ヤングキラーというパーティ
これからお聞かせする話は、今までのミレーヌの物語と全く関係のないように思えるかもしれない。
けれどもお約束する。この話はミレーヌの物語そのものなのだと。
長い時間が経って……
(冒険者サムの視点で)
五十才も近くなって体が以前よりも自由に動けなくなった。
私は冒険者としてはサマンサという名で登録しているが、通称サムで通している。
そうすれば男としても通用するからである。
もともと私は髪は短く切ってあり、身なりも体格も男のように見えるようにしてある。
最盛期には私は傭兵として活躍していた。
だがだんだん体力が衰えて気力が萎えて来ると、傭兵の仕事がきつくなり冒険者として食いつなぐことになった。
魔獣の討伐もするが、せいぜいゴブリンやホーンラビット止まりだ。
人型魔物でもオークだったら一匹なら何とかなるが、上位種だとか二匹以上だと逃げるが勝ちという感じだ。
そのうち受けるクエストは薬草や鉱石採集専門になって、最後は街の雑役になってしまうだろう。
今まで私は自分が老いることを全く考えていなかった。
せめて四十才の頃にでも気が付いていればやり方があったと思う。
体力がまだあるうちに傭兵稼業を廃業にして冒険者になるかしていれば、数年で蓄えもできていたと思う。
そうすれば田舎に家と畑を買って耕し、ときどき狩りなどもしながら暮らすこともできる。
けれども冒険者に切り替えたのはほんの三年前だ。
最初のうちは良かった。
体がまだ動いていたからだ。
だがここ最近突然衰えが来た。
だから油断していた。
稼いだ金はどんどん使っていた。
そう……若いころと同じようにである。
気が付いた時は体力も衰え、宿なし金なし力なしの三なし状態だった。
おまけに結婚していなかったので、自分の家族もいない。
詰んでしまったのだ。
ギルドの酒場で夕食をとりながら温いエールを飲んでいると、まだ十代半ばの少年少女たちが騒ぎながら近くのテーブルに座った。
新人冒険者らしく、魔獣討伐のこととか話に花を咲かせていたが、そのうち私の存在に気が付いてひそひそ話をし始めた。
彼らは聞こえてないだろうと思って声を落として話しているが、私には耳元で話されたと同じように聞こえる。
もっとも聞かないようにすればそうできるのだが、長年情報を集めるために聞き耳を立てるのが習慣になっているので、そのまま聞いていた。
「あれはおっさんか?」
「爺ぃだろう」
「違うよ、婆ぁだよ、きっと」
「女か。男だと思った」
「どっちでも良いよ。ところでDランクとからしいぞ」
「昔Dだったのがそのままランクとして残ってんだろう?」
その通りだ。若いころ冒険者の登録をしてちょっとだけ真似事をしていたときがあったが、それだけでもDくらいにはすぐに上がったのだ。
彼らの話はまだ続く。
「だけど今は薬草採集なんて俺たちでもしないことをやってるぜ」
「無理じゃねぇ? ヨボヨボの婆ぁだから体力がないんだよ」
そこで一斉にゲラゲラ笑う。
次第に彼らは最初落としていた声も大きくなり、食堂全体に聞こえるボリュームで話すようになった。
「昔とったランクでそれに見合った仕事ができないならギルドに返上すれば良いのになっ」
「ああ、全くだ。ランクだけ俺たちより上で、実際にできることが俺たちより下なら、何のためのランクだってことになるよな」
「俺たちだってランク上げには認定試験があるんだ。
実際にその資格があるかどうか、俺たちで試験をしてやろうじゃないか」
「良いわ、それ。やってやって。あたしがあのババアより下ってことはまずないから」
彼らは恐らく自然に声が大きくなってしまったのだと思う。
子供ならよくあることだ。
けれども話だけにしておいてくれればそれでよかったのだが、彼らは盛り上がって実行するべく私の所にやって来たのだ。
面倒だ。
少年A「おい婆さん、あんたDランクだって? とてもそう見えないけどな」
サム「ああ、昔とったランクだよ」
少年B「今はDの実力ないだろう」
サム「ああ、そうかもしれない。
体力も衰えたからね」
少年C「じゃあ、あんたがDにふさわしいかどうかテストさせろ」
サム「テストってどうすれば良いんだね? まさか魔獣を何匹も討伐するとか? とっても無理だから勘弁してほしいな」
少女A「簡単よ。私たちと勝負すれば良いのよ。
ギルドの訓練所に行って、一人ずつと勝負してよ。
わたしたちのうち一人でも負かすことができたら、Dだと認めてあげるわ」
少年A「全員じゃないのか」
少女A「そこは年齢も考慮するのよ」
少女B「駄目よ。私はGだよ。三ランクも上なら勝ったって当たり前じゃない」
私は彼らを宥めた。
サム「私は対人戦には自信がないんだ。
そうだな。ゴブリンくらいならなんとか相手はできるが、君たちはもちろんゴブリンよりは強いだろう?
