表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎娘ミレーヌが妖精になるまでの物語  作者: 葉裏
第三章 樹海王国レストーシャン
31/52

レステントランスという街で

今話では人が結構沢山死にます。

 私は門番の『レステントランスにようこそ』という言葉を遠く背後に聞きながら、物陰に身を隠した。

 フード付きマントを脱ぎ、自作の肩パットを取り、シークレットシューズを脱ぐと、ミレー少年の姿になる。

 そしてその姿で街をうろうろしながら、このレステントランスの街を見て回った。

 実は地図にはレストーシャン樹海王国の地図はあっても、こういう都市の地図はない。

 つまり対外的には全てが樹海に覆われた森の王国と言う風になっているのだ。

 私は王国全体の大きさから考えて、今いる所はほんの入り口にある都市の一つだと睨んだ。

 もっと中心部に行けば国の中枢となる王都があるに違いないのである。

 

「おい、何か食べ物を持っているだろう? 寄こせ」

 私は三人の浮浪児?に囲まれた。

ミレーヌ「腹が空いているのか?

干し肉ならあるぞ。食うか?」

 私は見かけ十二三才の少年たちに干し肉をひと固まりずつ与えた。

「うまいな、これ? なんの肉だ?」

「肉なんて久しぶりだ。よう、もっと持ってないか?」

「うぐっ、な……なんだ、これ?

