未来人の過去
方向性は決まった。
闇雲に動くよりも明確な目標と意思を持って行動する方がいい。
効率もよく、結果にも繋がりやすい。
向上心は大切だ。
人を強くしてくれる。
求めるその先へと導いてくれる。
例えそれが、後ろ向きであったとしても。
後ろ向きに後ろに進んだならば、それはもう前に進んでいるではないか。
勿論それは前を向いて前に進むことと同義ではない。
そんなことは当然で、後ろ向きに後ろに進んだ人間には前は見えない。
前を向いた人とは背中合わせになって、決して互いを見ることはできない。
だが、誰にだって向き不向きはあり、誰もが前だけを見て自分の人生を歩めるわけではない。
そんなこと誰もが知っている。
そんなこと誰もが知っている。
そんなこと誰もが知っている。
そんなこと誰もが知っていると信じて疑わない優芽は、何かしら前を向ける手がかりを掴んで進む者の方が多いことを知らない。
何も知らずに、勝手に自分で世界を定義して。
殻に篭もる。
「どうしようかな……」
優芽は午後の授業をサボってふらふらと町に繰り出していた。
授業をサボるのは、この今の世界では初めてで、優芽自身の経験としては初めてではない。時間を繰り返していたあの時期には、一度受けたことのある授業などそっちのけで綾文綾と櫛咲櫛夜を別れさせる方法を考えていた。
状況は違えど結局同じ程度の問題で困っている優芽は改めて自分自身の思慮のなさ、成長できていない事実に打ちのめされている。
「奏音……怒って……ううん、悲しませちゃったな。おかしいな。奏音が悲しむ必要なんてないのに」
こんな自分の為になんか、奏音が悲しむ必要はどこにもない。それが優芽の本心で、自分という最低評価を下した人間未満の怪物に、どうして奏音はあんなにも必死になれるのかが本気でわからない。
もっとも、良くも悪くも他人のことなどわかったことがない。
イコール。
「まぁ、考えても仕方ないことについては、一旦保留。今後わかることがあればラッキー、くらいにしておこう」
保留と称して目を逸らすのは得意である。わからないことは全て後回しにしておく。
あれこれ考えていられる時間があるならばそれもいいが、今の優芽にはそれがない。正確には、あるかどうかがわからない。
やることは既に決めている。
だが、方法がわからない。
「どうやって? は、いいか。なんか、時間を巻き戻す力の、応用編みたいな。戻すより進める方が簡単そうだし」
適当なことを言ってみる。
現代科学では時間に対して、加速も減速も逆走も達成できていない。理論だけで言うならば、光速で物体が移動すればするほどその周囲の時間の流れがスローになるという話であるが、それが本当なのかどうかの判断は優芽にはできない。
どちらにせよ時間を操ることとは少し違うだろう。
「やっぱり問題は、何故? かなぁ。奏音に言われるまですっかり忘れてた」
優芽はたまたま目に入ったファミリーレストランに足を運ぶ。平日の昼過ぎというこの時間に制服の少女が一人来る場所ではないだろうに、店員は輝かしい笑顔で優芽を席に案内した。
店内は優芽の想像よりは繁盛しており、奥様方の集団もあれば老夫婦の姿もある。
さすがに制服姿の客は優芽以外に見られないが、興味がないのか、誰も優芽のことをじろじろ観察しようとはしなかった。
コーヒーを注文しようとメニューを手に取るが見当たらない。どうやら単品で存在しておらず、ドリンクバーの中に含まれているらしい。それならそれでいいか、と優芽はドリンクバーを単品で頼んだ。このときばかりはさすがに店員が怪訝な表情を浮かべたが、教育が徹底されているのかすぐにいつもの笑顔に戻って一品料理を勧めてきた。丁重に断り、さっさとコーヒーを手にして落ち着く。
「あぁ、だから、忘れたんじゃなくて、目を逸らしてただけなんだっけ。私の能力が発動したんなら、私にとって大切な誰かが傷ついているはずだって、前提」
忘れたつもりはないが、言われるまで思考の表層に浮かび上がってこなかったこともまた事実である。
昨日がスキップされてしまっていた事実が衝撃すぎて、緊急事態に脳の思考リソースを奪われていたため仕方がないとも言える。
「場所は、どうでもいい。けど、何を、は大事。結局、私は、『何を』『どうして』『どうしちゃったのか』なんだよね」
何を、という部分の一つは時間が該当するのだろうが、問題はそう単純ではない。
何故、に関わってくるが、優芽は何かを正すために時間を操ったはずで、その事象に対して今回の優芽は自覚が無い。それがどうしようもなく気持ち悪い原因である。
誰が傷ついた?
