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心象を操るのは  作者: 安藤真司
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醜く映る

二月十八日。

日曜日。


 週に一度の休日にやることはそう多くない。

 家族と団らんしたり、取り立てて興味のない旅番組を流し見たり、宿題や予習復習をしたり、読書をしたり。

 ああそうだと思い出して、体操服を畳んで入れた手提げ袋を玄関に置いておく。優芽のクラスは体育が月曜と金曜にあり、持って行くことを忘れないように、日曜日の昼には玄関に置いてしまっている。

 優芽には趣味らしい趣味がなく、強いて言えば読書はそうかもしれないが、しかし一日中読んでいられるほど没頭することはない。

 そもそも一日という時間はあまりにも短すぎて、明日の為にやらなければいけないことを片付けるだけで瞬く間に過ぎ去ってしまう。

 古今東西、時間を操らんとしてその生涯を終えた学者が大勢いるのだと聞くが、果たして彼ら彼女らの生涯はどれほどの体感時間だったのだろうか。

 科学者が時間を超越する術を身につけたとして、まず最初に何をするのだろう。

 過去の過ちを無かったことにするだろうか。

 未来の技術を我が物にするだろうか。

 優芽は思う。

 科学者というものは心の奥底ではタイムマシンが完成しないことを祈っているのではないだろうか。タイムマシンなどといった特殊なデバイスに限らず、人は自分の目標に到達してしまうことを本当は望んでいないのではないか。

 我々人類の歴史とは、いや、歴史という言葉自体が、時間の流れが過去から未来へ無限に流れていくことを前提にしている。

 無限だ。有限ではない。

 世界に始まりも終わりもない。あったとしてもそれは人からすれば無限に近似できてしまうほどに大きく、つまり人は生まれてすぐに死ぬ。

 生まれたからには、何かを成し遂げたいと思うのは傲慢なのだろうか。それとも、人として生まれたなら誰しもそう考えるものなのだろうか。

 自分にしかできないことは一体なんだろう。言い換えれば、自分が生まれた意味はなんだろう。生まれたこと自体は親に理由を求めるとしても、生き続ける理由はなんなのだろう。

 考えることは怖い。

 終わりがあることは怖い。

 例えばタイムマシンの完成を生きがいにした研究者は、もしも偶然完成させてしまったらその後の人生をどう過ごすのだろう。

 きっと虚ろで、無意味で、つまらない何かが待っているのではないだろうか。

 終わらないからこそ人は目標を立てることが出来て、道の半ばで死ぬから誰かに見て貰える。どこまでも遠く、果てしない彼方で死んだ人のことを誰が見つけられよう。

 だから人は進まない。

 進んでいるつもりで、進まない。

 ゆっくりゆっくり、各々目標が達成できないペースで進んでいく。 

 六日の菖蒲(あやめ)と揶揄されようとも、終わらないための手段であればそれが正解だから。

 それが正しい人の生き方。

 それが最低限のルールで。同じルールの元に人は日々を生きている。

 けれど、終わる終わらないに関わらず、人は過去には戻れない。

 戻れないから必死に生きて。

 戻れないから必死に選んで。

 戻れないから間違えて。

 戻れないからどこまでも絶望する。

 だが、戻れないから本物のはずで。

 本物は本物だから唯一で。

 唯一だから二つとはなくて。

 二つとはないからやっぱり皆で奪い合う。

 本物なんて偽物を手に入れたら終わってしまうことを知っているくせに。終わりたくはないくせに。

(まったく、最近こんなことばっか考えてる。こんな無駄に、無意味に、日々を生きていていいのかな)

『無駄じゃなかった日々などお前にはないだろう』

(そうだったね)

 幻聴が聞こえる。否、もはや幻などではないこれを幻聴と呼び続けることも無理があるだろう。幻聴でなければ何であるのか、優芽には言い表しようも無い。

 内なる自分かどうかも曖昧な存在をどう呼べばいいのだろう。

 ……。

(ねぇ。あなたのこと、どう呼べばいい?)