 あっちっち、吐き出せっ、胃が燃えるぞっ」

 少年たちは齧った肉をすべてゲーゲーと吐き出した。

 私は自分で干し肉を取り出すとムシャムシャ食べて見せた。

 もう体がほんのり温まるくらいで、かつてのように体が高熱になることはない。

ミレーヌ「勿体ないな。魔獣熊の肉だぞ。調味料も高いのを使っている」

「魔獣の肉だとっ。そんなもの食べれば高熱で痩せこけて死んでしまうぞっ。

 お前平気なのか?」


 それから私は彼らと少し仲良くなり、この街の情報を聞いた。

 この街は北のサザーンラン王国との国境を守る都市で、ここから北の森に役人を派遣して国境警備に当たらせているのだという。

 国境警備の役人はフード付きのマントを羽織り、時々交代して勤務するらしい。

ミレーヌ「へえぇぇ、それを何人でやってるんだ?」

「北の森は広いから東西の国境を守るのに三十人は一度に出るらしい。それぞれの担当地区でひと月ほど勤務したら交代するって話だぜ」

 私はそれから彼らの身の上を聞いた。

「俺たちはこの近くの村から冒険者を夢見てやって来たんだ。

 けれど、この街に来たのは間違いさ。

 ここでは魔獣の討伐は禁止されている。

 村では被害が凄いってのに。村に来てくれるのは遠くの街の冒険者たちさ。

 だから俺たちは雑役しかできない。

 それも安い賃金だからいつもぎりぎりの生活をしてるんだ。

 他所の街に移りたくても、先立つものがないと移動もできないって訳さ」

 三人の少年たちの話を聞くと十才になると、口減らしの為に村から出なければならないのは、どこも同じらしく、彼らは別々の村から出て来た者同士だという。

 その中で私の関心を引いたのはトビーという少年の話だった。

 彼はここからずっと西のはずれの村ローネストから来たそうだが、隣村のアネクスが魔獣に襲われて全滅したという話だった。

 それで自分たちの村も危ないと思い、逃げて来たのだそうだ。

 三人の中でトビーは一番最近ここに来たという。

トビー「だって、ここ以外の街は危ない森を通らなくては行けないから」

 この樹海王国は網の目のように魔獣はびこる森が広がり、都市間を移動するには、必ず森の中の街道を通らなくてはならないのだそうだ。

 だから普通の人間が都市間を移動するのはほぼ不可能に近いということだ。

「金持ちの商人なら傭兵や魔獣使いを雇って、襲われないように移動できるけれど、俺たちには無理だ」

ミレーヌ「薬草採りも難しいのか?」

「薬草採りは国境警備の役人が副収入でやることが多いんだ。

 俺たちじゃ、魔獣のいる森には怖くて近づけないし」

ミレーヌ「魔獣を殺してはいけないって言ったけれど、それじゃあ、ここの冒険者たちはどうやって稼いでるんだ?」

トビー「森から飛び出て村を襲うような魔物は殺しても良いんだ。

勿論依頼主の村の証明がいるけどね。

 それと魔獣でも殺しても良い種類があるらしい。国境警備の役人はみんな魔獣使いだけれど、蛇や蜥蜴の魔獣は言うことを聞かないらしいから、それは殺しても良いと言ってた」

ミレーヌ「ずいぶん詳しいな」

「俺たちは雑役で役人の家で雇われることが多いからそういう知識が手に入るのさ」


 私は少年たちと別れて最後にこの街の冒険者ギルドを訪れた。

 貧弱な建物で間口も狭く、出入りする人が殆どいない。

 窓口は一つで眠そうな顔をした青年が一人座って本を読んでいた。

 いかにも暇そうだ。

ミレーヌ「ちょっと、良いか? 冒険者の登録したいんだが」

青年「なんだ? ずいぶん態度のでかい子供が来たな?

 冒険者なんてそんなに良いもんじゃないぞ。

 それより商業ギルドに行って下働きからやったらどうだ?」

ミレーヌ「うん、そう思うけど、とりあえず身分証明書が欲しいんでね」

青年「なるほどね。じゃあ、名前と年齢と出身地を言ってくれ。

俺が書いてやるから。どうせ字はかけないだろう?」

ミレーヌ「ありがとう。自分で書くのも面倒臭いから助かる。

 名前はミレー、年齢は十才。出身地はここから西のアネクスって村だったんだけど、今はない」

青年「アネクス? あのアネクスか。 

 そうか、お前もしかして生き残りか? そうかそうか、苦労したんだな。

 だからそんなに気を張って……分かった。雑役の良い仕事を世話してやる。がんばれ」

 なんだか青年は少し優しくなったような気がする。

ミレーヌ「ランクはCからか?」

青年「お前、いやミレー君。どこからそんなガセを聞いて来たんだ。

 冒険者はGランクから始まって、F、E、D、C、B、Aと言う風に上がって行くんだよ。

 俺はCまでになったけれど、体を怪我した為に職員に転向したんだ」

ミレーヌ「Gランクは薬草採りはできないのか?」

青年「この辺の冒険者でそれをやるのはDくらいの力がないと無理かもしれないな」

ミレーヌ「やって駄目なことはないんだろう?」

青年「ミレー君、死に急いでいるのかい?

 薬草は森の中に入らなければ生えていないよ。

 特に高い薬草は森の奥に生えていて、そこを見回っている役人でもめったに見つけることができないほど珍しいんだ」

ミレーヌ「でもたまたま森の縁で見つけたら持って来ても良いんだろう?

 そういうものの引き取り価格を教えてくれないかな」

青年「人の話を聞かないんだね。

長生きしないよ。 ほらここに挿絵入りの薬剤と薬師引き取り価格というのが書いてある。

おい、何を捜してるんだ?」

ミレーヌ「二つ首の蛇も薬になるのか? 結構いい値段だなあ」

青年「それ毒蛇だから。魔獣だし。役人も年間数人は噛まれて死んでいるよ」

ミレーヌ「でも、心臓病の薬になるらしいな」

青年「その前に噛まれて心臓が止まるよ」

ミレーヌ「分かった。で、冒険者証はできたか?」

青年「お前なあ、その口の利き方改めろよ。

 田舎者で死ぬ思いして出て来たのは分かるが、雑役なんかでお偉い役人の家庭に行ったら門前払い受けるぞ」

ミレーヌ「雑役は行かない。とりあえず今まで取って来たのをここに出すから買い取ってくれ」

青年「はあ? おい、少年。ミレー君、言ってる意味が分からないんだけど」

 私は二つ首蛇を三匹狩人バッグから出した。

 それと高価な薬草を何束か出した。

ミレーヌ「ここに来る前に練習して来た。金にしてくれ、うまいもの喰って、宿で寝たい」

青年「れ……練習って、これミレー君、君が獲ってきたのかい?

