祈りイコール
二日間も続けて学校をサボることは、さすがの優芽も初めてで躊躇いがなかったといえば嘘になる。
本来であれば学校にいるはずの時間に町中へ繰り出す胸躍る感覚は既になく、普通に担任の先生から家に電話がいくのではないかと優芽は恐れている。
詩織から「じゃあ枸杞駅の方に向かってしまいましょう。サボタージュです。青春です。ある意味生徒会活動です」と言われた優芽は数秒悩み、結局詩織と共に枸杞駅へと繰り出していた。
枸杞駅は優芽らの通う幸魂高校から電車でおよそ十五分程度の距離にある、幸魂高校の生徒の大半が遊ぶ場所として選択する場所である。
大きなショッピングモールから娯楽施設、ファミリーレストランまで揃っており、いつも多くの人で賑わっている。
さすがに制服姿の女子高生二人で堂々と人が集まりそうな場所は避けるべきだっただろうかと考え、せめてもの抵抗で大通りを避けた店に入った。落ち着いた雰囲気を醸し出すこのカフェは優芽のお気に入りで、何度か校則を破って放課後訪れたことがある。
ブレンドコーヒーを注文した優芽は、対面に座りモンブランを美味しそうに頬張る詩織の笑顔を暫く眺めていた。
自由奔放と言うべきか、詩織は優芽の視線など気にもしていないようで、あっという間にぺろりと一皿平らげてしまった。がっついているようで、ナイフやフォークの作法は妙に様になっているから不思議である。
ここまで自然体でいられると、優芽自身すら相談内容を忘れてしまいそうになる。
「あーうまうま。甘さと甘さを足し合わせたら幸せに決まってますよねぇ」
「うん? ん、まぁ、そう、だね」
意味はわからなかったが相づちは打っておく。
「それで私は、あなたのこと、なんて呼べばいいのかな。先輩」
「そうだね……」
優芽は一瞬躊躇い、今更何を隠せるというのだ、と自己完結して、ひとまず現在考えられる一番の可能性を口にする。
「萌映って呼称が正しい、かな。でも先輩だけでいいよ。私も、面倒だし」
「萌映先輩ですか。へー。へーえ。あれですか。多重人格ですか。解離性同一障害ですか」
「診断してもらったわけじゃないから、なんとも。けど、解離してるようなしてないような、混ざってるような混ざってないような気がするんだ」
「なるほどです。まぁ私らしさなんて定義からして曖昧ですからね。そんなこともありますよ」
あっさり納得する詩織は普段と何一つ変わらぬ口調でそう言ってのけた。
そこには嘲笑も呆れも恐怖も一切なく、ただ事実をそうだと受け入れるだけの確認の言葉だった。
今更ながら、自分のことを存分に棚に上げながら優芽は後輩の精神性が少しだけ心配になった。
さすが、幸魂高校で生徒会役員を務めているだけあると褒める人もいるのだろうが。この場合はさすが、この世ならざる摩訶不思議に一度人生を滅茶苦茶にされた経験のあるだけある、と表現すべきで。
類似の経験をしている優芽ですら、詩織が心に負ったその傷の辛さなど、痛みなど想像もできない。
こうして普通に彼女らしく笑うために、一体どれだけの苦しみを耐え抜き、どれだけ自己嫌悪を繰り返してきたのかわからない。
それだけ詩織は強く、逞しい。
「私はね、なんか変だなってずっと思ってたんです。たまに優芽先輩、まるでここにいないんじゃないかって目をしているときがあったから。それに優芽先輩らしくもなく、淀みなくすらすら意味不明な文章を語るときがあったから。変なのって」
「それは、ちょっとだけ、傷つくなぁ」
「あは、ごめんなさい。嫌味を言っているつもりは全然ないんですよ。結果オーライです。私たちは今ここにいます。さ、先輩、事情状況推測結論洗いざらいお願いします」
「今の私にわかることだけね」
今わかることはそのほとんどが推測にすぎない。
そのように前置きをしてから優芽はまた語り始めた。
奏音には語らなかった、自分の内面の変化にも言及する。
まず異常の始まりは、既に起き終わっていたこと。
それが自分にだけ聞こえる幻聴であるということ。
幻聴は自分の幻だと適当に考えていたら、自分の知らない人物名を言い始めたこと。
その言葉に聞き覚えはない、なんて言いながら、実は心のどこかに引っかかるものがあったこと。
自分の意思とは関係なく、口が勝手に動いていること。
幻聴だと思っていたものの正体が、憐れ自分自身の口から発せられているものだったこと。
つまり幻聴でもなんでもなく、ただ無意識に発した自分の言葉を意識しただけだったということ。
無意識を意識始めてからというもの、日記に書いた憶えのない、否、正確にはこれまで書いたという事実を意識してこなかった文章が浮かび上がった。浮かび上がるも何も最初からそれは隠れておらず、優芽が自分で勝手に認識から外していただけだった。
その無意識がどこに由来するのかを考えると、無意識が語るところの夢叶萌映なのではないかと考えた。
ではこの夢叶萌映が求めるものはなんなのか。
萌映が優芽の異なる人格であるということは怖いことではない。不思議でもない。むしろ納得がいくくらいである。
しかし、そうだとしても綾文紀実と櫛咲玖亜の名はよくわからない。
ここで何故綾文、そして櫛咲の名字が出てくるのか。
