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田舎娘ミレーヌが妖精になるまでの物語  作者: 葉裏
第一章 見かけは十才の女の子
16/52

ミレーヌの最期

今話でミレーヌは死にます。主人公が死ぬので終わってしまうかもしれません。

 ドルトンさんは大男で、一歩が私の二歩分も大きく移動するので、私の足はフル回転だった。

 ほぼ小走り状態と言って間違いないっ。

 この人の奥さんは苦労したろうなぁ。

 だって女性の私を待とうとはしない……あっ、違った。

 私は一応男ってことになっていたんだ。

 弱ったなファンタジーだと、ギルドの受付には水晶玉があって、それに手をかざすと年齢性別人種まで全部分かると言うのがあった。

 じゃあ、私が女で魔妖精の血が混ざっていることもばれちゃうじゃないか。

ミレーヌ「ひゃぁぁぁ、ちょっと、ちょっと待って下さい、ドルトンさん」

ドルトン「なんだ、急に妙な声を出して? どうして立ち止まる」

 ドルトンさんは片手で私の脇腹を抱えるようにして止まらずに歩き続ける。

 私はずるずる引きずられて行く。

 すぐ目の前にはレンガ造りの二階建ての建物が見えて来た。

 嫌だ、嫌だ、嫌だっ。

ドルトン「何が嫌だ? 冒険者志望なんだろ」

ミレーヌ「志望しているんですが、登録が怖いんです。ボクの年齢が引っかかるのじゃないかって」

 私はわざと関係ない項目を言った。私はたぶん十六だが、十才くらいに見えると言われている。

 確かファンタジーでは最低でも十二才からでないと入れないらしい。

 ましてこの世界では十五才から成人だと言われているから、冒険者になる年齢に達してないと言い張れば、登録を免れる。

ドルトン「引っかかるもんか。冒険者は気合でなるんだ。年齢なんか関係ねえっ」

 えええっ? この世界には児童福祉法はないのかっ。

 そうだ、水晶を避けなければ。

ミレーヌ「ボ……ボクは水晶アレルギーなんです?」

ドルトン「はっ? なんだ、水晶って。 アレル…なんだって? 何故いまそれが関係する?」

ミレーヌ「だ……だって、登録するとき、水晶に手を当てて、年齢性別人種なんかを調べられるんでしょう?」 

ドルトン「誰からそんなことを聞いた? 

 いったいどこのギルドの話だ。

 そういうのは登録の申し込み用紙に書くが、水晶なんか知らねえ。

 だいたい見れば分かるだろう。

 お前は年齢十才男で普人族に決まってるだろう」

 あっ、そうなの。水晶はないのね。じゃあ、大丈夫。じゃなくって、登録なんかしたくないよぅ。

 あっ、そうだ。一つ忘れていたことがあった。あれだ、あれ。

ミレーヌ「ド……ドルトンさん、ボク血が苦手なんですよ。

 登録するとき指を切って血を出したりしませんか?