 二つ首蛇は一匹金貨一枚と……ちょっと待ってくれ」

 青年の名前はロビンと言った。

 私はロビンから金を受け取って紹介された宿に行き十日分契約した。

 蜻蛉トンボの宿と言うところだった。

 但しそこに泊まる時は赤毛で雀斑そばかすの小太り女アンナの姿で契約している。

 旅の薬師という触れ込みだ。


 

 目の鋭いその男はアーシャーと言った。

アーシャー「すると、役人のブランシュは身分証明を見せて、街の中に入ったのだな?」

兵士「はい、間違いありません」

アーシャ「背格好はこのくらいだが、確かにそうか?」

兵士「顔は見えませんでしたが、背はそのくらいで肩幅はこのくらいで、前にも会ったことがありますが、たぶん本人だと思いますよ」

アーシャー「彼はまだ交代する時期ではないのだ。交代要員が行ってないのに、何故街に戻って来てるのだ?

 自宅に行ってもまだ戻ってないと、家族が言ってる」

兵士「変ですね、それは」

アーシャー「森の担当地区にもいなかったし、魔獣たちもコントロールを失って行動がばらばらだ。何者かに襲われ死んだのかもしれない」

兵士「まさか魔獣使いが自分の庭の森で殺される筈はないですよね」

アーシャー「ないっ、普通はなっ。だが普通でないことが起きたらしい」


 次にアーシャーが行ったところは冒険者ギルドだった。

アーシャー「ちょっと物を訪ねるが、今日新しく冒険者登録をした者はいるか? 

 失礼。わたしは王国の調査官でアーシャーと言うものだ。

 我が国に不審な人物が侵入した疑いがあるので調査している。

 今の質問に答えてもらえないか」

ロビン「一人だけ十才の少年が入りました」

アーシャー「その者の背格好は?

このくらいか?」

ロビン「まさか、十才ですから。このくらいです」

アーシャー「わざと膝を曲げて小さく見せていたということは?」

ロビン「入り口から入って来た所も、出て行く所も見ていましたから」

アーシャー「そうか。なにか変わった点はなかったか」

ロビン「田舎者で横柄な口を利くので指導しておきましたよ。

 そうそう、彼はアネクス村の生き残りらしいです」

アーシャー「アネクスの? それは珍しいな。で、どこに泊まってる」

ロビン「一応は聞かれたので蜻蛉の宿を紹介しましたが、あの分じゃ素直にそこに泊まるとは限らない感じで」

アーシャー「分かった。世話をかけた」

 アーシャーが出て行った後、ロビンはぼそっと呟いた。

ロビン「二つ首蛇のことなど話したら、折角の有望新人が妙な疑いをかけられても困るからな」


 そしてここは蜻蛉の宿だ。

「今日入ったお客さんですか?

 それ、どうしても言わなきゃいけませんか?

 アンナさんって旅の薬師さんで、女の子ですよ。

 後はミンバー商会の三人の男の方たちです」

アーシャー「分かった。世話をかけた」

 アーシャーは部下も使って他の宿も捜させたが、そこでミレー少年を見失ってしまった。

 もともと門番が確認した男と背格好が違うので、それ以上彼はミレー少年を追うことはしなかった。

 そして商業ギルドや手配師の所なども廻ったが、収穫はなかった。


 私はアンナとして薬屋の方に直接売り込みに行った。

ミレーヌ「あの、私、旅の薬師ですが、薬を買ってくれませんか?」

「ふん、どんな薬か見てみなきゃ分からんがね」

ミレーヌ「ポーションにしたものと、軟膏にしたもの、錠剤にしたもの、粉薬にしたものと様々です。値段表はここにあります。

 卸売り価格と参考までの小売価格を載せてます」

「ほう、全部の品質は見ることはできないが、ポーションなら色を見れば大体分かる。

 純度が良い割に安価じゃないか。

 軟膏も傷薬と肌クリームがあるんだな?

