入学時のこと
久しぶりの更新になります。
入学試験を受ける為の窓口に向かって行く途中、沢山の子供たちに出会った。
そしてその風景に私はすっかり気後れしてしまった。
まず着ているものが違うのだ。
私もザックもカネもそれなりに余所行きの服を着てきた積りだが、自分の着ているものが恥ずかしくなるほど、他の人たちは高級でセンスの良いものを身に着けているのだ。
私たちはほぼ平民の田舎者丸出しの恰好だということが思い知らされた。
帝都はファッションのレベルが高いのだ。
だから私たちのレベルは帝都のホームレスよりは少しマシ位な感じなのだ。
そして、この学園には帝都でも水準以上の家の子女子弟が集まって来る。
主に貴族様の階級の方たちが集まって来るのだ。
その顔を見ると顔面偏差値がかなり高い。
私やカネもかなり顔立ちが整っている方だと思っていたが、ここではモブ並みなのだ。
いや、総合的に言うとモブ以下だ。
どの子供たちの顔を見ても個性的でなおかつ美しい。
まさに芸能人学校に迷い込んだのではないかと思うくらいなのだ。
しかも彼らはアイドルグループのように何人か一まとまりになって行動している。
中心には特に目立つ者がいて、その周辺に水準以上の者たちが勢ぞろいして歩いているのだ。
私が窓口に向かおうとしているとき、すごいイケメン軍団がやって来た。
来たのは私たちが先だが、思わず後ずさりして順番を譲った。
というのはそのセンターにいる少年が、いかにも貴族様俺様でございって感じのオーラを放っていたからだ。
「ニコル・アラン・レッドフレイムだ。届け出は終わってると思いうが、一応確認に来た」
受付嬢「はい、伺っております。公爵家のニコルさまですね。その従者の方たち五名様も一応ここでお名前を読ませて頂きます」
そして受付嬢は従者の少年たちの名前と実家の爵位を読み上げた。
それを聞いて驚いた。
従者だけでも伯爵家や子爵家の子弟がゴロゴロいるのだ。
きっと次男三男なのだろうが、私なんかは長男でも継承権のない準男爵だ。
もう負けている。
まして私の従者は一応使用人レベルなので下手すると平民以下になる。
彼らが終わったようなので、私たちは恐る恐る窓口に近づいた。
するとなんのためなのかそのイケメン軍団はすぐそばでたむろしながらこっちを見ている。
センターの俺様男がこっちを見ながらニヤニヤ笑っているような気がする。
怖くて魔気を飛ばしてその真意を探る気にもならない。
窓口の受けつけ嬢は先ほどとは打って変わって険しい目つきで私たちを品定めするような態度を示した。
「あなたたちは? もしかして入学試験を申し込みに来たの?」
ミレーヌ「は…はい」
「事前に申し込んでいた?」
「いえ、今日ここに着いたばかりで、受付は今日までと聞いていましたので」
私は横の方で貴族様たちが見ているので、なにか緊張して言葉がうまく出て来なかった。
そういえばジョゼフになってからは、自分より上位の貴族に会ったのは初めてのような気がする。
「あのね。今日の受付は事前に申し込んである名簿の確認が殆どなのよ。よほどの身分の方でないかぎり、前日申し込みは受付ないの。だいたいあなたたちはどこから来たの?」
「サウスコーストです」
「サウスコースト? あそこって人が住んでいるの?
