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心象を操るのは  作者: 安藤真司
17/17

クリシェ

 優芽と茉莉、そして賀也は賀也の弟、海翔の試合を最後まで観戦した後、数分の世間話をしてすぐに別れた。

 優芽の本心としては、根掘り葉掘り金曜日の話を尋ねたかったのだが、現在の優芽が何もわかっていないのは未来の自分が無言を貫いているからでもある。

 詩織の言葉を借りるならば、未来人が無言を貫くならば、ひとまずは現状維持でも未来で大きな問題にはならないから、なのだろう。

 それを信じることにする。

 少なくとも、今の自分は、過去の自分のために何かを残してやろうとは考えていない。恐らくはこのまま未来へ進んでいけば、過去の自分のために情報を残すことはしないだろう。

「まぁ、未来でも問題が解決してないって線も、大いに、あるのかな」

 解決していない場合は確かに、何が大事な情報なのかが判断できないため、何も語らないという選択をするかもしれない。

 そうだとしても不親切だとは思うが。

「むしろ、祭林さんから聞いちゃったことで、タイムパラドックスなんてオチ、ない、よね」

 いつ終わるかもわからない世界、という一介の高校生には荷が重い案件にならないようにだけを願い、頭を回転させる。

 茉莉の話によると、どうやら月曜日に緊急集会を開きたい、と夢叶優芽は言ったらしい。

 金曜日に突然と叫び始めた優芽を見て、ついに天変地異の訪れ、恐怖の大王でも降ってくるのかとそういう意味での心配までしたらしい。

 無理も無理だが、どうも熱心だったので生徒会も含めあらゆる伝手を使い開催にこぎつけたらしい。

 その手札の一つが茉莉であり、茉莉も自身が使える人間関係は珍しく総動員したとのこと。

 ひょっとするとその流れで優芽と奏音の接触がないものかと一縷の望みが脳裏を掠めたが、先ほどの茉莉の話から察するに、奏音へ依頼したのは他でもない茉莉なのだろう。

 そもそも文化祭実行委員長である所の茉莉に、集会どうのこうのや生徒を集める権限などあるわけもなく、優芽から茉莉に依頼することがあるならば、それは単純な人手が欲しいか、文化祭実行委員の誰かに用事があるか、または奏音に依頼したいことがあるからだろうと推測できる。

「気になることも、言ってたし」

 茉莉の別れ際の言葉を思い起こす。それは「私に頼むって時点でさ、ゆめっちゃんのやろうとしてることが教師の知るところなのかはわからないよ。でも、私はゆめっちゃんだから了解したし、かのっちゃんはきっと、ゆめっちゃんだから了解したんだと思うよ」というものだった。

 茉莉はこの状況が正式なものなのかまではわからないらしい。

 優芽はそれを聞くまでもなく、どうせ無許可だろうと結論づけた。

 緊急ならいちいち許可など取るわけがない。

 しかし、何がどう繋がって緊急集会という手段を取ろうとなったのかはわかりそうにもない。

 それも教師の許可が無いというのなら、優芽は生徒にのみ伝達していることになる。できる限りの全校生徒を一カ所に集めて何をするのか。

「時間は、昼休み。まぁそれは、妥当かな。沢山の人を集めるなら、絶対に校内にいる時間がいい」

 集会と呼んでいる以上、隠し事をこそこそ伝えたい、というモチベーションではなく、堂々とはっきりと声を大にして言いたいことがあるのだろう。未来の優芽には。

 本来の時系列ならば、それはすぐ明日の話になるわけで。

 緊急集会を開催したいからと奏音に言伝を依頼された茉莉が不思議がるのも無理はない。

 不安は全く拭えていない。

 進むべき方向はわからないばかりか、考えなくてはいけない問題が増えている。

「これ以上はパンクしそうだし、あんまり何も増えないで、欲しいかな」

 一応とばかりに後ろ向きな言葉を吐いて、少しだけ気分を楽にさせる。言葉は自己暗示となる。あたかも、今の程度の情報量なら捌けるのだ、とでも言いたげな口調が重要である。 我ながら何を言っているのだろうかと苦笑いした優芽だったが、ポケットから微かな振動を感じて一旦自虐を止める。

 携帯を取り出すと、着信の表示に「玉川さん」と書かれてあった。

 過去に共謀していた経緯から珍しく連絡先を交換している間柄である珠子と優芽だが、これまで優芽から用事があって連絡したことはあっても、珠子からかかってくることはなかった。