 初めて自分から尋ねてみる。

 一方的な言葉しかかけられてこなかった幻聴に対して、自分からアクションを起こすのは思えばもっと早くに試してみてもよかったのかもしれない。そう思い言葉にしてから、比較的攻撃的な口調をしている幻聴の主に対して阿諛(あゆ)の意を示すべきだったかと悔やむ。

『媚びる気がない癖に無駄に言葉を重ねるな。普段からそんなだから、いざ本当に信じて欲しいときに誰も助けてはくれない』

 呼び方については答えてくれなかったものの、反応自体はあった。どうやらリアルタイムに会話が成立するらしい。

 益々意味がわからない。

 確か幼い子どもが視えているのかいないのか、そうした架空の友人とお喋りする現象があるらしい。優芽にはそうした幼少期に憶えがないものの、しかし得てして本人に記憶はなく、後から親に聞くとそんな時代があったらしいという経験を持つ者が多いそうだ。

 自我が芽生える過程で生まれた一種の自己形成なのかもしれないが、一部の研究者はそれが、実は本当に子ども時代の人間には大人には知覚できない何かが視えているのではないかと疑っている人がいるらしい。

 またしてもだ。

 子どもの瞳に何かが映っていたとして、大人に見えないのであればそんなもの研究するだけ無駄ではないか。

 またありもしないゴールを目指しているのではないか。

 それとも世界の側の観測ではなく、視えているらしい子どもの脳内に分野を狭めれば可能性があるのだろうか。見えるとは極論電気信号に過ぎないのだから。電気信号を解読すれば子どもの世界が大人にも解るというのだろうか。

「私のこと、嫌い?」

『お前は好きなのか? 自分のこと』

 優芽は答えづらい質問を質問で返される。だが、自分でなら回答は容易い。

「嫌いだよ。大っ嫌い。物心ついた頃から好きだったことなんて一度もない。私が私でいる限り、私は私を好きにはなれない」

『自分が好きでもない人間のことを尋ねてくれるな。一番仲の良い友人であるところの自分が好きでなきゃ誰が好きになる』

「だよね。そう思うな。だから……だから、奏音と友莉が、ね。少しだけ、ほんの少しだけ怖いの」

 二人には、全部を見せてしまった。

 醜い自分も、こうして自分が嫌いな自分も全て。

 二人はその上で夢叶優芽という人間を認めた。認めてしまった。

 自分が嫌いで認めることなどできやしないはずの卑しい人間である存在を、赤の他人であるはずの彼女らが勝手に認めて許して好きになってしまった。

 優芽には奏音と友莉を疑うという選択肢はもうない。あれだけ自分のことを想い、対等な関係を続けてくれる二人が優芽を認めていないわけがない。

 自分のことは信じられずとも、二人のことは信じられる。

 だからこそ、自分では信じられない二人の信じる夢叶優芽の扱い方が、よくわからない。

 よくわからないがどうやらそれは自分自身のことであるらしいので、結局疑問は自分の外側にぶつけることしかできず、二人は一体全体どんな理屈や感情を表現して夢叶優芽を定義しているのだろうと考える。

 考えたって、他人の思考がわかるはずもないくせに。

「あのさ。じゃあ質問、変えるね。あなたは、あなたのこと、好き?」

『愚問だ。ありえない』

 これもまた、即答。

 椅子に座っていた優芽は一度立ち上がり、大きく伸びをしてからベッドにダイブする。抱き枕でもない普通の枕を胸に抱いて、自身の体温からくる温もりをせめて感じる。

 冷たくはない。生きている証拠だ。

 死んだように生きる自分が生きていると証明できるのは物理的な事実だけ。例えば体温を測れば熱を持っているだとか、心臓は鼓動を続けているだとか、体が動くだとか。

「体が動くとかは、ちょっと、弱いかな」

『ある行為をしようとする。その行動の結果得られるであろう触覚や視覚や聴覚の変化を脳は予測する。予測と実際に行った結果とを比較し、ネットワークの更新を行う。その積み重ねが人であり思考であり、自己だろうな』