で、あなたたちの身分は?」
「僕は、ち……父が準男爵です。で、こっちの二人は使用人です」
「じゃあ、あなたは平民でそちらの二人は奴隷ということですね」
「奴隷ではないのですが、使用人で」
「どう違うのかわかりませんが、その二人は平民ではないですよね」
このやり取りの途中で横のイケメン軍団からクスクスという忍び笑いが聞こえて来るのが精神的にきつい。
「まあ、今も言ったように話にもなんにもなりません。
平民以下の場合は事前に貴族か有力者の推薦があって初めて受付るのです。
自分たちだけ来て試験を受けさせろと言っても通用しないのですよ「いいんじゃないか?」えっ」
受付嬢の説明中横槍を入れたのはお貴族様ユニットのセンターだ。確かニコルなんとかと言った。
ニコル「おい、お前たち名前なんて言うんだ。まずさっきから喋っている可愛い顔したお前からだ」
ミレーヌ「可愛いっ? 僕はジョゼフ・デル・サクセスでサクセス準男爵の長男です」
ニコル「それからそこの変わった毛色の奴、お前は?」
「ジョゼフさまの従者のザックです」
ニコル「で、そこの東方人の人形みたいな女、お前は?」
「同じく従者のカネです」
ニコル「おいおい、従者ってお前たち……まあ、いいや。
受付の女、この三人は俺が推薦者になるから、受け付けてやれ」
受付「えっ、推薦者に? は…はい、それならそう致します。
じゃあ、あなたたちは何科を受けるのですか」
受付嬢は公爵家のお貴族様が推薦者になると言うと、態度が急変した。
「三人とも魔法科です」
「えっ、魔法科。家政科とか技能科ではなくて?」
「はい、魔法科です」
「それなら魔法科はある一定以上の魔気がなければ受けることはできないので、測定させて頂きます。この水晶球に手を当てて魔気を出してみて下さい。
水晶が白く輝いたら合格ラインです」
私は最初に手を当て合格ラインの白い色を出すことができた。
「次の……ザックさん、どうぞ」
ザックには魔気が全然ない。
どんな人間でも魔気は多少あるが、ホムンクルスの彼には全くないのだ。
だから私はボール大の亜空間を二つ用意して、それぞれ私とザックの掌の中央にセットした。
そして私の亜空間とザックのをリンクさせて魔気の空間移動を行ったのだ。
そうすれば本人が魔気を出したように見えるからだ。
水晶はやはり白く光った。
同じようにカネも白く光った。
「一応三人とも試験を受ける資格はあります。
公爵家の推薦があり、最低限の魔気があるので受験資格はあります。
けれども試験は筆記試験で平均六割以上、実技試験で三回のうち一回は的に当てなければいけないので、その積りでいてください。
受験料は一人金貨一枚です」
私は金貨を三枚出した。
その代わりに受験票を三枚貰う。
番号が三人とも離れているのはカンニング防止の為だろう。
私は手続きができたので、お礼を言おうとニコル・アラン・レッドフレイム公爵子息様の方を見た。
「あの」
ニコル「礼は良い。その代わり俺様が推薦したのに、一人でも落ちたらタダではすまないぞ」
ミレーヌ「というのは?」
ニコル「推薦者の顔を潰すことになるから、命を貰うか体を貰うかだ」
ミレーヌ「か…体って」
ニコル「奴隷にする。お前たちに拒むことはできない。公爵家の推薦というのは金に換えれば膨大な額になる。
つまり返せないほどの借金したのと同じで、お前らが合格しなければ借金未返済と同じことになるのだ。つまり奴隷にされても文句は言えないということだ」
ミレーヌ「三人とも合格したら?」
ニコル「そのときは改めて礼を言えば良いだろう。
安心しろ。金をだせとか子分にするとかは言わない。
だいたいお前たちのようなイモを連れ歩くような趣味はない」
ミレーヌ「わかりました。合格するように頑張ります。
ありがとうございました」
ニコル「だからそれは合格してから言え。もし三人とも落ちていたら殺すぞ。おい、こいつらのを控えておけ」
「はっ」
とりまきのイケメンの一人が私たちの受験票の番号を書き写していた。
その番号が合格してなかったら海に沈められるかもしれない。
もともと従者の二人には筆記試験も実技試験も合格できる力はない。
ただ彼らに事前に教えたのは、ピグマリオンの言葉を聞いて書けるようにすることだった。
用語は受験科目にある魔法用語や歴史・地理などの用語は聞いてすぐに書けるように訓練した。
ただし算数は本当に優しい内容なので、実力でも合格できるようには教えておいた。
単語や用語だけでも聞けば分かるようにしておけば、その後の学習が楽になるからだ。
さてそんなことを考えながらニコルのイケメン軍団を見送っていると、なにやら鋭い視線を感じたので、それとなく盗み見すると、今度は女子アイドル軍団がこっちの方を睨んでなにやら言っているので、耳を澄ましてみた。
