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田舎娘ミレーヌが妖精になるまでの物語  作者: 葉裏
第一章 見かけは十才の女の子
12/52

アークス坊ちゃまとの顔合わせ。

今度はアークス坊ちゃまです。

お父様の伯爵とはタイプが違いますが、別の厄介な問題があります。

 そんなことを考えているうちに大きなドアの部屋についた。

 普通のドアというのは半間幅の高さが一間というところだが、幅だけで一間に高さが一間半もあるドアだ。

 だから天井だけでも床から二間ほどもある。

 メートル法で行くと三・六メートルほどあるのだ。

 そのドアについてるノッカーをスミスが鳴らして大きな声を出す。

 分厚いドアだからそれだけ大きな声を出さないと声が届かないのだろう。

「アークス様っ、新しい侍女を連れて参りましたっ」

「入れ」

 騎士のスミスさんと一緒に入室すると、パジャマ姿の金髪の美男子が豪華な椅子に深く座っている。

 手には書物を持っているが、どう見ても逆さまにだ。

 年の頃は十八前後、蒼い目は一見知性を感じさせるが、やってることはその逆だ。

 だいたい今何時だと思っているのだ。

 もう世の中の人たちは仕事について働き始めている頃なのに、あんたはパジャマ姿で本を逆さにしてインテリの振りをしてるのかい?

 それによく見れば髪の毛もはねているから起きたてで顔もまだ洗ってないかもしれない。

 それなのに『入れ』とは呆れる。侍女と言っても一応異性だろうが、身支度を整える気もないのか?

 ああそうか。それが貴族というものか。

 身支度を整えるのは侍女の仕事って訳か?

  

 私は早速覚えたての拝礼をした。例の片膝立ちの胸に右手という奴だ。

 それを見てアークス坊ちゃんは目を見張って驚いた。

アークス「何やってる? やけに気合の入った侍女が来たな」

ミレーヌ「坊ちゃま付きの侍女として新しく参りましたミレーヌと言います。宜しくお願い致します」

アークス「顔をあげろ」

 私は顔を上げて目を全開させてアークス坊ちゃんを見た。

 少しでも可愛く見えた方が嫌なことをされないだろうという計算の上でだ。

アークス「あれれ、親父の奴ひどいぞ。俺が手をつけられないように、こんな子供を寄こしたのか。

 せめて十四五のを寄こしてくれなきゃ、役に立たないだろうっ」

 いったい何の役に立たせるんだ?

 それに私は十四五じゃなくて十五六だよっ。

 だが子供だと思ってるなら、この馬鹿に思わせておけ。

ミレーヌ「お坊ちゃま、わたし頑張りますっ。だからおそばに置いて下さい」

 ああ、また心にもないことを言ってしまった。

アークス「仕方がないな。じゃあ、どれだけ使えるか様子をみることにしよう」

スミス「では私はこれで」

アークス「ああご苦労。ミレーヌとやら、まず俺は顔を洗って髪を整えたい。やるのだ」

 なるほどラストエンペラーという映画でもそうだったように、偉い奴はみんな身の回りのことを使用人にやらせるのだな。

 そうか、それならやってやろうじゃないかっ。

 

