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喫茶探偵物語  作者: ゆきんこ
12/27

俳優 剣菱彩 (前編)


ー喫茶探偵物語12ー  


俳優 剣菱彩 (前編)



登場人物


剣菱彩 俳優 大学生 20歳 

高部祐子 マネージャー 33歳


相川千仍 助手&ウェイトレス 23歳

桧山泰造 探偵所長 50歳 (犬 推定5歳)



  序


ライン画面


高部 7時12分

<お早うございます。

前日の連絡通り授業が終わってからとなります。

16時頃に到着となりますのでよろしくお願いします。

喫茶店の方に伺わせてもらってもいいんですか?

この半年、自宅の方でしたが>



  既読 7時20分

  <喫茶店でいい

  知らせてなかったが半年前から助手を雇ってる

  女で23歳 元舞台役者 モールス習得者だ>



高部 7時22分 

<女性?助手って何ですか?>



   既読 7時24分

  <別に気にしなくてもいい では待ってる>



高部 7時26分

<いや、所長さん。詳しくその女性の話をお願いします>



高部 7時38分

<お願いですから返信してください>



既読スルー




   1 (起)


○○女子大 校門前


下校する学生たち。


その光景を停車中の車の中から眺めている高部祐子33歳。赤丸芸能プロダクション所属、剣菱彩専属マネージャー。深刻な表情とともに溜息を吐く。


スマホのライン画面を見る。既読なし。


言えない・・とても言えない。


今朝から何度この言葉を繰り返しているだろう。よりによって女性?それも半年前?一体どうして・・。


門から流れ出てくる女子学生集団。


その中の1人がとびきりの笑顔でこちらに手を振ってくる。手を上げそれに応える。


その笑顔は友人らとふざけ合いながら車に駆け寄り、助手席へと勢いよく飛び込んでくる。


「よっこらせっと!」


窓越しに友人らが、


「老人か!」


「アヤ、バーイ」


「お仕事がんばってー」


「ありがとー、じゃっねー」


友人らと別れを告げ、私を急かす。


「さあ、GO!」


車を発進。


走行中。


「10日ぶり!」


「昨日は迎えにもホテルにも行けなくてご免ね」


「いいよいいよ。無理言って大学来ちゃったし」


「今日ぐらい休んでもよかったのに」


「学業優先です。えらいでしょ?」


「優先順位は友達?」


「やはり分かるかー」   


くったくのない笑顔。



「ロスで一緒に祝えなかったけど、これ4日遅れの誕生お祝い。20歳おめでとう。アヤ」


年代物の時計を渡す。


「やった!嬉しいよタカっち!」


「こんな私のお古じゃなくても、あなたならいくらでもいいの買えるでしょうに」


「違うよ。大好きな人からの贈り物だからこそよ。大切にする!」


満面笑顔のアヤ。


「疲れてない?帰国したばかりで」


「タイゾーに1か月ぶりに会えるんだから疲れてなんかいられない」


「・・・・・」


時計を掲げご機嫌なアヤ。


「あと、後ろの席にスタッフたちからの贈り物」


「見る見る!」


複数の箱を手に取り包装紙のテープをそーっと綺麗に剥がす。その純粋な所為に心が和む。




剣菱彩との出会いは10年前に遡る。

私は大学を卒業して大手の芸能プロダクションへと就職が決まった。入社半月前の教育実習の最中に、検察の査察が入り脱税で会社が摘発される。


それを皮切に社内ではセクハラ、パワハラ問題。社外では俳優の傷害事件、不倫、薬物騒動とスキャンダルが相次ぎ、極めつけは上層部による横領発覚。親族経営の身内同士での醜い争いに愛憎劇。それらは殺人未遂事件までに発展する。


統率者を失い頼りない上層部に、一時会社内は機能を停止した。リストラの噂が流れ人員整理で内定者が真っ先に候補に挙がった。入社辞退の賠償金としてそれなりの金額を提示されるが、強制ではなく拒否すれば会社に残ることは可能だった。


正式な入社日前日に私はそこに見切りをつけた。



運のなさに嘆き腐っていたが、とりあえずこの業界からは離れたくなかったので、第2の就職活動のかたわら、叔父が経営している芸能事務所で短期就労として雇ってもらう。


スタッフの人数は5人。所属者は地方巡業の売れない芸人、無名の役者、劇団員、エキストラたちが契約を結んでいる小さな下請け事務所。


営業に勤しみ、スケジュール確認してそれぞれに仕事を振り分ける毎日。仕事は雇用主と職を求める人の仲立ちする斡旋業者と何も変わらない。予想はしていたが、私の目指し望んでいるものとここは遠くかけ離れていた。


