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心象を操るのは  作者: 安藤真司
14/17

とっても

 貴方は私の生み出した偽物です。

 誰でも良かったけれど、都合が良かったから櫛咲櫛夜の恋人という役割を与えました。


 優芽からそう告白された弥々は神色自若として「はぁ。えっと、ありがとうございます……?」と返した。

 静まるカラオケボックスの中、一人起立して自分の物語を全て語りきった萌映にして優芽は想定と異なる弥々の反応に戸惑う。

 失望され嫌われても不思議ではないと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

「怒ら、ないの?」

「へッ? 怒るですか? 私が、優芽先輩にか萌映先輩にですか? なんで?」

「なんで、って……私は、弥々ちゃんを、柚亜の偽物として勝手に創ったんだよ。貴方は、それに綾文綾さんだって、この世界にしか存在しない。元の世界には存在しない」

 弥々は首を傾げる。

 意味がわからないから、ではなく自分の心象をどう表現すればいいのかわからずに、だ。

 優芽は弥々の次の言葉を待つために一度黙った。弥々のすぐ隣にいる珠子もまた、会話を遮るようなことはしなかった。

 たっぷり五分は考えてから弥々は立ち上がり、優芽に向き合った。


「世界の起源については理解しました。なんだか世界五分前仮説みたいで釈然としない部分もありますが。

 でも、だからなんでしょう。私は変わりません。変われません。私は私です。

 例え世界が偽物でも。

 例え私が偽物でも。

 例え私の想いが偽物でも。

 例え私の役割が偽物でも。

 関係ありませんね。

 幸い私も櫛夜先輩も、誰かに操られているかもしれないなんて状況は既に過去経験済みなんです。他でもない優芽先輩、貴方が今言っている事件で、です。

 優芽先輩が友莉先輩を助けたくて過去を何度もやり直したのか、綾お姉ちゃんと櫛夜先輩を別れさせるために時間を繰り返したのかは、きっとどちらもあるんですよね。どちらも真実なんですよね。

