往年の美少女エステニア
ロリン村に戻ってからの私は暫く冬支度という名目で王都に行くのを控えた。
畑の農作物については、根菜は冷暗所の地下倉庫に、葉菜や果物は乾燥させて保存した。
狩りをして得た肉も乾燥させるが、塩を塗って乾燥させるか燻製にするかで二つに分かれる。
燻製の方が塩分が少なく味も良いので、私はそっちの方を選んでいる。
だが村ではまた冬を前にしてお金が必要になり、王都見物もしたいということになって、今度はみんなで行くことになった。
私が商売をする以前にも冬の前には王都に村人たちで出かけていたのでこれは仕方がないと思う。
木を隠すには森に、という譬え通り村人みんなで行けば私も目立たないだろうと同行することになった。
村で募集したアイデア商品などは私が責任を持って売ることになるが、各家で売りたい毛皮や伝統的な手芸品などはみんなで担いで持って行き私とは別個に屑市で売ることにした。
私は椅子に腰かけていた。背後には簡易テントが設置してある。
もちろん目の前には手芸品と野菜が敷物の上に並べてあり、私の足元には例の頭陀袋も置いてある。
だが今日の目玉商品はあくまで私が腰かけているこの椅子だ。
私は人の集まり具合を見て、ぼつぼつ一人芝居を始めるのだ。
ミレーヌ「ああ、なんかこの椅子低いなあ、もうちょっと高ければ良いのに。ごほん、ごほん。
じゃあ、少し高くしようっと」
私の大きな独り言を聞いていた通行人がそれとなくこっちを気にし始めた。
そのタイミングで私は椅子を高くする。カタンカタンと二段階上げて、ロックする。
そしてそれに腰かけてはしゃいでみる。
ミレーヌ「わあぁいっ。高い、高い。王宮が見えるぞ。って、冗談だけど。
でもやっぱり私にはちょいと高いかな。
少し低くしてみようかな?」
カタンカタンカタンとさっきよりも低くする。
ミレーヌ「うわぁぁぁ……。今度は低くて地面に近くなったよう。
これなら子供用だ。
それならもとに戻そうっと」
カタン……。
「おい、それは売り物か?」
ミレーヌ「はい、よく聞いてくれました。これはロリン村のアイデア商品、高さ調節椅子です」
「ロリン村って、あの防水エプロンとか簡単鍋掴みを考えた所か?」
ミレーヌ「その通りです、お客さん」
「それをくれっ。うちの子にやる。成長に合わせて高さが調節できるから、すごく良いっ」
私は後ろのテントから椅子を出した。
「なんだ、これは形が違うぞ」
ミレーヌ「いいえ、これで良いんです。
使わないときはこのように折り畳み式になってますが、こうすると……ほら椅子になります。
高さを変えるときはこのレバーを動かして高さを変え、レバーを元に戻せばロックされます」
「「おい、俺にもくれっ」」
「いくらだ」
ミレーヌ「大丈夫です。まだありますから」
高さ調節椅子は村の男の人たちに、私がヒントを教えて誘導しながら作らせたものだ。
この次は背もたれが調節できる椅子を作らせようと思う。
だが今までの野菜や手芸品のように頭陀袋から出す訳にはいかない。その為簡易テントを用意したのだ。
その時体の大きな男が三人やって来て他の客を押しのけて現れた。
彼ら三人だけで私の売り場スペースが暗くなったほどの大きな壁ができた。
私はこの三人に見覚えがある。
私服を着ているから一瞬分からなかったが。
あの王子様と一緒にいた騎士たちだ。
確か私を背後から持ち上げたトンプソン、そして右手をがっしり握って抑えていたジョニー、左手を抑えていたハロルドだ。
ハロルド「失礼、あんたの声に聞き覚えがあってな」
ジョニー「実はブルガールという女を捜しているんだが、あんたの声がその女に似てるんだよ」
ミレーヌ「ブルガールなら聞いたことがありますよ。
でも私は似ても似つかないじゃありませんか」
トンプソン「そうさ。だけどブルガールは変装しているという結論が出たんだ」
ジョニー「だから見かけだけじゃなくて声でも判断してるのさ。
声は簡単に変えられないからな」
ハロルド「きっとブルガールの扱う品物のことを考えて、この屑市でも物を売ってると我々は目星をつけて来た。
さあ、立って一緒に来るんだ。
私は仕方ないなという顔と肩を上げるジェスチャーをした後、椅子から立ち上がった
トンプソン「なに?」
ジョニー「変だな。背丈が全然違うぞ」
ハロルド「もっと小さかった。この女は違うな。声が似てたもんだから」
トンプソン「邪魔したな。すまなかった。商売を続けてくれ」
三人の私服騎士は人混みの向こうへと消えて行った。
危なかったーぁっ。
こんなこともあろうと、椅子に腰かける前に自作のシークレットシューズを履いていたのだ。
私は何故こんな準備をして来たかと言うと、王子サイドになって考えてみたからだ。
