デビューと盗難事件
ー喫茶探偵物語25ー
デビューと盗難事件
マセ子視点
俳優養成スクール。
講師に呼び止められる。
「笹原さん」
「はい」
「オーデションの依頼が名指しで来たんだけど」
「?」
「1クール深夜ドラマ、事務所と何の関係性もない制作会社、大手の」
「・・・・・」
撮影所の出来事を思い出す。
剣菱彩?・・いや、カメラマンの人?
バックから名刺を取り出す。
カメラマン 鹿島雄吾
講師は名刺を手に取り、
「鹿島!撮られたの?」
「・・なんか、撮られた」
「彼の撮る被写体は将来有望と言われている。業界内では有名よ」
「・・それは、ついでに撮られたというか。・・別の子の方を推してたような」
「彼に認められれば将来は約束されたも同然よ!」
「・・・・・」
撮影現場。
教室。
監督の掛け声が響く。
「はい、カット」
「午前の部は終了です!」
進行表を持った女性スタッフが叫ぶ。
「メインの4人はお弁当を用意してます。午後の撮影は1時間後予定です。他の皆様方はご苦労様です」
それぞれ生徒役の子が教室を去っていく。
オーデションを受け奇跡的に選ばれ合格した。
しかし演出家から今のままの演技ではメインの役は無理と言われ、リハーサルの読み合わせ次第では役柄の変更もあり得ると告げられる。
読み合わせまでの期間、舞台役者の従妹の祥子姉に指導をしてもらうことになる。
けっこうな台詞の量と重要な役どころ。寝る間も惜しんで役作り。感情の抑制、セリフ間の間、客観的に自分を見つめること。演じる事に未経験な私に本気の演技を学ばせてくれた。いかに今まで適当だったか、妥協し甘えていたか反省しかなかった。
リハーサルではギリギリの合格点を貰い、主人公の回想シーンの高校時代の役に選ばれる。
本番は上手く演じられただろうか?少なくともNGは出さなかったけど・・。
休憩室。
トイレから戻るとテーブルに弁当が配膳されていた。
沈黙の空気のなか、残りの3人は黙々と弁当を食べている。
空いた椅子に座る。
「痛っ!」
飛び上がり、痛みの元のお尻から旧型の画鋲。
・・何これ?いつの時代の画鋲?
手にした画鋲を見て、隣りのメガネの子が、
「え?画鋲?椅子に?」
「・・うん」
向かいの金髪の子はこの騒ぎに動じず弁当を黙々と食べ、右向かいの気の弱そうな子は心配顔で見つめている。
犯人はこいつか?金髪のビッチか?
オロオロと心配そうなメガネ。
「誰か呼んできましょうか?」
「・・・・・」
証拠はないし、騒ぎを起こすつもりはない。
「大丈夫。・・弁当はいい、出るわ」
ペットボトルのお茶と台本を手に部屋を出る。
ロビー。
一番端の目立たない長椅子に座りお茶を飲む。
嫌がらせや陰湿なイジメは学校だけじゃなく、社会に出てもこんなことあるんだな。これが役者の競争世界?・・イビツだ。
お腹が鳴く。
弁当を持って来れば、いやもう怖くて口に入れられない。お茶だけで午後を乗り切るしかない。
深い溜息。
「どうもー」
鹿島と言う男がやってくる。
カメラマン!
立ち上がりお辞儀。
「そう固くならないで。女子高生とは砕けて話しをしたいな」
「この前は、有名な方とは知らずに・・」
「知られたか」
「ウイッキーを読み尽くしました。鹿島カメラマンに写真を撮られた人は成功するとか」
鹿島は笑う。
「私を推薦してくれたんですか?」
「プロデューサーに写真を見せて一押ししただけ」
「全く経験のない、オーデション落ちまくりですけど私。多分、その辺調べられてると思いますけど。それにメイ・・眼帯の子の方が目力とか褒めてましたよね」
「あの子は完成されてたな。10代でアヤちゃんに次いで2人目の本物に出会えた」
「・・・・・」
「オカルト信じる?」
「・・はい?」
「僕には色が視えるんだ。その人の持つ色が。大抵は単調な色だけど、稀に輝くほどの色に出会える。そのメイって子やアヤちゃんのように」
剣菱彩とメイは同格?