 あのとき、私と櫛夜先輩は。そこに綾お姉ちゃんを含めてもいいです。

 話しあったんです。決めたんです。

 この今は、偽物かもしれない。

 本当は綾お姉ちゃんと櫛夜先輩が恋に落ちる世界が正しいのかもしれない。

 私たち自身の想いだけで変わった世界じゃなくて、誰かが意図している世界なのかもしれない。

 それでも、と。

 真実を知った上で、それでもと。

 それでも私は櫛夜先輩が好きで。綾お姉ちゃんの気持ちを知ってもなお、私と一緒にいて欲しいと言いました。

 櫛夜先輩も同じです。

 私は櫛夜先輩に、偽物のままの私を好きでいてくださいって、そう願ったんです。

 距離感を測りかねるときもあります。これからもあるでしょう。

 この気持ちが永遠に続くかはわかりません。普通に生きていて高校の恋人関係がそのまま結婚に繋がり、死ぬまで一緒、なんてことは珍しいと思います。

 でも私はこの今を、偽物の今が大好きなんです。

 尊いと思います。

 もしも今日、今、この瞬間に偽物が消えてしまって。

 私と櫛夜先輩の恋人関係が消えてしまうのだとしても。

 私という存在自体が消えてしまうのだとしても。

 後悔はするし嫌だなと思うしもっと沢山楽しいことも辛いことも経験したいなって考えるけれど。

 でもやっぱり今ここにいる綾文弥々の結論は変わりません。


 とっても大切な友人ができました。

 とっても愛してくれる家族に囲まれました。

 とっても好きな人ができました。

 とっても素敵な時間を過ごしました。

 とっても幸せでした。

 とっても幸せな人生でした。


 だから、詩織と同じことを言わせてください。

 優芽先輩。どんな結末になったとしても、自分を責めることだけはしないでください。

 私は今、幸せなんですから。

 亡くなってしまった櫛咲柚亜としてではないかもしれませんけど。私は私として、綾文弥々としてちゃんと幸せなんです。


 私が本当は櫛咲柚亜という死者であるというならむしろ命冥加というものです。

 私にこんな幸ある日々を生み出してくれて、ありがとうございます」


 偽物を許容した弥々は、ただ幸福と感謝を口にした。

 本当に心の底から幸せそうな笑みと共に。

 眩しすぎる弥々の笑顔を真っ正面から受け、今度こそ優芽は陥落する。

 本物か偽物か、ではなく。

 弥々は本物も偽物も兼ね備えている。

 そしてその両方で今を楽しんでいるのだ。

 ならば、もう繰り返す言葉は、必要ない。

 弥々が求める言葉は「ごめん」ではなく。

「ありがとう弥々ちゃん。幸せになってくれて」

「どういたしましてッ。でもその幸せを創ってくれたのは優芽先輩なんですよ。だからありがとう返しですッ。優芽先輩、大好きです」

「あっ、あり……ありがとう……」

「んもー優芽先輩(・・・・)てば、やっと笑ってくれましたね。やっぱり笑顔が一番可愛いですよッ」

「笑顔……そっか、私も幸せにならなきゃ、詩織ちゃんが悲しむんだよね。それに私の心が死んでいたら、友莉が言うように、皆で会うことだって、本当の意味ではできっこない」

「そういうことなんでしょうね。正直ちょっぴり脱線の度合いが大きくて驚きましたが、でも優芽先輩自身の問題が一つ解消されて良かったです。人間誰しもマルチタスクが求められがちですが、脳の使用領域を切り替えないとですからね、非効率です。まずは萌映先輩について、自分自身について解決してしまいましょう。それからでいいんですよ。なんだかよくわからない時間の行き来、時間ランダム問題に取りかかるのは」

 軽く弥々が言ってのけた時間ランダム問題について、確かに萌映は何も語らなかった。

 本人が「何も知らない」と言うだけあり、本当に彼女は今回の時間が未来や過去を行ったり来たりする現象については一切関係がないらしい。

 とはいえ。

 優芽の目線で言えば。

 萌映が一切関係がない、ということはつまり。

 この現象を引き起こす黒幕的人物が、記憶がない状態の優芽自身である可能性が非常に低い、ということでもある。

「……よし」

「おやおや、何か決心したようですね優芽先輩。聞いても、いいですか?」

「うん、勿論。弥々ちゃんに、相談に乗って欲しいんだ。玉川さんにも」

 これまでずっと沈黙を貫いてきた珠子にも話を振ると、珠子は少しだけ嫌そうな顔をした。

 急に馴れ馴れしくしすぎたか、と優芽がすぐにフォローをいれようとすると、それより先に珠子が口を開いた。

「珠子」

「あ、え?」

 開いたが、発したのはたったの三文字で、コミュニケーションに不慣れな優芽はその三文字がそもそも自分が呼ぶ「玉川さん」の名前であることにも気付けなかった。

 弥々だけは腹を抱えて笑っている。

「珠子でいいわよ。珠子って呼んで。今のあなたなら嫌な気がしないから。わかった? 優芽」

「えっ、と、あの、うん。うん……ありがとう、たま、こ」

「優芽、もっかい」

「ありがとう! 珠子!」

「ほら、じゃあさっさと優芽の決心てものを聞かせて頂戴」

 何がきっかけだったのか、鈍感な優芽にはわからなかったが、珠子の中で優芽を見る目が変わったらしい。

 優芽が下の名前で呼ぶのは後輩である弥々、詩織、みもりの三人と、同級生で親友の奏音と友莉だけなので珠子をそう呼ぶことが恥ずかしい。

 嫌なのではなく、親友と同じ扱いをしていいのだ、と勝手に考えて舞い上がっている、という状態が恥ずかしい。


 萌映であり優芽でもある存在は「誰でもよかった」ことを許されて、誰でもない弥々のいるこの今を今度こそ選ぶために、思考を始めた。



「前言撤回。私は私を責めるのをやめます。弥々ちゃんが、詩織ちゃんが、大好きだって言ってくれた私を誇ります。奏音が、友莉が、珠子が、『優芽』って呼んでくれる信頼を信頼します」

「そもそも、意味分かんない事件が起きて、犯人不明だけど自分が犯人じゃなきゃ認めない、ってそんなん事件自体より意味不明だしね?」

「まぁまぁたまちゃん。そのくらいトチ狂ってる方が優芽先輩らしくていいと思うよ」

「否定意見は少しもないけど、やーちゃんが真顔で狂ってる認定って相当よね」

「やっ、弥々ちゃんよりは普通だよ!?」

「やーッ、僭越ながら優芽先輩は生徒会役員ダントツで狂ってますですッ!」

「いやいやいや、狂っている度合いは絶対弥々ちゃんと詩織ちゃんだって。次に友莉に奏音で私。一番普通なのはみもりちゃんだよ」

「えー、みもりのどこが普通ですか。普く通る人生の欠片もないですよ。どんだけ特殊な事例を積み重ねたらああなるのか、私には全くこれっぽっちも理解できないですね」

「きっとみもりちゃんはそっくりそのままの感想を弥々ちゃんに抱いていると思うよ」

 一旦言葉を切る。

 生徒会役員の中で誰が最も狂っているかの談義がしたいわけではない。

 見る人が見れば全員が全員狂っている、と結論づけることは間違いないだろう。そんなことに時間を費やしている場合ではない。

 この時間ランダム、と呼称された問題の厄介な点は優芽の主観で明日が訪れると過去か未来かに跳躍してしまうため、今日話した内容がどこまで有効なのか、判別が付かないところである。