最初は彼らはブルガールを捜すためにマスクをしてチリチリヘアーの右頬に黒痣のある小柄な女を捜していた筈だ。
だが、そういう女は門から出ていないし、王都の隅々まで捜しても見当たらない。
ということは変装していることが考えられる。
髪の毛もマスクも痣もわざとつけたものなら、全くそれらの特徴は当てにならないことになる。
そして調べて行くとブルガールが現れるのは毎日ではなく、ある一定期間のブランクの後二日くらい出現することが分かったと思う。
それでブルガールは王都の外からやって来て一泊二日くらいで帰って行くということが分かる。
けれどもどの宿屋を調べてもブルガールが泊ったという形跡はない。
とすれば、ますます変装しているという疑いが強くなる。
そしてブルガール自身も娼館や奴隷館に屑野菜を売ってることから、屑市あたりでも商売しているのではないかという推理に辿り着く。
そして何をヒントにしてブルガールを捜すというと、若い女で背格好と声で探すことになる。
特に声は三人の騎士があのとき聞いて知っているから、市場の売り声を聞いて行けば見つかるだろう、という所までたどり着くとは思ってた。
だから高さ調節椅子を売りながら椅子に腰かけて、すぐに立ち上がることができるようにしたのだ。
シークレットシューズで座った体勢から立ち上がるのは難しいし何か変なものを履いていることがばれやすい。
果たして声を頼りに三人が近づいて来た。
そこで立ち上がって背丈がかなり高いところを見せて人違いに思わせたのだ。
私はズボンの裾をまくっていたが、この場所に陣取った時には裾を下ろしてシークレットシューズを履いたのだ。
つまりこの日の為に長めのズボンを仕立てておいたのだ。
その結果見事人違いだと思わせて三人を追い払うことができた。
だが時間が経てば背丈だって誤魔化すことができることに気づき引き返してくるかもしれないから、急いで店を畳んで、集合場所に急いだ。
集合場所に着いた時には、もうみんなはいなかった。
実はその場所は王都技芸団の劇場だった。
そこでは座長であり看板女優のエステニアが一人七変化を演じるというので、私は興味を持っていたのだ。
けれども屑市ですべて完売するのに時間が喰ってしまって、芝居がもう始まっていたのだ。
村の人たちは入場していて、ちょうど私がそこに行ったときは前半が終わって中幕のときだった。
「あのう、後半しか見られないですよ。それより夜の部から見た方が良いのでは」
受付嬢がそう言ったが、私は入場料は普通に払うから見せてほしいと言った。
私はちょうど中幕の小休止のときに入って、村の人と合流して後半の芝居を見学した。
エステニアは母のピカールが『麗しのウェステーニア』で謳われたとき、そのとき比較された王都三大美人の一人だった。
絶世の美少女王都技芸団の看板女優エステニアと吟遊詩人に謳われた人だ。
それから十数年経ちいまや三十代になっていたが、相変わらず美しく、そして七変化のうち四変化まで見ることができてラッキーだった。
一人は二十歳くらいのお姫様の役、そして八歳の女の子、さらに七十才以上のお婆さん、凛々しい若者役……その変装の仕方にほれぼれした。
満足して村人たちと一緒に帰り始めた私だったが、何故か先ほどの受付嬢に呼び止められた。
「お客様、ちょっと座長がお会いしたいと言ってます」
仕方なく村の人たちには宿に先に帰ってもらうことにして、私は受付嬢に連れられて座長のいる楽屋に行った。
座長は道化師の姿をしていた。
きっと前半の芝居でみせる変化の一つなんだろう。
座長「わざわざお呼びだてしてすみません。
私は座長のエステニアです。
後半からご覧になったお客様には通常の料金を払って頂いたとか……それでは申し訳ないのでお金をお返しするか、それとも夜の部を見て頂くかと思いまして」
ミレーヌ「いえ十分満足しましたので、お金は返して頂かなくて結構です。
わざわざ気を使って頂きありがとうございます」
座長「でもそれでは芝居の半分しかご覧になっていないことになります。」
ミレーヌ「大丈夫です。実は私は座長さんの七変化を見たかったので」
座長「それでも七変化の半分ほどしかご覧になってません。
そして七変化は芝居のついでで、あくまでも芝居は初めから終わりまでの物語なのですから半分見ただけでは、芝居をお見せしたことにはならないのです。
どうですか夜の部ご覧になりませんか」
そこまで言われて私もついつい言いたいことがあったので、口を滑らせてしまった。
ミレーヌ「もしもう一度見せて頂くなら直してもらいたいところがあるのですが、そんなことは無理でしょうから、やはりここで帰らせて頂きます」
エステニアさんは見かけは眼鏡の子供の私が偉そうにこんなことを言ったのでかなりショックだったようだ。
座長「それはいったいなんです?