結果的にここに来たことで、私の人生は大きく変わったのだが。



ある日、事務所に母親と共に10歳の少女が訪れる。叔父とその母親は遠い親戚筋で冠婚葬祭など幾度か面識があるようで、娘は役者志望、その願いを叶えたい母親、それらを胸にプロダクション社長の叔父の元へと訪ねてきた。


最初はやんわりと断りを入れ、芸能界の厳しさを説いていたが、押しが強い母娘に、無下に断れない性格の叔父はその申し出を受け入れる。


一応、契約を交わす前に少女に伝える。


「こんな小さな事務所より、大手や子役スクールの方が見込みがあるよ」


「近場にはここしかなかったの。お姉さんが私のマネージャー?」


「・・・・・」


テレビか何かで見たのだろう。敏腕マネージャーが仕事を取り、現場で役者と共に行動する姿を。


その姿、それこそが私の思い描いている夢だった。裏方から役者の成長する過程、成功を見守るマネージャー。テレビ局、撮影現場を共に一緒に駆け巡る姿。


少女と私は志向も利害も一致しているようだが現実は厳しく遠い。ここには大きなコネもなく、仕事も驚くほど少ない。


「残念ながらここはあなたが思ってるようなところじゃないの。小さな仕事しかないし、それに現場まで一緒に赴く専属マネージャーはいないのよ」

「まあ仕事がどんどん舞い込んでくるのなら、誰か付けることになるけど。それもこんな弱小プロダクションじゃ望みは薄いわね」


「仕事がたくさん舞い込んで来たら専属マネージャーになってくれる?」


自信満々に笑顔で問いかけられる。困り果て叔父を見る。困り果てながらも仕方なく頷く叔父。


「いいって。お姉さんに専属マネージャー、約束ね」


「・・・・・」


可愛い。

まあこんな小さな子だ。小さな仕事でも付き添いは必要だろう。仕事があるかどうか、これが問題だけど・・。


役者志望という愛くるしく、感情豊かな少女はその場で所属契約を交わした。



委託されているCM起用に小学生女子の募集がある。この業界最下層の事務所にも依頼するぐらいだ。低予算で作られ、ギャラも安い仕事だ。数少ない所属してる女の子に面接を受けてもらう案件で、他の数件の芸能事務所にも委託はされていると聞く。競争率は高いが、条件を満たしているので少女にも受けてもらう。


この子には光るものを感じる。5、6年経てばかなりの美少女になるだろう。いい線ゆくのでは?採用されCMからブレイク。ドラマの声が掛かり撮影現場に立ち会って少女を見守る私。そんな未来予想図を妄想する。


いや、そんなに甘くはない。過度な期待は禁物だ。自重しろ私。


しかし、あのみなぎるような自信は何かを持ってるのでは?あの子レベルを超える可愛さはそうはいないのでは?


私が浮かれてどうする?いくら可愛くても厳しく運に左右される世界。


と、一人で悶々と問答しているうちに少女はCMに起用された。



「タカっち、やったよ!合格したよ!」


胸に飛び込んでくる。嬉しかった。CM起用されたこと。何より少女が私を慕い信頼してくれることに。妄想は現実となり初仕事として少女と行動を共にすることになる。



CM撮影のロケではディレクターやスタッフともうまくやっていた。驚くほどコミュニケーション能力の高い子だ。物怖じしない性格で、役者未経験だが演技力はテレビに出ている子役を凌駕している。


正直もっと知名度の高い仕事で勝負させたかった。


CMは地元食品会社の一押し商品、栄養食を売りものにしたダイエットバー。味は悪くはなく、カロリーも低く大衆受けしそうな物だが、似たような物はいくらでもあり、地味な印象は拭えなかった。社運を賭けているそうだが、そんなに売れるとも思えなかった。



無事撮影は終了してCMの完成。会社上層部での試写会が披露される。


会社側のコンセプトはダイエット、低カロリーを全面に押し出し、企画、指示書など用意されていたが、CMディレクターはそれらを一切排除していた。内容は少女の魅力と可愛さを全面的に押し出した、あざとさに変更されていた。


