ボスと初対面
ー喫茶探偵物語9-
ボスと初対面
アパート2階。
安田の同僚刑事が叫ぶ。
「捕まえろ、安田!」
安田弘人刑事は窃盗犯を追う。
階段前での格闘。
階段を転げ落ち地面にたたき込まれる2人。
格闘の末、犯人を抑え降伏させる弘人。
手錠を掛ける。
「犯人確保!」
立ち上がると足首から体制が崩れ倒れる。
足首骨折。
翌日。
病院、個室。
ベットに横たわる安田弘人。足を固定して包帯。
「初手柄の代償がこれか・・手柄は嬉しいけど、デートの方の比重の方が・・」
スマホ画面を見る。
千仍
10時に見舞いに行きます
「・・・・・」
10時。
入り口から心配顔のチヨが入って来る。
「どうして電話、最初に行ってくれなかったの?」
「・・知り合いの舞台って、楽しみにしてたんだろう?ご免、心配させて」
「他に怪我は?」
「足以外は擦り傷、軽い打ち身程度。1週間もすれば退院。松葉づえ付きだけど」
安堵するチヨ。
「良くはないけど、それぐらいで済んで良かった」
「うん」
「無理しないでね」
「ありがとう」
椅子に座るチヨ。
「会えるから嬉しいよ。いままでお話しもできなかったから」
「そう言ってもえると」
「今日はいっぱいお話ししてもいい?」
「もちろん」
廊下を歩く中年男性と少女。
病室の札 安田弘人
病室の中から女性の声。
「私たちまだデートもしてないんだよね。それでも恋人同士になれてるかな?」
「・・本当にオレなんかでいいの?」
「どういう意味?」
「・・オレなんか君みたいな美人と釣り合わないような」
「私、今はあなたしか見えてないよ。出会ったのは偶然で、お話しも少ししかしてないけど、ホテルであなたを求めた思いは本気だった。それともこれは私だけの思い込み?」
「・・オレも同じ思い。初めて君を見た事件の時から、惚れてた・・。カフェで出会ったとき、自分勝手に運命と思ってた」
沈黙。
中年男性は中に入る。
2人の顔が近づくのを見て咳払い。
驚き離れる2人。
「邪魔して悪いが中学生の子がいるんでね」
「警部!」
警部の横の少女がチヨを見て、
「・・相川先生?」
「え?・・沙希ちゃん?」
「君は、探偵所の・・」
「あの時の警部さん・・」
「え?先生ってお父さんの所で働いているの?」
「・・・そう・・この前は、言いそびれて・・」
「沙希、どうしてこの人の事を知ってる?」
「学校の潜入捜査で、あ、ごめんなさい、守秘義務だった。先生ごめん」
「いや、この方とのご関係は、沙希ちゃん?」
「叔父さんです」
「・・・ボスの弟さん」
「先生、秘密の事、ダメだった?」
「・・この人は、いいの。警部さんだから」
「よかった!私ー
「沙希、話しは後に、少し黙ってなさい」
「それで、どうして君がここに?」
弘人が、
「警部、彼女とは街で出会って交際するに至りました」
「え、先生の彼氏!?」
「沙希」
「・・ごめんなさい」
「私が、コウカクした時、非番だった弘人さんに偶然出会い、協力してもらいました。それが縁で、お付き合いさせてもらってます」
「・・・・・」
「安田、ちょっと彼女を借りるぞ」
「・・はい」
廊下に出る。
「沙希、先にお父さんの所に行ってなさい」
「・・わかった」
名残惜しそうに、
「先生、まだ帰らないよね」
「うん。後でお話ししましょう」
笑顔で先に行く沙希。
「お父さんって、ボス・・。所長はここに入院してるんですか?」
「聞いてなかったか?」
「肝心な事は何も教えてくれなくて。昏睡状態までは聞いていましたけど」
「ああ、3年ここで眠ったままだ」
「・・・・・」
「沙希は毎週見舞い。オレは今日は安田の見舞いと、沙希の付き添いだ。まさか女探偵が居るとは思いもしなかったがな」
「すみません・・」
「謝る事はない、邪魔して悪かったな」
「・・いえ」
「中学生の子を前に、あれ以上はな」
「・・当然です」
「だいたいは察した。学校への潜入捜査か。盗難事件の」
「はい。その時に沙希ちゃんと」
「盗難事件、あの程度の。どうせ目的の半分は沙希を撮って観るためだろう」
「・・その通りです」
「まったく意固地だな。正体を明かさなくとも犬として会えばいいものを」
「・・・・・」
「そうか、付き合ってたか。安田と」
「・・あの、こういうのは反対ですか?」
「犬の秘密を守るなら別に反対する理由はない。刑事の彼氏など忙しく、苦労も絶えないがな」
「・・そうですね。仕事仕事でお休みもなく初デートもまだなんですよ。今回の怪我と、3回も流されました」
「それは悪かった・・・・デートもまだでホテルに?求めた?」
真っ赤なチヨ。
「すまん。プライベートの事を」
顔を覆うチヨ。
「探偵所の方はどうだ?」
「・・皆に良くしてもらってます」
「正直あまり進められる所じゃないんだがな。連中の過去を知ってるだろう」