 あれ、絶対嫌です。血を見ると具合が悪くなるんです」

ドルトン「うるせいっ、血なんか出さねえっ。ほら、お前の番だ」


 気が付いたときは綺麗でスタイルの良いお姉さんがニッコリ笑顔で私を見ていた。

 同性として羨ましいっ。私もこんな感じが良いのにっ。

 所詮私はロリJK、しかも微乳。で、今は男装のロリJK。

受付嬢「あのう……もしかして登録ですか?」

ミレーヌ「あの、実は」

ドルトン「実は登録だ。パッパッとやっちゃってくれ。あんたが書くと速い。

 名前はミレー、十才、普人族だ」

受付嬢「はい……出身地を聞いても?」

ドルトン「おいっ、お前はどこの産だ?」

ミレーヌ「ワミール村です」

受付嬢「えーっとどの辺りにあるんですか、その村は?」

ミレーヌ「原始林……の」

受付嬢「ああ、そうですか? では原始林付近のワミール村と書いておきますね」

ミレーヌ「はい、ありがとうございます」

受付嬢「何か得意なこととかありますか?」

ミレーヌ「あのう、血を見るのが苦手で。そうでないものなら」

受付嬢「血が苦手で冒険者ですか? それじゃあ、薬草採取とかは?」

ミレーヌ「あっ、それ得意です。見つけるのが早いですから」

受付嬢「でも薬草のあるところは獣や魔物も出て来ますよ」

ミレーヌ「魔物って出るんですか?」

受付嬢「それは滅多には出ませんが、出るときは出ますよ。

 まあ、ここ当分は心配ないですがね。」

ミレーヌ「あのう市内のお手伝いってありませんか?」

受付嬢「力仕事が殆どですよ。ミレーさんができそうなことはあるにはあるんですが……」

ミレーヌ「じゃあ、そういうのを中心にやって行きます」

受付嬢「それでは、えーと一応新人ですからC登録になりますね」

ミレーヌ「えっ、いきなりCですか? EとかFじゃなくて?」

受付嬢「登録はCから始まります。一定期間経つとベテランのB登録になって、優秀者はA登録になることがあります。EとかFはありません」

ミレーヌ「あのう、Sとかは?」

受付嬢「BCだけでたまにAが出るくらいですね。Sって聞いたことありません。それでは、これが冒険者証になります。

 それでミレーさんに向いたクエストですが、薬草に詳しいと言ってたので、薬師店の手伝いのバイトはどうでしょうか?」

ミレー「ああ、それが良いですね。ところで、このニューロイヤーにアロン葬儀店ってありますか?」

受付嬢「ありますよ。ああ、ちょうど良いです。ここにも手伝いのバイトがあります。

 墓掘りとかの肉体労働ではなくて、死体の飾りつけのバイトです」

 うわぁぁと思ったが、この際なんでも良いから引き受けてここに行かなければならないと思った。

 その後、規則を聞いたり登録料を払ったりして手続きをすべて終えた。


 ギルドには用事がなく、まして冒険者になんかなる積りはなかったが、ちょうど良いタイミングで目的の場所が見つかった。

 途中でお節介のドルトンの声がしなくなったと思ったら、他の冒険者となにやら話し込んでいる。

ドルトン「おや、終わったようだな。

 要するに馬鹿なことはしない奴のようだから、優しく見守ってやれ。

 血を見るのが嫌いだから当分危ないクエストは受けないだろう」

男一「まあ、少し臆病な方が慎重になるから良いと思うぞ。

 別に脅かす必要もないしな」

男二「女たちのパーティに連れて行って貰うと言う手もある。

 まだ子供だから嫌がらないだろう」

 なにやらほっこり来るような会話をしている。

 要するに私を冒険者として育てるにはどうしたら良いか考えてくれているらしい。

 全然その気はないので、申し訳ない気持ちで一杯だが。

ミレーヌ「ドルトンさん、ありがとうございます。とりあえず今日はアロン葬儀店に行ってクエストをして来ます」

ドルトン「分かった。終わったらまたうちの店に来い。夕食と泊まる部屋を用意しておいてやる」

ミレーヌ「はい、……ありがとうございます」


 アロン葬儀店に行くと主人の所に連れて行かれた。主人は痩せて神経質そうな中年男だが、私にお茶を進めてくれて面接を始めた。

アロン「ミレーという新人冒険者だね。死体の飾りつけだよ、できるのかい?」

ミレーヌ「はい、教えられた通りにやれば良いのなら、できると思います。

 ですが、その前に内密に見て貰いたいものがあります」

 それを聞くとアロンさんは片手で合図をして同室の者たちを遠ざけた。

 だが、私のそばに立っていた強面の護衛だけは残っている。

 私はキンブルさんから貰った木札の紋章を見せた。

アロン「追われているのか?」

ミレーヌ「はい。そして私は」

 私はバンダナを外して髪の毛を見せた。

アロン「なるほどな、男に化けていたのか? とすると今の男としてのあんたは消す必要はないと?」

