知恵の鐘
その街には不思議な言い伝えがあった。
「空に真の暗闇が訪れる時、支配者の
終わりが訪れ、欲の罪人らの時代が終わる」
「痛っ!」
僕の一日はまずこれで始まる。 またお前かぁ…。
傷のできた鼻をさすりながらベットから降りると、いつものようにチッチという母が拾ってきた猫が踏ん反り返っていた。
「欄太、ご飯!」
「今行く!」
目覚まし時計も壊れてしまいそうな大声で呼ぶ母に負けじと、返事をする。
階段をあくびをしながら、滑り落ちないようにゆっくり降りていると玄関に知り合いが立っていた。
「遅いぞ、早く支度しろよ」
「いつもごめんね。連君。うちの子が。ほら欄太!友達が待ってるんだから早く食べちゃいなさい!私はもう行くからね!」
と言うと母は早々とその友達の横を通って仕事に行ってしまった。
「君の母さんも大変だね。」
「いつものことだろ。」
「なら少しは早く起きたらどうなの?」
連は欄太を呆れたような目で見て言うのだった。
着替えを二分で済ませ、朝飯を腹に流し込むようにして食べ終わると、二人は走って学校に向かった。
「そういえば…連、今日帰ったらあのでっかい鐘の掃除しなきゃいけないんだっけ?」
「そうなんだよ…毎週金曜日が憂鬱で、憂鬱で」
「寺の子ってのも、大変だな」
連は街の中心にある寺の子供で、野球部でもないのに坊主である。コンビニのファッション雑誌に載っているイケメンモデルの髪型を見ては、自分の頭と照らしあわして涙を浮かべてる。
いつかカツラを買ってあげよう…。
学校が終わり、夕方頃になると金曜日は連の住んでる寺に行き一緒に鐘の掃除をする。その代わり朝は登校中に僕の家に寄ってもし母が自分を起こしてくれなかった時の為に、起こしに来る。
これが僕と連との間に結ばれた約束だった。とはいえ、こんなに大きな鐘の掃除をするのは疲れる。
「ふぅー、終わった」
そう言って掃除を終えた欄太は鐘のそばで座り、連は家に戻って飲み物を持ってきた。
「しかし、この鐘不思議だよなぁ」
「不思議って?」
飲み物を渡すとなにげに呟いた欄太の言葉に連が聞き返す。
「だってこの鐘、金曜日の夜12時に誰かが鳴らしてるんだろ?
しかもその鳴らしてる人を見た人がいないって」
「うん。夜12時は寺から出るなって昔から言われてる。」
「一体誰が鳴らしてるんだろうな。」
すると連は欄太の側に近づきこっそり話し始めた。
「それがさ、僕昔気になって12時に鐘を見に行ったことがあるんだけどさ、誰もいなかったのに鐘が鳴ってたんだよ。」
「え?嘘だろ?誰もいないのに鐘なるわけない。見間違えだろ。」
「ま、そうかもね。だって鐘の音が鳴ってた時、鐘は揺れてなかったし、寝ぼけてたかも。」
と少し不気味な話を連は笑い話にしてしまった。
「て、もうこんなに暗いじゃん!母さんにどやされる!」
「あ、ホントだ。もうこんなに真っ暗…、でも星も月も見えないけど。」
欄太は空を眺める連を気にも止めず帰り支度をする。
「じゃあ、また来週!」
「うん、気をつけて。」
連が手を振ろうとしたのを見た時には、欄太は家への道を走っていた。
「た、ただいま〜…ってあれ?」
恐る恐る家のドアを開けるといつもなまはげのような顔をした母がいなかった。と同時に欄太は異変に気がついた。
「5、5時!?いやでも外はもうこんなに真っ暗なのに…」
5時の空とは思えない暗闇を欄太は疑うが、まあいいかとドアを閉めてしまった。
その街には、大昔から脈々と受け継がれてきたことがあった。
それは誰にとっても耐え難いことだった。しかし、皆それを受け入れ今に至った。そして、それはまた終わりを告げようとしている。
「欄太!欄太!起きて!変なのよ!」
その日、僕を起こしたのはチッチが僕の鼻を噛んだとき痛みではなかった。
「なに…母さん…まだ7時くらいだよ…」
眠たそうに返事をし、目をこすりながら階段を降りると明らかに様子のおかしい母に欄太はどうしたの?と駆け寄る。
「空が…」
母はそれ以上何も言わなかった。
「何これ…」
欄太はその意味が空を見てようやく理解した。
「なんで空がこんなに暗いんだ…?」
その光景は暗いというより、空が暗闇に飲み込まれたという表現の方が近いのかもしれない。ただ二人はその異様な空を前に声を出すことができなかった。