誰が悲しんだ?
何を正した?
何を思って正した?
何かを正した時点での夢叶優芽はどこへ行った?
そもそも昨日はどこへ消えた?
「……はぁ」
関係者は誰だ?
夢叶優芽は確定として。
奏音は?
友莉は?
綾は?
光は?
それ以外の生徒会メンバーは?
夢叶萌映は?
綾文紀実は?
櫛咲玖亜は?
「……」
そもそも今の自分が大切な人として認定しているのは誰だ?
誰が大切で、誰が大切でない?
そもそも、何故傷ついた?
卒業式のどこに、怪我をする要素があるというのだ?
この事態に気付いているのは自分だけか?
或いは他に黒幕がいるのか?
「……うん? …………」
思考を止める。
違和感がどこかを掠め、それを手繰り寄せるように空を掴む。
怪我?
「するわけ、ない」
優芽は卒業式の段取りを思い返す。
開会の挨拶。
来賓紹介。
国歌斉唱。
卒業証書授与。
送辞、答辞。
校歌斉唱。
閉会の挨拶。
「……登壇するとき? ちょっとは高いところに行く。けど、走ることもないし変な行動をするはずもない。特に、綾文会長と光瀬先輩は絶対にしない」
三年生以外は登壇しない。椅子に座って、必要な時に立ち上がるだけ。万が一にも怪我はありえない。
卒業式に参加するのは主賓である三年生とその保護者、送り出す二年生、それに教員。一年生は参加しない。
卒業式、というイベントに目を向けていること自体が間違っているのだろうか。
「あぁ、いやいや。そうじゃなくって。そうじゃないんだって。違くて違くて」
そんな、あったかどうかもわからない謎を解明したいわけではない。警察でもあるまいに、一般人である自分にできることは、自分が知っていることを知ることだけ、自分が知らないことを知るだけである。
「考えるべきは誰が? だった」
最も大切なことは、この問いに集約される。
友莉、そして奏音と話した優芽は自分の結論をすぐに出した。
それは、残酷なまでの自己犠牲。
「私にしないといけない。私じゃないと、困る。黒幕なんていなくていい」
時間を操り、優芽の時間を一日進めた者がいる。どのくらいかはわからないがある程度未来の記憶を持った優芽を過去に戻し、友莉と接触させた者がいる。
優芽が出した結論は、自分が全てを解決して、解決した上で全てを歪めてしまうこと。
自分が元凶だと言うならそれでいい。
もしも自分以外の誰かが引き起こしたと言うのならそれは直す。
正しい姿は、欲しい事実は、在るべき真実は、『夢叶優芽は結局前に進むことが出来ず、周り全てを巻き込んでまたしても事件を起こした』それだけである。
そのため優芽の心は自分でも驚くほど落ち着いていた。
自分が犯人であると決めてしまった事件ほど容易く解決できるものはない。
まずは事件の結果を知ること。
何が起きたのか。起きているのか。結果だけ、表面だけでいい。具体性はあればあるほどいいが、なくてもかまわない。
だが、誰もが納得できる理由は必要だ。
誰が過去に来たのか、誰が未来に来たのか、それとも全く別の現象が発生しているのか。
できる限り情報を集めること。
可能であれば真犯人も調べておきたい。最終的に自分にしてしまうにせよ、論理性が崩れて嘘がばれるような事態に陥りたくはない。
尤も、優芽は嘘が得意であまりばれたこともない。
口数の少ないことが有利に働くこともある。
「現状を、精査しなくちゃ……」
優芽は決意を新たに、この事件と向き合う。
「えぇ……」
と、決意新たな優芽に無情にも訪れたのは。
二月二十二日、木曜日。
またしても、一日飛ばし。