ミレーヌ「の積りですが」

アロン「簡単な経緯を語って貰う」

ミレーヌ「相手は貴族ですが」

アロン「とにかく話してくれ。それでないと対策が立てられない。

 儂は密かに逃がし屋をしている。この紋章を持って来た者は一度だけ逃がしてやることになっている。今これを受け取ったからこの木札の紋章は壊す。

 これは私が発行した紋章だ。高い金を払って誰かが買ったものだろう」

 アロン氏は私の見ている前で木札にナイフを突き刺し真っ二つにした。

 その後身を乗り出すと、強い眼力で私を見据えた。

アロン「さあ、聞かせてくれ。あんたの事情という奴を」




 一通り事情を説明してからアロン氏は口を開いた。

アロン「成程、分かった。

 一度しか言わんからよう聞いておいてくれ。

 あんたはここでクエストをしてからギルドに戻って終了の報告をしてもらう。

 そうだな、その馬喰らい亭にも寄って欲しい。

 その後この街に来たときに入った北門ではなく反対側の南門から出て貰う。

 そのときに南の辺境にいる親戚が危篤なので見舞いに行くと周囲に言って欲しい。

 親しいものだけでなく、そうでない者にも聞かせるようにな。

 それから……」


 私は死体を見せてもらった。

 身元不明の老女の行倒れ死体だ。髪の毛は白髪しらがで灰色になっている。

 身長は私より少しだけ小さい。

 アロン氏はその老婆の髪を染めるように指示した。

アロン「いかんいかん。白髪のせいで茶色の色が薄い。もっと染料を重ね掛けせんとな」

 死体が腐敗する匂いと染料の匂いで私は何度も気分が悪くなったがそれでも髪を染色後全裸にして死体を洗い、指定された液を塗った。

アロン「あとは良い。早速ギルドに向かってから予定通りの行動を取ってもらう。

 ここからは間違ったら命とりだから、慎重にお願いしますよ」

 私はクエスト完了証明を手にギルドに急いだ。

 そして登録したときの受付嬢の所に並んだ。

 そのときギルドの入り口が騒がしくなり、数人の騎士が入って来た。

 そしてその後に来たのは、なんと伯爵家のアークスだったっ。

 私は顔を背けてそっちの方をみないようにした。

 それにしても早すぎるっ。

 騎士のスミスたちが狼から逃れたなら絶体絶命だ。

 私が少年の姿で、まさしく今のこの姿で逃げていると言う情報を伯爵家に伝えている筈である。

 そして、あろうことか、騎士たちは私が並んでいる隣の列にやって来たのだ。

騎士「どけどけ、緊急の用事だ」

 まさしく貴族の問答無用の横入りだ。冒険者たちも逆らわずに順番を譲る。

 私はそっちの方を見ないように耳だけ澄ませる。

受付嬢二「どのようなご用件でございましょうか、騎士様」

騎士「女を捜している。見かけは十才くらいの顔で背丈は百六十センチ以下。

 髪も目も茶色だが実際は大人びた口を利く。

 名前はミレーヌというが、場合によっては赤いドレスを着ているかもしれない。

 見つけたら謝礼を金貨で弾む。

 但し捕まえる場合は傷つけてはいけない」

受付嬢二「えーっと、金額を決めて下さい。金貨だけじゃあ……」

騎士「アークス様、どうしますか?」

アークス「うーん、あんまり多くてもガセ情報を持ち込む場合があるから、とりあえず情報で金貨二枚、本人と引き換えで金貨十枚でどうだ」

騎士「聞いたか、その線で依頼を作ってくれ」

受付嬢二「分かりました。依頼主様のお名前を確認したいのですが」

騎士「ノストリア伯爵家のアークス様だ」

受付嬢二「畏まりました。それでもう少し特徴とかを詳しく知ることはできないでしょうか?」

アークス「今人相描きを制作中で、すぐにでもここに届く筈だ。

 そうだな……顔ではないが手に特徴がある。

 幼い女の子のようだが、体に比べて手が大きく掌の皮が分厚い。

 そんなところだ」

受付嬢二「分かりました。それも含めて大至急人捜し広告を張り出します。人相描きも届き次第すぐに張り出しますので」

アークス「頼む。ああ、皆さん順番を飛ばしてしまってすまなかった。それでは失礼する」

騎士「ごめん。我々はこの先の街にも同じ依頼をしに行く」


 ああ、アークスって成長したなあ。謝礼の金額も常識的だし、横入りしたことを詫びて行くところも……って、感心している場合じゃない。

 行ったか? もう行ってしまったか? うわあ、まだ入り口で誰かを捕まえて聞き込みをしている。

 早く行け、行ってしまえ。

受付嬢一「お待たせしました、ミレ「アロン葬儀屋のクエスト終了報告だよ」」

 名前言うな、名前をミレーとミレーヌじゃまんまだからって。

 あれっ、アークスがこっちを向いたような気がした。

 そうか私の声に聞き覚えがあるんだな?