そこのセンターはチリチリパーマで耳まで隠している細身のフランス人形みたいな子で、ドレスのスカートがフワフワのヒラヒラのド派手なファッションだった。
こっちは女版の俺様貴族で常に顎をあげ気味にして下目遣いに喋る女だ。
かなり目立つ美少女だが声が食肉系の鳥のような声だ。
チリチリ「なに、あのみっともない三人組は? 目障りなゴミね。
私の視界に入ること自体間違ってるわ」
「しかもお嬢様の想い人である、ニコルさまと気安く口を利いてましたわ」
チリチリ「あの男、顔が女っぽいわ。まさか彼を誘惑したんじゃないわよね。だったら生かしておけない」
「まさかニコルさまにはそんな趣味がないはずですが」
チリチリ「いやいや、私には分かる。あんな土臭いイモに声をかけるニコル様ではない。あの男、なにか魔性の匂いがするわ」
「そういえば、もうひとりの顔の平たい東方娘にも関心をしめしていたような」
チリチリ「顔が平たくてもあの手の顔は近頃帝都でももてはやされているって聞いたわ。
私も顔を板で挟んで少し平べったくしようかしら」
「とんでもございません。お嬢様はそのままでも誰一人敵う者などおりません」
チリチリ「もちろん冗談よ。あの平べた娘ももしニコル様を誘惑できるなんて勘違いしてたら顔をスライサーで削ってまっ平にしてあげても良いわ」
これは絶対拘わらない方が良い。私は二人の従者に目で合図してそこからすぐに姿を消した。
参考までに魔気でちょっと探ったら、ヨランダ・ビブル・ワインド侯爵令嬢というのがチリチリ髪の名前だった。
だが別にニコル・アラン・レッドフレイム公爵子息とは許婚者の関係でもなんでもないようだ。
もちろんこれからどちらとも関係を持とうとは思わない。
入学試験のときが訪れた。
競争率は十倍ほどだ。
だから千人くらい集まって、入学できるのは百人くらいだ。
例年筆記試験平均六十点以上というが、成績順に一割採用するのなら、六十五点か七十点辺りが無難かなと。
それと実技は魔法の的当てらしいが水弾と風刃なら撃てるので三回のうち二回は当てたい。
私は試験会場に行くと、ザックやカネと別々の試験会場になっていた。
ザックやカネには掌にボール大の亜空間をつけてやる。
そして私にも同じものをつけてリンクさせ、私の声を届けるのだ。
通信方法はトランシーバーのようで両方いっぺんに話せないし、しかも二人に同じ内容のことを伝えるのだから結構大変だ。
もちろん事前に予行演習はすませてある。
一番目のテストは歴史だった。
私は以前の学校で帝国の歴史についても学んでいたので、楽勝だったが、正解は八割くらいにしておいた。
それからカネとザックに手のひらの結界に口を当てて小声で答えを言う。
一通り正解を言うがそのうち何問かは誤答になるように指示する。
けれど正解は六割五分から七割になるようにさせた。
同じように地理の試験も文学の試験も魔法理論の試験も乗り切ったと思う。
そして午後から実技試験になる。
これが騎士科だったら剣術の試験だし、家政科だったら刺繍とか料理とかなのだろう。
魔法科では攻撃魔法オンリーのテストで的当てだった。
試験官「どんな魔法でも良いからあの的に三回だけ狙って当てること。三回とも外れたら間違いなく実技テストはゼロなので、どんなにペーパーテストが良くても入学はできない」
その説明が終わっていよいよ名前を呼ばれた順に魔法を発射することになる。
どこでやってるのか分からないが、私はカネの額につけた小さな亜空間と自分の目の亜空間をリンクさせて、狙いを定めた。
これも結構練習したのだがなかなか難しい。
カネは水弾のソフトボール大のを一発目撃ったが、外れた。
それで二発目も惜しくも掠っただけなので、三発目はドッチボール大の水弾にした。
するとうまく命中した。
ただ三発目の水弾が普通より大きかったので、ちょっと目立ってしまった。
次は私だが風刃を飛ばして当てたが当たったかどうか試験官が判断できなかった。
試験官が目が悪いのもあるが、風というのは目視しづらいというのもある。
それで急きょ水弾に変更して続けて二発命中させた。
最後にザックだった。前回の反省から風ではなく水弾で二発連続で命中させて三発目はわざとスレスレで外しておいた。
一日で全て終わったのでほっとする。
合格発表は一週間後なので帝都見学を三人ですることにした。
受験した子供たちは十四五才から十六七才と幅がある。
そういう子たちの中で、結果を聞かなくても駄目だったという者もいるらしく、早速帰り支度している者もいた。
「駄目だったよ。ヤマを張ったところは全部はずれたし」
「まあ、あの家庭教師金だけとって、碌な奴じゃなかったわね」
「魔法もしょぼくて的に届かなかった。あんなに離れているとは思わなかったんだ」
きっと息子と母親なのだろう。
そんなことを言いながら地方に戻る馬車を待っているのだ。
他にもたくさんの受験生と従者や家族が帝都のあちこちに散らばっていた。
