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喫茶探偵物語  作者: ゆきんこ
7/27

小さな暗殺者メイシー


ー喫茶探偵物語7-  


小さな暗殺者メイシー



<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。



シャーメイ・リョン 香港国籍   <日本名 五月美夜子>

メイシー 少女 推定12歳 

張家衛会長  暗殺対象者

銀龍 暗殺者




<ミヤ視点>  


香港都市中心部には様々な高層ビルが所狭しと並んでいる。その中のひと際目立つ巨大ビル、フェニックス・グレート・カンパニー。


麻薬、人身売買、不動産を主に悪辣な土地投機、地上げを行い財を成した汚れた会社。


その頂点に立つ人物は地位や利益を欲する為に、何百という人間を利用し、欺き、破滅させ、法を犯してきた。その連鎖で何千何万という人間を不幸に突き落とした。



3か月前、都市中心部でテロリストによる破壊工作が発生。大惨事は4つのビルや周辺を破壊。街の区域のひとつを壊滅に追いやり総死者は458名に上る。


その巻き込まれた犠牲者の中に、夫と1歳になる娘が含まれていた。私の人生にはないと思っていた結婚。出産。そして幸せな生活。あの日私の全てが、未来が消え去った。愛する家族、大切な物、良心、心も何もかも失った。


テロの首謀者は関連会社の株価を吊り上げる為に、莫大な損害保険を受け取る為に、ただ金を得る為だけにビル破壊という行為を実行したのだ。幼子が無邪気に玩具の積み木を崩すように、子供が平気で虫を踏み潰み潰すように、いとも簡単に。


娘の変わり果てた肉片を見た時から私は死んだのかもしれない。毎日狂いそうだった。自我が崩壊した方が楽だった。自決する事もできず、苦しみ、悲観に暮れ、絶望から見い出した答えは、憎悪、狂気、そして復讐。自分を保つ唯一の方法を見つけた。


巨悪な根源、フェニックス、張家衛会長。制裁し己の罪深さを刻み付けなければならない。今後、私のような被害者を、復讐者を出さない為に。復讐だけが原動力となり私を突き動かす。この世から張を抹殺できるなら命さえも投げ出し死をも厭わない。この男だけは地獄の底に落としてやる。


絶対に!




満月の夜。


フェニックス・グレート・カンパニー。

月明かりが漏れる無人のオフィス内。


「・・・ッ」


痛みを引き摺りながらデスクに寄りかかるように倒れ込む。銃弾を受け深手を負った腹部からは燃えるような熱さと、耐え難い痛みが走り回る。


ダラダラと血が止まらず必死に片手で腹部を抑えているが、流血は止まることなく流れ、激しく顔が歪む。銃弾は内蔵をも損傷させているのか、内側からの痛みは絶えることなく続き、喘ぎ声が止まない。止血剤は飲んだが気休めにしかならなかった。


皆、死んだ・・・。


同志と腕の立つメンバー12人で臨んだが全員死亡した。急襲も身を挺しての自爆も全て裏目通用しなかった。それどころか張の元さえも辿り着くことはできなかった。最後に託された手元の小型爆弾を見つめる。


這ってでも・・皆の犠牲が無駄になる・・・。


気力だけは強く残っているが身体は思い通り動かず、流血も激痛も際限なく続くだけ。


ここで終わり、失血死、か。


諦めて手を汚さなかったら、天国にいる旦那と娘の所に行けるのかな?・・いや、散々今まで手を汚してきた。私なんかには、天国は無理か・・。けど、行けたら行って、会いたいな。会いたいよ・・。