(弥々ちゃんじゃ、ないけど……珠子から電話なんて、嫌な予感、する)

 呼び名を姓から名へと変えているので、後で登録名も『珠子』にしておこうとこっそり口元を緩ませて、応答する。

「もっ、もしもし」

『あぁ、聞こえてる?』

「うん、どうか、した?」

『どうもこうも、私とやーちゃんにも起きたのよ』

「起きた?」

 何が、続けようとして、そんなもの一つしか有り得るはずがないと優芽は口を(つぐ)んだ。

『今から会える?』

「うん」

 しかし問題が起きた割には珠子の調子は平静を保っていたなと、優芽はこのとき意外にも珠子の機微に気付くことが出来ていた。



「びっくりですねびっくりですねぇ。不思議な気持ちです。あッ、これでも私は初日なのです。一番弥々とお呼びくださいッ」

「そんで私が三番珠子」

「ん、なになになに? 野球チームなの?」

「おっと、優芽先輩にあるまじき返しですッ。さては萌映先輩……いや、やっぱり優芽先輩ですね。優芽先輩が進化してますッ」

「私たちが退化してるだけかもね」

 陽気な挨拶をしてきた弥々と珠子を冷めた目で見ながら、優芽はコーヒーをゆっくりと啜った。

 三人は今、カラオケボックスに再度集結していた。優芽としては昨日に引き続き、である。

 違いがあるとすれば三人揃って私服である点で、弥々も珠子も真面目な相談に来た割には大人しくない服装をしているよう優芽には見えた。

 弥々はオーバーオールに白いニットの上着、珠子は柔らかなベージュのファーコートにデニムのボトムを合わせている。

 お堅いイメージの強い幸魂高校では珍しく洒落っ気の強い二人なので、こうして私服姿となれば個性も豊かな長所に映る。

 とはいえ、その二人が妙に似たデザインのピアスを片側に付けている状態というのは心地が悪い。

 よくよく観察するとデニムも妙に似ており、仲の良い二人が同じ店で互いにおすすめし合ったものを身につけているのではないか、と優芽は考えたもののそれについては言及しないでおく。

「確認だけど、二人も、時間が跳んじゃったの?」

「ですね。私は昨日が先週の日曜日でした。それで起きたら今日です。全く不思議な感覚です」

「私は行ったり来たりをちょっとだけして、今日。優芽から話聞いてたからそんなに驚きはしなかったけど」

「そうなんだ。私も弥々ちゃんと一緒、昨日が先週の日曜日だから、昨日もこうして三人で話してたなって」

 優芽に、そして友莉に発生していたと思われた現象が、弥々と珠子にも起きたようである。珠子が驚かなかったと語るように、優芽もさして驚きはしなかった。

 驚きよりも先に来たのは、やはりまた面倒な状況になってしまったという諦念。

「考えることが、嫌なくらいどんどん増えてく、なぁ」

「だろうと思って、とりあえず優芽の懸念点を一つ解消してあげようって誘ったの。文句言う暇あったら感謝してよ」

「そうなんだ、ありがとう。何を解消してくれるの?」

「明日の集会。内容詰めてくわよ」

 明日の、集会。

 その話は、優芽にとってつい先ほど初めて聞いたもので、明日の出来事で。

 しかし、時間が滅茶苦茶になっている人間からすれば、過去となっている可能性もある出来事である。

「明日、二月二十六日に何が起こるか知ってるの?」

「何が起こるのかは、ね」

「要はこのたまちゃんね、ちょっと未来経験者らしいですッ」

「そっか、そういうこともあるんだ。じゃあ一概に悩む必要もないのかな」

 ただでさえ時間軸が乱れ知識の共有ができない状態にあることを大変に感じていた優芽だったが、確かに協力の姿勢を見せてくれている人物が未来を知っているというのならそれは逆にこれから起こる自体に対して有利に働く。