なにしろ一週間というのは長すぎる。
けれど受験生が千人いるのだから採点も大変だからそうなるのだろう。
さてそれではそろそろここを引き上げようかと思ったとき、向こうから必死に走って来る美しい娘がいた。
もっと遠くからは姿は見えないが『セルマさま』という呼び声が追って来ているようだ。
事情を知るのはこれが一番と、魔気をちょっと摘まんでみた。
その美少女はセルマ・ドル・アスランタ子爵令嬢で、この時期に魔法学校を卒業したのだが、迎えに来た実家の方ではそのままどこかの伯爵の側室にする意向らしい。
セルマは病死した先妻の娘で、後妻に入った義母が邪魔にしているらしい。
相手の伯爵に義母はかなりの借金をしていて、その分として義理の娘を売りつける積りだ。
父親の伯爵は義母の口車に乗って反対はしないので頼りにならない。
相手の伯爵はかなりの年配でしかも女癖が悪いというからセルマはどこかに逃げようとしているのだ。
と分析しているうちにこっちに向かって走って来たので、私は端的に質問した。
「追われてるのかい? 助けようか?」
セルマ「えっ、助かるわ。でも隠れる所がない」
「大丈夫」
私はデビアン亜空間に彼女を収納した。
もっとも一人じゃ心細いだろうからカネを一緒に入れてやった。
そこへバラバラバラと十人くらいの男たちがやって来た。
使用人らしい者から兵士や騎士などだが、アスランタ子爵家の紋章をつけているので、セルマの実家の手の者だろう。
「ここにお嬢様が来なかったろうか?」
騎士が私に聞くので私は答えた。
「ここはどっちを見てもお嬢様たちで一杯です。
どのお嬢様のことをお尋ねですか?」
「亜麻色の髪をした白襟紺のドレスを着たセルマお嬢様だが」
「ああ、その人なら先ほど急いで向こうの方向に行きましたけれど」
「行くぞーーっ」
教えた私に礼も言わずに彼らは走って行った。
もちろん私は嘘を教えたのだけれども。
私は辺りに誰もいないのを確かめてザックと一緒にデビアン亜空間に入った。
そうすると私の姿は学園の校庭から完全に姿を消したことになる。
デビアン空間はその後拡張して随分過ごしやすい空間になっていた。
そこは土地代も借家代もかからぬ、年中温暖な気温に恵まれた場所だ。
私は言うなれば移動式住居を持ち歩いているようなもので、いつどこででも帰宅して休息できるのだ。
だから新入生は入学後は寮に入るのが殆どなのだが、私には必要ないのだ。
セルマはカネが入れたお茶を飲んで寛いでいた。
彼女は確かに貴族ではあるが、困ったところを助けてあげたので私は遠慮なく口が利ける気がした。
セルマ「あの……ここはどこですか?
確か学園の敷地にいたと思うのですが」
ミレーヌ「ここは僕の隠れ家だよ。君にはなにか事情がありそうだから匿ってやった。
そして希望の所に逃がしてあげても良いけれど、ひとつ条件があるんだ」
セルマ「それはなんですか?
お礼なら今は用意できませんが、かならず後で」
ミレーヌ「簡単なことだよ。僕が君を匿ったことそしてこれから逃がしてあげることを、誰にも言わないこと。
この秘密の隠れ家のこともね。
それを守るという友達の誓いをしてくれれば良いんだ。
君は僕よりも年上かもしれないけれど、そんなことは関係ない。
できるかい?」
セルマ「できますっ。それだけで良いのですか、えーと」
ミレーヌ「僕はサウスコーストのサクセス準男爵家のジョゼフだ。
まあ、殆ど平民みたいなものだけれど、君の身分とかは関係なく友達契約するかい?」
セルマ「はい、どうすれば?」
ミレーヌ「簡単だよ。お互いの小指を絡ませてこうやるんだ。
一緒に言って。指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」
その後、私とセルマは指切りげんまんの儀式をした。
このとき言霊の魔法契約の形をとったので、お互いの小指が絡まったところがポーッと明るくなって温かくなった。
私はにっこり笑って言った。
ミレーヌ「約束を破ると両手両足の指が全部切られて、げんこつが一万回降ってきて、針を千本口から飲まされるからね」
セルマ「あ……あの。今のは魔法契約だったのですか?」
ミレーヌ「うん、そうだよ。でもセルマさんは約束を守る積りだから問題ないよね?」
セルマ「は…はい」
彼女は両手で自分の細い顎を包むようにして頷いた。
私は彼女に金貨十枚と銀貨五十枚と銅貨百枚と魔法ポーチを与えた。
魔法ポーチは容量が馬車一台分で、私が空間魔術で作ったものだ。
そして商業国に空間移動で送ってやった。
ミレーヌ「これからどう生きるかは君の心がけひとつだよ。
で、これは一度だけ使えるワンタイムホイッスルだよ」
私はセルマに細い管のような笛を渡した。
ミレーヌ「なにか困ったことが起きてどうしようもなかったら、この笛を思いきり吹いてね。