 それでこのダイエット薬ってなんだ?」

ミレーヌ「これは肥満体の方用で特殊な粉末をブレンドしています。

 製法は秘密ですが、一日茶さじ一杯飲むだけで、長期間服用すれば少しずつ痩せる薬です」

「それは珍しいっ。貴族の娘さんが買ってくれそうだな」

 実はこれは魔獣の肉を乾燥させたものを粉末にし他の薬草と混ぜたものだ。

 この程度の微量なら、体がぽかぽか温かくなる程度で、脂肪の分解もゆっくり行うので危険はないだろうと思い、作ってみた。

 この薬が後になって爆発的に人気になって薬屋から卸売りをしてくれと頼まれることになろうとはこの時はまだ分からなかった。

 私はミレー少年としてはギルドの一員なので薬草はギルドに入れなければならないが、アンナとしては薬草を薬屋に売っても違反にならない。

 そして直接薬屋に売った方が高く売れる。

 私は薬草採りは得意なので、両方に持って行きお金を儲けさせてもらっている。

 また二つ首蛇から作った心臓の薬を自分でも作ってみた。

 それも薬屋に卸しててやると、この街にも心臓病の患者がいるらしく喜ばれた。

 

 私は冒険者としてミレー少年の姿で街の外に出かけ、魔獣害で苦しむ村々に行き魔獣討伐をした。

 そのついでに薬草や薬剤を手に入れ、アンナとして原料または製品を卸した。

 そんな毎日を過ごし、のんびりと暮らしていたのだが、ある日魔獣害の村に行きクエストを完了して戻る途中のことだった。


 森の中をミレーヌの姿で薬草を摘んでいたところ、傷ついた貴族の青年を見つけた。

 金髪碧眼で高貴な服装だが護衛もなくたった一人というのがただごとではない。

 見ると肩に矢を受けているし、胸に斬られた傷がある。

ミレーヌ「動かないで下さい。私は旅の薬師です。

 今応急手当をして差し上げます」

 すると青年は震える手で南の方を指さして言った。

青年「す……すまない。

 妹を残して来てしまった。応援を呼びにここまで来たのだが」

ミレーヌ「喋らないで。とにかくすぐ治療をしないとあなたの命が危ない」

青年「じ……じゃあ、狼煙だけでもあげて欲しい。

 迎えが近くまで来てる筈なのだ。

この粉を焚火に混ぜれば……」

 そうして懐から粉が入った袋を取り出すとその後は声も出せずに苦しんだ。

 幸い矢に毒は塗ってなかった。

 私は急いで矢を抜いて傷口を消毒し縫い合わせてから、胸の傷も診た。

 