 緊急集会とやらで夢叶優芽が一体何を語ったのか、それを聞いたとおりに話せばそれで万事解決する。

「そうでもないわよ。だって結局、私が未来で出会ってる優芽は覚悟決まってたし」

「は? 覚悟?」

「なんかやばかったわよ。ってことは、優芽あんたこれからギラギラメラメラするまで自分追い込むんでしょ。柄じゃなくてまじウケるけど」

「えー、私も早く見てみたいなそんなガンギマリな優芽先輩」

「ちょっと、え、なにそれ、どういうこと?」

「未来の優芽から伝言。『調子に乗らないで馬鹿。未来が既知だったとして、今の私が百キロマラソン完遂したって言ったら、それ、やるの?』だってさ」

「……っ、こんの、性悪……」

 自分自身が性悪だった。

 残念なことに、ほんの数十分前、自分自身で結論づけたことだった。未来の自分は過去の自分を楽させようだの、何かを残しておこうなど考えるわけがないと。

 それを自分自身で性悪というのは些か滑稽というものである。

 だが、優芽は正直なところ少しだけ安心した。詩織が推測し、かつ優芽自身も期待したように、少なくとも未来の自分が沈黙している理由は過去の自分に対する嫌がらせで、逆に言えば未来の言う通りに頑張ることが出来れば、問題が解決する、ということでもある。

「じゃあ、順番に聞いて、いきたいんだけどさ……」

「話せることならね。話せないことは話せない」

「それって、私から口止めされてるの?」

「ううん。優芽からはさっきの伝言だけ。察しろって感じかしら。まるで親友ね」

「親友……」

「だからなんでそこちょっと嬉しそうなのよ」

「嬉しいものは、嬉しいよ。私、友達少ないから」

「そういうとこは普通にきもいから。嫌い。直して欲しい」

「結構はっきり言うね!?」

「親友には容赦するなって義務教育で習ったから」

「私とは、違う、教育機関で、勉強してきたんだね」

「住んでるとこ違うんだから当然でしょ。で、何聞きたいのよ。私だって、今の優芽が何を知ってて何を知らないのかなんて、それこそ無知な状態」

 勿論未来の優芽が何を知っていたのかも、私は知らないけどね、とついでにおどける珠子。嫌味ではなさそうだったので、優芽は無視して最初の質問に立ち返る。

 まず、何を尋ねるべきか。

 珠子の言を信じるならば、優芽が未来でしでかしたこと自体については簡単な口止めが為されている。その塩梅は珠子に委ねられているが、珠子が優芽の思惑に乗っかっていることは間違いない。

 重要な点はぼかして、しかし物事が上手くい方向には転がしてくれることだろう。

 珠子が初め、集会の内容を詰める、と発言したことからも、恐らくは未来から見ても今日この日に集会の内容を優芽、珠子、弥々の三人で考えることは確定事項なのだろう。

 となれば、最初に確認することは一つしか無い。

「この、私が言い出しっぺの緊急集会……」

 途中まで言いかけて、言い出しっぺは自分ではないのではないかと脳裏で自問する。優芽の視点で物申すならば最初に集会の話をしたのは茉莉であり、裏付けたのは珠子だ。

 自分は全く無関係の立ち位置のはずである。

 未来から勝手に当事者へと祭り上げられている。

「開催理由は、時間が行き来してる不思議を解決するため? それとも、私個人の問題を解決するため?」

 開催理由。

 何故、夢叶優芽は緊急に集会を開かなければならなかったのか。

 そもそも何故、集会という手段なのか。

 茉莉から緊急集会の存在を聞いた時点で、不審点はいくつかあったが、その最たるは優芽自身が主催らしい、という点である。

 最近は揺らぎがちなアイデンティティではあるものの、どうしたって変わらない部分もある。変わらない部分をこそアイデンティティと呼称することさえ忘れた優芽は、自分が積極的に物事を動かそうとするタイプの人間でないことに関しては自信が持てる。

 今回の一件で事件解決に取り組んでいたのは一番の容疑者が贔屓目なしに自分であったことと、その自分を犯人にするべく、という思惑があったためである。

 方向性を変え、自分が犯人であることを証明するためではなく、忘れないようにするため、この今をこそ守るため、萌映のように苦しんでいる誰かを救うために動き始めた今も、結局は大切な人を守るために動いている。大切な人が綾文綾を指すにせよ、狩野奏音を指すにせよ、侑李友莉を指すにせよ、優芽はその誰かのためにと。

 緊急集会もだからこそ、自分から動いたからには相応の理由があるのだろうとはすぐに思い至ったが、教師には黙っているようだが、生徒には大々的に告知し、堂々と開催している意味がわからない。

 あるいは、萌映の存在自体を兎にも角にも叫びたくなった可能性も捨てきれない。この場合は、萌映のためではあるが、萌映は優芽自身なので、自分のために集会を開くことになる。