聞き捨てなりません。
私の芝居を真っ向から否定するようなことを言われて、私も後には引けません。
ぜひお聞かせください。
それが私も納得するようなことでしたら、直しましょうとも」
ミレーヌ「座長さんのことではありません。
座長さんのお芝居も早変わりの変化も実に見事でした。
でも一人初めから終わりまで舞台に出っぱなしの人がいましたね。
座長「はて、そんな者は私以外に……あっ」
ミレーヌ「そうです。セリフが一つもないトレント役の方です」
トレントとは樹木の形をした架空の生物で幹に人の顔がついているものだ。
芝居では木の形になった板に穴をあけて裏側から顔を出して演じていたが、セリフも何もないので難しい役であると同時に大事な役なのだ。
ミレーヌ「あの役者さんがどういう経緯でトレントに選ばれたのかは分かりませんが、ときどき寝たふりをしたり、欠伸をしたりして失笑を買っていたのはご存じですか?」
座長「客には受けていたと思いますが。
彼にはセリフがないので、そのくらいして目立っても良いのではないかと思います」
ミレーヌ「まずトレントの立ち位置がよく分かりません。
確かにあそこに立っていましたが、心情的に彼は誰の味方なのでしょう?
主人公側の立ち位置だったとしたら、もっと客と一緒に主人公を支持するような表情をして欲しかったです。
中立の立場だったら余計なことをしないで、ただ黙っていて欲しかったです。
主人公や客と反対の敵の立場だったら、そういう表情を貫いて欲しかった。
でもその場合は最後に滅ぼされる方が見ててすっきりしますが。
私はトレントは主人公や客と同じ立場であることを無言の表情で演じて証明して貰いたかったです。
それが芝居全体への客の共感を呼ぶことだと思いますし、トレント役の重要な役割だと思うのです。
でも彼がしたことはセリフがない分なんとか自分の存在を見せようとして芝居とは関係のない表情を見せたことです。
その結果、芝居の流れを中断し客の芝居への集中を邪魔していたように思います。
ですからトレントの演技を改めてくださるというなら夜の部も見ても構いません。
でもあの役者さんも急に言われてその演技がすぐ直るとは思いませんので、私は帰ります」
座長「申し訳ありません。あなたの仰っていることがよく分かりました。仰る通りです。
そして確かに彼には今のことを指導したいと思いますが、急なことなので不完全な演技になってしまうでしょう。
ですから夜の部をどうぞ見て下さいとは言えなくなりました。
でも分かって下さい。なおさらこのまま帰って頂く訳にはいかなくなりました。
半分の芝居で通常の料金を頂いただけでなく、芝居の神髄に関わる貴重な助言まで頂きました。
何か私にできることでお礼をすることはできないでしょうか?」
ミレーヌ「あります。あなたにとってすぐできることがあります」
座長「それはなんですか?」
エステニアは体を乗り出した。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
ところで拙作にユニークが三百五十人を超えました。
そして総合ポイントも四十になりました。
どこのどなた様が読んで下さったのでしょう?
本当にありがとうございます。