責任者は激怒、演出を手掛けたCMディレクターは、契約不履行で訴えられるところだったが、少女の可愛さに誰もが見惚れる映像に、会社社長は当初の企画案よりディレクターのセンスを選択。そしてそれが功を奏し、放映後予想を上回るヒット商品となる。


売り上げは前年度の数倍に達し供給が間に合わなかった。需要を満たす為に生産ラインを増築し、CMはそのままに県内限定から都内へと宣伝規模を拡大し、食品会社は急激な急成長を遂げた。


この無名のCMディレクターも注目を浴び、本年度のCM大賞受賞。後に少女御用達となる。


誇張でもなんでもない、少女の伝説はこの小さなCMから始まった。



CMの反響でバラエティ番組の企画でオファーが掛かかり、話題の少女がスタジオで紹介されると、瞬く間に全国区の顔となる。


それが切っ掛けとなり、同局のドラマプロデューサーからドラマの話しを受け、子役として鮮烈なドラマデビューを果たした。


ドラマの平均視聴率は30パーセント越え。天才子役として一躍時の人となり、剣菱彩の俳優人生がスタートした。


オマケで私も正式な専属マネージャーの座に就任。求めていた夢がこんなに早く訪れるとは思わなかった。剣菱彩はこれ以上望むことができない極上の金の卵だった。



ドラマが放映されると、映画、ドラマと多数の企画、台本が次々と送られてくる。大作や人気シリーズ作、主演作も有り、叔父はそれらを推すがアヤは首を縦に振らず、厳選に厳選を重ね、無名の新人監督の作品を選択。


役柄は主人公の娘。ジャンルは重厚な社会派ドラマ。脚本自体素晴らしい出来だったが題材としては地味な作品。自主制作並みの低予算映画でギャラも歩合制。


叔父は難色を示していたが、私は別に反対はしなかった。アヤが選ぶなら好きなようにさせたかった。叔父も頑なに引かず、この流れや快進撃を止めたくない、次の仕事に繋がる人気作を選んでくれと切実に訴えていたが、


「わかった。今回はわたしの自由にさせて。次は社長の好きにしていいから」


叔父はしぶしぶ妥協した。



そして映画初出演を務め上げる。難解で繊細な役を見事に演じ評論家も絶賛、商業的にも成功を収め、痛烈な問題作である映画は様々な作品賞や監督賞をノミネート、そして受賞する。


アヤも11歳という若さで数々の新人賞を総なめ。話題性の為にか助演女優賞にまでノミネートされるが、大人の事情で受賞までには至らなかった。


これ以上ない成功に、叔父は以降もアヤの意思を尊重する事に決めた。


翌年、映画での初主演を飾り、年度邦画興行収入3桁越えの首位。その後もシリアスからコメディまでジャンルを問わず幅広く演じ、その姿に、演技力に、人々は驚嘆し、熱狂し、社会現象にも発展したほどだった。


男女問わず全ての年代の支持率が上位に食い込み、8年連続好感度1位。年間CMのオファーは50社強。数社の企業の広告塔になるだけに留め、プライベートや学業優先のため露出を控え、映画もCMもほぼ断っている状態。もしくはアヤが興味を惹かれたものでしか仕事を受け付けなかった。


2度ほど長い休養時期があったが、その間も人々の関心度は熱が冷めず、当時からの人気は今現在も継続しており、人気の衰えも陰りもなく10年間躍進中だ。



今回の仕事は海外進出。


数か月前、語学が堪能のアヤはハリウッド映画に興味を示し、オーデションに臨んだ。さすがにこれは早過ぎとも思えたが、いつも通りアヤの好きにさせた。


少数ながら一部アンチは存在する。オーデション前には、「無謀」「人気のぬるま湯に浸かる俳優(笑)」「勘違い女」「モブ役乙」等、僻みや妬みの中傷を浴びていたが、完全実力主義のアメリカで見事アジア人俳優として抜擢。


元々はクレジットの上から5番目の役どころだったのだが、その演技力と存在感に急遽キャラの入れ替え、脚本の修正と、役どころは主役に次ぐ異例の準主役のヒロインの座を射止めた。数少ないアンチも次第に消滅していった。