 長さ二十センチ深さ一センチもの傷口で出血が止まらない。

 急いで止血薬を塗り、縫い合わせた。

 その後栄養を補う体力回復のポーションを与えた。

 青年はその後眠りについた。

 私はふるさとバッグから毛布を出し彼にかけてやった。

 そして火を起こしてその上に渡された粉をかけると紫色の狼煙が上がった。

 向こうから人声がして近づいて来たので私はその場を離れて、ミレー少年に代わった。

 そのままではまずいので更にマスクと両目眼帯をかけた。

 両目眼帯は一見黒メガネのように両目を覆い隠すものだが、その実、眼帯には無数の穴が開いていて眼帯を通して外の風景が見えるのだ。

 私は面倒だとは思いながら、一応青年の妹の安否を見る為、青年が指さした方向に急いだ。

 微かに人の争う音が聞こえるので、まだ無事でいる可能性がある。

 私は途中の木に短剣で傷つけて目印をつけながら、音のする方へ急いだ。

 そしてその現場に辿り着くことができた。

 私は馬車を守っている騎士たちとそれを囲んでいる覆面の男たちが争う姿を見た。

 騎士たちは傷だらけで今にも倒れそうな感じだ。

 一方襲ってる男たちは数が多く圧倒している。

 馬車の馭者は胸に矢を受けて息絶えており、馬車の周囲にも騎士が何人も倒れている。

 その体には矢が刺さっているところを見ると、不意打ちで数を減らされたのだろう。

 また覆面の男たちは夜盗か盗賊の類にも見えるが、騎士の使うような長剣を用いて、その剣さばきも騎士の剣法に見えた。

 とすればこれは貴族同士の陰謀が絡んだ暗殺なのだろうと思った。

 馬車の中には青年の妹と思える、金髪碧眼の少女の姿がちらちら見える。

 私は周囲を見渡した。木の陰に弓矢を持った伏兵がいる。

 全部で十人いる。今撃てば仲間の覆面男たちに当たるので、休憩している様子だ。

 攻撃の最初に活躍したのだろう。

 私は、少しでも早く馬車の方に応援に行きたかったが、この飛び道具を何とかしなければと思った。

 それで弓矢で狙えば、二三人は倒せても後で反撃されると同じ弓矢だから数で負けてしまう。

 だから近接戦しかないと思った。

 それで私はできるだけ音を立てず彼らに隠れながら近づいて行った。

 そして後五メートルという所で彼らの一人に勘づかれたっ。

 私は両手に三本ずつ寸鉄を持っていた。

 それを投げたと同時に走った。

 私は全身に魔気を走らせ、一気に剣を抜いて、彼らの中に飛び込んだ。

 狙うは弓の弦だ。

 または弓そのもの。

 寸鉄が何人に命中したかそんなことは分からない。

 命中したところですぐには戦闘不能にはならないのだ。

 私は剣の次に槍、槍の次に戦斧、戦斧の次にハンマー、ハンマーの次に鎌を出して滅茶苦茶振り回したと思う。

 彼らは私の急襲があまりにも突然だったので、声も出さずに応戦しようとした。

 だが何故だろう。もう相手は至近距離に入っているというのに弓矢で応戦しようというのは?

 何故弓を放っても良いから剣を抜かなかったのだろう?

