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田舎娘ミレーヌが妖精になるまでの物語  作者: 葉裏
第二章 多くの顔持つ女の子
17/52

ロリン村への道

第二章の最初の三話分は時系列の関係から最初の投稿時の順序を変えています。

ご迷惑をおかけしますが、ご了解ください。

 私はさらに南下して少しでも伯爵領から離れたかった。

 ミレーという少年の冒険者証を見せて各地を移動した。

 ウサギや時には鹿などを狩ってギルドに売って金を得る。

 その金で安宿に泊まったりしながら移動し続けた。

 この国は広い。いくら歩いても果てがない感じだ。

 それであまり気が進まなかったが、お金もあったので馬車にのることにした。

 けれども乗ってすぐに後悔した。右隣に座った若い女が顔を顰めて席を代えて欲しいと右端の青年に言ったのだ。

 要するに私は嫌われたらしい。

 私は近頃は野営することもしょっちゅうだし時々着替えはしているけれど汚れた姿をしていたのだと思う。

 私の右横に座った青年は気軽に話しかけて来てくれた。

 女だとばれないかと思ってたので、そんなに気は許さなかったが結構話せたと思う。

 青年の名前はジャックと言って、話していると安心できる不思議な雰囲気を持っていた。

 彼も一人で長い間旅をしていたらしく、一人旅のこと、野営のこと、狩りなどについても話が合った。

 村出身なので畑仕事の経験もあるので、そこでも話が通じる。

 そして馬車旅も夜になって野営地で一泊することになった。

 その頃にはジャックとは話が弾み、気を許せる感じになっていた。

 馬車から降りたとき、彼が言った。

ジャック「ミレー、君に家族はいる?」

ミレーヌ「いないよ」

 母はどこにいるか分からない上に私が死ねば良いと思ってるし、祖母は二度と戻って来るなと言っていた。

 だから私には家族がないものだと思うことにした。

ジャック「そうか、俺と殆ど同じだね。

 殆どというのは俺にはまだ祖母ちゃんがいるからね。

 なんだか君に申し訳ないけど」

ミレーヌ「申し訳ないことはないだろう。良いことじゃないか」

 そう言いながら私の方が一人多いので逆に密かに申し訳なく思ってしまった。

ジャック「ミレーは天涯孤独なんだろう? これからどうする積りだい」

ミレー「どうするって?」

ジャック「たとえば、たとえばだけどさ。

 俺と一緒に来て祖母ちゃんと三人で暮らさないか?

 身寄りがない同士集まれば何かと心強いだろう?