「アヤちゃんの映画デビュー作の時、僕は新人の照明係でね。制作会社は予算のない人手不足、下っ端として雑用全般を任されてた。
カメラマン志望のアマチュアカメラマンを気取ってたボクは許可を得て、宣伝スチールや出演者を撮らせてもらっていた。
初めて現場に来た彼女は、眩いばかりの色彩だった」
「・・どんな色だったんですか?」
「それは秘密、というか説明できない。正確にはその人の才能や運気が視える、かな?
その時の写真はアヤちゃんにも周りにも世間からも認められ、後にアヤちゃん専属カメラマンに抜擢された」
「・・彼女に選ばれた人は大成する。有名な話しですね」
「あの時、彼女が現れなかったら今だに照明を役者に当てていたかも。
運も彼女も味方してくれ、何より周りの人たちに恵まれた。これ重要。あの現場の人たちも多彩な色に溢れていたな」
デビュー映画は伝説で、スタッフや監督たちは今でも第一線で活躍していると祥子姉言ってたな。
「最近運気が上昇してない?身の周りの人とかの影響で?」
身の周り?相川先生と出会って、メイ。犬。そして剣菱彩、祥子姉に教わって、そしてカメラマンの鹿島さん・・。
「運気は・・ありますね。出会った人と絡み合って今この場所に居ることが」
「まだまだ小さいけど、君の色彩も期待できそうだ」
「・・社交辞令でも嬉しいです」
「ほんとだよ」
「もしかしたら、剣菱さんとメイの傍に居たから、たまたまその色が私の所に、見間違えたのかも・・」
笑いながらスマホを取り出し1枚撮られ、画像を見せてくれる。
「ほら、頭の上にモヤーンと色が視えない?」
目を凝らして視る。
「視えません」
「残念」
「画像に色が映ってるんですか?」
クックックッと笑う。
私、からかわれてるのかな?
「これは持論だけど、輝いてる人たちの傍に居ると無意識のうちに感化されていくみたい。もちろんそれだけでは無理。自身の才能や努力も必要。君の色もこれから大きく成長するはず。これからどのように輝くか楽しみだ」
「・・・・・」
「色に関しては秘密ね。変人と思われるから、思われてるけど」
「・・そんな秘密、私なんかに」
「ボクが撮る子には教えてもかまわない」
「・・・・・」
「悪の秘密結社に知られると利用されるから秘密にね」
「・・・はい」
「これ、別の所から失敬した弁当。食べて。じゃあ、午後からも頑張ってね」
礼を言うと笑顔でこの場を去る。
画鋲のこと知ってて、さりげなく弁当を渡してくれた。かっこいい!惚れる!
画鋲を手に見る。
勇気を貰えた。鹿島さんのフォローがなければ落ち込んでいただろう。あんなイジメなんてささいなことに思えてくる。
確かに出会う人会う人に恵まれて生活が一変した。相川先生の言う通り、喫茶店から人生が変わった?
鹿島さんも喫茶店の人たちと雰囲気というか、同じ感じの人だ。匂いが。
弁当の蓋を開けると有名店のカツサンド。
格が違う!ありがたく頂戴します!
カツサンドを手に取ると、階段脇からビッチが覗いているのが見える。
目が合うと消える。
ビッチ。言葉悪いけど心の中でビッチと呼ばせてもらう。善人やいい人ばかりじゃない。人生経験短いけど人生初の敵だな。ある意味いい経験と割り切ろう。
食べ終わり台本を読んでいると、スタッフに呼ばれ休憩室に戻る。
進行係の女性スタッフが、
「全員揃いましたね」
メインの3人が座っている。
「あなたも座ってください」
ピリピリとした空気の中、画鋲を確認してから椅子に座る。
「井口さんが財布を盗難まれました」
気弱そうな少女、井口という子が俯いている。
「皆さんを疑うわけではありませんが、私物をチェックさせてもらいます」
ビッチが私の顔を見てニヤニヤしている。
これは、超絶嫌な予感がする・・・。
「拒否する人はいませんね」
スタッフ立ち合いの元、井口がすまなさそうに各自のバックを調べる。
ビッチの鞄、メガネの鞄と、最後の私のショルダーバック。
井口はオズオズと財布を掲げ、予感は的中する。
「・・あ、ありました」
スタッフが私を睨み、
「あなた名前は?」
こんなベタな展開、学校のイジメと同じじゃん。
生徒役の女子を見回す。
メガネの子は落ち着きなく、井口のオドオドした様子。ビッチは澄ました顔で知らないふり。
ここまでするかビッチ・・。これが役者の、ライバルを蹴落とすやり方か?