涙が止めどもなく流れる。事業、探偵時代、夫、娘。数々の情景が走馬灯のように蘇る。様々な思い出や感情が溢れ押し寄せる。


皆と過ごせた時間は楽しかったな。宝物のような時を与えてもらった。


意識がだんだんと遠のき、痛みに引きつりながら小さく笑う。


迷惑ばかりかけてたけど。・・言うこと、聞かなくてごめん・・やっぱりダメだった。けど、止まらなかった、の・・・・・・



意識混濁中。


13年前。閑散としたオフィス内。


茫然と一人で椅子に寄りかかってるミヤ。


探偵所長が煙草を咥えて入って来る。


睨む。


「クソ探偵。私を笑いにきたか?」


「派手にやられたな。巻き返すつもりは?」


「・・はした金ぐらい1年で稼ぐさ」


「高級娼婦に成り下がってか?お前のメンタルでどこまで持つんだ?」


「黙れ、殺すぞ」


「弱みや同情されたくない、そんな物捨ててしまえ。自尊心なんて何の役にも立たん。犬にでも喰わせろ」


「・・帰れ」


「お前を助けに来たんじゃない。金の匂いがするからここに来たんだ」


「・・・・・」


「借金分の6本はお前の分。そこから先の利益はオレの取り分だ」


「信用できるか、犯罪塗れの悪徳探偵が」


「お前の目は節穴か?信用に足る人物を見抜くこともできないか?まあ、あったらこんな事態になってないか」


「消えろ!本当に殺すぞ!」


「虚勢を張っても事態は好転せんぞ」


ペンで探偵所長の喉を突く。


「刺せないと思うか?香港時代の私を知ってるだろう?」


睨み合い。


「お前な、利用できるものは利用しろ。オレの黒い実績は知ってるだろう?」


「そういう甘い声に何度も騙されてきた。信用も信頼も、何もかも全て裏切られた。もう騙されるのご免だ。それぐらいなら自分の身を削って売った方がマシだ」


「じゃあ今回はオレに騙されろ」


「お前に騙される代償は、性奴隷にでもなればいいのか?」


「この馬鹿女。依頼者に手を出す奴は三流以下のゲス野郎だ。それに6000万の価値のある女は怖くてオレには抱けん」


「・・節介はいい」


離れる。


「お前は借金を取り返し、オレはその倍返しで金をぶんどる。利害関係が一致してるだろう?」


「利害に信用もクソもない」


「まあ、それもそうだが利害の過程で信用と信頼も得る事も、通じる事もあるかもしれん」


「・・・・・」


「お互いにな」


探偵所長を見る。


「どうしてそこまで私に構う?相手は政治家とヤクザ、リスクは計り知れない」


「動機は気に喰わない政治家もろとも潰すこと。それと金。残りの10パーセントくらいお前を気にかけてるのもあるな」


「・・・・・」


「お前は何かこう、口は悪いが人を惹きつける何かある。華があるというか。まあオレ好みの女だ。胸が大きいしな・・口説いてるわけじゃないぞ」


「・・馬鹿かお前は」


「何かトラブルを抱えてもどんな危機に瀕しても、いい女には、誰か彼か必ず助けが入るもんだ。今回それをオレが引き受けてやる」


「・・・・・」


「この最高の切り札がな」


「・・何、自画自賛してる。気持ち悪い」


「フォーカードの手札を、ストレートフラッシュで逆転してやる」


「・・そこはロイヤルストレートフラッシュくらい言えよ」


「あまり過ぎると火傷するからな。結構慎重派だぞ、オレは」


「狂犬とか荒馬とか言われるお前がか?」


「過去はな。オレだって学習はする。・・勝ち馬に乗れるお前は相当悪運が強い」


「・・・・・」


「大きい花火を打ち上げるぞ」




朦朧としたなか、激痛から意識を取り戻す。


・・・夢・・・人生最後の夢が、あの時の・・。あれは、惚れたな。あそこから私の運命は劇的に変わった。仲間に恵まれた。


ボス・・私の悪運もここまでだったよ。ボスのような勝ち馬は、ここにいなかったよ・・・。



廊下から気配を察する。

警戒するが身体の反応が鈍く、身を隠すことも動くこともできない。


どうしてここが?・・・血の跡を辿ってか。


静かに扉が開く。


戦闘服に身に纏う、銃とナイフを手にした少女が現れる。


女の子?