 畑もあるし村の人は気が良いし、森にはウサギもイノシシも鹿もいるんだ。

 村のそばには川が流れていて魚も釣れる。

 ミレーは弟分として、三人が家族になるんだよ。

 祖母ちゃんは良い人だよ。優しくておいしい物作ってくれる。

 ただ体が弱ってるから畑仕事を手伝ってやりたいんだ。

 ってごめん。やっぱり嫌だよね。いきなりこんなこと言われればびっくりするよね」

ミレーヌ「どうしてボクにそんなこと言うんだ。

 ボクがどんな人間か分からないじゃないか。

 悪い人間だったらどうする積りだよ」

ジャック「あくまで直観さ。君は悪い人間じゃないし、孤独な人間で家族を持ちたいけれど持てないでいるような、そんな気がしたんだ。

 だったら俺の弟分として家族になってしまえば良いんじゃないかって、そう思ったんだ。

 駄目かな? ずっとじゃなくて良いよ。

 途中で気に入らなくなったら出て行っても良いよ。

 結婚したくなったら、相手を見つけるために出て行くってこともあるし。

 お試し……お試しだよ。

 畑や狩りも一緒にやろうよ。

 気に入らなきゃ即やめても良いってことで」

 一気にまくしたてたジャックはそこでため息をついた。

ジャック「そうだよね。いきなりそう言われたら誰でも驚くよな。

 じゃあ、こうしよう。ロリン村って言うんだ。この先……この峠を越えれば見えて来る。

 そこで二三日で良い。ゆっくりして行きなよ。

 何か君を見てると死んだ弟を思い出す。

 祖母ちゃんも喜んでくれると思う。

 一度に息子と嫁と孫を失ったからね。

 ああ、実は家族を失ったのは四年前なんだ。旅先で火事にあってね。

 ロリン村の農作物を売りに街に出たとき、泊ってた宿の客が酔っ払って暴れてそれが原因で宿が焼けてしまったらしい。

そして俺だけが助かったのさ。

ほら、これがその時の火傷の跡だ」

 ジャックはシャツを脱いで背中を見せてくれた。肩から背中にかけて醜いケロイドが広がっている。

「俺はもう自棄になってロリン村には帰らずにあちこち彷徨っていたんだ。

 でもようやく決心がついて帰ろうと思った。

 帰って三人の墓にも詫びたいし、祖母ちゃんを一人きりにしたことを償いたい。

 だが一人で行くのが怖い。

 それで君を誘ってしまった。

 もう寂しい思いをするのは嫌なんだ。

 でもそれは俺の逃げかもしれない。

 悪かった。でもさっきの話は本気だ。

 二三日で良い。泊って行ってくれないか?」

ミレーヌ「良いよ」

ジャック「本当かい、良かった。

実は畑が広くて俺一人じゃ心配だったんだ」

ミレーヌ「二三日だけだろう?

こき使われてたまるか」


 どういう訳は私はジャックの変なノリに乗っかってロリン村に泊ることになった。

 彼は四年間どこを彷徨い歩いていたんだろう?

 そしてどうして故郷の村に戻る気になったんだろう?