朝起き上がってすぐにカレンダーを確認した優芽は、自分に再び時間の欠落が発生していることを知った。
教科書類の準備は相変わらず出来ており、昨日の自分がきちんと今日のために用意してくれていることはわかる。
部屋に違和感はない。いつも通り、物も少なく空っぽのまま。
親の反応も普通。何も変わらない。親に心配をかけるような真似はしていない。
日記も異常なまま。夢叶萌映なる人物が登場する優芽の知らない物語がそこにはあって、ここではないどこかの話が紡がれている。
優芽の心象を一言で表すと、もう滅茶苦茶、である。
「え、なに? 今回は一日スキップの能力か何かなの? 意味ある? それ」
思わず独り言を発しながら制服に着替える。毎日繰り返した動作であれば、考えずとも体が動く。思考する余裕が生まれる。
「早く大人になりたいとか? 人生短縮計画?」
とはいえ行動しながらの思考は大したことにはならない。熟考のレベルには到底たどり着かない。
考えたところでさすがに一日ずつ飛ばされる理由がわからない。
メリットが浮かばない。
「えっと、まずは私がやったなら、でブレストしてみようかなぁ」
私、という曖昧な単語を使ってみる。
考えやすい。
「体育祭。私は、大切な人が傷つく姿を目の前で見た。見てしまった」
結果。
時間を巻き戻した。
巻き戻す時間は毎回決まって二ヶ月ほど。体育祭は六月で、優芽が時間を巻き戻すとそこは四月の景色が広がっていた。長いとは感じなかった。むしろ、十分に準備するには短すぎるくらいで、もっと、それこそ一年以上巻き戻してくれればいいのにと何度願ったことかわからない。
「その後。私は自分の為だけに、我が儘に生きてみた」
我が儘に、時間を巻き戻した。
この頃にはもう、傷つく誰かのことなんてどうでもよく、ただ綾文綾に振り向いて欲しい一心だった。
特殊な自分の能力と、それでも変えられない自分とで世界に嫌気がさしていた。
嫌になる権利すら与えられていなかったはずなのに。
「けど、わかりやすい。一個は、大切な友達の為に時間を巻き戻した。うん。もう一個は、自分自身の想いの成就のために時間を巻き戻した。うん。わかりやすいわかりやすい」
ぶつぶつ呟く優芽を母親が奇妙な目で見つめる。
その視線を無視して、しかし平らな声で「行ってきます」だけは口にする。
親に心配をかける真似はあまりしたくない。
親など、普通に元気に生きていたって心配する生き物なのだから、余計にそう思う。
言葉を口にするのは控えておこうかと考えながらも思考に追いついてくれない口はべらべらと動き始める。
「わかりやすく考える。何かが起きた。私は自分の得を考えた。なので私は時間を一日飛ばすことに、した……?」
繋がらない。
決定的なピースが欠けている。
「考え方を変えてみる。例えば、昨日の私が昨日の記憶を消した。だから昨日の私の行いは消えていなくて、けれど私の記憶は抜け落ちているとか」
思考を数秒。
「その場合、少なくとも昨日の私は、一昨日の私の状況を踏まえて、今日の私が困ることを知っていながら何も思考の助けになるものを用意せずに記憶を消したことになる」
はて、と首を傾げる。
「……悲しいことに、その性格の悪さは、ありそう」
自分のことは誰よりもよく知っている。
性格は悪い。
負けず嫌い。
自分に対して甘えを認めるかという問いに対しては、圧倒的に否定を返す。
「でも、そんなの、それこそ時間を巻き戻せばいいのに」
もっと簡素に、と優芽は頭を回転させる。
わからないことは難しく考えがちである。知ってしまえば簡単であることも理解できるのだが。