「やっぱりそう考えるなら、体が動いたって結果があったからと言って、体を動かそうとする主体の存在は認められても構いやしないけど、そうする主体が『私』でそれも『夢叶優芽』であるって言い切るのは、よくない、よね」

『……お前は誰に認められたら納得が行くのだろうな。私と呼称する咎人の確実性を』

 きっと納得などできやしない。それは、そういう風な人間に、既になってしまっているから。

 生まれてから人がどのくらいの時間をかけて自己形成をしているのかはわからないが、少なくとも十七年の月日をかけた優芽は十七年分の積み重ねで、信じる自分の存在しない虚ろな器としての自己を創り上げてしまっている。

 私は誰か、と問い続け。

 答えがないことに満足する。

 もしもそこに明確な定義や答えなんてものが存在してしまったならば。

 

 それこそ私は『私』でいられなくなる。


「ねぇ幻聴、さん」

『聴いた幻とは悲しいな』

「幻を聴いているのは私、なんだけどな」

 どちらにせよ戯れた言葉だ。

「あなたは私に、何を伝えようとしているの?」

『それを知ってどうする。世界が変わるとは思えんが』

「変える気なんてないよ。ただ、変わりたくは、あるんだと思う」

 一体どうしてこの幻聴が現れたのか、どうやらこれが優芽を断罪するためであるらしいという目的はわかっても、その方法がわからない。

 人為的なものなのか、自然発生したものなのかも判別がつかない。

 ただの精神疾患で片付けてよいものなのか、それとも。

「やっぱり、私の、所為なのかな」

『被害者と加害者と探偵役が合致している、と』

「被害者も加害者も探偵役も存在してない、けどね」

 とはいえ、要約すればその論で正しい。

 幻聴の被害者は夢叶優芽で。

 恐らくこの原因を作っているのは夢叶優芽で。

 今現在その夢叶優芽が原因の探求を行っている。

「そう考えると、状況証拠よりも内面に理由を求めた方が、早い、かなぁ」

『感情に理由などつかない。否、感情に理由など要らない。不明瞭なものを探すよりも確実なものを探すほうが効率がいいだろうな』

「そう。探すことについては否定も批判もしないんだ。そっか、なら、これがきっと私の罪なんだね」

『……』

 無言。

 この幻聴が言うところのユアなる存在も、或いは夢叶優芽が知っているべきである情報で。それを忘れてしまっている今この状況こそが優芽の罪なのかもしれない。情報が少なすぎて優芽としてはそれ以上の予測が一体立たないものの、探すという行為は起こすべきなのだろう。


 して、その状況証拠。


「あんまり、見たくないけど」

 探す、という選択をしてから幻聴は途絶えた。言うことがなくなったからなのか、何かしらの条件を満たさなくなったのか優芽の言葉に返事をすることもなくなった。

 独り言をする趣味はないのだが、ついつい幻聴との会話が続いているかのように振る舞いながら、優芽はとあるノートの束を取り出す。

 それは優芽がこれまでに書いてきた、日記の束。

 高校に入り、綾文綾と出会い、多くの不満とぶつかり、それ以上の幸福に溢れ、そして地の果てまで堕落した自分の様を綴ってきたもの。

 醜い自分の全てと言っても過言ではない。

 ほとんど毎日真面目に書いておきながら滅多に読み返すことはなく、これまでは溜めるだけ溜めて机の引き出しにしまっていたのだが、もしかすると過去の自分が何かしらを残しているかもしれない。

 本当であればこんな恥ずかしいことはしたくないのだが、過去の失敗例もある。事故が起きてしまってからでは遅いということを、誰より痛感している今の優芽はだからこそ、自分にできることはしなければならないという思いも人一倍強い。

