侍
ー喫茶探偵物語8-
侍
喫茶店。
時計15時を指す。
客のいない喫茶店内で謎の踊りをして浮かれているチヨ。
今日は弘人さんと初デート!ついに、ついにっ!・・長かった。2回も仕事で流された。
明日はお互いお休み。閉店間際に来てくれて、コーヒーをごちそうして、ご飯食べて、映画観て、お酒飲んで、それから、お泊り・・・キャーー!イヤーン!
鏡を見て髪を整える。
あの時は化粧もおざなりで、格好も酷かったからな。よくもあんな大胆な行動を・・。
15時10分
鼻歌のチヨ。
ボスの夕食も明日の分も作り置き、準備万端!
鈴鳴る。
え!?来た!キャー!
期待に胸を躍らせ、入口を振り向く。
「いらっ・・・」
ちょん髷姿の侍中年男性が入ってくる。
「・・・・・」
何者ですか?
テーブル席に座る侍。腕を組み壁を一点集中。
えーなになに?常連さんなの?どうみても危ない人なんですけど。
「いらっしゃいませ。・・ご注文は?」 ドキドキ
侍は目を合わさず、
「アイスコーヒーを頼む」
「・・はい」
頭のちょん髷を見て、
これは、ボスの仕込みとかの可能性もあるのかな・・。
コーヒーをテーブルに置く。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
侍は目を合わさず、
「ここの新しい雇い人か?」
話しかけてきた!
「雇い、人です」
うわ!よく見たらこの人頭剃ってる!ヅラじゃない!怖っ!
「娘、拙者を存じぬか?」
「・・存じぬと思います」
「何故に?」
「・・何故にと言われても」
こわいよー。
「お主、相川であろう」
「・・どうして私の名を?ここの所員さん?関係者?」
侍、顔を上げ直視してくる。
「前に舞台で一緒に演じたであろう」
「シガさん!」
笑顔のシガ。
一度、私の居た劇団に短期で来てくれた人。そして上京して唯一私を気遣ってくれた人。
「え?え?どうして?」
「久しぶりだな」
「ここの、常連さんなんですか?」
「マスターとは縁があってね。よく舞台を観に来てくれるんだ」
「・・お知り合いでしたか」
「昨日、マスターと相川の話しになって驚いたよ。詳しい話しは相川本人からと言われて早速出向いたわけ。一体全体どうしてこの喫茶店に?」
「・・色々、ありまして」
「あの事件後、ここに?」
「事件?」
「君の所の座長、同じ劇団員の女性に刺された事件だが」
「知りませんでした。私けっこう前にやめたので。そんなことが・・」
「知らなかったか。あの座長、脚本も演出もいいんだが、いかんせん女癖がね。その事件が元で劇団は消滅したよ。・・君もあそこでは苦労してたんじゃないか?」
「・・・・・」
「今はどこかの劇団に?」
「どこにも所属してません。ここで働いているので」
「それじゃあボクの所に無理にとは誘えないな」
嬉しい言葉です!最初からシガさんの所だったらと、当時も今も想い続けていました。
「思い出すよ。君との掛け合いは楽しかったな」
「本当ですか?」
「未来の女優になる人と思ってたよ」
「それは言い過ぎですよ」
「本当に才能溢れる演技だった。同世代では頭ひとつ抜き出ていたかな」
「ほめ過ぎです。シガさんだって私が出会った舞台役者さんの中で一番でしたよ。演技も情熱も。舞台や色々語ってくれたこと、一緒に演じたあの2週間は忘れられません」
「顔忘れてたのに?」
「いや、それ頭にしか目がいきませんから」
シガさんとの共演はあの生活で唯一楽しかった瞬間。役作りも私なりのベストといってもいい。
「当時は暗く消極的だったけど、変わったね。生き生きした顔だ」
「・・はい。少しですけど、ここの人たちのおかげで私変われました」
「君の事は気にかけていたんだ。その事件後に探してみたんだが見つからず、よほどここで依頼して探してもらおうかと」
「シガさん・・」
「結局、忙しさにかまけて何もできなかった。今さらこんなこと言っても言い訳にしかならないけどね」
「気にかけてくれただけでも嬉しいです。元気です。あの頃と比べものにならないくらい」
頷くシガ。
「本当に喜ばしい再会だ。相川の事聞いて居ても立ってもいられなくてね、この格好はどうせならインパクトを与えようと」
「与えすぎですよ!たしか役に入り込むため、衣装のまま外を出歩くとか言ってましたよね」
「ボクの悪い癖だよ。さすがにこんな遠出は初めてだったけど」
「脚光浴びてました?」
「電車内でスマホ撮影会になってた」
「私も撮りたいくらいです。SNSとかで拡散されてますよ!」
「いい宣伝になるな」
2人笑い。
「今日は舞台の千秋楽でね。来られたらでいいんだけど」
「行きます行きます!今日彼とデートなので2枚買います」
「満員御礼でチケットは売り切れ。これは招待券です」
時代劇のチラシとチケット2枚渡される。
「有難うございます。凄いです満員御礼」
「いい若手が期間限定で来てくれてね。皆その娘目当て。ボク主役だけどその娘の存在感に主役喰われてる状態だよ」
「主役ですか!観劇も久しぶりなので楽しみです」
「あと、テレビの時代劇のレギュラーも決まってね」
「おー!」
「舞台もレギュラーも時代劇と被ったから、思い切って剃った」
「テレビ観ます観ます。そうだ!連絡先教えてください」
赤外線通信。
ライン画面。
知り合いから舞台のチケット貰いました
映画から変更してもいいですよね?