だからきっと無理だと思うよ」
少年B「だったら負けを認めるんだなっ。
じゃあ、ギルドにランクダウンをしてもらえっ」
サム「そうだね。君たちも折角苦労して取ったランクを戻しなさいって言われたら、きっと今の私と同じ気持ちになるよ。
でもね、体力は衰えたけれど、今まで生き残って来たからそれなりの知恵はあるんだ。
薬草の種類とかだったら、下手な薬屋さんにも負けないしね。
だから試合をして負けたらランクを下げろというのは勘弁して欲しい。
でもランクに関係なく練習試合をしたいって言うなら、一緒に付き合っても良いけれどね。
それでも私は年を取って体がだいぶ動かなくなっているからお手柔らかにしてくれ」
少年B「どうする?」
少女A「それでも良いじゃない。
Dランクを打ち負かしたって言えば、かっこういいし自慢できるもの」
少年A「よしっ、それに決まりだ」
ギルドの練習場に行くと、そこに置いてあった木剣や木槍、木の棍棒などがあったので、私はその三つを手にした。
そして床に三つ並べて置くと言った。
サム「悪いけど私はこの三つを使う。ルールは片方が倒れたり負けを認めた場合もう片方の勝ちということにしよう」
少年C「すぐ降参しないで、ちゃんと戦えよっ」
サム「審判はあそこにいる教官に頼もう」
少女A「私が頼んで来る。この魅力で引き受けさせるわ」
結果、少女Aの魅力というより、たまたまその教官が暇だったから引き受けてくれたみたいだ。
教官の名前はエリックと言ってCランクの冒険者でもあるらしい。
教官「それでは最初の試合、始め」
少年Aが木剣を持って突進して来た。
さすが若いので勢いがある。
ズダダダダッ……
私はひょいと避けて足を引っかけてやったら自分で腹ばいのまま床にぶつかって行った。
教官「はい、ハリーは転んだので負け。
次はジェイクか? それでは始めっ」
少年B「行くぞっ。今みたいにまぐれでは勝たせないぞっ」
いやいやまぐれじゃなく、狙って転ばせたんだけど。
ところで私はまだ床の三つの武器を手にしてさえいない。
ジェイク少年は槍を構えた。
そしてデモンストレーションのようにビュンビュンと振り回し左右に突きを見せたり、振り下ろしたり横にないだりして基本の型を見せた。
少年B「どうだ、ビビったか?
俺は期待の新人パーティ『ヤングキラーズ』のやり使い、その名も漆黒のランサー、ジェイコブだっ。げっ」
何があったかというと、私はジェイクの放った突きを半身にして避けながら床の槍を手にしようと足で拾おうとした。
そして左足に引っ掛けたところを支点にして槍の端を右足で踏んで立てようとしたが、その先端がジェイクの顎にヒットしてしまったのだ。
思わず仰向けに転んだジェイクは痛む顎に手を当てながら私を睨んだ。
少年B「おのれ、あざとい真似をっ。謀ったなっ」
いやいや、今のは全く意図しなかったっていうか。偶然の事故だよ。
教官「ジェイクの負け。次は?
レニーか。それでは始め」
少年C「うぉぉぉおお」
レニーは手に木剣を何本も抱えてそれを一本一本私目掛けて投げながら突進して来た。
そして最後の一本を大上段に構え、素晴らしい跳躍をした。
でも私は空中にいた彼の腹を槍で突いて後方に戻した。
彼は腹に受けた攻撃の為、普通に着地できず、仰向けのままやや頭を低く足の位置が高いまま転倒した。
そして後頭部を床に打ち付けたので泡を吹いていたのだ。
教官「レニーの負けだ。おい、ハリーとジェイク、二人でレニーを医務室に運んで手当を受けて貰ってこい。それじゃあ次は誰だ」
少女A「ちょっとサムさん、あんた。狡いでしょっ、体力がないなんて嘘ついちゃ」
サム「確かにそう言った。だからなるべく体を最小限に動かして戦っているんだ」
少女A「じ……じゃあ、こっから相談なんだけど。
私たち後衛でしょっ?
