお前を捕まえたが、条件付きで解放してやろう」
バーバラ「ど……どんな条件だ?」
ミレーヌ「魅了と催眠支配のスキルを私の許可がないときには使わないというのが一つ。
元の学園には戻らず姿を隠しているというのが一つ」
バーバラ「学園には戻れないの?」
ミレーヌ「戻ったらお前は公爵家に消されるぞ。
実はお前を殺害する計画が進んでいたのだ。
つまりその前に事故を装ってお前を助けたのが私ということだ」
バーバラ「……」
ミレーヌ「まだ条件のすべてを言ってない。
お前は私の配下になって裏の仕事を手伝って貰う。
その時にこの仮面を被ることだ」
私は一枚の仮面をバーバラの方に投げた。
バーバラはそれを手に取って目を皿のようにして見つめる。
目も口も笑っている女の面だ。
しかし見ているだけで妖気が漂う薄気味悪い顔だ。
バーバラ「な……なんだこの面は?」
ミレーヌ「獣人国の祭りに被る面で、『妖貴妃』だ。
サキュバスの女王の意味がある。お前にぴったりだろう」
バーバラ「ふ……ふだんからこの面を被るのか?」
ミレーヌ「男を誑かすことが必要なときに被ってもらう。
普段は地道な堅気の仕事をしてもらう。
逃がし屋の表の稼業の事務仕事を担当してもらう。
それで良いか?
いやなら南の王国の方に奴隷として売り飛ばすが」
バーバラ「いえいえいえ、これでお願いします」
ミレーヌ「今日からお前はバーバラではなくローズだ。
家名も何もない使用人だ。
さあ、今までの条件すべてを承諾するか?」
バーバラ「し……承諾します」
するとバーバラの胸の辺りが光った。
この瞬間、彼女はローズになったのだ。
ミレーヌ「よし、これで魔法契約が成立した。
おまえがこの契約を破れば命を失う。
しっかり守れ」
ローズ「は…はい」
こうして私はまた一つ使える駒を手に入れたのだ。
ここまで読んで下さってありがとうございました。