 今日話した内容を、優芽の主観における明日の珠子や弥々が覚えている保証がどこにもない。

「とはいえ、友莉とも、奏音とも、これまで通り話すことができるかは、微妙、かな……」

「どうしてですか?」

「私としても萌映としても、ちょっと複雑かも。仲直りすればいいんだけどね。仲直りしてもいいのか、悩んでて」

「へぇ、そこは任せますよ。優芽先輩の人生ですから。赤の他人な私が出しゃばることではありませんしね」

「うん。自分で考えて、自分で決める」

「了解ですです」

 事件解決に乗り出すのだとしても、一度入った亀裂がそう簡単に元通りになるなら人間関係、それほど楽なことはない。

 萌映としての記憶も一緒になった優芽としては、かつての親友に対して思うところもあり、微妙に顔を合わせづらい。

 親友だからこそ、言えることもあるし、言いづらいこともある。

 親友ではないからこそ聞けることも、ある。

「弥々ちゃんはさ、正直なところ、この時間がおかしくなってしまっている事件の犯人、誰だと思ってる?」

「奏音先輩」

 即答。

 狩野奏音が犯人であると、弥々は確信しているようだった。

 それを聞いた珠子が驚いた様子もない。優芽自身もまた、驚きはしなかった。

「珠子も、奏音が犯人だと思う?」

「微妙。私は友莉が怪しい気がしてるけど。そもそも私はその時間の跳躍を認識してないし、いまいち動機もわからない」

「そっか」

 優芽は顎に手を当てて考える。

 奏音が犯人。

 奏音が時間を無作為に操作している。

 現生徒会長で、お淑やかな令嬢とでも呼ぶべき所作をするおよそ高校生らしくない優芽の親友。

 学業優秀、運動はそれほど得意ではないようだが人並みに体力はある。

 生徒会に入った理由を優芽は知らない。奏音のことなので恐らくは自己研鑽だろうと思っている。

 文理選択は理系を選択している。奏音の趣味も優芽同様に読書だったのでその選を意外に思った記憶がある。

 髪をとても長く伸ばしており、生徒会役員らしく飾り気はないものの、後頭部の上品な髪留めが彼女なりのせめてものお洒落らしい。

 例えば前生徒会長の綾文綾は。区分で言えば格好良いと呼ばれることが多かった。快活な性格、何事にも真っ直ぐ取り組むその姿勢、周囲を惹きつけるカリスマ性から、綾は女性でありながら女生徒からの支持が厚かった。

 綾と似たタイプで言えば友莉がここに該当する。陸上部と生徒会を両立する友莉は闊達としており、男女ともに分け隔てなく明るく接するため各方面から人気が高い。

 それと正反対に今風な女の子、を体現しているのが綾の妹弥々、そして今澄ました顔で水を飲む珠子。

 個が強い、我が強い、多様性に富む、というのが大きな特徴である。

 珠子は今現在カラオケボックス内において、ドリンクバーを注文しているにも関わらずひたすらに水だけを飲んでいる。して、その理由は「おいしい飲み物はおいしい場所でおいしいものを飲みたいから」らしい。

 弥々も珠子も可愛いに区分され、割合で言えば男子からの好感度が高く、同性からの好感度が低めである。

 また、綾や友莉と違い、当たり障りのない会話自体は誰とでもするものの、露骨に心を開いていないアピールをするため知り合いの多さの割に友人と呼ぶ仲の人間が少ない、というて点も共通している。

 そして(くだん)の奏音はと言えば、格好良いでも可愛いでもなく、「大人びた」「上品」「近寄りがたい」「住む世界が違う」等と評を受けている。簡単に言えば、良くも悪くも俗世から離れた印象を持たれていることが多い。

 あまり良い指標ではないかもしれないが、それは男子からされる告白の回数にも表れている。あくまで優芽の知る範囲で、という注釈付きだが、間違いなくぶっちぎりで告白される回数が多いのが綾や友莉のタイプで、次いで弥々に珠子、そして最も少ないのが奏音である。