 ナンマイダブ、ナンマイダブ。アーメン、かけまくもかしこき。

 うっ、受付嬢の奴私の顔をじっと見ているぞ。

 そして視線を下げて手を見てるっ。やめろっ。手を見るなっ。

ミレーヌ「完了したからもう行くぞ」

受付嬢一「どうして声を低くするんですか? 風邪でも引いたんですか、ミレーさん」

 この女、わざと聞こえるように。

 仕方ない、もう行くしかない。

 私は背を向けて歩き出した。

「待って下さい、ミレーさん。お金を受け取ってませんよっ」

 間違いない気づいていてわざと言ってるなっ。

 私は無視して速足で歩きだした。

 まずい。アークスが関心を持ってこっちを伺っている。

 私は二メートルくらい離れて彼らと入り口ですれ違う。

アークス「なんだろう? 今ミレーヌと言ったような?」

騎士「あの職員に何があったか聞いてきましょうか?」

 そういう声が聞こえた。

 それが私のことだとまだ気づいていないようだ。

 計画変更だ。もう馬喰らい亭に寄っては行く余裕がない。

 私はアロン葬儀に飛び込んで事情を話した。

アロン「意外と早く手が回りましたね。

 でもスミスと言う騎士たちは生還できなかったかもしれません。

 あんたが男装していることが伝わっていないからチャンスです。

 馬喰らい亭にはうまく人を使って伝えておきます。

 今、早馬を出しますからそれに乗せてもらいここをすぐ発って下さい」

 裏庭に出ると、馬に乗った青年が待っていた。

男「あんたかい、ミレーさんてのは? すぐに行くから前に乗りな」

 体の逞しいその男は、ひょいと私を前に乗せると、手綱を引いてすぐに走り出した。

 南門の門番の所で止まると男はわざと大きな声で言った。

男「ミレーさんよ、二人乗りだから次の町まで全速力なら馬が潰れてしまうよ。

 いくら親戚が危篤だからって、そんなに急ぐことはないだろうさ」

 私もそれに合わせなきゃいけない。

ミレーヌ「お願いです。お礼は弾みますから、次の町まで急いで下さい」

男「聞いた通りだ、門番さん。この坊やは恩がある親戚の危篤に間に合いたくて急いでるんだ。

 それじゃあ、通してもらうよ」

門番「ご苦労、早馬屋も色々大変だな」


 南門を出ると荷馬車が道の端に止まっていた。

 馭者は暢気に煙草を吸っている。

 私は馬から降ろされた。

男「ここまでが、俺の役目だ。俺はこのまま隣の町へ行き、お前をそこで下ろしたことにする。

 あそこは色々な方面に馬車が出ているから、それに乗って行ったと思われるだろう。

 俺には別の用事がある。

 では達者でな、ミレーさん」

馭者「おいおい、ぼさーっと見送ってないで、すぐにこっちの荷馬車に乗るんだ。

 誰かに見られないようにこの衣装箱の中に入っていてくれ」

 私は荷馬車に積まれた大きな衣装箱の中に入った。

 空気穴がいくつか開けてあるので、そういう目的の箱なんだろう。

 けれど箱に入れられて馬車に揺られるのは、かなりしんどいっ。

 途中で馬の蹄の音がして馬車が止められた。

「馬に乗った早馬屋と少年を見なかったか?」

 あれはアークスの声だ。

 きっと受付嬢一から聞いて、私が怪しいと思い追って来たのだろう。

馭者「見ましたよ。大層急いでる様子であんなに飛ばしちゃ、次の街に着く前にへばってしまうだろうって」

アークス「わかった。ありがとう」

 走り去る馬の蹄の音。

 そして暢気な馭者の唄声とともにまた馬車が動き出す。

馭者「まだ油断しちゃ駄目ですよ。最後の目的地に着くまでは我慢するんです」


 どれだけ長い時間経っただろう? ニューロイヤーの街に入らずにスルーして街道を進んで行ったと思う。