つまり私は弓でルーシーは魔法なの。
だから弓はここにないし、魔法は詠唱が時間がかかるから、私たち不利なんだよね」
サム「それで?」
少女A「だからっ、二人で一緒にかかって行くわ。
そしてあんたは剣か棍棒で、私は槍にするっ。
文句あるっ?」
サム「で……魔法を使うのか?」
少女B「使っても良い?」
サム「良いよ。当たったら負けってことで良いよ」
少女B「ありがとう。じゃあ、マギー一緒にしよう」
教官「じゃあ、始め」
マギーは槍を持って、棍棒を持つ私に向かって来た。
その後ろでルーシーという子がぶつぶつと魔法の詠唱を行っている。
多分あれは氷の魔法だろう。
少女A「いやぁぁぁぁぁ」
気合十分にマギーが私に向かって槍を突いて来た。
けれども私がひょいと躱すとすぐに引っ込め、今度は小刻みに連続の突きをして来る。
「えいっ、えいっ、えいっ、えいっ、えいっ、」
私は軽く棍棒で払いながら受けてやる。
そのときにルーシーの詠唱が完成したらしく、氷の矢が飛んで来た。
その数三本くらいあったからなかなか良い腕をしていると言える。
その三本とも私を避けて飛んで行った。
私は棍棒でマギーの槍を強く打って弾き落とすと、一気に彼女の前に距離をつめて棍棒を振り下ろした。
少女A「ま…参った」
マギーの頭のすぐ上一センチのところで棍棒を止めてから、今度はルーシーの所へ一足飛びに迫った。
でもルーシーはまだモゴモゴと次の詠唱を続けているので、ほんの軽くコツンと頭に触ってやった。
少女B「あ、参りました」
教官「はい、二人の負け。これで終わりだな」
そして、教官のエリックは二人の少女に低い声で囁いた。
教官「お前たち、サムはもと傭兵で対人戦のプロだ。
なんて無謀なことをしやがる。
それとルーシー、どうしてアイスアローが外れたか分かるか?」
少女B「分かりません。確かに三本とも命中する筈で、あの人は避けもしなかったのに、外れて行ったんです」
教官「そうだ。サムは風魔法も使えるんだ。それでアイスアローの軌道を変えてしまったのさ。
実戦で鍛えた相手を舐めちゃいけないぞ」
「「はい」」
教官「そうか、勉強になったな。
他の三人にも言っておけ」
「「はい」」
そういう訳で突然の練習試合は無事に終わったと思った。
「待てぇぇぇぇぇ、まだいるぞぉぉぉ」
すると十代前半のような甲高い声で叫んだ者がいた。
声のした方を見ると本物の弓を構えた十二三才の少年がいた。
つまり私を矢で射ろうとしているのだ。
その少年はそれだけでなく顔の上半分を覆って目だけ見える仮面をしていた。
教官「おい、坊主やめろ。危ないから、その弓矢を下ろせ」
少年「うるさい、外野は黙ってろ。
さきほどのアイスアローを逸らすことができたなら、僕のこの矢も逸らしてみろっ。
それならお前をDランクと認めようじゃないか」
またややこしいのが出て来た。
これはさっきの少年たちよりもさらに子供だ。
仮面など被って恰好つけてるが見ている方が恥ずかしい。
相手にしないとしつこく付きまとわれそうだから、ちょっとだけ付き合ってやってなるべく早く終わらせてしまいたい。
サム「分かった。やってみるからしっかり狙えよ」
仮面「よし、これでお前は死ぬ。さらばだ。老婆よ」
老婆とかいうのが腹が立ったが、私は飛んで来た矢を軽く逸らせてみせた。
サム「それじゃあ、私はこれで」
仮面「待てぇぇぇぇぇ。こ……今度こそ最後だ。
それじゃあ、この蝋燭の火を消してみろ、そこからだ。
これでお前は立派な名実ともにDランカーだっ」
いちいち態度がでかい言い方に腹が立つが、私はルアザの実くらいの大きさの風の塊をぶつけてやった。
蝋燭の火だからすぐに消えるだろう。
ところがその仮面の少年は蝋燭の火に風が届く直前に片手を前に出して火を守ったのだ。
いや、手を前にだしたくらいで蝋燭の火は守れない。
風は砕けて回り込むから火は消える筈だが消えなかった。
仮面「ふっふっふっふ、未熟者め。
だが最初の試練をクリアしたので、このくらいで許してやろう」
そのでかい態度が生意気で気に障るので、今度はその十倍の大きさの風をぶつけてやろうかと思ったら、仮面の子は片手でそれを制した。
仮面「待て。私の名前を問われても困る。
が、どうしても知りたいなら、言おう。
ファーストネームはスットコと言い、ファミリーネームはドッコイと言う。
人呼んでスットコドッコイだ。
覚えておくが良い。さらばだ、老婆よ」
覚えるもんか、そんなふざけた名前。どうせ偽名だろっ。
私が何か言おうとしたらそのスットコは身を翻してさっと引っ込んで行った。
いったい何だったんだ。
食べたばかりの夕食がなんとなく消化しないっ。
正直言ってさっきのサプライズイベントはヤングキラーというパーティとの練習試合だけで十分だった。
あれは余計だ。絶対に余計だった。
ここまで読んで下さってありがとうございました。