 尤もそれは逆に言えば、他の人に相談する気がないことと同義でもある。が、既に珠子には伝えているので最悪のケースは避けられるだろうと安易に自分を納得させてそれ以上深くは考えない。彼女であれば万一のことがあった場合にのみ生徒会の面々を頼って問題解決に走ってくれるだろうという打算的な信頼くらいは優芽の中にもあった。

 そもそも、問題が発生すれば彼女は櫛夜に相談するいい口実ができるわけで、恐らくは泣いて喜ぶだろうと優芽は予測している。無論、優芽の話を現段階で秘密にしてくれているという彼女への評価点もとい事実は棚に上げる。

「これが、最初……か」

 優芽はノートの束を机の脇に置き、その一番上から未だ汚れの見られない水色のノートを手にする。表紙には見慣れた字体で小さく『No.1』と書かれている。日記を書き始めた、その最も古いものがこれだ。

 一ページ目を捲る。

 日付も書かずにただ一言、大きく、『嫌い』の文字。

 苦笑いを浮かべずにいられない優芽の心に熱いものが湧き上がる。

 ――あんなに嫌いだったのに。随分と変わってしまったものだ。

「日記って呼ぶには、ちょっと頭が、足りない、かな」

 それでも日々の感情を記したものに変わりはない。綾文綾に出会った、その激動からこうでもしなければ自分を守れなかったのは事実。

 逃げ口が、捌け口が、どこかになければならなかった。自分の内に侵入した異物が無限に増殖を繰り返して今ある自分を作り変えてしまいそうだった。今いる自分が死んでしまって、新たな自分が好き勝手に夢叶優芽を語るだなんて、耐えられない。