この笛は吹いても音が聞こえないけれど、必ず僕の所に届いて助けに行ってあげる。
でも一回使えば壊れてしまうから一度しか使えないんだ。
それじゃあ元気で」
セルマ「あのっ、ジョゼフ君、あなたはどうしてそこまでしてくれるの?」
ミレーヌ「どうしてって? 君は僕の友達になってくれたんだろう? それでじゅうぶんじゃないか」
私はそう言ってセルマと別れた。
さてセリアの件はさておき、この一週間ですることはたくさんある。
まずこの学園の教授陣の調査、その授業内容をしらべること。
私は平気だが二人の従者がついていけないようだと困るからだ。
それと帝都の物流の流れを調査すること。
わが領土のサウスコーストに益をもたらすような取引はないかどうかだ。
私は父から帝都に関しての商取引を一任されている。
そして、帝国各地のみならずピグマリオンの各国の産物をチェックしている。
そればかりか常に空間移動して余剰産物の購入と需要の大きい品を適正価格で売りさばいている。
これは儲けと言うよりむしろ物流の流れを円滑にし、経済に刺激を与えることに貢献しているという訳だ。
とはいえ、ついでにかなり儲ける。
そのほかに秘密裏の仕事がある。
それは帝国内の不必要悪の除去だ。主に商人の馬車を襲う盗賊の討伐だが、これを行うことにより国内の経済活動が円滑になるからだ。
時には必要悪ともなるらしい裏社会には手を付ける積りはない。この部分は保留だ。
最初の二つは特に難しくないが、この三つ目のことは慎重に準備しないといけない。
まず私は獣人国の王都に行って、仮面店で買い物をすることにした。
もちろん亜空間を飛ばして常冬の山脈の南、原始林の西の獣人国を調査して見つけた店だ。
獣人国では年に一回仮面フェスがあって、それ用の仮面が売っているのだ。
「いらっしゃいっ。おっ、人族だな? いったい何の用だ」
ミレーヌ「僕らは三人とも人族じゃないよ。僕は妖精族だし、この二人はモースコロス族だ」
店主の犬耳男は目を見張ってから鼻をくんくんさせた。
「なるほど、確かにあんたは妖精か精霊のような匂いがする。
しかも女だな。
そっちの二人は人間どころか亜人の匂いもしない。
もしかして人間そっくりのゴーレムか?」
ミレーヌ「おっとそれ以上は詮索なしだ。僕たちが身分を隠すのに仮面が欲しいんだ。
良いのを見繕ってくれ」
「そういうことか。それなら呪文で顔にぴったり吸い付き、視界も狭まらない上級の仮面がある。
外すときも解呪の呪文がある。
まずお前だ。
この面でどうだ。
祭りの時よく使われる大精霊の仮面だ」
よりによって私には不気味な仮面を選んでくれた。
縦に切れ目が沢山走っていて、目は暗闇のように虚ろだ。
「それとそこのなんとか族の姉ちゃんは殺戮の女神の仮面が良いだろう。仮面の中では結構可愛いほうだから」
見ると私の仮面よりは色白で紅が頬と唇についていて見た目がかなりましだ。
けれども殺戮の女神だから口の端から血が滴り落ちているし、目が異常にきつい。
カネは別に何の感想も言わずそれを受け取る。
「そしてそこの毛色も肌色も変わった兄ちゃんは狂戦士の仮面がぴったりだ」
そして店主はザックに眉間や鼻柱に深い皺を寄せた凶悪な顔の仮面を寄こした。
獣人というのはこういう面が好みらしい。
私は料金を払うと、すぐに商業国アストラに飛んだ。
そこには世界中の商人たちが集まっている。
私は老婆に変装して商人がよく通る路上でワンタイム・ホイッスルを銀貨一枚で売りだした。
「おい、婆さん。この笛はなんの役に立つんだ?」
行商人風の男が聞いて来たので説明してやる。
ミレーヌ「この笛は盗賊に襲われて命の危険が迫ったときに吹けば笛の精霊がやって来て助けてくれるというお守りさ」
「ふーん、本当かどうか分からないが、俺には護衛を雇う金がない。
これから自分の馬車で長旅をするが、何もないより少しだけ心強いかもしれないから、買って行くぜ」
ミレーヌ「毎度ありがとうさん」
こんな調子で買って行くのはあまり金のない行商人くらいだ。
大商人は何台も馬車を連ねて移動するので、護衛隊を雇っているのだ。
あと数日で合格発表というときに、いきなりホイッスルが鳴ったので、私たちは至急仮面を被ってそこへ空間移動した。
行商人が十人くらいの盗賊に囲まれている。
私たちの姿を見ると、すぐさま敵認定したらしく、物陰から矢が飛んで来た。
ザック「まかせろ」
カネに言わせれば、矢は一度に三本までは防げるが四本以上だとザックでなければ駄目だという。
ザックは昆虫型魔獣の悪魔蟲の群れが襲い掛かっても平気だという。
悪魔蟲はまるで弾丸のように高速で飛来し、毒針で突き刺す。
しかも一度に数十匹ヤシの実くらい大きな個体が飛んで来るのだ。
他の昆虫型魔獣を倒すハンターがいても、悪魔蟲の場合は逆に殺される。
何しろ弾丸のように速いくせに途中で九十度方向変換できるのだ。