少女は慎重に中へと入り込み、部屋の中の様子を探る。小型爆弾を一瞥して目が合う。


なんて冷たく、そして悲しい目。


「・・私への助け、じゃないわね」


無言の少女。


「どこかの所属?名前は?」


感情のない鋭い眼光が私を見据える。


背筋が凍りそして察した。人を殺すことに何の躊躇も抵抗もない目、殺しに長けている人間と。


こんな小さい子が・・。

ここに乗り込むという事は、私らと同じか・・。


「目的の人物は張家衛ね」


少女の頬がわずかに引きつる。


「上の階よ。私らは失敗したけど、よかったら頑張ってくれない?子供に頼むようなことじゃないけど・・」


無言を貫き、踵を返し無言のまま部屋を出て行く。



その歳でどうしてあんな目ができるんだ・・悲しいな。


息が荒くなり、仰向けになり眼を閉じる。


あの子が勝ち馬なら乗れなくても仇さえ・・仔馬には無理か・・どうせなら爆弾持っててくれればよかったのに・・。


再度扉が開く。


少女が再び現れ近づく。無表情で腹部の傷を探り低い声で、


「痛み止めと応急処置」


ベルトバックから注射器を取り出し腕に刺す。上着を脱がされ、腹部に外傷用止血帯を巻きつける。


「・・どうして?」


「私はドクヘビの子」


「・・・地下組織、グレイ・スネーク、か」


「この爆弾の威力は?」


「このフロア1つくらい分は」


少女はフロアを見渡す。


「わたしの策が失敗したら使え。どうせこの身体だ助からない」


「・・・・・」


「自滅覚悟で、最期の花火を打ち上げろ」


処置を施し終え、足元に拳銃と小瓶を置く。


「飲め」


「・・名前は?」


「・・・・・」


無言で部屋を立ち去る。



打たれた薬のせいか痛覚が遮断されていく。


暗殺集団グレイ・スネーク。通称ドクヘビ。確か半年くらい前に壊滅。何らかの粛清、だったか?そうか、これも張絡み・・私と同じ復讐・・。


置かれたラベルのない小瓶を手に取る。強壮剤?興奮剤か、危ない系の?


蓋を開け一気に飲み込み、拳銃と小型爆弾を手に立ち上がる。


何だこれ?身体が軽く平常時に近い・・。後で反動とか副作用が怖いな。


その考えに小さく笑う。


どうせ死ぬんだから関係ないか。少しは光明が見えてきたかな?花火を打ち上げろ、か。言い回しがボスとそっくり、上手い事を言う。




階段を上がると、廊下には額の銃痕の3体の死体が転がっている。全てヘッドショット。


そんなに凄腕の子か?これやり遂げるんじゃない?


慎重にその場を通り過ぎる。


グレイ・スネークに子供は居たか?暗殺者の一人が産んで育てた?いや、そんな非効率なことはしない。暗殺訓練を強いられた孤児か、志願?それはないか・・。


いずれも集団の生き残り。よほど慕っていたか仲間意識が強いんだろう。あの憎しみの目は復讐だけを、仇を討つだけに注がれている。私のように・・。


廊下の奥の扉が破壊され、明かりが漏れている。


銃撃音が響く。


警戒し扉の前へと。慎重に近づき中を覗く。


中には絵画が飾られ骨董品、壺などの調度品が所狭しと並んでいる。贅沢で豪勢な部屋だが乱雑してる為、悪趣味で安っぽく見える。贅の限りを尽くしたここが張家衛会長室。


奥にはその重装備に身を包んだ暗殺対象者の張家衛の姿。


張の前の運動着姿の男が少女と対峙している。


男の顔には見覚えがある。八龍一族。銀龍。なんて奴雇ってるの・・。


裏の世界のトップクラス。隙は一切なく策も通じないと言われる大物。相手の眼球を生きたまま抉る暗殺者。


睨み合いの2人。


屈強な大人でも敵う相手じゃない。策が失敗したらと言った。何らかの策が・・。


両手にナイフの威圧する少女。


銀龍はナイフの少女を見下ろし、構えてる銃を腰に下げ片手にナイフを握り締める。


ナイフ戦の挑戦を受けた。


身長180センチのドラゴン、小柄で小さなスネーク。龍と蛇の対決が始まる。



銀龍は顎を癪って「来い」と促す。


少女が踏み込み先制攻撃へと。交差するナイフ、双方尋常じゃない速さ。


少女は小柄さを利用し俊敏に下半身に攻撃を集中させるが、両刃はカスリもせず軽くいなす銀龍。身体能力も動体視力も常人とは別次元のレベル。


銀龍、左脚で少女に脚払い。一瞬よろめくが後方へ跳躍して間を取る少女。


格上相手に悪くはないが体格差が違い過ぎる。何より力の差、力量・・。



何度目かの少女からの銀龍への攻撃。


左手の短刀が日本刀の刀のように伸び銀龍の首を狙う。


上半身を後ろに反らし、刃先と首元は紙一重で交わされる。


リーチが短い!もう2センチ腕が長かったら!