「結果論としては、変えられちゃったし、これでよかったんだろうなぁ」

 勿論変わったというのは殻に篭もった自分が羽ばたいたという意味ではなく、あくまで綾に対する感情に動きがあったという意味である。

 依然、殻を破る気配はない。

「嫌い、嫌い、嫌い……綾文綾さんが、嫌い」

 言ってみる。

 そんな時期もあったなと思いながら、次のページを開く。

「うわ……ひっどい……醜い、や、見にくいかな」

 そこに書かれたのは見開きいっぱいの、憎悪。おおよそ日記とは言えないような内容だった。

 当時の気持ちをなぞるように、小さく口にしてみる。

『優秀な先輩ときっと優秀な同級生。ここは私の居場所じゃない。ここには私の敵しかいない。どいつもこいつも誰も彼もが心だか体だかの健康とか言い出している。心も体も健康な人間に心を病んだ人間の何が解る。体を病んだ人間の何がわかる。少なくとも私は嘘でも体に不自由を抱える人の痛みがわかるだなんて言えっこない。精神も同じだ。一体どうして物狂いの精神構造がお前らと一緒だと思えるのだろうか。一体どうして世界中の誰もが自分たちと同じ価値観で物事を楽しめるものだと思っているのだろうか。ここは世界中と呼ぶほど広くもなければ人種や言語的な意味合いで多様性に富んではいないけれど。表面だけなぞれば確かに何一つ不自由なく生きてきた偏差値だけで評価すればそこそこ頭もいい年齢も近い日本人しかいないけれど。だからなんだ。だからお前らの価値観がこの場の全員に通用するとでも思っているのか。ふざけるなふざけるなふざけるな。皆で楽しく、とそんなことを言い出したがその皆は一体誰のことを指している。私は答えを知っている。楽しんでいることを表明した人間全員が楽しんでいればいい。つまりはどんなイベントをやろうがそれは成功になるし彼ら彼女らの世界に失敗なんてものはない。そんな人間に私はどう見えている。いや、きっと同じに見えているのだろう。例えばここに綴る言葉全てをぶつけたとして、反対意見があるのはわかるが皆で協力しよう、とか。やり続ける内に楽しくなるはずだから、とか。失敗も反対も嫌悪も憎悪も存在しない世界に生きる人間どもには、私を定義できない。私の想いは理解されない。私の存在は不適切にねじ曲げられ、本当は皆と一緒に学校生活を盛り上げたい私の誕生。良かったね。感動。私って器が見えても中身は見えない、見えないことに疑問を抱かない。あいつらにとっては、私が誰だろうと構いやしない。自己同一性など枝葉末節だと断言してしまえるのがあいつらだ。同じ世界に生きているのだから同じ価値観を共有しているのだろうと心底信じ切っているのがあいつらだ。気味が悪い気持ち悪い。幸せがイコールで楽しいと繋がっていることが気持ち悪い。楽しいがイコールで皆と一緒であることが気持ち悪い。楽しいが皆で全く同じ感情で同じ過程を経て生まれるものであると論じていることが気持ち悪い。私は確実に狂ってしまっているけれど、壊れてしまっているけれど、欠けてしまっているけれど。だとすればあいつらは確実に完璧で曇り一つなく蔭り一つなく汚れ一つなく美しいままの存在なのだろう。自分を正当化するほど自分のことは好きではないけれど、それでも私は信じている。私が私らしくあることにおいて重要な一つは、間違いなく自我の存在で。自分を認めて他人を認めることのはずだ。だから私は弱い自分を否定することで認めているし、強い人のことは羨ましい。けれどあいつらはどうだ。他人という存在はいつだってどこでだって誰でもいいし、いっそ自分でなくてもいいじゃないか。そんな生き方はもう人間じゃない。あいつらは人間じゃない。私は人間だ。だからこんな場所は私の場所じゃない。あいつらは人間の姿をしたロボットだ。心があるかのように振る舞う鉄屑。二足歩行ができて、まるで人のように笑い、言葉を使って意思疎通も図れる、ただただ高性能な機械の塊。そう、だからあいつらは不気味なんだ。人間じゃない何某が、まるで人間であるかのように振る舞っているから。不気味の谷だ。だから私は嫌悪する。そう考えれば全部が納得いく。あいつらはプログラムされたことしかできないから。回帰だの誤差逆伝搬だの深層学習だの、小難しい言葉を並べて人らしく、考えている風を演出してくるけれど、結局はあいつらがあいつら同士で会話するための言葉しか話せないから、私とは話せない。表面上、話すことはできるけれど、私が含んだ意味を理解はしていない。私の心は理解していない。私の発した音を文字列に変換して、沢山あるデータベースから類似の会話を探し出して、それらしい返答をしてるだけ。優秀だ。人よりも処理能力が高い。独自のネットワークを使って世界中と繋がっているから話せる情報量も多い。けど、人じゃない。人なんかじゃ、ない。ああ、でもどうして私はこんなにも辛いんだろう。皆が皆ロボットで、私しか人間がいないのなら、何も辛いと思うことないじゃないか。ちょっとプログラミングを学んで、機械は人と違ってスクリプト通りの挙動を示すことを知っていけばいい。そのうちに慣れて綺麗なプログラムが書けることだろう。そうして自分だけが人間であることに優越感でも覚えておけばいいのに。何故私にはそれすらできないのだろう。欠点が何一つなくて非常に優秀、けれど不気味なロボット。欠点だらけで良いところがそもそも何一つなくて、やっぱり不気味な欠陥人間。気持ち悪いのはあいつらも私も一緒か。醜いのはあいつら以上に私だ。心なんてものがあるから私はこんなにも辛くて、無様で。なら、私は、本当はロボットになりたいのだろうか。自分の身の回り全てを肯定してしまえる、全員が同じ価値観を共有するただの集合体の一部に成り下がりたいのだろうか。嫌。嫌だ。そんなのは嫌。そうしたら、今の私が消えてなくなってしまう。それどころか、私が死んでも『私』が続いてしまう。私じゃなくなった私の顔をした誰かが私を演じてこれからの世界を生きていくなんて、そんなの絶対に嫌だ。死ぬよりも、よっぽど辛い。もしそうなるくらいなら私の矜持を守るために自殺した方がマシかもしれない。ううん、でもきっとこれも嘘だ。私には、ただの普通の生活をしてきただけの私には、死の恐怖以上の想いなんて抱きようがない。きっと私は死にたくない。けど、このままじゃ潰れてしまうかもしれない。私は、私という人間は、これからどうなってしまうのだろう。誰かを心から愛したり、誰かを心から信頼したりすることがあるのだろうか。わからない。怖い。それでも、今の場所は私の居場所には成り得なくて。私はあいつらに心を許すことなんてできない。辛い。どうしたらいいのかわからない。どうしたいのかがわからない。辛い。辛いよ。』