アークス「おいっ、目に水が入ったぞ。気をつけろっ」

ミレーヌ「申し訳ありません。坊ちゃまの目が大きくて素敵なものですから、つい入ってしまったのかと」

アークス「プルルルパッどうして唇をゴシゴシこするんだっ」

ミレーヌ「口を綺麗にすれば綺麗な言葉が出るようになると、死んだお祖父さんが」

アークス「こらっ、ファナのアヌァに……鼻の穴に指突っ込んで洗うなっ」

ミレーヌ「ここを綺麗にしないと鼻糞の匂いが臭くて、ご婦人に嫌われます」

アークス「こらこらこらっ、髪をブラッシングするとき、力を入れすぎだぞっ。毛が抜けるっ」

ミレーヌ「すみません。素敵な金髪なのでつい魅入って力が入ってしまいました。このくらいで良いですか」

アークス「もっと弱くしろっ。全くっなんて馬鹿力だっ」

アークス「ゴボッ、グブブ」

ミレーヌ「お坊ちゃま、顔をそむけないで逃げないでください。

 歯を綺麗に磨かないとっ、お貴族様は歯が命ですから」

 次第にアークス坊ちゃまが涙目になって来たころ。今度は着替えになる。

アークス「うわあぁぁぁ、何をするっ」

ミレーヌ「何をって? パジャマのズボンと一緒に下履きもお脱がせしたのですが……」

アークス「お前はそれでも女だろっ、なんてことするんだっ。下履きをあげろっ」

ミレーヌ「えーとこれを誰にあげるんですか? 私がお洗濯しますが」

アークス「違うっ。戻すんだ。元通りに履かせろっ」

ミレーヌ「駄目です。一晩履いて寝た下履きは汗や体臭が染みついてますので、洗いに出さなければなりません。

 今、新しい下履きを持ってきますので、そのままでお待ちください」

 私はパジャマのズボンとパンツを持ったまま、着替えを捜した。

 その間坊ちゃまは下半身裸を曝したまま、部屋の真ん中で立ち尽くしていた。

 部屋の奥にはもう一つ部屋があって、そこはドレッシングルームになっていた。

 そこから下履きやら着る服を適当に見繕って持って行くと、下履きは良いのだが上に着る服に文句が出る。

アークス「なんだ、この服は簡易な服ではないか」

ミレーヌ「その他の服はゴチャゴチャ紐やらボタン類が多すぎて着るのに苦労をしそうです」

アークス「着せるのはお前だからお前が苦労すれば良いではないか」

ミレーヌ「そうではありません。今は私が着せてさしあげますが、いざというときにお坊ちゃまが困ります」

アークス「言っている意味が分からない。お前は何を言ってるのだ」

 私はアークスお坊ちゃまの前に跪いて臣下の礼を取り、申し上げた。

ミレーヌ「お坊ちゃまはご婦人に関心はありませんか?」

アークス「いったい何を言い出すのだ?」

ミレーヌ「もう一度伺います。ご婦人に関心はありませんか?」

アークス「ああ、あるに決まってるだろうっ。俺の人生の半分は女への好奇心でできているんだ」

ミレーヌ「ではご婦人と二人きりになったとき、お二人とも衣服を脱がなければならないことが起きたとします。

 それは世間的によく起こることです。

 この意味がお分かりですか?」

アークス「お前は子供のくせにませたことを知っているな。

 当たり前だ。そういうことはしばしば起きる。

 というか俺の場合はいつもそうあることを望んでいる」

 この色気違いめ。よし、嵌まったな。

ミレーヌ「その時にアークス坊ちゃまは侍女を連れて行くのですか?」

アークス「そんな訳がないだろうっ。邪魔に決まってる」

ミレーヌ「そうですよね。それではその時にお坊ちゃまの服を脱いだり着たりするのは誰がするのですか?」

アークス「それはもちろん相手の女に手伝って貰う……あっ」

ミレーヌ「気づかれましたね、今。相手が身分の低い女性であればそれも可能でしょうが、身分がお坊ちゃまと釣り合うご婦人ならばそんなことは頼めません。

 お坊ちゃまは今まで身分の低い女性ばかりにお手をつけられていたのですね。

 でもこれからはお坊ちゃまは真実の愛を見つけて行くお方です。

 自分の言いなりには簡単にはならないご身分のご婦人との愛を育まなければならないのだと思います。

 それなのに自分の服を自分で脱いだり着たりできないと、その道を歩むのは困難だと思います」

アークス「子供のくせに言ってることがやたら難しくて分からないぞっ。簡単に言えばどういうことだ」

頭の悪い奴め。

ミレーヌ「例えばご婦人の前で服を脱いだ時、そのご婦人の父親が乗り込んで来ると知らせが入ったとします。

 ご婦人は自分の衣服を整えるのに精一杯。

 そのときアークス坊ちゃまが素早く自分で服を着れば何も問題は起きずに危機を脱したことになります。

 だから自分で脱いだり着たりできないような服を着ていたら、いつまで経っても身分の高いご婦人とのチャンスは訪れないということです」

アークス「分かったっ。そういう服は全部捨てようっ」

ミレーヌ「いえいえ、なにか儀式があったり改まった席に参加するときはそういう服も必要でしょう。

 けれども普段はよほどのことがない限り自分で素早く脱いだり着たりできる服が良いのです。

 素敵なご婦人と出会うためにも、このことは絶対に欠かせない条件です。

 ですからある服を捨てるのではなく、着脱が素早くできる服を揃えて行くことが大切なのです。

 ご婦人のことに限らず、寝ているときに領内で反乱が勃発したらどうしますか?