「答えは、両方イエスだし両方ノー」

 が、堅苦しく考えた優芽の思考は珠子の言葉で一蹴される。「きっと優芽はイエスって考えてるんだろうけど、私には全然違うように見える。そんな感じ」

 珠子は続きを待つ優芽の目を真顔で数秒見つめ、急に笑顔になったかと思うとカラオケ用の端末を手に取った。

 優芽が自分の目を疑っている間に珠子は鼻歌交じりに最近流行りのドラマ主題歌を入力し、あっけらかんと歌い始める。話し声とは調子の違う鋭く尖った低音から、芯のある高音まで、慣れた様子でこなしている。

 弥々は既に珠子の歌を聞き慣れているのか、小さく手拍子を入れて「たまちゃん声綺麗でいいなぁ」等と一緒にカラオケを楽しんでいる。

 一曲歌いきると、額が若干汗ばんだ珠子が髪をいじりながら首を傾げてくる。

「どう?」

「どっちが?」

 無論、両方ノーに見える話についての意見を伺っているのか、今しがたの歌唱についての二択のことである。

「歌」

「上手かったよ。凄いね。好きなの?」

「ストレス発散にもなるからね。まぁまぁ好き」

「そうなんだ。急に歌い出した理由は、教えてくれる?」

「え、急に歌いたくなったからだけど。問題あった?」

「私が悪いの……? 思わせぶりな発言をしておいて、続きが聞きたいんだけど」

「続きって言われてもね。優芽は自分の問題も時間の行き来も解決するためだって思ってそう。でも、私目線だと、そのどっちに対してのアンサーになってないような気がしてる。優芽の言動は問題解決じゃなくて……んー、これ以上は言いすぎかな。うん、やめとくけど、まぁ優芽が頑張ってたのは間違いないよ安心して」

「頑張ってる、私ってだけで、安心できない」

「そ。でも頑張ってでも伝えたいことがあるから、集会なんて開いたんでしょ。わざわざ逃げれないように、全校生徒を巻き込んで」

「伝えたいこと、か……」

 それは、沢山あるような気がした。

 親友に。家族に。萌映に。

 言いたいことは、沢山ある。

「うん、ある。皆に伝えたいこと、ある」

「じゃ後は発表練習くらいかな。人のこと言えないけど、優芽は人前で喋るの下手そうだし」

「で、でも、そんなことでいいの? 私が考えてる事って、すごく身内の話っていうか、私の輪の中の話っていうか」

「大は小を兼ねるって言うでしょ。優芽の輪の中の人に確実に届くように、ちょっと関係ない他の人に伝わったっていいじゃない」

「暴論、だね」

「大体緊急で集会しますって言ってる方がおかしいのよ。それに、こうして私とやーちゃんのサポートないと動けない癖に文句だけは多いし」

「それ、珠子が、全然話を進めてくれない、からじゃ」

「話を進めないように言ったのは未来の優芽だからその意見は聞き入れられないわね」

「む……」

 そう言われてしまうと反論のしようがない。

 優芽と同じように状況を把握していないはずの弥々はしかし、この状況にそれほど焦ってはいないようで、楽しそうに優芽と珠子の会話を聞いている。

 その表情は、先ほど珠子が歌を歌ってた時と同じである。要は暢気に会話を楽しんでいる。

 未来の自分の所行に困惑する優芽とは対照的だが、ただ楽観的というわけでもなく、不思議の一経験者としての意見は忘れない。

「私のスタンスも変わらずです。優芽先輩のことは大応援します。誰も死なない世界が来ること、優芽先輩が幸せであることが前提で。そして未来の優芽先輩が何にも言わないというのなら、私からはアドバイスできませんね」