送信。
「ちょくちょく端役でテレビに出させてもらっててね。遅咲きだけど」
「これからはチェックさせてもらいます」
「剣菱彩君のおかげだな」
「大女優の1日限定舞台ですね。シガさんが出るから観たかったんですけど、チケットは即日ソールアウト、オクでは50万まで高騰してましたよ」
「何を間違えたのか共演に選ばれ、あれが転機だったな。今出てる娘も剣菱彩君に匹敵するほどー」
鈴鳴る。
ミヤコ参上。
侍とウェイトレスの2人を見て、
「ウェイトレスと侍、シュールな絵ね。なにか劇でも始まるの?」
「ミヤコさん、どうして?」
「えー、来ちゃダメー?」
「・・いえ」
ミヤコ笑み。
「チヨ、昨日聞いたでしょう?明日は来るのかと。そんなこと今まで聞いたことないのに。その時の発音と表情に含むところを感じてねー」
「・・・・・」
「ほー、午前中美容院に行きましたか?それにいつもより化粧濃いめねー。これはもしかして、もしかするのかな?」
読まれてた!本当にここの人たちのと観察眼は・・。
「別に邪魔しないわよ。一目見たいなと、私のチヨを奪う男をね」
「シガ君、今日はキメてるねー」
「気合入ってますよ」
「お二人さん、意気投合してるようだけど」
「前に舞台で一緒だったんです。まさかの再会です!」
「ほおー」
ミヤコはシガを見る。
「繋がるねー。ここは」
「この喫茶店を起点に不思議な縁や出会いを生みますね」
「ドラマだねー」
「ドラマ?」
「繋がるのよ、人と人、縁と縁がねー」
スマホが振動する。
「ちょっと失礼」
着信 弘人
「はい弘人さん」
「チヨ?」
「仕事で遅れるとかですか?」
「・・ご免、実は今日のデート無理になってしまって」
「・・またお仕事?」
「仕事というか、仕事関係でちょっと・・」
救急車のサイレン音が聞こえ、病院のアナウンスが聞こえる。
「チヨは舞台楽しんでおいで。本当にご免。詳しいことは夜にでも、切るね>
「・・・・・・」
「あの、彼から仕事で来れないと・・」
招待券1枚を取り出すと、ミヤコがそれを取り、
「私が付き合いますか」
「・・・・・」
「私じゃあダメですかい?」
「・・いえ、嬉しいです」
「プライベートでは初めてですなー」
ご機嫌なミヤコ。
「そうそうマスターから聞いたけど、座長さんとどうなの?」
「いやーなかなか」
「?」
「プロポーズするとかしないとか。けどもう相思相愛なんでしょ?」
にが笑いのシガ。
お付き合いの人、いるんだ。
「がんばります。・・今日はいい日だ。相川とも再会できたし、五月さんにも観てもらえるし言うことないね」
「これでプロポーズして結婚決まるようなら、死亡フラグが立つね」
「それは怖いな」
笑う2人。
笑いごとじゃないよ!そんなフラグ立てたら、コナン君だったら舞台で何か起こちゃうよ!
「あと所長さんが来られるなら一緒にお願いします。シェパード犬はいつも通り顔パスです」
ボスも?
「前日は所長さんと一緒の予定が仕事で来られなくて。都合がよかったらで」
昨日はボスと支店に行ったんだった。急な仕事で。
「マスターは相川も連れていく予定で楽屋でボクと会せようとしてたらしい」
「マスターは私とシガさんの接点をどこで知ったんですか?」
「それはー」
時計を見る。
「ごめん、その話しはいずれ。時間なのでおいとまを」
「差し入れ、持っていってもいいですか?」
「歓迎するよ」
笑顔で出て行く。
「今日は付き合いますよ。やけ酒する?あわよくばお持ち帰りできるかな?」
「ミヤコさん、いつも通り過ぎます・・」
ボスが事務所からやって来る。
「ボスの事も知ってるんですね」
「前に舞台がらみで事件があってね。ボスも行く?」
頷くボス。
「ボスも来たら本当に何か事件が起きそうね」
ミヤコさん、シャレにならないからあまり変な事言わないで・・・。
演劇場。
楽屋裏へ。
シガを発見して、
「差し入れです!」
高級紀州梅干しセット。
「シガさんが前に言ってた変わり種を持ってきました。他の人と被ってません?」
「大丈夫。わざわざ有難う」
「さっそく開けときますね」
封を解く。
「これは私とボスから」
ビール券、商品券の束。
「有難うございます。皆喜びます。所長さんもわざわざすみません」
頷くボス。
「彼氏は仕事で来られませんでしたが、楽しみに来ました!」
すかさずミヤコが、
「おかげで念願のチヨとデートができました!」
シガ笑顔。
「所長さん!五月さん!」
30代女性がやってくる。
「いつもお世話になっております」
「久しぶりー」
「相川、劇団主催者、ここの座長のヨウコ」
この人がシガさんの!