 やはり咄嗟の判断ができなかったのだ。

 自分たちは安全な距離から飛び道具を使って成功していた為に、絶対自分たちは大丈夫という変な安心感があったのか。

 それが自分たちの持つ弓矢への万能感に繋がり、状況が変わったのにそれを手放さなかったということなのだろう。

 私は地面に倒れた弓士たちをそのままにして、二十人はいる覆面たちに向かって歩いて行った。

 騎士で立っているのは五人だった。

 もうフラフラの状態だったのだが、ここでもまた私は疑問を感じた。

 何故賊どもは一気に騎士たちに飛び掛かって倒さないのだろうと。

 もう絶対大丈夫、後は時間の問題だと思っているので、放っておいても出血多量で騎士たちは数分も持たないだろうと判断したに違いない。

 とすれば無理に突っ込んで行って、必死の反撃を喰らって怪我をしてもつまらないということになる。

 これだけ沢山いるのに、自分だけが突っ込んで行ってもし斬られでもしたらバカバカしい。

 数で優っているから、余裕が生まれ、生死を分けるギリギリの緊張感を失くしているのだろうか。

 まるでスポーツで先取点を取ったチームが後僅か時間稼ぎをすればタイムアップになって勝利間違いなしなので守りに入るのに似ているのかもしれない。

 そこに私が歩きながら近づいて行った。

 まだ全員が私に弓士たちが倒されたのに気付いていない。

 変な眼帯とマスクをしてるが、明らかに少年と思しき者が手ぶらで歩いて近づいて来るという認識だ。

 私は速足でどんどん近づいて行くが、そういう私に対して彼らは少しも警戒していない。

 私は歩きながら彼らの思考を読み取るべき想像してみた。


 たぶんこうだろう。

 子供のような奴が歩いて来る。自分でなくても誰かが止めるだろうくらいな気持ちでぼんやり見ているのだ。

 騎士たちには自分から斬りかかって行く力は残っていないから放っておいても大丈夫。

 ところであの子供みたいな奴はどこから現れたんだろうな。

 待てよ、弓士たちはどこに行ったんだ? あのあたりにいたはずだが、あれれ倒れていないか?

 そういう表情の変化が私には手に取るように分かった。

 そして、ようやく仲間に私のことを相談しようとする。

 その瞬間私は両手に二本ずつ寸鉄を投げた。

 ある者には腕にある者には肩にそしてある者には足に刺さったが、そんなことに動じる彼らではない。

 なんだなんだ? あの餓鬼は俺たちに釘のようなものを投げつけて倒す積りかよ。

 本当に怒るぜ。ちょっと痛いし。

 そんな感じだ。私は騎士たちに当たらないようにまた他の連中に向けて寸鉄を投げて、体のどこかに命中させた。

 さすがにいい加減にしろって感じで三人が飛び出して剣を振り上げて来た。

 私は足腰に魔気を送って、横っ飛びに彼らの攻撃から逃げた。

 逃げながら寸鉄を命中させた。

 それでも彼らは追いかけて来る。

 私は彼らの仲間の方に逃げて行った。

 待ち受けている連中はニヤニヤ笑って剣を構えた。

 私は寸鉄を投げてからまた横っ飛びに逃げる。

 もう半数以上の者に寸鉄をお見舞いした。

 中には弾かれたものもある。

 そして最初に命中させた者たちが倒れ始めた頃、ようやく薬を塗った武器だったと気づく。

 そうなったら、もう寸鉄は使えない。

 騎士たちを放っておいて、彼らが一斉にかかって来る。

 私は槍を出して先頭に来た奴の喉に突き刺した。

 槍の先は首の後ろから出た。

 そして槍を離した私に武器無しと見て斬りかかって来た二番手にハンマーで頭を砕いた。

「グボッ」

ハンマーを手放した私は小型のハンドアックスを三番手の男の額に向けて投げた。

ザクッとアックスは額に刺さって、あおむけに倒れる。

 そして四番手は鉄の棍棒で剣を叩き折って返す手で側頭部を叩き潰した。

「グシャッ」

 何人かは逃げ出した。

 私は寸鉄をその背に向けて投げた。

 首の後ろとか足の脹脛ふくらはぎとかに刺さって、暫くすると倒れて行く。

 騎士たちは敵が全部倒されたのを見て漸く膝を突き肩で息をし始めた。

 きわめて危ない状況だ。

 私はまだ生きている五人の騎士に急いで血止めの包帯をして薬を飲ませた。

 とても傷を塗ってる時間はない。

 馬車の中を覗くと身分の高そうな少女が震えていた。

ミレーヌ「君、大丈夫か? どこか怪我をしてないか?」

「あ……あなたは味方ですか?」

ミレーヌ「見てなかったのか、賊はだいたい倒した。

 けれど大部分は痺れ薬で倒れているだけだから、時間が経てば復活するぞ。

 向こうから迎えの者たちが来る。多分君の兄さんも無事だと思う。

 それじゃあ、ボクはもう行く」

「あっ、あのう……あなたは?」


 とかなんとか言ってるが、そんなのに答えていられない。

 何のために眼帯やマスクで顔を隠してると思うんだと言いたい。

 