 使用人はとっくに殺されドアの外に叛徒が押し寄せてきた場合、自分で着られない服をもたもたと身につけようとしますか」

アークス「そんなことをしてたら殺されてしまうだろう」

ミレーヌ「そうです。だから、着脱が素早くできる実用的な服が一番安心なのです」

 よしかなり強引だがすっかり坊ちゃまは私の術中に嵌まっている。ここで最終仕上げだ。

「では、坊ちゃま。私がここで見ているので一度この服を素早く着てみて下さい。私はこれを使います」

 坊ちゃまの部屋にはちょうど三種類の砂時計が飾ってあった。

 大きいのは必要なく、小さくて一番短い時間を計るものを手に取った。恐らく一分計だろう。

「では計りますからこの砂が全部落ちる前に着てみて下さい」

 アークス坊ちゃまはゴクンと唾をのみ込んだ。

 緊張しているらしい。



ミレーヌ「駄目ですね、これではご婦人のお父様が乗り込んで来た時には間に合いません。問答無用で斬り殺されます。

 反乱の暴徒が押し寄せて来ても服をちゃんと着ていないので捕まって首を斬られます」

アークス「分かった。しかし、反乱は必ず起きるのか? そうとは限らないだろう」

ミレーヌ「いえ、今のご当主様がいるときは安泰ですが、アークス様の代になるとその可能性は高まります」

アークス「何故だ? それを防ぐことはできないのか?」

ミレーヌ「そのことについては、後で説明しますが、それを防ぐためにも今の練習が必要なのです」

アークス「分かった。今度は本気でやる」



アークス「どうだ、ミレーヌ。これで七回目だったが、ようやく間に合ったぞ」

ミレーヌ「まだ完成半ばです。もし全裸の時に事が起きたらどうしますか?」

アークス「ええええっ?」

ミレーヌ「反乱は入浴中に起きるかもしれません。では一度下履きも脱いだ状態から始めましょう。

 安心して下さい。私は坊ちゃまの体を見てはいませんので」

 というのは嘘だけれど、なんだか少しずつ私を意識してきているようなので、恥ずかしがってはいけないと思いそう言った。

 アークス坊ちゃまにとって私は、まだ色気もない子供の筈だろうが、何か様子が先ほどからおかしい。

 ときどき顔が赤くなったり、もじもじして私の様子を伺ったりするのだ。

 服の着脱の特訓が合格点を出して終了したとき、アークス坊ちゃまが私に尋ねた。

アークス「それで反乱が起きるのを防ぐことと素早く服を着ることとどういう関係があるんだ? 教えろ、ミレーヌ」

ミレーヌ「歴史を紐解けば古今東西反乱が起きる原因は、領民の生活に領主が無知であることから起きるのです。

 ですから昔から優れた領主になる者は身分を隠して領民の中に紛れ込み領民の生活の現実を観察し勉強すると言われてます。

 では領民の中に潜り込むにはどうしたら良いと思います。

 平民の服を着て平民になりきれば良いのです。

 これを専門用語で『お忍び』と言います。

 このお忍びの積み重ねが名領主を生み出すのです。

 何故なら領民のことをよく理解しているから、領民を良い方向に導くので反乱などは起こらないということなのです」

アークス「なぁぁるほどっっ。

分かったっ。それでは善は急げだ。平民服を買いに行こうっ」

ミレーヌ「お坊ちゃまが行ってはすぐばれます。後で私がこっそり街に出て何着か仕入れて来ます」

アークス「ミレーヌ、お前は実に賢い。

 ところで女心を掴むにもなにか秘訣みたいなものがあるのか?

 俺はそれが知りたい」

 こいつは懲りないなぁぁ。少しそこから離れろよと言いたい。

 仕方なく私は椅子に坊ちゃんを座らせ、その真向かいにもう一つ椅子を持ってきて私が座り講義をすることになった。

ミレーヌ「坊ちゃんは女性というものをベッドを共にするだけのものと考えていませんか?

 確かにそういう面もあるかもしれませんが、大切なのは心なのです。

 いくら美しいご婦人でもやがて年老いて若いときの輝きを失ってしまいます。

 その時はその方を捨てて若い女性に乗り換える積りですか?