 優芽の見立てとしては、人気がないわけではないのだろうが、やはり一歩引いている印象を受ける奏音と、対等な関係として男女交際をする姿が男子目線ではイメージしづらいのかもしれない。

 対等と考えるならば、それこそ表面上は完璧超人のようにも見える綾や友莉もイメージしづらいが、お互い気を張らず、飾らずに会話ができるという点が「上品」と呼ばれる奏音との違いだろう。

 ただ、その違いは自然体であるときの性格の違いよりも、意図的にそんなキャラクターを演じているかどうかであることを優芽は知っている。

 意図的に人払いをするかしないか、という観点に立てばそれはまさしく性格の違いでもあるが、近寄ってきて欲しくない人間に対して、綾や友莉は自然に避けることができ、奏音はそれができないために大げさに避けているというくらいの話でもある。

「奏音が犯人、か。納得するしないは、まぁ、ともかく。奏音って元々、未来視の不思議を持っていた、よね。そしたら未来も視えて、その上時間も好き放題、なのかな」

「んー。好き放題はないんじゃないでしょうかね。どうせ私たちの能力なんて、私たちの願いを叶えてくれないんですよね。萌映先輩のお話によれば、基本的には」

「ってか、やっぱりただの気のせいってことはないの? いや、私も優芽が時間を戻しているって話は結局信じたし、実際繰り返してきた時間の記憶は私の中にもあるけどさ」

「だからこんな不思議な能力も本当は全部偽物なのかも。でも、私たちにとっては、本物なんだと思うよ。私が友莉を助けたくて、時間を巻き戻したことも、綾文綾さんに恋人ができる事実を、認めたくなかったことも。偽物か本物かは結局私たちの主観。どう? 珠子」

「いいわ。目の前で優芽の二重人格も確認したことだしね。それで、狩野生徒会長さんが犯人だって思う理由は何? やーちゃん」

 優芽は知っている。

 奏音には高校一年の頃からずっと、好きな人がいる。

 意中の相手は元生徒会副会長の光瀬光。

 優芽が思う光とは、一つ上の先輩、穏やかな物腰で誰とでも接する好青年、の振りをした根暗である。

 奏音は既に自らの想いを光に伝え、そして玉砕している。

 光は綾のことを好いており、奏音の想いには応えなかった。

 体育祭の事件の際、綾が好きな光もまた、優芽の計画に賛同し、綾と櫛夜の関係を影ながら邪魔をしていた。立場的には珠子と同じである。

 その事実を知ってもなお、奏音は光への恋慕を一途に抱き続けた。

 好きな人がいるからこそ奏音は、他の男子生徒からの想いを意図的に避けた。殊更に人と距離を置くような話し方を意識した。

 距離と言っても、露骨と言っても、それは相手に嫌悪感を与えるほどではない。集団の中では当たり前に会話するが、一対一になると微妙に会話が続かない、その距離感を保つ程度である。

 どれだけの想いをその内に秘めているかなど優芽にはわからないが、それでも奏音はずっと光の姿を追い続けて今に至る。

 優芽が綾を追い続けたように、奏音は光を追い続けた。

 と、ここまで来れば。

 綾の卒業を嫌い、時間を巻き戻す可能性がある優芽と同じように。

 光の卒業を嫌い、時間を巻き戻す可能性が、奏音にもあることになる。

 現在判明している事象においては、必ずしも巻き戻すだけでなく早送りもあるため、この事件を起こす動機や能力の詳細は推理しなければならない。

「奏音先輩の意見でしたか、犯人を生徒会役員に絞ってしまおうってやつ。私も賛成です。どういう理屈かはわかりませんが、どうやらこれら不思議は私たちを中心に発生していて、反対に言えば私たち以外にあんまり影響を及ぼしていないです」

「それで言えば私は生徒会関係者じゃないんだけどね」

「たまちゃんは確かにそうだねぇ。萌映先輩の話で言えば綾文紀実さんも生徒会役員だったわけではないみたいだし。あと、たまちゃんが知らないところだと秋山千晶って害虫も生徒会のメンバーじゃないけど不思議に関わった経歴がある」