 そして彼の帰郷の付き添いにどうして自分が選ばれたんだろう。

 さまざまな疑問が湧いたが、所詮他人事だ。

 野営地で私はその夜支給された毛布に包まって眠った。


 翌朝峠に向かって再び馬車が動き出したが、間もなく様子がおかしいことに気が付いた。

 馬車が止まったので前方を見ると百メートル先の道を倒木が塞いでいる。

 馭者が声を上げた。

「行く先が塞がれているっ。

 盗賊の足止めだっ。

 みんな馬車から降りてできるだけ急いで元来た道を走って戻ってくれっ。

 この馬車も方向転換して間に合えば途中で拾って行く。

 駄目なら自分たちだけで逃げてくれっ。

 最悪荷物は諦めて命だけでも助かってほしい。

 女の人は乱暴されるので、とにかく逃げろっ」


 私の合計四十年の人生で初めての盗賊との遭遇だった。

 もともと私は荷物がなく身軽なので馬車を飛び降りると街道を走らずに街道脇の森の中に走った。

 他の客はジャックも入れて八人だが、正直その人たちのことを考える暇はなかった。

 私は盗賊が怖い。盗賊は重罪なので捕まれば死罪が確実だ。

 だから客馬車を襲うときは客を全員殺すという。

 生き証人を残す積りはないのが普通と聞く。

 盗賊が出たことが分かれば討伐隊が来るし、獲物の馬車が来なくなる。

 だから一人残らず殺すのだ。

 一人も逃がさないのだ。

 そして女は犯した後、奴隷にするか殺すかのどちらかになるが、殺す方が殆どらしい。

 その方が面倒やリスクが少ないからだ。

 ふと横を見るとジャックも一緒に走っていた。

 やっぱり考えることが同じだ。

 森に入った方が逃げやすいと思ったのだろう。

 だがジャックは私の足を止めた。

ジャック「実は戻っても危ないと思う。だから様子を見よう」

 その言葉の通り、逃げて行った方向から客たちの悲鳴が聞こえた。

ジャック「足止めをする場合、盗賊の主力は背後にある場合が多いんだ。

 つまり挟み撃ちにする為の罠なんだ。

 どうする?この後少しずつ包囲網を狭めて、俺たちを捕まえる積りだ。

 もちろん森の中だって奴らの庭みたいなものだから、抜け出すのは難しいと思う」

 私は恐怖を覚えた。私は傭兵としての訓練を受けたが人と本当の戦いをしたことがないし、もちろん殺したこともない。

 そんな恐ろしいことできないと思う。私はただのОLだったんだから。絶対できないと思う。

 私は震えていたと思う。折角身代わりの死体まで用意して、逃げて来たのにここで終わってしまうのか。

ジャック「一つだけ助かる方法がある。よく聞いてくれ。

 俺が奴らの注意を引き付けるから、君はじっと隠れているんだ。

何があっても出て来ては駄目だ」

ミレーヌ「そんな……それじゃあ、ジャックさんが殺されるんじゃあ」

ジャック「そうとは限らない。聞こえるかい。近くに滝がある。

 あそこに飛び込んで運が良ければ川下に流されて助かるかもしれない。

 その時君と二人で飛び込んだように見せかければ、君は捜されることはないと思う。

 さあ、うまく逃げおおせたらロリン村のミネルバ婆さんの所に行ってくれ。

 そこで会おう。

 さあ、そこの窪みに寝るんだ体を丸めてね。上から枯れ枝と葉っぱをかけてやるから動いたらだめだよ」

 私は卑怯にもジャックの好意に甘えて自分だけ助かる道を選んだ。

 ジャックが助かるとはとても思えない。

 でも表面はお互いに助かろうという顔をして、私はジャックに枝や葉っぱを上からかけて貰い、隠してもらったのだ。

 そして立ち去る時ジャックは小さな声で言った。

「約束してくれ。もし俺に万が一のことがあっても、祖母ちゃんには俺がまだどこかで生きていると言う風に言って欲しい。

 そしてできれば、できるだけで良いから少しでも長く祖母ちゃんのそばにいてやってくれ」

ミレーヌ「約束する」

 すると足音が遠ざかって行く。

 ジャックは自分のことをなんでも話してくれたのに、私は自分のことを何一つ正直に話していない。

 それなのにそんな私をジャックは命をかけて助けようとしている。

 そしてそんなジャックの好意を受けようとしている私。

 卑怯で弱虫でいつも逃げてばかりいる私。

 なんて心が醜い人間なんだろう、私は。

 私が男ではなく女であることも全部隠したまま、人の命をかけた好意を受付ようとして……情けないっ。



 暫くすると突然ジャックが叫ぶ声が聞こえた。

ジャック「先に飛び込めっ。その後で俺も行くっ」

ドボーン

水に飛び込むような音がした。

「いたぞーっ」

「一人飛び込んだみたいだ」

ジャック「俺も今行くぞぉぉ。うっ」

 ジャックの声だ。飛び込む前にやられたのか?

 