だがザックは何十匹一度に襲って来ても殲滅できるのだ。
なので矢が無数に飛んで来ても自分の近くに飛んで来るのであれば全部撃ち落とせるのだ。
零れた矢はカネが手で掴んでいた。
お陰で私には一本も矢が届かなかった。
ザックは大胆にも弓士たちの所に突進して行った。
もちろん矢の集中攻撃に見舞われたが、全部目にも止まらない速さで払い落しそのまま弓士たちに突っ込んで行った。
一方カネはゴムバットという四十センチくらいの短いバットを持ってそれ以外の十人くらいの盗賊たちの方に突っ込んで行った。
このゴムバットはカネが最初から持っていたもので、中にピアノ線の束が入っていてそれを特殊なゴムで包んである。
カネは殺すのが嫌いなので。このゴムバットで戦うのだそうだ。
剣で斬っても切れないゴムで、これに叩かれると大抵の者は一発で気絶する。
脳震盪を起こすが外傷は残らないのだ。
他にもゴムで作った三節棍とかもマジックバッグに収納している。
十人くらいいた弓士の盗賊たちはザックが至近距離で射られながらも全員虫針で止めを刺していた。
それが一瞬で三人、三瞬?で十人全員倒していた。
もっと凄いのは返り血を全然浴びてないことだ。
刺したり切ったりした後、血が噴き出るまでの僅かな間に、既にその場を離れているからなのだ。
カネは力、スピード、柔軟性の三拍子を揃えているが、ザックはスピードに特化しているということだ。
もちろん少し遅れてカネも得物を持った十人の盗賊を気絶させていた。
主に頭部を加減して叩くことにより脳震盪を起こさせているのだが、その前に相手が武器攻撃をしてきた場合、それを弾き飛ばす分時間がかかっているようだ。
私はそのうちの一人の魔気から アジトの場所を確認した。
その場へ三人で空間移動で行くと、留守番の盗賊も数人いたがあっという間に制圧した。
そして盗んだものを保管してある倉庫も調べたが特に貴重なものはなかった。
盗賊たちの死体は収納亜空間に、生きている盗賊はバインドして目隠ししてからデビアン亜空間に入れておいた。
後で最寄りの騎士団詰め所に届け出れば、懸賞金や報奨金が貰えるのだ。
お金には困ってないが、貰える分には貰うという考えなのでそこは遠慮しないで貰っている。
その受け取り方はここでは書かないが、それなりに工夫している。
馬車の中でずっと震えていた行商人には特にケガもなく、盗られたものもなかった。
「ありがとうございます。あなたたちは、この笛で来てくれたんですか?」
ミレーヌ「そうです。笛で呼ばれたから来ました。
でもその笛は一度しか使えないので、後は気を付けて行って下さい」
そういうと私たちはさっさと引き上げて来た。
笛は結構薄利多売で売りまくったのだが、この一週間で呼び出されたのは一回だけだった。
そして合格発表の日に学園正面掲示板を私は偵察亜空間を飛ばして確認した。
結果三人とも入っていたので、ニコル貴族様に殺されずに済んだ。
偵察亜空間というのは、自由に飛んで行くボール大の亜空間と目につけた亜空間をリンクさせて、あたかも自分が空中を飛んであちこち見て回るような経験をすることをいう。
その亜空間は無色透明で滅多に察知されることはないので、偵察するにはもってこいなのだ。
そしてその場所には例のニコル・アラン・レッドフレイム様が来ていた。
ニコル「あの三人め、合格してるじゃないか。ああ、つまんねえ。
奴隷にしてやろうと思ってたのになあっ」
「ニコル様、あの三人来てませんね」
ニコル「合格したんだから、ケチ付けることができなくなった。まあ、来なくても良いだろう。
じゃあ、入学金を納めに行くか」
偵察亜空間で後をつけて行くと、急にニコルの前にチリチリ髪の侯爵令嬢軍団が現れた。
チリチリ「ニコル様、ごきげんよう。ところで試験前日ニコル様が推薦なさっていた三人組の庶民はどうなったかご存じでしょうか?」
げっ、なんで私たちの話題を振るんだ? このヒラヒラ女は何を考えているんだ。
ニコル「ああ、あいつらか。残念ながら合格していたよ。一人でも落ちていたら無礼討ちにしてやろうと思ってたんだが。
待てよ、なんでお前がそれをしっているんだ?」
チリチリ「あら、有名な話ですのよ。恵まれない庶民の受験生を憐れに思召してニコル様が慈愛の心で推薦者となって救いの手を差し伸べたというお話は美談として学園中に広がっておりますわ」
そう言いながら取り巻きの令嬢たちの方をチラリと見て口元を手で隠す。
つまり配下の令嬢たちにこの話を広めたということか。
ニコル「慈愛の心、ふん。そんな酔狂なことはした覚えはない。
俺が推薦したのに落ちたら面白いと思っただけだ」
チリチリ「そこでこのヨランダめが提案したいのですが、どうでしょう、その三人を王室ご用達のレストラン『シャトランゼ』に招待して合格祝いに御馳走して差し上げてはいかがでしょうか?