「あそこで助けてもらわなかったら私終わってました。皆には感謝しかありません」
「基本悪い連中じゃないからな。個人的には私も好きだ。こちらも事件を協力してもらってるしな。感謝はしてる」
「情報を貸し借りしてるとか」
「警察より優秀だから困る」
「兄貴と会っていくか?」
「会いたいです」
「愛娘を撮るためライブで撮影してるが」
「ここでも・・しかし撮り魔ですね」
「娘以外来るのを嫌がるがな」
「いいですね。嫌がらせしてやりましょう」
個室。
中へ入る。
ベットのボス。
周りには電子機器。
顔には呼吸器。腕には点滴。
写真で見た面影はなく痩せ細った身体、やせ焦げた頬。
沙希が、
「お父さんです」
計器の数字を見て、
「頑張って闘ってるね、お父さん」
「うん!」
「先生、お父さんの探偵社だったんですね」
「ご免ね、黙ってて」
「ううん、嬉しいです、すごく」
「入院してる病院まで知らされてなくて。今日は驚いた。沙希ちゃんと再会して、そしてお父さんとこうして会えて」
「ボスってお父さんのこと?」
「・・所長不在だけど、ボスと呼べと言われてて」
沙希は叔父に、
「私、お父さんの探偵社に行ってみたい」
「沙希、仕事の邪魔はダメだ」
「喫茶店と一緒って知ってる。お客として行く。先生、明日行ってもいい?」
「中学生が喫茶店はダメだ」
「・・・お父さん、中学生になったら仕事場に連れて行くって約束してた。・・そこでコーヒーを飲ませてくれるって約束してたの」
「・・・・・」
廊下。
「会わせるのはダメですか?」
「一度こちらから進言したが断られた」
「本心は会いたいはずです。カメラ越しだけじゃなく娘と触れ合いさせたいです」
「・・・・・」
「切っ掛けを作って橋渡ししたいです」
「私的にも触れ合わせるのはやぶさかではないが、セッティングしても拒否するだろう。娘と会うのは戻ってからと頑なに拒んでいる」
「正体を明かさない、犬のままなら問題ないですよね」
「・・・・・」
「どうしても拒否するならするでかまいません。その時は2人でお話しでもしてますよ。明日の日曜は喫茶店も私もお休みですし、私とのプライベートならなんら問題はないと思います」
「約束を心の中で3年間も抱え我慢してたんです。父親として約束してたのなら、間接的にでも願いを叶えてあげたいです」
「・・・・・」
事務所。
ボス無言。野球観戦。
「沙希ちゃん可愛いですね」
無言。
「何、無視してるんですか。言っておきますが病院でボスと会えたのは偶然ですから」
「それと事前に入院してると知らせてくださいよ。いつもボスの事は人から聞かされ対応に困ります」
無言。
「多分予想してると思いますけど、明日、沙希ちゃんここに遊びに来ます」
ボスの耳、ビクッと反応。
「私とお話しがしたいって。気に入られちゃったかな?」
「それに約束は守らないと。中学生になったらここに連れて来るとの約束を」
反応なし。
「とにかく明日来ます。この喫茶店の守り犬として紹介しますので存分に触れ合ってください。さすがに名前がボスじゃ変だから何か名前考えておいてください」
反応なし。
翌日。
喫茶店。
テーブルにチキン、ピザ。ジュース。
雑談、談笑のチヨ、沙希。
「そうそう、美緒ね。オーデションの一次、受かったって」
「マセ子が!頑張ってるねー」
「美緒可愛いし、二次も受かりそう」
「そういえば受験だよね。大丈夫?どこ受けるの?」
「叔父さんが好きな所を受けろって。それでお父さんが通ってた高校に決めたの。家から近いし、美緒も同じ所受けるの。嬉しい」
「そうなんだ」
「勉強してるよ。一応美緒も私も合格圏内」
「お父さんの所か。少しずつお父さんの後ろ、目指してるのね」
「うん」
「お父さんの働いてたとこ見てみたい?」
「いいの?」
「いいよー」
笑顔の沙希。
事務所の中へ。
「どうぞ」
「ここがお父さんの仕事場・・」
感慨深く部屋中を見ている。
「昭和の探偵の部屋って感じよね」
「先生はここで仕事してるの?」
「お父さんの部下の人が来ていろいろね。私はあまり探偵の仕事はないかな。ほとんどは喫茶店でウェイトレスしています」
「ここに犬がいるの。犬好き?」
「猫より犬派です」
「机の裏にいるよ」
沙希は机の後ろへと移動。
「キャー可愛い!」
「キャンキャン」
「?」
小型犬マルチーズを抱きかかえる沙希。
「・・・・・・・・」
「名前はなんですか?」
「・・名前は・・・権蔵」
「なにそれー。けど小さくて可愛いー」
柱の裏を見る。いつもの場所やどこにも居ない。
犬が腕から振り逃げ、追いかけっこを始める。
「土壇場で逃げたか、権蔵。というかサプライズ的にここでペンギンを使えよ・・ここで金を使えよ・・」
9終わり
10 メイ
誤字報告有難うございます!