「こいつはもう助からない。急所に矢が刺さったからな。もう一人は……浮いて来ないぞ」

「滝つぼの底の枝に引っ掛かってしまったんだろう。よし洞窟に戻るぞ」

「若い女はどうした?」

「あいつら、勝手に楽しんでから殺してしまったらしい」

「仕方ない。長く生かしておくと情が移って、その上逃げられでもしたら全員お陀仏だ」

「行くぞ」

「おう」


 私はじっと息を殺していた。

 すると獣の気配がした。

 きっとジャックが倒れている辺りだ。

 私は飛び起きて滝の方に走る。

 それは狐だった。私が走って来るのを見て、倒れているジャックから離れて逃げて行った。

ミレーヌ「ジャック、ごめん。

 すぐ飛び込めば助かったかもしれないのに、私を助けるために演技を続けた為に……」

 私はジャックの遺体にすがりついて泣いていた。声を抑えて何度もしゃくりあげながら涙が止まらなかった。

 この人だったらなんでも打ち明けて、一緒に生きて行くことができたかもしれない。

 この人だったら私の身の上を聞いても嫌がらずにすべてを受け入れてくれたかもしれない。

 この人だったら……かもしれない……ああ、なんて空しい言葉なんだ。

 何の役にも立たない言葉だっ。

 いまさら何の役にも立たない言葉だ。

 いい加減泣きつかれて顔を上げると頬の辺りが乾いた涙でパリパリになっていた。

 鼻の下から口の周りはもっとひどいことに……。

 私はジャックの首の後ろに刺さった矢を抜いた。

 毒矢を使っている。確実に殺すためにそうしているのだ。

 私は全身の筋肉を使ってジャックの死体を引きずって行き、自分が隠れていた窪みのそばまで運んだ。

 それからスコップを出し、腐葉土の土を掘る。

 何も考えずに掘る。

 私には何もできない。洞窟に乗り込んで盗賊を全滅させる。

 そんなことをする度胸も力もない。

 せめて盗賊のことを通報するくらいしかできないのだ。

 穴はなるべく深く掘りたい。さもないと、狼や熊が掘り返して死体を食べてしまう。

 それでも私の腰までの深さが精いっぱいだった。

 それに早く埋めないと盗賊たちに見つかる危険もある。

 ジャックの体には冒険者証Bランクが見つかった。これを形見に貰って、後はジャックの体を穴の底に横たえた。

 そして手を合わせてから土を被せる。

 そして枯れ枝や葉っぱを被せると、私は傷む全身を引きずって、峠の向こうに移動し始めた。



 ミネルバ婆さんの家はすぐ分かった。

 ロリン村の看板が見えて来たら、入り口から二軒目の家だと聞いていたから。

 私はその家のドアをノックしたまでは覚えている。

 その後気を失っていたらしい。


「気が付いたかい? 女の子で男の恰好をしてずっと峠を越えて来たんだね?」

 ミネルバ婆さんは戸口に倒れていた私を見て、村人に頼んで家の中のベッドまで運んでもらったという。

 その時に服を着替えさせたので女だと分かったらしい。

ミレーヌ「ミネルバお婆さんですね? ジャックさんから聞いて来ましたが、途中で盗賊に襲われて」

ミネルバ「えっ、ジャックにはどこで会ったの?」

ミレーヌ「えーと、最後に会ったのはニューロイヤーとかいう町で冒険者をして楽しくやってました。

 こっちの方に来たら、お婆さんの所によって自分は元気だと伝えてくれと頼まれまして。

 ええ、友達です。私はミレーヌと言います。

 恋人じゃありません。ジャックさんは私の兄貴分みたいなもので可愛がってもらいました。

 そうだ。ここに来たら畑仕事も手伝って行けと言われてまして」

ミネルバ「ミレーヌさん、落ち着いて、盗賊に遭ったのでしょう?

村長さんを呼ぶからそのことを詳しく教えて」

 私とミネルバ婆さんはそうやって出会って、一緒に暮らすようになった。


 盗賊は根城の洞窟にいるところを一網打尽に全滅させられたと、村長さんが教えてくれた。

村長「王都の近くの峠だから王都の騎士団が直接乗り込んで行ったらしいよ。

 それにしてもよくあんたは無事に逃げて来られたね」

 本当はジャックに助けられたからだと言いたかったが、それを言うとジャックの死をしらせることになり約束を守れなくなる。

 私はジャックの両親と弟が眠ると言う墓にこっそり彼の冒険証を埋めた。

 

 私は夢中で畑仕事をし、狩りをし釣りをし、針仕事までした。

 その時に私はミネルバ婆さんがいつも台所に立って料理を作ってくれているので感謝の意味で何か縫ってやろうと思った。

 ミネルバ婆さんは私が居座っても気にせずむしろ喜んでくれた。

ミネルバ「いつまでもいておくれ。そのうちジャックも帰って来るだろうから、三人で楽しく暮らせば良いさ」

 まるでジャックと同じようなことを言うので目頭が熱くなった。

 その時気が付いたのだがミネルバ婆さんは、料理するときも服の前を汚すし、食べるときも少しこぼして汚すようだった。

 それで私はエプロンを縫ってあげたのだが、この世界にはビニール塗料とか防水スプレーはないので、何か代わりのものがないかと考えた。

 そのとき、故郷でアルファー草という肉厚の葉の汁を接着剤の代わりに使っていたのを思い出した。

 そしてロリン村にもアルファー草が群生しているので、それと他の素材を配合して作った液をエプロンに塗ってから乾燥させてみたのだ。

 するとエプロンの表面がビニールのようになり、水をつけても弾くようになった。

 防水加工が完成したっ。

 それをミネルバ婆さんに贈るととても喜んでくれて食事の時も着てくれるようになった。

 外に行くときも着ていることが多かったので、村の女たちにも注目され作り方を私の所に教わりに来たのだ。

 村の女たちは私と違い縫い方が細かく丁寧な仕事をする。

 私が考えた防水塗料もむらなくきれいに塗るので仕上げがとても美しい。

 私は村の女たちを集めて相談した。

ミレーヌ「皆さん、この防水エプロンを村の特許製品として販売してみませんか」

「でも売るのにはどうしたら?」

ミレーヌ「それは私に任せて下さい。皆さんにお金が入るようにしてあげます。だから多めに作ってみませんか?」


 その日から毎日何枚かずつ出来上がったエプロンが私の所に届いた。

 私は誰から何着と言う風に記録して、すべてふるさとバッグにしまい込んだ。

 そして私はそれを持って王都に売りに行くことにしたのだ。


 けれども向こうで商売を始めて計画通りに行かないことを知るのは次の話である。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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