「さっきちょっとだけ名前出てたわね。誰? 一年生?」

「うん。文化祭のちょっと前に転校してきた人」

「その人も生徒会の誰かと深い関わりが?」

「ない」

 弥々は間髪入れずに嘘を吐いた。

 よほどみもりと仲がいい事実を認めたくないらしい。

 親友想いの後輩の姿を微笑ましく思いつつも、このままでは会話が先に進まないので優芽が補足しておく。あくまで弥々の逆鱗に触れない範囲内で。

「みもりちゃんと同じクラスで、微妙な時期の転校だったからしっかり者のみもりちゃんがちょっとの間あれこれ世話してたみたい」

「ふぅん。ははぁ。そういうこと。それでやーちゃん、この態度か」

 曖昧にぼかした物言いだったが、それだけで珠子は状況を悟ったらしい。

 弥々も優芽の気遣い自体には何も言わず、話を元に戻す。

「例外はあれど、何かしら生徒会が関わっていると思いましょう。現在この状況を認識できているのが優芽先輩と、恐らくは友莉先輩だけ。二人が関わっていることは間違いないでしょう」

「うん、そう思う」

「その友莉先輩が、意味深に優芽先輩とたまちゃんを呼んだ。この次点で怪しさ満点ですね。それだけで、呼ばれていない奏音先輩を犯人認定したくなってしまいます」

「それはあんまりのような」

「勿論私にも明確な根拠があるわけではないんです。でも、不思議な点が、おかしな点が、およそ全部奏音先輩に繋がっている気がします」

「そう?」

 これまでの話において、おかしな点がそこまであっただろうか。

 時間が行き来している時点でおかしすぎる程おかしく、不思議すぎる程不思議だが。

 三人揃ってそこに突っ込みはしない。

「優芽先輩と友莉先輩が気付く緊急事態、なんて。まるで奏音先輩が親友に対して気付いて欲しい助けて欲しいと言っているようなものです。図らずも優芽先輩が奏音先輩に言った通りですね」

「でも、その当の本人は気付いてないのかな」

「優芽先輩基準だと一昨日でしたっけ。事実ベースだと明日。朝は友莉先輩に違和感を指摘され、昼休みには奏音先輩と絶交、と」

「これは私の感覚だけど、明日の奏音は時間をどうこうしてる風じゃ、なかったかな。本気で私を止めてくれてたと、思う」

 嘘を言っているようには思えなかった。

 奏音は優芽の話を、初めて聞きましたという態度で受け答えをしていた。

 さすがにその態度までが偽りであるとは、優芽には思えなかった。

「卒業式、というキーワードが奏音先輩から出てきている辺りも怪しいですね。奏音先輩がまさに卒業式を意識している事実を雄弁に語っていると考えて良いかと。となれば、光瀬先輩でしょうか」

「それは、うん。あると思う」

「狩野生徒会長さんて光瀬先輩のことが好きなんだ? それは初耳。へーえ、趣味悪いね」

「人の趣味、言える立場?」

「あーッ! はい、それは私に対しての宣戦布告ですね。受けましたその勝負、買いましたその喧嘩!」

「あ……忘れてた」

 櫛夜のことを好きだという珠子の趣味を軽く罵ったつもりの優芽だったが、よく考えればその櫛夜と弥々は恋愛関係にあるのだった。

 発言自体を撤回するつもりはないが、弥々を否定する気もない。

 弥々と珠子の話を一旦置くとしても、光を好きな奏音の趣味が悪い、という珠子の意見も優芽は理解できる。

 ただでさえ得意ではない恋愛の話が、それも悪口ばかりになってしまう状況はあまり喜ばしくない。

「じゃ、じゃあ、喧嘩は弥々ちゃんの勝ちでいいから」

「よかったですッ」

「他には何か気になるところ、ある? 奏音が怪しいとか、変なことが周りで起きているとか」

「あまり積極的に話したい内容ではありませんが、まぁ事が事ですからね……私、実は見てしまったんです」

「え、何を?」

「奏音先輩、バレンタインデーに光瀬先輩に告白しているんです」

「え、は、初耳だよそれ」

 幸魂(さきみたま)高校の体育祭は六月の上旬に開催される。幾つかの思惑が教員側にありそうなっているわけだが、生徒会役員としても一つ大きな意味を持つイベントとなっている。

 それは上級生から下級生への、引き継ぎ。

 基本的には生徒会活動は三月の卒業式で一段落とされているが、そこですぐに新三年生全員がいなくなってしまうとこれから入ってくる新一年生への教育や次に生徒会長となる新二年生への引き継ぎが十分にできない。