ロケ期間の1か月は、アメリカ各地を横断する過酷なスケジュールだったが、芝居に対する集中力、精神力、演技に関しては絶対的な自信と、それらを難なくこなしていく。


スタッフや監督の受けはもとより、映画会社上層部からも初期のラッシュの評価は高く、海外進出は成功したと言えよう。進出と言っても本人は外国映画はこれ1本と決めているようだが。



私も10日前まではロケ先で共に行動していたが、最終日まで見届けたかったが、仕事の関係上、後ろ髪を引かれる思いで惜しくも帰国。


2日前に無事クランクアップし、帰国との連絡を受け、翌日の夜に成田に帰国。マスコミ対策でホテルへと直行した。


一晩寝て次の日は大学で授業を受けたいとラインがあり、そして今、才能の塊のようなアヤが私の横、ここに座っている。



「社長の絵よ!ほら!」


小さい額縁の中の油絵。肖像画のアヤ。


「なんか重ーい」


2人で苦笑いする。


「けど嬉しいな」


大切に元の箱に戻す。



「本の進み具合は?」


「来月には完成するみたい」


「やった!」


「アヤが希望した出演者、暫定だけどほぼ確定よ」


書類を渡す。


目を通して、


「赤城さん出てくれるんだ!」


「これが第一稿ね。無理やり拝借してきたの」


「キャー」


喜こび勇んで手に取りページをめくる。



次回作はアヤが企画を通した探偵物の映画だ。正直、仕事でこれほど驚愕し心労したことはなかった。大胆不適、猪突猛進、怖いもの知らずのアヤは、とんでもない非常識な行動に躍り出た。


1年くらい前から、いいアイディアを思いついたと大きく浮かれていた。その後、プロットを自ら執筆。物語をコツコツと形創っていた。


それから半年ほど経った頃、アヤは映画界を引退した巨匠監督に自らのプロットを持ち込みそれを依頼、演出の承諾を得た。


寝耳に水だった。プロダクションもツテも通さずに勝手に巨匠宅へ押しかけたのだ。何の前触れもなく巨匠とアヤは老人と孫のように事務所に訪れ、私と叔父を前に、


「鶴っちと映画撮るから」


巨匠はニコニコと横で微笑んでいる。卒倒しそうだった。



10年前に引退した映画監督、鶴田三郎76歳。舞台演出家からの叩き上げで映画監督へと進出し、代表作、受賞作は数えきれない。


海外の映画界に数々の影響を与えたとアカデミー特別名誉賞を授与。果ては演出家初の国民栄誉賞の経歴の持ち主。邦画界の大御所、重鎮。


手掛ける映画は時代劇、社会派ドラマに問題作、風刺や芸術性の高いものばかり。気難し屋で妥協を許さない第2の黒澤と呼ばれていた。本人はそれを嫌っていたが、それに劣らず完成度も評価も高く、説得力のある画を撮る人物。


意気投合している2人は今後の打ち合わせをその場で行う。アヤの突飛さには耐性がついてるつもりだったが、私も叔父もその場で茫然とするだけ。


何故承諾を?巨匠が探偵物を演出?いや、確か現役中期に探偵物が、あれは政治問題を絡めた硬派なストーリーだ。とても娯楽要素のある映画など撮る人物でも作風でもない。


言うなれば小説喫茶探偵物語の続編のような世界間に、アヤが巻き込まれるような話しだ。あり得なかった。


打ち合わせの最初のうちは和気あいあいとしていたが、段々とその場の空気が重くのしかかる。意見の食い違いが生じたらしく怒号が飛び交う。


「違う、馬鹿者!」


「いーえ、その考えは古い!斬新さを見い出して。少なくとも私を含めた若い世代には、晩年の2作は古くさく理解できなかった。自己陶酔した自己満足の作品。鶴っちもそれは当時のインタビューで認めてたはず」


「・・・・・」


「過去を捨てろとは言わない。過去のいい所と新しさをくっつけ融合させるの」


睨み合う2人。卒倒したのは私ではなく、鶴田映画心棒者の叔父だった。



アヤが年上にタメ口を聞くのは信頼している証だ。特に語尾に「っち」を付けるのは上位互換を示す。一応私も含まれてるが、10年で片手程しか存在しない。


ソファに横になった叔父を介抱しつつ、2人のやり取りを観察する。


巨匠は激怒するもこのやり取りに不平や不満はないようだった。我が強い2人は時には折れ、折られ、お互いの関係を築いていっているようだった。


後に叔父は胃の痛みを訴え入院した。



映画製作の人員は巨匠の鶴の一声で決定。制作会社、スポンサー、配給元もこの2人のコンビに全面的な支援、賛同を得る。断る理由もない。成功を約束された皆得する映画だ。


緻密にプロットを練り上げていくうちに、巨大プロジェクトへと推進。シリーズ化、スピンオフドラマ、ネット配信、書籍化、コミカライズまで視野に入れ、話しがどんどん大きくなっていく。