「あなたが・・相川さん!」
「初めまして」
じっくりと観察してくる。顔を近づけ、
「ねえ、あなたここに来ない?」
「・・・・・」
「相川は所長さんの所で働いてるから無理だ」
「勿体ない。欲しい!もしどこかに行くのならここに一番に来て!」
「・・・・・」
両肩を掴まれ、
「OK?」
「・・・いつになるか分かりませんが、その時はよろしくお願いします」
「約束よ!」
「じゃあ、楽しんでもらえたら嬉しいわ」
お辞儀して他所へ向かう座長。
「押しが強い強い。チヨは渡さないわよ」
「残念。最近若い子が2人やめてね。今回もギリギリでね」
「チヨ、心移りしちゃダメよ」
「・・さすがに揺れますね」
「チヨー」
「けど、今の私の居場所は喫茶店ですから」
ミヤコに抱きしめられる。
楽屋を眺める。
本当に私、上京してきて最初の一歩失敗したんだな。ここが一歩目だったら、今頃時代劇の衣装を着てて、緊張して劇に臨んでたのかな?
「大変です!」
慌て叫び飛び込んできた男性スタッフ。
ミヤコ、表情を変え、
「え?まさかの事件?」
舞台 第二幕演劇中。
舞台袖。
町娘の衣装を着たチヨ。真剣に台本読み込み中。
ミヤコが入ってきてチヨの傍に。
「ただの食あたりだって」
「大丈夫なんですね。よかった」
「殺人事件じゃなくて別の事件が起こったわね」
「不謹慎ですよ」
「ほんとに人手不足なのね」
「中堅の劇団はどこも大変なんです」
「どう、シガ君の娘役?」
「セリフが少ないのが救いです。ここレベル高いですよ」
「チヨ、顔紅潮してる」
「緊張もしてますが、興奮もしてます」
「なに!」
「下ネタ禁止。今は余裕がない」
手で制する。
「はい・・」
台本を置き精神統一。
呼吸を整える。
「よし、頭に入った」
「いい顔してるねー。私の知らない顔だ」
えへへと照れる。
「役者志望の切っ掛けは何だったの?」
「切っ掛けですか。ささいなことですよ。小学校の頃、市民文化会館である舞台を観たんです。内容は難しくてよく分らなかったけど、私と同じか、ちょっと上の子の演技に感動しまして」
「輝いていたんです、その子。その子のようになりたいとなと子供心に憧れて、それを10年間心の中でくすぶり続けてました」
「そして仕事をやめて上京を。私にとっては初めての冒険。・・まあ思い描いてた人生と違っちゃいましたけどね」
「私この劇団に来てたら人生変わってたんですね」
「そうするとチヨと私たちは出会わなかったわけか。今、こんな風で後悔してる?」
「それはしてません」
「もしこの世界に未練があって、夢を追いかけたいなら誰も止めないよ」
「・・・・・」
「舞台上で輝いてるチヨが見たいしね。こうして今は知り合っていつでも会えるし。まあちょっと寂しいけど・・」
ミヤコに抱きつく。
「言ったでしょ。今はあの場所が一番なんです。未練がないと言えばウソになるし、役者棚上げしちゃってるけど、今は今で物凄く充実してるんですよ。私を変えてくれた所。みんなと出会えた場所。今はあそこが私の居場所です」
「可愛いねーチヨは」
頭をいいこいいこ。
「チヨの舞台観るのも2度目か」
「え・・・えっ!?」
「ほら、面接の時にマスターに観せたの」
「あ!シガさんとの舞台だ!・・じぁあマスターはあの舞台を」
「リアルタイムで観てたのよ」
驚く。
「シガ君、私にもいつもチケットくれるんだけどね。演劇はさほど興味がなくてね、いつもパス。私はチヨの面接後にネットで観たんだけどねー。大失敗でした」
「・・驚きました」
「ちょっとした縁でしょ。いろいろ、ドラマや人間が絡み合うのよ。あの喫茶店は」
2人、小さく笑う。
スタッフ、
「出番です、お願いします」
「はい」
「じゃ、観客席で観てるから」
「はい!頑張ってきます!」
8終わり
9 ボスと初対面
補足
上河内祥子 25歳
主役を押しのけ存在感のある女性
喫茶店常連客と判明
業界注目の女性
人を寄せつかない無口設定
小学生に観た舞台の憧れの子役が上河内祥子と判明