「うん。そうだね。ありがとう弥々ちゃん」

「私より態度が柔らかくない? 気のせい?」

「気のせいじゃないよ。可愛い後輩と、何言っても、問題ない親友とじゃ違って、当然」

「好き放題言ってくれるわね。まぁいいけど。で、何を話すのよ。全校生徒に向けて」

「急に言われても、私、集会の存在だって、さっき茉莉林さんに聞いたばっかりだし」

「へぇ、あの変な子。プライベートでも繋がりあるの?」

 ううん、たまたま会って。集会なんて無茶するよね、って」

「さっすが優芽先輩、祭林先輩に無茶って言われるなんてさすがですッ」

「それはナチュラルに悪口だよ……あと、語彙力も低下してるし」

 弥々も生徒会役員として、文化祭を運営するにあたり珠子とも仕事をしている。

 普段は比較的テンションも高く、周囲からは引かれ気味な弥々だが、その弥々をして珠子の言動は乗り切ることができないらしい。

 その茉莉本人が、実はキャラクターであの状態であることを優芽は知ってしまっているが、今は胸中に留めておく。

「うーん、言いたいことかぁ。そうだね」

 全校生徒に聞かれても恥ずかしくないこと。

 今、確かに伝えたい想いであること。

 思えばここ数日、優芽は多くの知人と会話をしてきた。

 一番意外な関係は珠子である。友人ではなかった彼女だが、一番といっていいほど話をした。

 しかし、その割には珠子自身のことはよく知らない。お互いに、共犯である、という前提だけを共有した関わり方しかしてきていなかったため、互いのプライベートな部分について話したことはまだなかった。

 だが、マラソンを並んで走った。

 倒れた優芽を支えてくれた。

 萌映の真実を聞いてくれた。

 そして今、未来の相談に乗ってくれている。

 珠子が未来で何を知り、行き着く先をどこまで知っているのか、優芽には皆目見当が付かないが、優芽の為にここにいてくれている。

「きっと皆はごめんを求めて、ないから。感謝の言葉を沢山届けたいなって、そう、思うけど。そんなことはわざわざ大勢に聞かせなくても、いいかなって思う」

「妥当な判断ね。むしろ誰に向けて話してるのかもわからない感謝なんて貰っても嬉しくないくらい」

 今度珠子に感謝することがあれば一対一で伝えることにしよう、そう優芽は心に留めた。

「全校生徒の皆に、ね」

「どうなんですか実際。そういった、所謂、あんまり関係のない人達に対しても思うことはあったり?」

「全く何もないわけじゃ、ないけど。特に前に出て言う必要もないかな。学生生活をより良くするために、生徒会に、して欲しいこととか。聞いてみたいかなって」

「職業病ですねッ。いえ、生徒会は職業じゃありませんがッ」

「うん、そうかも。ただ、言いたいことって感じじゃ、ないかな」

 集会を開き、優芽の口から何かを言う、ということは、優芽自身は全校生徒に向けて話したいことがあってのことである。

 どのような文言で集めたのかは現状不明だが、可能性として、全校生徒の協力を仰ぐのでなければ、別に生徒というのは文字通り聞き手であっても構わないのだ。

 つまり、優芽が言いたいことを一方的に言うだけ言って、終わる集会。

 自己満足のために。

 全校生徒を巻き込む。

(……あれ?)

 自己満足、という言葉が妙にしっくりきてしまう。

 誰かの為に動く自分というのは第一に想像しにくい。

 いくら弥々の幸せを願うようになったとはいえ、出来ることは特に何もなく、これまでの自分の行いが結果的に弥々を幸せにしたとしても、それは優芽の主観では善意ではない。

 善意の為に動いていない夢叶優芽であれば簡単である。

 まず間違いなく自身の為、エゴの為に動いている。

 気持ち一つで人が変われることを優芽は知っているが、気持ち一つでそう簡単に人が変わらないことも同時に知っている。

 もしも、全校生徒に向けて、ただ自分勝手に何かを宣言するだけ、それだけなのであれば。

「……多少は、方向性、見えるかな」

「ヒント、あった?」

「おッ、私のおかげですかッ?」

「やーちゃんどっからその自信が湧いてくるわけ?」

「だって今私とお喋りして思いついたっぽいよ!」

「え、あ、ごめん。違うけど」

「違ったですッ!?」

「そんなにショックなんだ……ええっと、ごめんね、凄く精神的には助かってるんだ。ありがとうね、弥々ちゃん。珠子も」

「で、どうするわけ?」

「うん。基本は私らしく、かな」

 アイデンティティを何より大切に守ってきた友莉の前では話せない言葉を使い、優芽は微笑む。

 自分で抱え込むことも、自分を自分で責めることも優芽らしさならば、と。

「ちょっと、前々から考えてたこと、あるの。この学校の、伝統について」

 ルールに従った振りをしながらも、その裏では一切ルールに縛られない優芽らしさである。


「もう、決まり文句(クリシェ)は聞きたくもないなって。だから、私が思ってること、私の話、聞いてくれる?」


 優芽は未来の思惑通り、緊急集会を始めるべく、動き始めた。

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