ざっくり、大胆な仮説の方があれこれややこしく考えた推論よりも真実に近いこともある。
そもそも、奏音の予想通り生徒会の誰かしらが事件を引き起こしたならば、考えるべきは所詮高校生の脳内で。優芽の想像の範疇に収まる気が、優芽自身している。
「私が見ている現象のまま、誰かが私を未来に送っているなら、その理由は……未来を、避けるため?」
来るべき未来を避けて、一日飛ばせば優芽は昨日を回避できる。そうすれば昨日起きたはずの悲劇を優芽は回避できる。
ただしその場合やはり、悲劇は回避できて、優芽が昨日の宿題を済ませ今日の準備も終わらせている理由は見つからない。
「理詰めじゃなく、もっと感情的に、私らしく厭らしく」
一日がなくなった。
昨日が失われた。
夢叶優芽は明後日へと跳躍した。
昨日の記憶はない。
だが、昨日の実績はある。
優芽のエゴでこうなっているという前提は崩さずに、状況を考える。
だから思考すべきは、徹底的に間違いようもなく綾のことである。
「第一……幾ら私だって、約束を破るからには、破るなりの理由があるよ。幾ら私だって! 狂って間違えて異常が正常な私だって! 変われてやいなくたって、根本が同じままだったとしたって、親友は、親友だよ!」
奏音に対しては、あえて友情を壊すような真似をした。
幾分かは本心も混じっている。
だが、全てが全てあのまま、あの言葉のままなはずがない。
優芽は自分のことを信用していないが、どこまでも友莉と奏音のことは信用し信頼している。
その二人が疑う自分のことなどどうでもいいが、その二人を想う自分の存在は確かにあると信じていられる。
自分がベースではなく、友莉と奏音がベースになっているからこそ、絶対的に信じられる。
自分自身が変わったとはこれっぽっちも考えていない。
だが、あのとき。
体育祭を経て信じた絆だって、変わっていない。
夢叶優芽は、自分自身を平気で裏切り赤の他人を平気で裏切り大好きで大切で愛している形が変容しきってしまった綾文綾に対してはある意味で裏切ってしまうが、親友である友莉と奏音の事は絶対に裏切らない。
二人との約束を破って時間を操る何かしらの不思議を優芽が起こしたというなら、優芽にとっては約束を反故にしてまで、どうしても必ず起こさねばならなかったためである。
「綾文綾さん。綾文会長。綾文元生徒会長。大好きなあなたのためなら、きっと私は、全てを間違えてでも、全てを操るんだろうね」
間違いも正しさも、とうの昔に消え失せて、残っているのは今ある感情だけで。
間違いだけなら、清く真っ直ぐな誰かに正して貰えばよかった。
正しいだけなら、第三者にとっても正しいと思えるのか問えばよかった。
「やっぱり、この事件、私が犯人で……綾文さんに何かがあって、私はそれを正している。修正している。巻き戻している。変えようとしている。直そうとしている。なかったことにしようとしている」
一緒だ。優芽はそう思った。
体育祭と同じことを繰り返している。
あのときだって自分一人で抱え込んで、誰にも相談せず勝手に動いて失敗して、いつの間にか本来の目的を見失ったはずだ。
そのはずの優芽は、またしても何故か、同じ事を繰り返している。
現時点で把握している、認識下における優芽は奏音に相談しかけて完全に関係を遮断した。抜け落ちている昨日や一昨昨日の優芽もまた、友莉や奏音の反応を見るに誰にも何も相談していないものと思われる。
むしろ、友莉には「明日何も知らないはずの自分が喋りかけに行く」などと未来に関する発言をしている。
一昨昨日の自分はどうやら一昨日の自分の行動を知っているらしい。