確執と言ってもいいような意見の軋轢以外は、巨匠は孫のように優しく接し、アヤも甘えている。休憩時にはスマホゲームや将棋を一緒に嗜んでいる。巨匠がアヤにスマホゲームを教え、アヤが巨匠に将棋の駒の動かし方などルールを教える。


凡人な私とは思考が違う2人。年齢差を越えた奇妙な光景。剣菱彩以外決して築けない関係。


末恐ろしい、と言ってもいい意味でだが。どこまで伸びるんだろう。この娘は?100年に1人の逸材。演技、存在感、容姿、才能。全てを生まれ持った完璧超人、奇跡と言っても過言ではない。


そして周りも。アヤが引き寄せるのか、才能のある者同士が惹かれあうのか、

天才たちが集約し大きな成功を収め、そして大成する。


それを10年間見続けてきた。私が生きてる間この娘を超える人間は現れることはないだろう。


しかしその光景もあと2年で、22歳でこの世界から消える。できれば引退などしてほしくはないが。できれば休養宣言までで留めてほしいのだが・・・。



真剣な表情で読み込んでいるアヤが私を見てニヤッと笑う。


「いいねー」


再度読み込む。


「・・・・・」


その完璧な超人も心に闇を抱え込んでいた。仕事もプライベートも順調に見えるようだが、この裏側には数々の懸念が存在している。


5年前の事件で父親が刺殺された。それが元で情緒不安定に悩まされ、躁鬱、自傷行為、自殺願望。事件を解決してくれた探偵所長への依存と恋愛感情。波乱で密度の濃い生活が5年間続いた。



アヤを見る。目をキラキラさせ台本を読み込む姿。


言わなきゃ・・。今朝の連絡。女性助手。雇ったのは半年前。


半年間、喫茶店での出入りをさせなかったのは、新しい助手が居たため。アヤの所長への執着心を考えると、これは逆撫でする行為。


「凄い!」


ビクッ!


「私の思ってる通り、ちゃんと反映してる。プロは凄いねー」


「・・アヤが見込んだ脚本家でしょう?当然よ」


「ああー待ち遠しい!まだまだ撮るの先なんだよねー。ねえ!前に言った髪型は?」


髪を撫でる。


「バッサリ切るのはさすがにね。勿体ないわ」


「んー、ショートの方がイメージ的にいいんだけどな。タイゾーは長い髪が好みだし」


無邪気に笑ってるアヤに、


「ねえ、


「どう、私?」


「・・どうって?」


髪をかき上げる。


「成長したでしょう。もうお子さまとかとは言わせない」


「・・まあ・・大きくはなったけど」


アヤはこの1、2年で急激な成長を遂げた。胸も急激に膨らみ、見る見る背が伸び、ロリ体形から大人の身体へと。


おちゃらけた性格は相変わらずだが、育成は成功し美少女から美女へと容姿は変貌した。恋愛に目覚め、恋する女性が成長を加速するように。


「20になった。告白したい」


「・・・・・」


20歳になったこのタイミング、ついにこの時がきたか・・。


ウインカーを出し、路肩に止める。



「アヤ」


「うん」


「所長さん、戻ってないでしょう」


「問題ない。どっちも好き」


「・・・え?・・アヤ?」


「人間と犬がダメなんて誰が決めたの?私はむしろ望んでもいい。犬だからって障害なんてないよ」


「???」


何を言ってるのだ?この子は?