 読み切って、溜息を一つ。

「うーん、二十点て、ところかな」

 優芽は意味もなく、かつての自分の文章を採点した。結局何が言いたい文章なのかがわからない、構成もぐだぐだ、当然それらは減点対象だが、それは今の自分でもさして変わっていない。

 最も許せないのは、この頃の自分がどうやら人間を自称しているらしいということである。

 これだけの文を書いておいて、自覚がないとは恐れ入る。

「こんな人間、いるわけないのに」

 いるとしたらそれは全部化け物だ。人間ではない。

 優芽は過去の自分と今の自分とを比較して、人間ではない自分を正しく認識している自分の方がまだ人間らしさを残しているなどと考える。

「あぁ、また。また、今の自分は人間だって思い込んでる」 そんなわけがないのに、だ。

 昔人間ではなかった自分が、一体どうして人間様に成り上がることができると言うのだ。

 高校生活も既に三分の二ほどが終わる。現在は高校二年生の二月、来年の今頃には授業がなくなり自由登校となることを考えれば、学校に通う時間はもう一年とない。

 尤も学校に通う(・・)時間など、実の所短いものである。土日祝日学校の創立記念日などを除けば、もう学校で過ごす時間などたかが知れているのかもしれない。或いは、これまでに学校で過ごした時間など大した時間ではないのかもしれない。

「私が、生徒会にいた時間、なんて、大した……」

 大した時間じゃないから、成長がないことも当然のこと、と優芽は紡ごうとして。

 やめた。

 止めた。

「…………ん?」

 その違和感は、憎しみが篭もった日記を更に捲ったページから生じていた。

 書き始めて三日目に該当するそこには、確かに日記が書かれていた。

 筆跡も間違いなく優芽自身のもの。

 忘れる方が難しい初日、そして二日目の日記と違い、優芽は三日目に何を書いたかなど覚えてはいない。

 しかし、明らかに、おかしい。そこに書かれた名前に見覚えがなく、しかし一つだけ最近知った名前が混じっている。


玖亜(くあ)が学校に来ている。いいこと。けれど、理由が酷い。いや、理由に至った玖亜の考えが酷い。非道い。私には何もできなかった。奴にはできた。それだけ。あぁ憎い。憎くて憎くて堪らない。


 こんなことしか考えられない私も。

 間違った形で元気を取り戻した玖亜も。

 自らの間違いを、罪を、自覚すらしない奴も。


 そう、全員。


 夢叶萌映(めい)も。

 櫛咲玖亜も。

 綾文紀実(きみ)も。


 全員が、憎い。』


 全く身に覚えのない日記、そして、全く知らない人の名前。ただ一人、櫛咲玖亜という名を、優芽は知っている。その名は、優芽が世界で最も嫌う男の姉の名だったはずである。

 しかし、それでもなお、ここに書かれたものは、優芽が書いたはずの日記に書かれるべき内容ではない。

「綾文……紀実……自らの間違いを、そして罪を自覚しない奴。それに、夢叶萌映……夢叶萌映……夢叶萌映?」

 優芽と同じ名字を持つ夢叶萌映とは、誰なのか。

「教えて……欲しい……」

 そう問うが。

 幻聴は何も答えず。

 

 ――いよいよ、優芽は自らの罪と向き合わざるを得なくなった。

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