「名前はと聞いてるの!」
「・・私やってません」
「素行の悪い子は外されるわよ。ここで白状して許して貰いなさい」
鹿島さんの推薦で私はこの場所に居る。祥子姉、応援してくれてる相川先生、沙希、メイ、このままじゃ顔に泥を塗ることになる。
「今なら上にも通さない、何もなかった事にするから」
犯人と確信した目でビッチを睨む。顔を背ける。
100%犯人はビッチだ!
女性スタッフは台本をめくって、
「笹原美緒ね、あなた。どこの所属?」
ビッチが手袋や、盗まれた子とグルなら私の負けだ。
ついこの前、学校内のメイが解決した事件のやり方で望むか・・。できるか?・・いややるしかない・・。
井口に振り向き、
「その財布に触れたのは、井口さんだけですね?」
「・・はい」
「他の2人は触れてませんね」
ビッチとメガネは頷く。
「証拠保全の為、机に置いてください。今後触れないようお願いします」
井口は財布を机に置く。
「証拠はありませんが、私は盗んでいません。濡れ衣です。用意周到なら犯人は指紋が付かないように手袋するはず。その場合私の負け。素手で触って犯人が私のバックに入れたのなら、犯人の負け」
ビッチを見る。感心したように笑っている。
通用しないか。角を持つとか、ハンカチで被せて指紋が付かない方法はいくらでもある・・。
しかしハッタリも必要だ。
「警察を呼び、鑑識してもらいます」
「ちょっとあなた、何勝手な事を」
スタッフが慌てる。
「疑われたまま引き下がれと?」
スマホを取り出す。
ビッチがニヤニヤとしている。
ダメか・・。
数字の1を押す。
冷静に考えるとこの場所で個人が勝手に通報とは考えられない。どうしよう・・。後にも引けないし・・。
「何言ってるの!この泥棒猫!あなたが手袋をしてたかもしれないじゃない!」
メガネが叫ぶ。
え?
メガネが井口の方に近づき、テーブルに置いた財布に手を掛けようとする。
えええーー?
ビッチがメガネの腕を捕まえ抑える。
「どうした?いま触らないとまずい理由でもあるのか?」
「離せ!くそっ!!」
羽交い締めされたまま手を伸ばそうとする。
「それはダメしょっ?まさかあんたの指紋がべったりとくっ付いてるのかな?」
抑え込む力はビッチが強く、醜い形相で暴れ喚くメガネ。
ビッチが私の方を向き笑顔で、
「さ、どうぞ続けてくださいませ、名探偵」
「・・あ、有難う」
逆だったか・・ビッチ、疑って悪かった!
女性スタッフに、
「警察を呼んで調べれば、犯人の指紋が付着してるはず。けどこの状況、もう確定したようなものですね?」
「・・あなたなの?」
メガネは言葉にならない声で喚き、私を睨む。
「・・警察沙汰はまずいですよね?」
「まずいです。会社にとっても、この子にとっても。もちろん上司には伝えないといけないけど」
「ねえー、これで午後の撮影出来るとも思えないんだけど」
ビッチが言い、スタッフはメガネの醜い形相を見る。
「スケジュール!代役!誰か・・帰した子を!ああ、時間が!」
スタッフは慌てて部屋を出る。
「おいおい、こっちより撮影進行の方が重要かよ」
気持ちは分かるがこれはひどい・・。
「おい、落ち着けよ。別に責めるつもりは私らにはないからな。井口、訴えるとかないよな?許すよな?」
怯えながら頷く井口。
ビッチは私を見て、
「そっちは?」
この怖い顔、許したくなくなるけど・・逆恨みされても困る。
「・・ない」
ビッチは羽交い締めを解く。
「落ち着け、ご免なさいすれば終わる。役は降ろされるだろうけど」
メガネはしばらく押し黙り、口を開く。
「お前が居なかったら、あの役は私だったんだよ!!」
襲い掛かってくる。
医務室。
「防犯監視カメラあったんですか?」
男性スタッフが申し訳なさそうに話す。
「あの子知らなくてね。本当にすまなかった。・・警察とか、被害届とか、は?」
「・・出すつもりはないですよ。疑われたままなら警察でも探偵でも呼んでましたけど」
「助かるよ」
「撮影の方は?」