1歩後退し体制を立て直す銀龍。


「意表を突かれたが、それが切り札じゃないだろうな?」


少女は右手のナイフを腰に下げ、長刃を真剣を持つように構える。


すかさず猛追を続けるが長刃はただ空を斬るだけ。間合いを読まれ余裕で払い除けられる。


今まで防御一辺倒だったが、少女の攻勢の合間に攻撃を仕掛け始める。


攻撃を受け止め、防御に徹するしかない少女。距離を開け息が上がっている。間合いも呼吸も読まれ、スタミナの持続も続かない。


銀龍は自刃を振り上げ、少女の長刃を力任せで叩きつける。瞬時に足蹴りで手首を叩き上げ、長刃は手から離れ宙を舞う。


少女は攻撃を切り替え残ったナイフで責め続けるがリーチ不足。蹴りや手とうも織り交ぜてるが攻勢の浅さ、当たっても体重の軽さで力負けの状態。徐々に押され攻撃を浴びせられる。


ジリジリと追い詰められる少女。頬の表皮が切れ、血が滲み込む。少女も紙一重の差で回避しているが腕、脇腹と創痕を負っている。


見て分かる。相手の実力を見極めた上で弄んでいる。小動物を嬲るかのように。格が違う。力も技術も、経験の差も・・ダメか・・。


少女は息を切らし険しい表情。


余裕でほくそ笑み、腰の銃を手にする。


「その歳でなかなかの手合いだ。お遊びはお終いだ」


銀龍は横目でこちらの方向をチラリと見る。


こちらに気付いてる!


加勢したら、殺気を感知された瞬間銃弾が飛んでくるだろう・・。


銃声が響く。


後方へ吹き飛ばされ仰向けに倒れる少女。


小型爆弾を持つ手に力が入る。いよいよ使いどころか・・。


倒れた少女は急所を外されまだ動いている。


銀龍はその苦悶の表情を冷酷な目で見下している。



ドクヘビ!聞いた事がある。


これは計算。ワザと瀕死の重傷に陥り圧倒的不利を装い演出する。


策?まさか犠牲にするのは・・・。


重傷だが起き上がろうともがく少女。


張会長が下卑た笑みで、

  

「腕ごと、脚ごと切断しろ!」


「眼は貰うぞ」


「ひとつだぞ!それから四肢を切断だ!いや、それは楽しんでからだ!」


興奮する張会長。少女を舐めますように視姦し嘲笑い、重装備を解く。


反吐が出る!


銀龍は少女の両腕を撃つ。


小さい悲鳴。


抵抗の手段を無くし、両足を膝で踏みつけ顎を抑える。冷淡な笑みを浮かべ、少女の目元に刃先に当てる。


「まだ闘争心は萎えていないな。いい眼だ。これは相当の上物だ」


右目にナイフを突き刺し眼球を抉る。


「ギャアアア!!!」


悲痛な悲鳴。


楽しむように長く抉き、ゆっくりと眼球を取り出し頬に置く。


「極上物だ」


勝ち誇ったように顔を近づけ、眼球を口に含む。


その瞬間、口の中から銀龍の目に噴霧。毒液を射出。


虚を突かれ慌てて少女の元から離れる。


目を潰した!今だ!


会長室に突入。銀龍は手で目を拭いながら少女、こちらへと銃を乱射。狙いが定まらず銃弾は避けられる。


致命傷じゃなければ当たってもいい!