 つまり北へ逆戻りして伯爵領の近くに来たような気がする。


 私はアロンの言葉を思い出した。

『あんたを確実に消す為には、もう一度ミレーヌの姿をたくさんの目撃者に見せなければならない。

 これはとても危険なことだ。

 できるかい?』


 街道から逸れてこみちを入った所に馬車を止めた馭者は私を下ろしてから言った。

馭者「あんたは女の恰好を用意してると聞いたからここで下ろすよ。

 俺はこれから近くの村に行って雑貨品を売って来る。

 あんたは街道を歩いて……いや街道沿いに歩いて通行人に目撃して貰うんだ。

 そしてここから十キロ南の『見晴らしヶ丘』という所で隠れて待っていてくれ。

 アロンさんがそこに来ている筈だから、なんとか無事にそこに着いてくれよ。じゃあ、幸運を祈るよ、ミレーヌさん」


 それから馬車が去った後、私は赤いドレスを出して身に纏った。

 絶対この姿は不自然だが、緑濃き風景の中では目立つため必要なのだ。

 さすがに街道には出ずに、街道から見える位置で歩いた。

 五百メートルほど離れ街道に沿って歩けば、藪があり木の下枝がありで歩くのに苦労する。

 箱に入ったまま馬車に揺られた後の徒歩による強行だ。

 体は疲れるし服は汚れるし、あちこち擦り傷だらけになって全身が痛い。

 途中何度も街道の方から心配して声をかける者がいたが、基本無視するように言われている。

 そしてこのふらふらした疲労困憊の様子が必要なのだ。

 十キロがとても長く感じた。

 そして道標みちしるべに『見晴らしヶ丘』の表示があった。

 やっとたどり着いた。

 丘を細い道に従って登って行くとやがて絶景が見える。

 遠くの蒼い山々と青い空白い雲。

 そこは切り立った崖になっていて、二十メートルほど下には石原がある。

 鼠と蛇がそこを動いているのが見える。細かい虫もうじゃうじゃいるみたいだ。

 顔を上げれば美しい景色だが、眼下を見れば悍ましい様子だ。

 だからよくここは自殺の名所と言われている。

「よく、ご無事で来られましたな。もう少しで終了です」

 物陰から現れたのはアロンさんたちだった。

 棺がある。

 アロンさんの護衛が蓋を開けると、私がクエストで洗った老婆の死体が入っていた。

アロン「今棺から出しますから、この死体に今着ているドレスを着せるのです。さあ、急いでっ」

 もう臭いだとか気持ち悪いとか恥ずかしいとか言ってる暇はない。

 私は素早くドレスを脱ぐと手伝って貰いながら老婆の死体に着せた。

アロン「顔と手足、肌が露出している所に蜂蜜を塗って下さい。

眼球にもたっぷり塗ります」

 護衛が死体を支えて崖の上で死体に蜂蜜をアロンさんと一緒に塗った。

 アロンさんは顔を特に丁寧に塗っていた。

アロン「放り投げてくれ。身投げをするように」

 護衛は死体を抱えると言われた通りに崖下の石原に放り投げた。

アロン「後は死体の引き上げと埋葬の為に運ぶのはこちらでします。ここでそろそろお別れです」

 ふと丘の下を見ると標識のある所に例の馭者が馬車で待っていた。

 私は丘の細い道を駆け降りると、また荷馬車の中の衣装箱の中に収まった。

 よほど疲れていたのだろう。

 そのままうとうとと寝てしまったようだ。


 だがアークスの声が聞こえたような気がして、目が覚めた。

 馬車が止まっているようだ。

 そしてアークスが馭者と話している。

アークス「お前は荷馬車の荷物をどうしたのだ? 何故元来た道を引き返している?」

馭者「へえ、あっしはこの先の村で積んでいた雑貨を売ってニューロイヤーに戻るところでさあ。

 ところで例の早馬は見つかったんで?」

アークス「うーん、街まで追いかけたんだが、どこにもその姿が見つからなかった。

