二人のホムンクルス
デビアン老人が残して行った研究資料と彼自身の記憶から、ホムンクルスの作り方が明らかになった。
それは彼自身の透視能力や看破の力でモデルになる人間の細胞を培養することによって作られる。
人間の細胞は髪の毛だろうと爪だろうとどの細胞一個の中にもその人間全体の情報が含まれていると言われる。
極端なことを言えば髪の毛一本あれば、それをもとに一人の人間を複製できるというのだ。
けれどもそうはいっても脳の細胞から脳を再生する方が爪の細胞から脳を再生するよりも精度が良いに決まっている。
デビアン老人はまず優良な受精卵と同じ細胞を作り、その細胞分裂を促して行く途上で骨格や筋肉や内臓や脳神経などの細胞に手を加え優秀な細胞と交換しながら育てて行くやり方だ。
だからそうやって出来上がった人体は元のモデルよりも質の良いものができるというのだ。
というのは何も手を加えなくても九割がた本人と同じ肉体ができる筈で、一割くらいは誤差の範囲だというのだ。
だがデビアン老人の方法だと最も良い品質の細胞と交換しながら細胞分裂をさせて行くので、完成形は百二十パーセントの品質が得られるというのである。
特に筋繊維で例をあげれば、千本の筋繊維のすべてがモデルの筋繊維と同一であるとは言えない。
中には劣化したものもあれば突然変異的に元のものより強力な繊維もあるかもしれない。
総合的にみればだいたい元のモデルと同じ程度の筋力を得られるのだが、中でも強力な物だけを選んで増やせばさらにパワーアップするということなのだ。
つまり受精卵が母親の胎内で分裂し胎児の形を成して行く過程を様々な干渉を加えながら手助けして作って行くということだ。
彼が一番大切にしていることは心臓や脳の部分である。
心臓には魂の形成に関係する脳細胞や脳神経のような組織があるという。
それなので心臓の細胞の利用は脳細胞の扱い同様最も重要であるとされる。
それはまるで盆栽を作るような方法にも似ていて、枝を切ったり挿し木や接ぎ木をする要領で作って行くというのである。
けれども方法が分かっても、人体を細胞レベルまで透視しその性質を見抜くことができる彼でしかできない技と言える。
そうやってできたホムンクルスは、赤ちゃんから成長して行くのではなく。
初めから十数才の設定年齢の肉体で作られ、それ以上成長しないのだ。
食事はとるが成長はしない。
そういう意味で生体人形のような存在なのだ。
私は彼らを仮死から覚醒させて意思疎通を図った。
彼らはデビアン老人と同じく、古代メンデラン語を喋ったが、現代のピグマリオンの言葉を知らなかった。
私はかつて学生の時にメンデラン語を習得していたから意思疎通はできるが、彼らには新しい言葉を覚えて貰わなければ外の世界に出せない。
少年はザックと言う名前で、老人の記憶から得た情報では幼い時から奴隷だったのを逃亡して自由民としての生活を得たらしい。
少女は黒髪黒目の東洋的風貌でカネと言う名前だった。
二人とも元の体の名前を記憶しているらしい。
そして前世?の記憶も微かに持っているようだ。
私はデビアン研究室の亜空間に入って彼らを覚醒させ言葉や習慣を教え、出るときには彼らを再び仮死状態に眠らせて時間凍結させることを繰り返した。
彼らはもともと睡眠を必要としないのだが、主観的にはずっと私と話し続けているのと同じ感覚でいると思う。
私は一方で漂流亜空間を幾つも見つけた。
そして様々な珍しい品を手に入れることができた。
だがこれが流通すれば大騒ぎになるというような、今の時代では存在しえないような品物には手をつけることはできなかった。
急に古代の遺跡から出て来たような骨董品がいくつも市場に出回ったら大変なことになるからだ。
そういう意味で農作物も珍しい物がたくさんあった。
そういうものは領内だけで食べるようにした。
私は領民が作った干し魚を買い取り、お金を与えた。それと同時に安く野菜や果物を売ってあげた。
そして私は違う街や村に行って干し魚を売りさばいた。
ただ時間凍結の亜空間を持っているから鮮魚も売れるのだが、それは話題を呼んでしまいそうなので控えた。
私がそうする前は、領民の干し魚は買い叩かれ、野菜や果物や穀物は高値で吹っ掛けられていたという。
それ以来領民にはそういう苦労はさせていない。
私は更に空間魔法のもう一つの目標である空間移動の試みをするようになった。
空間移動の原理はこうである。
今の三次元の空間を甲空間として、そこから甲二空間へ移動したい場合のことを考える。
二つの場所は何十キロも離れていて馬車で行こうとしても一日がかりだとする。
そのときに亜空間乙を用意し、その中は生物も入れるとする。
甲空間と亜空間乙を入り口でつなげば私は亜空間乙に入ることができる。
一方亜空間乙二と言う空間を甲二空間と繋げておく。
そして乙亜空間と乙二亜空間のコーティングを同一にすれば、乙空間と乙二空間は合体して一つになる。
そして私はそこから甲二空間へ出て行けば空間移動は完了するのだ。
口で言えばややこしく長くかかるが、実際は一瞬で終わる。
よく一度行ったところでないと空間移動はできないと言われるが、この方法だとその心配はない。
乙二亜空間を高速で飛ばして好きな所に届ければ良いのだ。
その亜空間にモニターのように視覚や聴覚のセンサーをつけて行けば、部屋に居ながらにして世界中を見て歩ける。