だが、困っていることを知っているにも関わらず、手助けは一切なし。情報共有も一切なし。
綾を助けるため、というだけなら過去に戻った未来の自分がもっと何か過去に対してアクションを追加していてもいいくらいである。
「過去に戻った未来人が、何も喋らないのは……何で?」
「時間に怒られるから、じゃないですかね?」
「え……」
独り言に突然返事が返ってきたことに驚き、優芽は顔を上げる。
見慣れた通学路の景色と、時間に余裕を持って登校する同じ幸魂の生徒達。寒さに震えてポケットに手を突っ込む男子生徒もいれば、可愛らしい毛糸の手袋をしている女子生徒もいる。
優芽はそれら姿を見て、そういえば考え事をしていたら寒さも何も感じなかったななどとぼんやり思考しながら、返事の主の目を見た。
少々吊り上がり鋭さを持つ目。しかし快活な笑みを浮かべた彼女から威圧の雰囲気は一切なく、むしろ人懐っこい小動物的な愛らしさすら滲み出ている。
背は平均程度で、優芽もそれほど見上げることなくその目を見ることが出来た。
生徒会庶務、優芽にとっては後輩にあたる織上詩織がそこにはいた。
「あれ、みもりちゃんは?」
「みもりですか? 今日はちょっと置いて来ちゃいました。あんまり聞いていたい話じゃないでしょうし」
「聞いていたい話って、ええと」
「嫌だなぁ。先輩が言ったんじゃないですか。明日の朝この時間にこの場所を歩いているから話しかけて欲しい、ってやけに具体的な指示をくれたの、もう忘れちゃったんですか?」
「な、な、なにそれ……」
またしても、自分ならぬ自分の介入。中途半端なところまでご丁寧に似通っている。
昨日の記憶はないのに、確かに昨日の優芽は誰かに働きかけている。
それも、未来の自分に対して、確実に。
最初に時間が飛んだ時には、友莉に対して体操着を貸して貰うようにと伝えていた。その結果として友情に亀裂が入ることになると、友莉に何かを話した優芽が把握していたかはわからない。
そして昨日の優芽は、純粋に素直に考えるならば友莉と奏音との決別で誰にも頼れないと考えた優芽の脳内に反し、後輩である詩織を差し向けている。
友莉に関しては朝早くの教室、というわかりやすい場所であったが、詩織に対しては通学路の途中である。いくら具体的な時間の指定があったとしても中途半端すぎる。この場所である意味があるのだろうか、と勘ぐりたくもなる。
普段は同じ学年で家が隣の親友みもりと一緒に登校している詩織は、わざわざ優芽に合わせて一人、早くに登校してきてくれたらしい。
「ま、どんなお話をされるのかは全然聞かなかったので、ひょっとしたらみもりの話なのかなって勝手に思ってましたけど。けど、けどけどですね。なるほどです。先輩、どうやら困ったことになっているようですね」
一人で解決するのではなかったのか、といるのかいないのかわからない昨日の自分に恨みをぶつける優芽は、大きく溜息を吐いた。
そして、人選についてもなんとも言えない。
適任のようにも、不適にも思える。
詩織の能力自体は十二分に買っている、どころか優芽は自分よりもよほど後輩が優秀であると考えているので能力的には問題なしだが、如何せん後輩は後輩である。
先輩ならば後輩にいい姿を見せたいと思うのは普通であり優芽にもその感情がある。
だが、思えば現在の生徒会の後輩三人の内二人を勧誘したのは優芽であり、その際に伝えたのは自分が如何に無能か、という部分だった。
つまり、今更格好付けても仕方がないということであり。