きっと捜していた少年は馬車に乗ったと思うが、何本も馬車が出ているので追跡は諦めた。

多分ギルド嬢の勘違いだろう。

 もしかしてその少年が捜していた者だと思ったのだが」

馭者「違ったんですか?」

アークス「ああ、新しい情報がここを通った馬車の客から聞いた。もっと北の街道沿いに赤いドレスの女がふらふらと歩いていたと言うんだ」

馭者「えっ、捜していたのは女なんですか。赤いドレス? それなら見ましたよ私も。確か『見晴らしヶ丘』の近くで見たような」

アークス「見晴らしヶ丘だな?よし分かった」

 馬が遠ざかる。もしかして荷馬車の中を改められるのじゃないかと寿命が縮まったが、無事事なきを得た。

 

 アークスが騎士を従えて、馬を走らせていると向こうから陰気な雰囲気の馬車がやって来た。

 葬儀屋の馬車で棺を積んでいるらしい。

アークス「すまない。少し物を尋ねる」

アロン「手短にお願いします。こうしている間にも仏さんがどんどん傷んでいるのでね」

アークス「仏さんとは?」

アロン「見晴らしヶ丘で身投げがあったと連絡がありましてね。

 その仏さんです。急いで引き上げて来ましたが、あそこは虫や鼠や蛇が多くてね。あっという間に食い荒らされてしまうんですよ。

 虫は体についたまま棺に入れてます。私どもは代官様から身寄りのない死体の埋葬も頼まれておりまして」

アークス「どんな人間だ?」

アロン「ほとんど分かりませんよ。女性だってことだけは分かりますがね」

アークス「女性? 間違いないのか」

アロン「はい、赤いドレスを着てますからきっと女性でしょう。そういう服は若い女性が着るのでしょうが、残念ながら年齢も分かりません」

アークス「見せてくれっ。頼むっ」

アロン「見ない方が良いですよ。やめといた方が良いですって」

アークス「見せるのだ。知り合いかもしれないのだ」

アロン「それなら尚更見ない方が、あっ……駄目です」

 蓋を開けると虫が這いまわっている死体があったが殆ど皮膚は残っていなかった。

 眼球まで食い荒らされて、瞳の色も判別できない。

 口を押えて飛びのくように離れたアークス、そしてふらふらと歩くと力なく崩れ落ちた。

 アークスは道端で跪くと嘔吐した。

アロン「だから、おやめになった方が……。それでは行かせてもらいます」

 馬車が立ち去った後もアークスは体を起こそうとはしなかった。

アークス「ミレーヌ、あんな姿になってしまって。

 そうか、俺がお前を追い詰めたのか。

 許してくれ、ミレーヌ。おれが間違っていた。

 お前を好きな所に行かせて幸せに暮らしてもらえばよかったんだ。

 そういう姿を陰で見て、俺は満足すべきだったんだ。

 ああ、ミレーヌ。俺の愛は未熟だった。許してくれっ」

 そしてアークスは嗚咽とともに地面に泣き伏してしまった。

 騎士たちは為す術もなく、そんなアークスを見守り立ち尽くすだけだった。


 

 アークスはその後、ミレーヌの遺体を引き取って領地内に埋葬したいと願い出たが、伯爵が許可をしなかった。

 またミレーをミレーヌと勘違いしたギルド嬢は馬喰らい亭のドルトンによってさんざん油を搾られたうえ、アークスからも無駄な時間を取らされたと嫌味を言われ肩身の狭い思いをし続けたという。


 だが実のところミレーヌはその後どうしたのだろうか?

 それともこの物語はこのまま終わってしまうのだろうか?

 ではもし次話があれば、その後のミレーヌに会うかもしれません。

 最後まで読んで頂きありがとうございました。

ではまた……があれば。

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