 そういう了見では真に素晴らしい女性を得ることはできません。

 男のそういう不誠実は賢い女性はすぐにでも見破ってしまうからです。

 愛は肉体だけの交わりではありません」

アークス「難しいぞ。愛ってなんだ? どうしたらそれが得られるんだ、教えろ」

ミレーヌ「坊ちゃまが今生きているということは、時間をつかっているということですね。

 坊ちゃまの時間は坊ちゃまのものだから、どう使おうと坊ちゃまの自由の筈です」

アークス「ミレーヌ、難しいことを言うな、簡単に言え」

ミレーヌ「もう少し我慢して下さい。

 もし坊ちゃまが他の誰かの為に時間を潰されたとしたらどうします?」

アークス「そんな奴は斬り捨ててやる。勝手に俺の時間を余計なことに使いたくないっ」

ミレーヌ「でもその誰かをもし坊ちゃまが愛しているとしたら、その人の為に自分の時間を削られることを少しも気にならない。

 それどころか、自分の時間を相手の為に使うことが喜びになる。

 これが愛なのです。

 同時に相手も坊ちゃまの為に自分の時間を潰すことをなんとも思わないどころか、むしろ喜びにしてくれる。

 その時に二人は本当に愛し合っているといえるのです。

  肉体の交わり以外に時間をどれだけ共有できるのかが鍵でしょうね。

 その場合、お互いに年を取って容色や体力が衰えても愛を守り続けることができるのです。

 これが一方だけのことではいけません。片思いまたは横恋慕になります。

 これで少し分かったでしょうか?」

アークス「む…難しいな。自分のことは分かるが、相手の気持ちはどうしたら分かるのだ?」

ミレーヌ「それは観察です。相手の表情や言葉をよく観察して推し量るのです。

 相手は自分と時間を過ごすことを本当に望んでいるかどうかです。

 でもそのためには自分の欲望や言い分だけを前に出してはいけません。

 そのことが邪魔になって相手が見えなくなってしまうからです。

 自分を無にすると相手が良く見えます。

 まあ、こんなところでしょうね」


 私は頭を下げて坊ちゃまの部屋をおいとました。

 さすがにちょいと疲れた。

 見かけは十才くらいかもしれないが、人生は前世との合計四十才だ。

 貴族の我儘坊ちゃまに講義くらいはしてやれるが、それにしても疲れる。


 隣室の私の部屋は一応調度がそろっていた。

 私が何代目の専属侍女かは知らないが、前任者たちが使って来た部屋なので不足な物はない感じだ。

 さて、一息入れようとしたときに、部屋に備え付けの鈴が鳴った。

 これは紐が坊ちゃまの部屋に繋がっており、この鈴がなったときに用事があるときなのだ。

 文字通り『呼び鈴』という訳だ。


 私が入室して臣下の礼を取ると、アークス坊ちゃまはニヤニヤ笑いながら言った。

アークス「ミレーヌ、お前は俺の為にこうして時間を取られているのに嫌がっていない。

 つまり俺のことを愛しているということだな?」

 こいつは頭が猿か?

ミレーヌ「違います、坊ちゃま。これは仕事だからです。

 仕事をしてお給金を貰うのでしていることですので、つまりお金の為に時間を潰しても嫌がらないでいるのです」

アークス「そうか……ところで、もし今のように相手がお金の為とか俺の身分の為とか違う目的で時間を潰すことがあっても、本当の愛と見分けるのにはどうしたら良いのだ?」

 私は肩を竦めた。

ミレーヌ「それはあくまでも相手をよく見ることです。自分の心の雑音を抑えて見れば、相手のことが手に取るように分かるようになります」

アークス「雑音ってなんだ?」

ミレーヌ「欲ですね。相手のことを色欲で見れば、色欲に関しては見えなくなります。

 そしてそれを逆手に取られて騙されやすくなります。

 金欲に目がくらんでいれば、相手の金欲が見破れなくなります。

 逆にその金欲を利用されてお金を騙し取られることも。

 そういう心の雑音を消さない限り相手の心を見ることができないということです。

 こんなとこで良いでしょうか?」

アークス「分かった。ありがとう、師匠」

ミレーヌ「師匠じゃありません。侍女ですので」

アークス「なあ、ミレーヌ。聞くところによるとお前は原始林の近くの辺境の村に育った田舎娘だというじゃないか?

 それなのにそういう知恵はどこで身に着いたんだ?」

ミレーヌ「分かりません。自然に覚えたのかもしれません。

他になければこれで」

アークス「あっ……うん、いや何でもない。行って良いぞ」


 だが私は部屋に戻りながら考えた。

 アークス坊ちゃまの説得は順調に行った。

 だが、これは却って厄介なことになったぞと。

最後まで読んで頂きありがとうございました。厄介なこととはなんでしょう?

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