銃口の先の方向を避け、そのまま発砲しながら駆け抜ける。



少女は銀龍の方向へと転がり込み、靴のつま先から突出したナイフの先端で両脚首の腱を切りつける。


膝を折った瞬間に体全体に連射。胸、顔面と銃弾を数発を撃ち込む。


白目をむき、少女の眼球が口元から垂れ、床に落ちる。


そのままうつ伏せに倒れたところをすかさず頭を撃ち抜く。


絶命。


脳ミソが飛び出た横には少女の眼球が転がっている。


なんて惨い・・しかしそれを利用して、眼球を犠牲に隙を、なんて子。


一連の出来事を驚愕の表情で見ている張。


「あ、あぁ・・・」


呆けた顔をした張の前に立つ。


「お前らの変態嗜好が隙を作ったな」


「お、お前を、雇ってやる。契約金は好きなだけやる、どうだ?望みのー


「カスが」


さらけ出した股間と両脚に銃弾を撃ち込む。醜くい声で喚きだし、床を転げ回る。


少女の元へと、優しく身体を抱き寄せる。


憎しみの目で喘ぎ転がる男を冷たい目で見ている。


少女の銃痕の傷口から流れる血を手ですくい、口元へ。


「うがいして」


口の中に含み、うがいし吐き捨てる。


「最後の権利」


そう言って少女の手に銃を握らせる。力が入らず腕は上がらない。そっと腕を持ち上げて、不様に這い回る男に狙いを定める。


必死にこの場から逃れようと涙、鼻水まみれの醜く太った男。


こんな男が私の家族を・・。この子も大切な人を・・。


「撃って」


トリガーに指を掛け少女の指が動く。


5発連射。連射後も、カチッカチッカチッカチッカチッカチッ。空の撃鉄音が響く。


「・・もういいよ」


終わった・・・。



「わたし、メイシー・・ありがとう」


「こちらこそ動けるようにしてくれて。そして夫、娘の仇を獲ってくれて感謝する」


銃を床に落とし、ぐったりとする少女。


「お互い助かるか分からないけどヘリを待機させる。屋上に行くよ」


「・・わたしは、もう、ダメ」


「死んだら埋葬くらいしてやる。こんな所に置いていけるか」


震えながら上がらない腕を必死に掲げ裾を掴まれる。見つめられる顔は哀願の表情。目には涙が浮かんでいる。


「頼みがあるの」


「なに?」


涙の粒が頬を伝わり私の手に落ちる。


「今だけお母さんになって」


ボロボロと涙を流しながら、


「お母さん・・依頼達成だよ・・いつものようにギューっと抱きしめて」


一生懸命身体を起こし私に寄り添おうとしてくる。


愛娘とは十も違うが、娘が帰ってきたような錯覚に陥る。小さい身体を優しく抱きしめる。


震えながら小さな声で私に囁く。


「大好き」


「・・私も、大好きよ」


意識が薄れていく少女。


「・・もう、どこにも行かないよね。・・・ずっと離れないよね」


「ええ、ずっと一緒よ。メイシー」


離れない。この子は私の娘・・。


頭を撫で髪を整える。微笑えむ少女。


そこには憎しみに満ちた氷のような鋭く冷たい目は存在しなかった。年相応な子供が母親からあやされ、温かく甘えるような、澄んだ無垢の瞳があった。


この世に未練がない満足したかのように、天使のような表情で少女は静かに目を閉じた。











6.5完




事務所2階、チヨの部屋。


小説を読み終え本を机に置く。薄っすらと涙のチヨ。


いやいやいや!


さすがにこの設定、物語は盛りすぎでしょう!


えーー、シャーメイ・リョンって誰?


ミヤコさん?香港の人なの?前にハーフとか言ってたような?冗談かと・・。


通常の小説より薄い本。表表紙「喫茶探偵物語6.5」裏表紙に非売品の文字。


この6.5は自伝?・・世には出ていない本?・・真実・・?



回想


数時間前。喫茶店。


鈴が鳴り、ミヤコが入ってくる。


「ミヤコさん!お帰りなさい」


頷く。


「1週間ぶりです。お仕事の香港、どうでした?」


冴えない表情のミヤコ。


「・・どうしたんですか?顔色が?」


真剣な表情。


「チヨ」


「はい」


「私が過去にどんな人間だったとしても、嫌いにならないで」


「・・はい?」


「勝手だけど、見捨てないで・・」


「私がミヤコさんを嫌いになる訳ないじゃないですか」


テーブルに「喫茶探偵物語6.5」を置く。


「この小説の内容はチヨの胸の中だけに留めて」


「・・・・・」


「もし、私の非道な行いが許せなかったらこれは破って捨ててもいい。・・許してくれるなら、変わらなかったら、何も言わず私に返して」


「・・・・・」


「これは私の一部」



「また、明日くる」



回想終わり




翌日。


喫茶店内。


テーブルに小説「喫茶探偵物語6.5」


険しい表情のチヨ。


私が今まで接していたミヤコさんと本のミヤコさん。どちらが本当のミヤコさん?


