退院そして卒業6 最終話
しばらくすると待合室の扉が開き、先生夫婦と親父が入ってきた、親父とは就職に際し、先日会っているが、シンが家を出てから、2度目の再開であった。
親父は先生夫婦に頭を下げていた、一応大人の対応ってやつね、シンは思った。外面は良くて、家族のことになるとテンデだめな親である。
はっきり言って親と思ってはいなかったので、黙ったまま突っ立っていると、「挨拶しろ」と無理やり手で頭を下へ押されころがされた。それでもシンは親父を上目で睨むだけで、一言も話すことはなかった。
小さな手提げカバンを肩にかけ、体育館のそばの駐車場に止めてあった親父の車の後部座席に乗り込む、ここへ連れて来られた当時のことが頭をよぎった、同じ場所、同じ時間帯、同じ景色
なのにシンの感情だけは違っていた。もう帰ってはこないよ、そう、心の中で呟いた。
高台にあるこの施設は県道からキツイ坂で繋がっている、この坂を下る手前で寮母先生が駆け寄ってきた。
シンはゆっくりと後部座席の窓を下ろした。寮母先生は窓から手を差し伸べ、シンの両手をつつんでこう言った。
「シン君、さようなら、立派になって、遊びにおいで、先生待ってるからね!」そう言ってもう一度、手をギュッと握ってくれた、とてもやわらかくて、あったかい手だった。
シンはなにも言えず、下を向いたまま小さく頷くのがやっとだった。
本当は「ありがとう!先生、さようなら」って言いたかった、叱られたこともいっぱいあったけど、いつもやさしく諭してくれた人、ちょっぴりお母さんと呼びたかった先生。
誰も信じれず、殻に閉じこもり、心の扉を開けることもできなかったシンにとって忘れることのできない女性であった。
車はゆっくりと動き出す、坂を下る車のルームミラー越しに見えた先生、手も振らず、ただ、見送ってくれていた。
そして、小さく、見えなくなった。
強く結んだ手の甲にポトリと雫が弾んで落ちた。
つづく