 遠くの方から人の声がして来たので、私はすぐにそこから離れた。

 但し自分が使った武器については寸鉄の一本も漏らさず回収した。

 そして今度はアンナの姿に変装してから薬草の籠を持ってゆっくり帰り道を歩いて行った。

 どうやら馬車の近くにはあの青年や迎えの兵士や騎士たちが集まっていた。

 怪我をしている騎士を運んだり、死んだ騎士を一か所に集めたり、倒れて生きている賊たちをロープで縛りあげていたりしていた。

 一人の騎士が私を指さして、『あの娘ですか?』と聞いていたが青年は『違う。あの娘ではない』と答えているのが聞こえた。

 私は籠に薬を詰めて近づいて行った。

「おい、娘。近づいてはならぬ。危ないぞ」

ミレーヌ「すみません。見た所けが人がいるようですが、私は薬師なので、お薬を分けてさしあげることができます」

「なにっ、そうか。傷薬と止血剤があるか? あと体力回復のポーションとか」

ミレーヌ「あります、あります。 

 こんな状況で商売をするのは申し訳ありませんが、お安くしてお分けしますので、何でも仰って下さい」

 とまあ、私はそこで少し商売をして儲けた。

 もちろん若干ミレーやミレーヌのときと声の調子を変えたので気づかれていないと思う。


 私は薬を売ったり、若干手当を手伝ったりしながら、他の者たちの会話を注意深く聞き取った。


 それによるとあの貴族の兄と妹は、レストーシャン王国の王子と王女だった。

 兄はマークス・ロード・レストーシャン、妹はキャサリン・ロード・レストーシャンという。

 なんと彼らはレステントランスの国境警備隊に激励の為の訪問をしに行く途中だったのだ。

 迎えの者たちはレステントランス側の騎士や兵士で、賊は反王室派の貴族が放った刺客たちだったらしい。

 私は金貨などを礼に貰い彼らと別れて一足先にレステントランスに戻った。



キャサリン「お兄さま、怪我をしているのですか?」

マークス「ああ、危ない所を通りがかった薬師の少女に助けて貰ったのだ。

 助けを呼ぶ狼煙もその少女が代わりに上げてくれた。

 だが気を失った私に毛布をかけてくれた後、迎えの者たちが来たときには何処かへ姿を消したいたのだ。

 それよりもキャサリン。お前はよく無事でいてくれたな」

キャサリン「それがもう絶体絶命と言う時に、一人の少年が現れたのです。

 彼は弓矢を使う者たち十人をあっという間に倒し、その後二十人もいた賊たちを見る見る倒して行ったのです。

 不思議なことに、何もない所から次々に色々な武器を出して敵を倒して行きました。

 そして私にもケガはないかと聞いてくれましたし、倒れた賊は痺れ薬で動けないだけだから、時間が経てば動けるようになるから気をつけるようにと教えてくださいました。

 でも彼は両目を黒い眼帯で隠し口元もマスクを覆って顔が分かりませんでした。

 そして名前を聞こうと思った時にはもう姿を消していました」

マークス「そうだったのか。その少年と私を救ってくれた薬師の少女とはなんらかの関係があるのだろうか」

キャサリン「ありますとも、お兄さま。だって、その方はこう言いました。『向こうから迎えの者たちが来る。多分君の兄さんも無事だと思う』と。お兄さまのことを知っている様子だったので、その薬師の少女と関わりがあがるような気がします。

 それとアンナという薬師の少女がタイミング良く現れてけが人の手当てを手伝ったり、薬を安く売ってくれましたね。

 お兄さまを助けたのも同じ薬師の少女なら、この二人もなんらかの関係があるのかもしれませんわ」

マークス「おお、そうだったか。

あの赤毛の少女は何かを知ってるかもしれないな」

そういう訳で王子と王女は恩人を捜すのにミレーヌ扮するアンナに目をつけたようだ。


 そんなことともつゆ知らずミレーヌはアンナの姿で臨時収入を手にレステントランスの街で屋台の食べ物を買い食いしながら街ブラをしていた。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

またいまだにブックマークを消さずに愛読して下さってる方に深く感謝します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