確かに相談する選択肢としては間違ってはいないように思える。もう誰にも相談しないと誓った割にはお粗末だとは自分を蔑むものの、結局自分一人では解決できなかった、ということなのかもしれない。
「過去に戻った未来人なんて、何も話せないですよ。何も。そんなこと先輩が一番良くわかってるじゃないですか」
「えっと、詩織ちゃん。詩織ちゃんは、その、今の状況をわかってるの?」
「状況? はて? 先輩に詩織ちゃん先生がお悩み相談教室を開く場なんだなって今理解しましたが、それだけですね」
助け船を求める癖に相変わらず何も話してはいないらしい。そして相談を受ける側である友莉も詩織も何も話さない優芽のことを信じすぎである。
優芽も同じような相談のされかたをすれば細かいことなど訊かずに指定された場所へと赴くだろうが、もう少し疑ってもいいように思う。
「先輩てばまた過去に戻ってきたんでしょう。お転婆さんですね。仕方ないですね。今度は誰を救うために戻ってきたんですか?」
「いや、あのね。ちょっとよく、わかんなくて」
「おお、じゃあヒントを求めて私を呼んだわけですか。慧眼ですね。さすが先輩!」
「え、それ褒めてるの私? 自分?」
「りょーほー!」
このいまいち掴み所のない詩織だが、これでも彼女が同じ一年生の同級生と会話する際には突っ込みに回っている。先日みもりの恋愛相談に乗っていたときがいい例である。
その普段の印象が強いものの、一対一で会話すると案外突っ込みを求めてくるタイプなのかもしれない。
「先輩の独り言、聞こえましたよ」
「……過去に戻った未来人は、何も喋らない?」
「その通りです。いつかの優芽先輩は大切な親友を助けるために過去に戻りましたね。そしてそれを伝えなかった。理由をちゃんとは知りません。次に優芽先輩、ちょっと精神を病んで綾文先輩のために過去に戻ります」
詩織目線だとあの病み方はちょっとで済むらしい。彼女の基準がやたら緩いが大丈夫だろうか。
「何も言いませんでしたね。後ろめたさからか、途中経過に興味がなかったのか、それもわかりませんが」
実際には、時間を巻き戻しているという能力の話は生徒会の全員に対してしていた優芽だが、それは自分の想定と異なる未来に動いてしまうのを防ぐためであり、それ以上の意味合いはなかった。
と、勝手な解釈を優芽自身はしているが、その本心は単純で明快で、助けて欲しかった。
「何も言わずに助けて貰おうとしてただけ、だけどね」
「そんなの誰だって一緒ですよ。言葉にするのは面倒ですからね。相手が大切であればあるほど、何も言わずとも理解していて欲しいものです。口では、全部を言い合える関係がいいって言いますけどね」
「詩織ちゃんでも、そう?」
「当然です。私だって優芽先輩と一緒です。いえ、結局大切な人を救えなかったって意味なら優芽先輩よりもずっと酷い。私も何も言えませんでした。全部消して、全部隠して、全部捨てて、その覚悟をして。みもりが、まぁ、無知なまま壊しちゃいましたけどね私の覚悟とかいうちっぽけなものは」
恐らくこれは文化祭の時の事件のことを言っているのだろう。
優芽にとってみれば、気付いたときには終わっていた事件になるが、後輩であるみもり、そして詩織を中心とした、親友を助け助けられ自分自身を助け助けられを交錯させた不思議が文化祭の裏では起きていた。
結果は詩織が話した通り、みもりが全てを壊して、そこまで。
「それで? 先輩?」
「うん、なに?」
詩織が笑う。
不敵に。
「先輩は、どちら様ですか?」
「……………」
「優芽先輩じゃないですよね。誰ですか?」
誰なんだろう。
優芽は詩織の言葉に、思わず。
「うん。そうなんだ」
頷いてしまった。