もちろん提案した私どももご一緒に、経費はこちらで持たせて頂きますので」
ニコル「お前がしたいって言うならしても良いが、あいつらに食べさせても帝国貴族のマナーも何もしらないんだぞ」
チリチリ「もちろんその趣旨をホールマスターに伝えておき、その三人に関しては無礼講ということで宜しいではありませんか。
折角推薦者のニコル様のお顔を潰さずに頑張った三人にはご褒美を授けなければと、その栄誉を私にお譲り頂ければ」
ニコル「分かった。お前に任せる。当日は俺も参席するが、連絡手配はお前の方でやっといてくれ。じゃあな」
チリチリ「はい畏まりました。ではどうでしょう? 今夜というのは?」
ニコル「おう、空いてるぞ、もちろん」
げげげげ、なんということをあのチリチリ髪女は思いついたんだ。
しかも自分持ちで無駄な金を使いやがって。
私たちはあいつになにか恨まれているらしい。
そんな覚えは全くないのだが。
要するにこれは身を隠して知らない振りをする訳にはいかない。
というのは合格を知った時点でニコル公爵ご子息に礼を言わなければいけないことになってるからだ。
それは早ければ早いほど良いのだ。
私たち三人は早速ニコル俺様貴族様の前に現れて、推薦へのお礼を言って、ついでに合格祝いの食事会のことを知らされた。
私はレストーシャンの学園時代に貴族の食事マナーをすっかり身に着けていた。
けれど食事マナーには昔から帝国式と王国式があり、サザーンラン王国やレストーシャン樹海王国のマナーはほぼ同じだが、帝国式マナーは全く違うのだ。
それはどちらが先に始めたか分からないが、対抗心からお互いのマナーをわざと区別して変えて行ったという歴史がある。
私はその研究もしていて帝国式のマナーも拙いながらも一応は身に着けている……と思う。
ヨランダ侯爵令嬢の狙いは、一流のレストランで猿のようにマナーも何もできずに食べる私たちを笑いものにするのが狙いなのだろう。
そして彼女らの話をその後聞き耳を立てて探ったところ、マナーの悪さが公爵に恥をかかせたとイチャモンをつけることで罰を与える口実にするらしい。
私はカネとザックにマナーのことを教えようとした。
ザック「貴族と一緒に食べるときのマナーは知っています。
それを守らないと殺されましたから必死に叩き込まれました」
カネ「大丈夫です。普段はそんな食べ方をしませんが、絶対恥をかくことはありません」
ふたりとも自信をもってそういうのだ。
無礼講と言っているので、敵対する王国マナーでなければ、二人の故郷のマナーだと言えば良い話だ。
そして私たちはちょっと高級な店に行って貴族の前でも恥をかかない程度の服を買って着て行った。
正直、本で得た知識だけでマナーを実践するのは超難しい。
私はニコルやヨランダが何かを喋ったのを殆ど聞いていなかった。
『シャトランゼ』のホールマスターが鋭い目で私たちを重点的に見ているのも重圧がかかる。
乾杯のときのグラスの選び方取りかた持ち方は少しでも気を抜くと間違える。
カネやザックには悪いがなんとか自分たちで乗り切って欲しい。
スプーン、ナイフ、フォークも何種類もあって、全部使い分けねばならず、その使い方にもすべて意味がある。
全くすごい料理なのだろうが、私には味がさっぱり分からなかった。
途中でなにかとても静かなことに気が付いたので、顔をあげると何故かテーブルにいた全員が私たち三人を真剣に見ている。
良かった。馬鹿にして笑っている顔ではない。
ニコル「おい、ジョゼフとか言ったか、お前のその食べ方は準男爵
家のマナーなのか?」
いやいや、準男爵家では貴族同士の付き合いはなかったし、全く庶民式の食べ方だ。つまりノーマナーだ。
ミレーヌ「いえ、私はただ皆さまの食べ方を見て真似をしながら食べていただけで」
ニコル「嘘つけ、お前は少しも俺たちの食べ方なんか見てなかったぞ。それに食べ方が違うだろうっ」
「失礼します。ニコル様口を挟んでも宜しいでしょうか?」
口を挟んで来たのはホールマスターだった。
「私はシャトレーゼのホールマスター、レオナルド・プリオールと申します。
ジョゼフさまと仰いましたか?