「ワンカットが多くて、あの子は外すことになり後日撮り直しに」
「・・私は?」
「問題なし。続行」
良かった。
鏡を見て鼻を抑える。
襲われ倒れた拍子に顔面に肘が当たって鼻血が出た。私の鼻には鼻栓。痣はない。これだけで済んでよかった。ビッチが引っ張り上げ、腹パンして助けてくれなかったらもう少し被害はあったはず。
男性スタッフが部屋を出て、入れ替わりに私服のビッチが入って来る。
「間抜け面だ」
酷い言いようだが助けてくれた恩もあり、疑った気まずさもある。
「・・ビッ・・あ、あなたのおかげで助かったよ」
「ビッ?・・・お前、心の中で私の事、ビッチって呼んでたろ?」
その指摘に目が泳ぐ。
「うわっ、当たりかよ?」
「いや、・・そんな・・こと、」
「ひでーなー。確かにビッチ顔だが、恩人に対してそれはないだろう」
「・・ごめん」
「認めやがった!」
「いや、その、本当にご免なさい・・」
「画鋲刺されて10秒で私と疑っただろう?途中までずっと疑ってたよな?」
「・・・・・」
「まあ、私の態度も素振りも悪かったし、途中まで面白い見物として笑ってたしな。ビッチと呼ばれてもしょうがない」
笑う。
「あの態度は疑っちゃうよ。けど有難う、助けてくれて」
「まあね。けど監視カメラあったし、無実は証明できた」
「知ってたの?」
「みんなパニクリし過ぎ。隅にこれ見よがしに設置してた。けどそれで証明したとして、下手したら物言わず後ろからズブリと、刺されたかもしれないね」
「さすがに、そこまでは・・」
「おとなしい奴ほど何考えてるか分からないから。実際ナイフ持ってたし」
「・・ほんと?」
頷く。
ゾッとする。襲ってきた怖い顔はトラウマになりそうだ。
「逆上する方がマシ、行動とか読みやすい」
「・・役者ってこんな人多いの?」
「闇が深い奴、裏のある奴ははたくさん居るからな。ポッと出の新人に、芽が出ない精神を追い詰められた10年選手が思い余って、が今回のお話しかな?ネガティブ思考、自分に負けたんだ・・」
「・・・・・」
「気にするな。あんたは悪くない」
「・・うん」
「今日は帰ってもいいってさ。再撮影は後日お知らせするそうだ。一緒に帰るか?マセ子」
「・・・どうしてその名前を?」
「あんた有名人だもの。眼帯少女の友人」
「・・同じ高校?」
「私のクラスにナンパ野郎をブチのめしに来ただろう。あれは最高だったな」
「・・・・・」
「今回のは、眼帯娘のこの前あった2組の事件のテンプレだったろ。うまく応用したな」
「・・お恥ずかしい」
「凄いよな。ストーカーとか、女子トイレの隠し撮りとか、事件を解決する救世主とか呼ばれるあの子は何者だ?非公式でファンクラブまで出来てる始末だ」
「なにそれ?」
初耳だ。
「それより鹿島カメラマンと親しく話していたのが気になる。今回の撮影がデビューだろ?縁故かなんかか?」
「・・まさか。この前たまたまメイと一緒に写真撮られて」
「写真?・・あれか、あの剣菱彩と映ってた拡散画像」
「そう。その時にね。ほんとに私はオマケみたいな感じで撮られただけ」
「撮られること事態が異例なんだよ。剣菱彩やごく一部しか撮らないのに」
「・・それもメイが100の完全体なら、私は1くらいの石粒だと思う」
「1でもアンテナに引っかかったんだろう?まさか、・・名刺を?」
「・・ついでに」
「あり得ん。パッと見そんな、普通なのに」
「・・普通なの知ってるよ!」
「いや、化粧したら、もしかしたら化ける?将来育成成功とか?」
顔をまじまじと見る。
「ガシッと化粧したことないだろう?」
頷く。
「今度してみよう。チンチクリンでもそれなりにけっこう映えるかも」
「・・もう帰りますよ。ビッチ先輩」
「うわ、先輩に対してビッチって、信じられん。・・でもちょっと新鮮かな?」
「・・・・・」
「なあ、眼帯少女紹介してくれ。かっこいいよなー話してみたい」
「・・・・・」
「いいだろう?仲良くしてー」
いい奴だけど、綾波に次ぐ、変人が増えた・・・。
25終わり