どちらもだ!この本でミヤコさんは自分の過去を私に見せてくれたんだ。考えるまでもない!


過去に何があろうと、犯罪を犯してても、嫌いになんか全然。逆に格好良かったよ。愛おしかったくらいだ。メイシーちゃん共々。


何があってもミヤコさんは受け止めるよ!メイシーちゃんも生きてるよね!私もギューと抱きしめたいよ!


鈴鳴る。


ミヤコと右目に眼帯、白髪の少女が中へ入って来る。小柄な少女は目が鋭く、眼帯の下の頬に薄っすらとした傷跡。


ミヤコは広東語で少女に話しかけている。


「・・・・・」


カウンター前へ2人は来る。


弱々しい笑顔でチヨを見つめるミヤコ。顔色が優れない。


これもいつもの計算?けど、こんなに弱って怯えてるミヤコさん見たことないよ・・。


本返さなきゃ。


「これ、有難うございます」


抱きついてくる。


「いいの?」


「私はミヤコさん大好きですよ!」


「・・有難う、チヨ」



「メイ、チヨよ。相川千仍」


警戒心の少女。


「チヨです。よろしくね」


少女は軽く頷く。


「日本語まだ慣れてなくてね。メイにジュースお願い。ちょっと私はボスの所に」


広東語でメイに話しかけ事務所の中に入る。




私物のお菓子とジュースを用意してメイの前に置く。


「どうぞ」


警戒しながらストローに口をつける。


メイシー=メイ。あの本通りなら、リアル小さな暗殺者。


可愛い・・と言うか、カッコいいな。眼帯と頬の傷有りでも逆にそれが惹きつけてるというか、凄く見栄える凛々しい美少女さんだ。


感情のない顔でストローで氷を弾き眺めている。


目つきとか本の通りに物語ってるよ。あの本はやはり真実・・。ミヤコさんの表情、信じてないわけではないけど・・。もっと情報がー


鈴鳴る。


瞬時に入口に銃口を向けるメイ。手を上げるヨシダ。


「・・・・・」


メイは警戒を解き銃を懐に収める。


暗殺者確定です。ここ日本だよね?


ヨシダがメイの元へ。


「元気だったか?」


頷く。


メイの頭を撫で、定位置に座り、


「いつもの」


「は、はい」


見てはいけない物を見てしまった。もう小道具とか玩具とか思えない。当たり前のように平然としてるヨシダさんも怖いよ!


スピーカーから広東語。メイは無言で事務所へと入る。


「・・・・・」



沈黙。


「なんか聞きたそうだな」


「はい。たくさんいろいろ聞きたいです」


「あれは護身用、殺傷能力はない。ゴム弾で威力はそこそこあるがな」


「・・そうですか。安心しました」


沈黙。


「もっと聞きたいのか?」


「はい。もっと聞きたいです」


「・・あの子は銃やナイフが側にないと安心できんらしい。そういう環境で育ってきた。身を守る為、生き残る為に」


「・・・・・」


「いまボスが話し合いをしているはずだ。2人の今後の事を」


「・・今の2人はどんな関係なんですか?」


ヨシダはしばらく考えて、


「6.5は知ってるか?」


「・・はい。昨日ミヤコさんが持ってきて読みました」


「そうか。アレはミヤコがいつもここに来る大先生に書かせた物だ」


「え?常連の大先生?」


「その反応は知らないな。大先生も二つ名持ち、引退したがな」


「・・まさか?喫茶探偵物語は大先生が著書ですか?」


「ミヤコの信頼する人物。6.5は信頼と心を許した者にしか拝めない。ワシの知ってる限りでは、ワシとボスぐらいしか読んでないはずだ」


「・・・・・」



「旦那と娘をテロで失ってミヤコは壊れてしまった。復讐心に駆られ、同じく同志に支援し、自らも敵討ちに志願した。ワシらの静止も忠告も聞かずにな。瀕死の重傷の最中メイシーと出会い仇を獲り一緒に生き残った。6.5な」


