土壁の部屋 2
「あとの事は、この方に任せてあるので頼むよ」
そう言って社長は商談室から出て行った。
「佐野です、よろしくね」と挨拶された。
シンは目を合わせないまま、会釈した。
小柄で少し猫背ぎみの彼は40前後くらいか、
シンから見ればかなりおじさんに見えた。
これから、社宅に案内してくれるらしい。
親父と佐野さんと3人で社宅へ向かうことになった。
会社から車で30分ほど走った町外れの路地裏に社宅はあった。
2階建の長屋で8戸ほどある。木造瓦屋根で
古くはあったが良い感じの社宅だ。
佐野さんの社宅は一番手前の1階部分である。
「ただいま」と言って引き戸を開ける佐野さん。
「お帰りなさい、早いのね!」と奥から声がし、女性が現れた。
「あっ、いやっ!社長に案内しろと言われてね!
こないだ話してた、新入社員の子、連れてきたんだよ」
と説明していた。
どうやら、ご夫婦らしい。今日から、佐野さん宅で
朝、昼、夜と食事を用意してくれると言うことなのだ。
当然のことながら、食事代は給料から差し引かれ、
佐野さんに払う事となる。施設出のどこの誰かも解らない
ガキの面倒を押し付けられたのだから、
何らかの旨味がなければ誰も引き受けないだろう。
「それで、この子は佐野さんの社宅で一緒に
お願いできるのですか?」親父が問う。
「いいえ、ここは私たち家族だけです」
と佐野さん。家族?どうやら、子供も居るようである。
「食事はここでとってもらいますが、部屋は別の所です。
こちらです、どうぞ」そう言って
引き戸を閉めた佐野さんのあとを親父と着いて行く。
社宅から30メートルほど進んだ空き地の奥に
木造モルタル2階建の今にも朽ち果てそうな
建物が茂みの中に建っていた。
人が住んで居そうな気配は感じ取れない。まるで廃墟に近い建物だ。
ガ!ガガガッ!「こ、ち、ら、です」佐野さんは何度も
引っかかる引き戸を力ずくで開けながら建物の中へ案内する。