あなた様はニコル様たちに失礼にならないように謙遜してそういう風に仰ったのかと思いますが、それは却って失礼になるもの。
胸を張って正直に仰っても構わないと思います。
あなたの食事マナーは伝統的な帝国式マナーの正道を示しておられます。
今や王室でも何かの特別な儀式の時以外は、非常に難解であるため略式のマナーになっております。
いちおう私どもの方ではスプーン、フォーク、ナイフ、ナプキンなどは種類別にすべての数を揃えてお出ししておりますが、略式では半分も使いません。
つまり最近では最後まで使わず残る器具が必ずあるということです。
けれどもあなたはそのすべてを間違いなく使い、その作法も寸分たがわず正確になさっていました。
ホールマスターとして長年ここにおりますが、これほどまで完璧な帝国式マナーを見たのは今日が初めてでございます。
ヨランダ様から、あなた様のマナーを見て何かあったら話をするように言われておりましたが、こういうことで良かったでしょうか、ヨランダ様?」
チリチリ「えっ、ああ。そ……そうなのよ。
ありがとう。ええ、そういうことで……ちぇっ」
なんだ? いま舌打ちが聞こえたような。
「ちょっと良いかな?」
そこへ立派な身なりのニコルに十分対抗できるようなイケメン貴公子が現れた。
ニコル「サミュエルか。来ていたのか?」
サム「ああ、悪いがあちらのテーブルで妹と一緒に食事してたのだが、そのジョゼフという少年のマナーを見て正直驚いた。
ほぼ平民同様なのに何故王族も滅多に用いない正統な作法ができるのだってね」
今喋っているのはニコルと同じ公爵位の子息サミュエル・カイル・ムスタードで、その横でにっこり微笑んでこっちを見ているのはサミュエルと同じ髪の色目の色をした美少女だった。
もちろん咄嗟の魔気情報だ。
名前はノエル・カイル・ムスタード公爵令嬢という。
サム「ところでホールマスターのレオナルド、お前はジョゼフ君の従者の二人が食べているところを見ていたか?」
レオナルド「えっ、お気づきになってましたか?」
ニコル「なんだ? どういうことだ。 そう言えばそこの二人は口に食べ物を入れているところを見たことがないな。
だが口を動かして食べているのだから、食べてはいるのだろうが」
「「「本当。見てなかった」」」
レオナルド「このお二人の従者は食べ物を口に入れる瞬間を誰にも見せていません。
確かに皿から食べ物を取っているのですが、いつの間にか食べているのです。
ちょうどうちのチーフ・シェフの食べ方で似たような方法を見たことがありますが、それとも違うような」
「それについてはちょっと説明させてくだせえ」
急に声がした方を見ると、いつの間にかシェフの身なりをした男がそばに立っていた。
彼はチーフシェフのケネスという者だ。
その後ろには同じくシェフたちが控えていて、カネとザックの方をじっと見ている。
ケネス「ホールの係りからあっしと同じ食べ方をしているお客がいるって聞いて様子を見に来やしたが、とんでもねえ。
全くあっしのとは違う見事な神業でさあ」
ニコル「どういうことだ?」
ケネス「へえ、あっしはお貴族様の道楽で食事の同席を強いられることがたまにあるんでさ。
その時の処し方として、食べ物を口に入れる所を見せないのがお咎めを受けない方法だと聞いたことがあって、それを実行してるんでさ。
まあ、食べるとき横を向いたり、袖で口元を隠したり色々なパターンがあるんですが、見ようと思えば見られる拙い技でね。
ところがそこのお二人は全くどうやって口に入れているのか全く分からない。
先ほどから見ているのですが皿の料理はどんどん減っているのに、いつ口に入れたのかが全く分からねえ。
へえ、そういう訳でさ。
そういう食べ方はあっしの師匠から聞いた話では、古代の昔にあったって聞き及んでいます」
私は二人の食べる様子を見た。
二人は自分たちのことを話題にされていうにも拘らず食べ続けているが、確かにいつ口の中に料理を入れているのか分からない。
まるで手品を見てるように分からないうちに食べているのだ。
いつの間にか私たちのテーブルの周りには他の客たちが見学の為に立ち並んでいた。
そうなって初めて二人は食べるのを止めた。
レオナルド「これはお客様方、どうかお席にお戻りくださいませ。
お二人を見世物にしてしまっては申し訳ないので」
その声で人々もスタッフもそれぞれ離れて行った。
その後もニコルたちの要望でもう少しゆっくり動きを見せるように言われていたが、いくら二人が動きをスローモーションのようにしても、食べ物が口の中に入る瞬間は誰にも分からなかった。
私たちは食事を終えて無事に生還することもできたが、その後の反響は予想以上に大きかった。
ニコルを通して私たちを食事に招待する貴族たちが出て来たのだ。
もちろん私たちは見世物になるのは嫌なので断ってもらっている。
というかニコルが断ってくれているらしい。
ヨランダ侯爵令嬢の企みがこうして不発に終わったのは幸いなことだったが、別な意味で私たち三人が目立ってしまったのは不安の種になっている。
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