「犬?・・・犬の方?」


「正確にはどちらもだけど」


「・・・・・」


「アヤ、困らせないで。あの状態で所長さんは告白されるのを望んでいるの?この状況下でただ迷惑なだけ。一番嫌悪される行為じゃないの?」


所長に対しての恋愛感情は把握している。このやり取りはいずれ来るだろうと予想はしていた。想定内だったが、犬に、異種間恋愛までに発展しているとは考えも及ばない。こじらせるのにも程がある・・。


無言で俯いたアヤは顔を上げず、


「だよね・・。タカっちにどれだけ私が真剣か知ってもらいたかった」



「迷惑だけは掛けたくない。掛けられないよ。今は会えるだけでいい。今は・・」


儚げな表情。


「少し仮眠する。着いたら起こしてね」


「ちょっと、アヤ・・」


眠りにつく。


アヤは10秒で眠れる特技を持っている。寝入って幸せそうな寝顔。


今は制御できるが、今後の事は分からないと・・。

芯が強く賢く聡い娘だが、所長に対しての独占欲は異常なまでに執心している。少しでも心や存在が離れてしまうと精神が一気に崩壊してしまう。周りの事も、自分さえも見失い、一気に危うい存在となりえる。


この5年間何度か危機に瀕し、それを綱渡りのように危うくも乗り越えてきた。


新たな助手。若い女性。アヤにとって天敵以外何者でもない存在。癇癪どころかこのままじゃ確実に昔に戻るかもしれない。




喫茶店前。


clauseと掲げられてる看板。


「分かったでしょう?他意はないんだからね?」


アヤは明るかった表情は消え青ざめている。


「・・・・・」



店内へ入る。


「いらっしゃいませ」


ウェイトレス姿の女性が出迎えてくれる。


この娘が新たな助手。舞台経験者、映えるわね。アヤとは別タイプな相当な容姿だ。


ウェイトレスを睨むアヤ。完全に敵とみなしている顔。


彼女はそれに少し怯むが、


「お話しは聞いております。所長は仕事が立て込んでおり、しばらくお待ちくださいとのことです。どうぞお座りになってお待ちを。ただいまコーヒーをお持ちします」


アヤをテーブル席に座らせる。


「そんなに睨まない」


険しい顔から一転、か細い声で、


「タイゾーは私を捨てるの?」


「飛躍し過ぎ。言ったでしょう、ただ雇ってるだけと」


「助手も、ウェイトレスだって私がやるのに。見限るつもりなんだ・・」


泣き出す。


「こらアヤ泣くな。見限るわけないでしょう。5年間あなたを見守ってきたのに」


「でも、でも・・・」


「信じられないの?所長さんのこと?」


「・・・・・」


こういうのは本人抜きで事前に打ち合わせとかしないと。さすがに今回のこの状況は・・。



コーヒーを持ってくるウェイトレス。泣いてるアヤに戸惑いながら、


「お待たせいたしました」


コーヒーをテーブルに置く。


アヤは涙目ながら睨みつけ、


「タイゾーのこと好き?」


「・・はい?」


「アヤ、やめなさい」


「どうなの?」


「・・ええ・・所長は、好きですよ」


ボロボロと涙を流すアヤ。


「え?え?」


アヤは立ち上がり事務所のドアへと駆け寄る。


「まだダメよ!」


「アヤです。20になりました。入ります」


事務所の中へ。



オロオロとしているウェイトレスが、


「あの、私、何かまずいことを?」


この娘も事情は何も知らされていないか・・。


不安げなウェイトレスを前に立ち上がり、


「あなたは何も悪くありません。驚かせてすみませんでした。剣菱彩のマネージャーをやっております、高部です」


名刺を渡す。


「相川、千仍です」


「率直に聞きます。今の所長さんに恋愛感情は抱いてますか?」


「?」


キョトンとするチヨ。


「愛情以上の感情をお持ちですか?」


「・・ないです。・・だって犬ですよ」


「昏睡状態で入院している人間としての所長さんには?」


「・・人間だった時知りませんから。それに私彼氏いますし」


とりあえずこの娘は敵ではない。安心する。


「変な質問ご免なさいね」


「・・・・・」


「御覧の通りですが、アヤは情緒不安定です。5年前の事件知ってますよね」


「・・ストーカー事件ですよね」


「ここの探偵社に依頼しなければ、アヤは最悪な事態に陥っていました。所長さんは警察よりも迅速に動いてくれて、犯人を捕らえ、アヤを救ってくれました」


事務所のドアを見る。


アヤは所長が何とかしてくれるはず。私は信じてここで待てばいい。今までもそうしてきた。そしてこれからも。


「今日は長くなりそうね」



5年前、



12終わり



13 俳優 剣菱彩 (中編)


 





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