実はこの方法はデビアン研究室のある資料で知ったのだ。
あの時代は空間魔法がかなり高度に発達していたようだ。
それで私は国内外の需要のある所に空間移動して鮮魚などを売りさばいた。
近間ならまずいが、遠く離れた所で売り歩く分には都合は悪くないのだ。
得た利益はすべて領民に還元して彼らの生活を保障してやった。
私は昼間の間太陽光と同じ明るさで光る魔石灯を領地の中の耕地に設置した。
それだけで農作物が収穫できるようになった。
領民たちの生活が豊かになり表情も明るくなった。
そして私がもう少しで十五才になろうとしたとき、領内に盗賊が現れた。
うちは領主と言っても殆ど私兵はいない。
戦える兵士は一桁である。
そこでデビアン亜空間からザックとカネを呼び出し、一気に空間移動で盗賊の目の前に現れてやった。
「な…なんだっ、てめえたちはっ」
ミレーヌ「サウスコーストが豊かになった途端、砂糖に群がる蟻のように集って来た屑ども、私は領主の息子ジョゼフ・デル・サクセスだっ。
ここを選んだのが運の尽き。汚い首をここに差し出せっ」
「けっ、ケツの青い餓鬼が何をほざいてる。
人を切ったこともないくせに笑わせるなっ」
「まずそこの黒髪の娘を連れて行くぜ」
ごつい盗賊の男がカネの肩に手をかけた。
その男はカネよりも頭二つ大きかったが、ゴキッと音がしたと思うと一メートルくらい上に跳び上がってから地面に落ちた。
速すぎて良く見えなかったが、カネが掌底で男の顎を突き上げたのだ。
それにしても凄い怪力だ。
「このやろっ」「やっちまえ」
カネを掴まえようとした男は両手で腹を突き飛ばされて後ろにいた男と一緒に重なって五メートルほど吹っ飛んでいた。
もう一人の男はザックの方に剣を振り下ろしたが、ザックは剣が届く前に相手の懐に入って、なにやら両手を素早く動かした。
見るとザックの両手には寸鉄のような短くて細い鉄棒が握られていた。
そして相手の男はザックが離れた途端両目と首筋から血を出して倒れた。
一瞬で両目を潰し、首の頸動脈を切ったのだ。
よく見るとザックの持つ虫針と言う武器は先は尖って両刃になっていて反対側は輪になっていてその輪の中に人差し指を入れている。
使い方は十手のようにしたり、アジアの輪つきナイフのようなやり方なのだろう。
盗賊は二十五人ほどいた。
そしてザックは虫針でカネは素手だったが、私が何もしないうちに大きな武器を持ったいかつい男どもを片っ端から倒した。
ザックは確実に殺していたが、カネは骨折させたりせいぜい気絶させるくらいで殺しまではしていない。
私は止めを刺そうとしたが、カネが二三人はにがしてくださいと言ったのでそうした。
「私たちの恐ろしさを触れ回ってくれれば、もう来ないと思うので」
「なるほど」
だがザックは違う。
「カネ、お前は甘い。若様、追いかけて殺しますか?
怪我をしてるからすぐ追いつきますが」
「やめとけ。今はカネの顔を立ててやれ」
「はっ」
ザックは奴隷出身だけあって、命令に忠実だ。
カネは気持ちが優しく、しかも私に隷属的な態度はとらない。
自然体と言う感じだが、私は彼女を信頼している。
カネは十七才、ザックは十四才の年齢設定だ。
私はこれを機に二人を自分の従者として家族に紹介した。
準男爵位は一代限りで世襲はできない。
だから私はもうすぐ十五才になるので家を出て自活しなければならないが、帝都にある帝都立ノースラン学園に行くことにしている。
それは自分で稼いだお金で学園に通うということであり、箔をつけて人脈を作るというのに通うのである。
もう既に入学試験の内容はザックとカネには教えてある。
問題は魔法だが。二人は魔法は使えない。
だからと言って騎士科に行くとバラバラになるので、誤魔化すことにした。
つまり空間移動の原理を使うのだ。
私はこれを機に、しばらく放っておいたニコラス商会にも空間移動で顔を出し、長年収納していた仕入れ品を渡した。
それらの品々は倉庫の一つを改良して魔法収納庫にした所に時間凍結をして保存させた。
またサウスコーストの鮮魚や干し魚も納品した。
「後は頑張って真面目に働くように。何かある時は…」
私は連絡方法も残してまたニコラス商会を後にした。
彼らは私が指示した通り、儲け過ぎないように、事業を拡張しないように商売していた。
利益が余分に出たら貯蓄しておくだけで、だいぶ貯まっているみたいだった。
私は領地の産業もおこせるように妹のパティも仕込んでおいた。
二年後に彼女も学校に上がる予定だが、そのときは準男爵家といえども裕福な家庭の娘として胸を張っていれるようにしてあげたい。
私たちが出発したのは入学式の前の日だった。
家族にだけは空間移動のことを伝えているので、ごく気軽に三人で転移した。
基本的に私たちは宿はとらない。
デビアン亜空間があるし、そこは改装して部屋数も増やしてあるので何も不自由はない。
要するに常に宿または住居を持ち歩いているようなものだ。
収納亜空間と同様私の体にその出入り口は常についているが、デビアン亜空間の場合は私自身もその中に入ることができるので、この世界からすっかり姿を消すことになるのだ。
そして私は入学手続きをしにノースラン学園に従者の二人と一緒に顔を出した。
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