「その後、お互い長い治療して、あの子を養子にして香港で生活を始めた。一度日本で生活したが、馴染めずにメイだけが戻った。ミヤコの落ち込みようといったらなかった」


「その後、嬢ちゃんが面接を受けここに来た」


「・・・・・」


「元々は陽気な性格だったが、娘と旦那を亡くしてからここでは一切喋らなくなってな。メイと暮らす生活もうまくいかず拒否され、そんな時に嬢ちゃんが現れた」


「初対面の時はワシも驚いた。寂しさを埋めるかのような饒舌なミヤコに」


「・・・そんな事情が」


「嬢ちゃんには感謝してる。日に日に元気を取り戻してたからな」


「・・私、何もしてませんが」


「嬢ちゃんの存在、明るい笑顔、居るだけで、話すだけで元気を貰ったんだろう。精神的にも吹っ切れたようだった」


「ミヤコとの生活を拒否するメイ。一度は諦めたが、「一緒に居たい、失いたくない」そう言って香港に戻った」


「ミヤコは精神的に脆い。見た目よりずっと臆病だ。メイも小さいながら過去の事や自身の事で葛藤している」



ミヤコさんが怯えていたのはメイちゃんに拒否される恐れから。小説の中で抱きしめた時「この子は私の娘」という一文があった。あれはミヤコさんの想い・・・。



「2人の話し合いはワシらが口を挟むようなことじゃない」


「・・・・・」


「しかし2人が求めてくるなら、助け、救ってやるだろう?」


「はい、助けたいです。いえ助けます。全力で」


頷くヨシダ。


「ワシらはいつもと変わらぬこの場所で、いつもと変わらずミヤコを迎え入ればいい。メイも頼ってくるなら受け止める、だろう?」


「はい!」





真剣な表情でコーヒーを飲むヨシダを見るチヨ。


「丸みが出てる。コツを掴んだな」


「ヨシダ先生のご教授のおかげです。熱さの方はどうですか?」


「ワシ好みだ。これからこれで願う」


「・・点数は?」


「75」


よし!前回から10ポイントアップ!少しずつマスターの味にに近づいている!はず!



事務所のドアが開き2人が出てくる。


ミヤコの顔に泣き腫らした跡があるが、明るく表情は晴れやか。


「ヨシダ、チヨ、心配かけました」



「お互い、いろいろぶつけ合い、話し合い、その結果一緒に日本に住むことになりました。メイは一緒に暮らしたいと言ってくれました」


ミヤコの喜びの言葉に頷く。


「これからの生活、愛情を注いで絆を作っていこうと思います。月並みだけど、笑ったり怒ったり、時にはケンカして、仲直りして、今後暮らしていきたいとメイと話し合いました」



「いつか母さんと呼ばせます。今はミヤで充分です」


ミヤコの手を握るメイ。


2人にいろいろなドラマがあったのと分かる。そして結末はミヤコさんの笑顔。


「そうか。何か困ったことがあったら遠慮なく言え」


「私も、非力ですけど、できることなら何でも言ってください」


「うん。その時はお願いね」



「メイ、何が食べたい?今日は何でも作るわよ!」


「オムライス」


「こっちに来てそればかり食べてるじゃない?」


「オムライス、すき」


「わかった。・・じゃあチヨさっそくお願いね。裏メニューのオムライス」


「・・・は?」


「お腹すいた」


「この流れはおうちに帰って作るとかでは?その、家族的な、母と娘の団らんみたいな、とか?」


「私よりチヨの方が美味しいんだもの。メイ、美味しい方がいい?」


頷くメイ。


えーーー。


「私、超特大ね。卵3個くらい使ってね」


いつもの私の知っている日常のミヤコさんに戻った。


「メイもヨシダもチヨも今日は一緒に食べましょう。ボスも!」


「・・わかりました。了解です」


ミヤコさんはこうじゃなきゃ。私にとっても。みんなにとっても。


そして新たなファミリーがこの喫茶探偵物語にやってきた。


香港からやってきた少女。


小さな暗殺者。


元だ。




7終わり



8 侍



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