 そこで例年、生徒会長と副会長だけは六月の体育祭まで生徒会の活動に参加し、後輩へ仕事の引き継ぎを行っている。

 つまり、生徒会に所属する下級生からすれば、卒業式より先に一つ上の先輩との別れを感じるイベントにもなっている。

 奏音はその体育祭終了後に光に告白をしており、そうすることは告白する前から優芽、そして友莉に相談されていた。

 だが優芽が記憶を掘り返せば、確かにそれ以降、はっきりと奏音から光への想いを聞いたことは、ない。

「私も偶然に見かけてしまったんです……ほんと、ああいう場には遭遇したく、ないですね。私まで辛い気持ちになりました」

「そっか。そっかぁ……」

「あくまで私が見たのは手作りの包装を差し出す奏音先輩と、それを拒否した光先輩の姿だけですが、状況証拠としては十分でしょう」

「私たち、親友なのにな……言いづらかったの、かな。あ、ううん。だから、言いづらかったんだよね……」

 きっと、何でも聞いてあげられたはずなのに。

 きっと、泣きじゃくる奏音に何度でも励ましの言葉をかけられるのに。

「そんなの嫌に決まってるでしょ、普通」

 珠子が若干の怒気を帯びて口を挟む。

 既に優芽は自分の言葉の残酷さを理解していた。

 親友だからこそ。

 何でも聞いてくれるだろうし。

 何度でも励ましの言葉をかけてくれるだろう。

 だからこそ、言いづらいのだ。

 自分の好きな人が、自分の大切な人が、自分のために無駄な時間を使ってしまうことを。

 だからこそ嫌がってしまうのだ。

 奏音はそう考えて、絶対に失敗する告白を一人敢行したのだ。

 体育祭の時には様々な事情があったにせよ。

 そんなこの世ならざる不思議など一切関係なく、ただ一人の少女として、ただ一人の相手として認めて欲しくて。

 想いを自分の内側だけで留めておくことができずに。

「そりゃ、慰めて欲しい時もあるよ。我が儘言いたい時もあるし、否定して欲しい時だってある。でも、親友って存在は互いにわかり合いすぎてるからこそ、私が求めること全部できちゃうんだよ。私が一番欲しい言葉を、態度を、行為を、与えることができちゃう。代償なんて、一切考えずに」

「みもりと詩織も、同じことを言ってましたよ。二人とも、『相手に時間をあげたい』って。互いに、私がいなければもっと色んなことができるはずなのに、私のために何もできてないんだ、って。馬鹿ですよね。お互いがいなきゃ、この今ですらないのに」

 奏音が告白のことを何も言わなかったのは。

 親友である友莉と優芽が、傷心している奏音に無駄な時間をかけなくて済むように、なのだろう。

 それくらいのことを奏音は考えるだろうと優芽も思う。

 気を遣っているのではなく、気を遣わせたくないのだ。

「じゃあ、弥々ちゃんは、そんな想いの吐き出し口が無くなった奏音がこの時間を狂わせているって推測しているんだね」

「はい。一番しっくりきますです。私たち、不思議だとか能力だとか時間だとか世界だとか、好き放題評論家気取りに論を重ねてますが、正味私たちの世界なんてものは高校生活とニアリーイコールです。悩みなんて小さな人間関係程度です。だからまた私たちが何かしたのであれば、それは小さな人間関係の中での問題だと思っています」

「そう、だね……一つの考えとしては、すごく、信憑性が高いと思う」

「はい。優芽先輩の言うように一つの考えにすぎません。同じような理論だけで語るなら、やっぱり綾お姉ちゃんが卒業しちゃうって理由で優芽先輩が引き起こした線も強いです」

 確かに、同じく卒業というイベントが鍵であるなら、卒業していなくなる先輩を悲しむ誰かによる仕業、という動機付けは非常にわかりやすく、納得がいく。

 単純ながら強い想いは、時間を捻じ曲げる力となることだろう。

「ま、それはそれで良いとしても、やっぱ気にしないといけないことはあるんじゃない?」

「気にしなきゃ、いけないこと?」

「だね、たまちゃん。ただこれだけで良いはずがないって、私も思うな」

「え、な、なんだっけ?」

 勿体振ることをしない珠子は優芽の目を真っ直ぐに見つめて、間髪入れずに応えた。

「やーちゃんみたいにただただ願いが零れて目を合わせるだけの能力ならいいんだけどさ。もしもこの今の状況が、萌映の言うように『誰かの死』が近づいて発現したものなんだとしたら……私たちの周りの一体誰が死んじゃうんだろうね」


 いつだって。

 (こいねが)う行為には。

 代償が必要である。

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