優芽が世界で一番嫌う男の姉の名前がなぜ出てくるのか。
綾文紀実という名にも聞き覚えがない。
綾か弥々、或いはあの男も多重人格だったりするのだろうか。
なんにせよ、萌映は優芽に失われた何かしらを知っていそうである。
それだけわかれば優芽にとっては十分。
と、ここまでであれば良かった。ここまでの事件なら、優芽一人で、優芽と萌映一人で終わるだけの事件だった。
起きてしまった事件は、優芽のそれとは全く別で、全く異なり、全く意識の外だった。
優芽の主観において、一日という時間が失われてしまっていた。眠りにつき、朝起きたら二日後の朝だった。
それも、認識しているのは現在少なくとも優芽だけ。
友莉に働きかけ。
奏音には働きかけず。
しかし昨日という概念は二人には存在していた。
と、なれば。
推理小説とすれば稚拙すぎる程に、事件として捜査するには証拠が揃いすぎている様に、優芽には純然たる事実として自分が、夢叶萌映が引き起こしたものだと認識できた。
自分でない自分が幻聴として何かを呟く。
自分でない自分が気付かぬうちに日記をしたためる。
自分でない自分が不思議の力を行使する。
不明なのは動機だけ。
そこまで辿り着いた優芽は自分で解決しなければいけない問題に対して、アプローチを始めたものの、萌映が引き起こした事件に対する優芽としての立場について微妙に困っていた。
責任の所在を問うわけではないが、しかし自分でない自分に対してどこまで非情になるべきか、どこまで寛容になるべきか。
少しだけ悩んだ優芽はしかし、すぐさま考えを改める。
どのような事情であれ、もう二度と使わないとしたはずの能力を使った時点で情状酌量の余地はない。
そもそも万が一自分でない誰かが引き起こしたものだとして、もう二度と、誰にもあんな想いを抱いて欲しくない。
無限に堕ち続ける地獄。
もがき苦しみ嗚咽しか発せられなくなる闇。
嘘も本音も死に絶え、無しか自分の内に残らなくなってしまう感覚。
幸せも不幸も感じなくなる、という何よりの不幸。
だから、と優芽は自分が犯人である確実な証拠を探していた。欲していた。
優芽が、もしくは萌映が犯人なら、それだけで終わる。
最終的には奏音も友莉も含め全員が優芽を非難して、たったそれだけで幸せな卒業式を迎えることが出来る。
少なくとも、綾に害を与えることなく終わらせることが出来る。
否、綾にだけは何も知らせず、何の害もなく全てを終わらせなければならない。
動機にも綾が絡んでくることは間違いないと優芽は断定しているが、それがどんな経緯であれ。
結末は既に決めている。決めてある。
現実がどうあれ。
そういう風に、する。
「へぇ……それが結論ですか」
平たい声色で詩織は呟き、優芽ではない誰かの目をじっと見つめた。
まるで真意を探られるような彼女の眼差しから、優芽は思わず目を背けてしまう。
その仕草が可笑しかったのか、詩織は破顔した。その笑顔は普段の詩織がよくする全開のものではなかったが、常よりも綺麗なものだと優芽には思えた。
「よくわかりました。全部わかりました。先輩がどうしたいのかもちゃんと伝わりました。もうしょうがない先輩ですね」
まったく詩織の感情が読めない優芽には、詩織の言うところにおける全部の指すものはわからなかった。
優芽の語る全てなのか。
それとも優芽の語るものに加えて詩織自身が持つ何かを合わせてのことなのか。
どちらにせよ、優芽に言えることは現状、味方は必要ないのでこっそり見守っていて欲しいという宣告くらいである。
「決めたこと、だから。詩織ちゃんには悪いけど……何もしないでいて欲しい」
「ですか。ですよね。難しいことをさらりと言いますよね先輩は。極力先輩の意思は尊重するように心がけますけども、まぁ無理じゃないですかね」
「あのね、でもこれは私の問題で」
「先輩の問題はもう私の問題とイコールなんです。例えば先輩にとって綾文先輩の問題がイコールになっているように、先輩にとって奏音先輩の問題がイコールになっているように、先輩にとって友莉先輩の問題がイコールになっているように。私は、先輩が優芽先輩だろうが優芽先輩じゃなかろうが大好きなんです」
「……」
まさかの告白に、優芽は返す言葉を失う。
後輩である詩織が自分のことをどう思っているかなど、考えたことがなかったからだ。
好きだと言われて初めて、優芽は自分がどこか安堵していることに気付く。自分の問題など一瞬のうちにどこかへ吹き飛んで、嬉しい感情から来る幸福感に満たされる。
(冷静に、なれないくらい、嬉しい……な)
単純極まる優芽は眼前、特別な発言をしたとは露ほども考えていない脳天気な詩織の目を、今度こそしっかりと見つめた。
後輩という存在は、なんとも不思議である。
学年で言えば、年齢で言えば一つしか違わない。人によっては誕生月の関係からほとんど同じ場合もある。
だと言うのに、後輩に好きだと言ってもらえることは、優芽にとって奏音や友莉からもらう言葉とはまた違った響きをしている。
「……そっか。詩織ちゃん、私のこと、好き、なんだ」
「話ちゃんと聞ーてましたか? 好きじゃなくて大好きなんですってば!」
「あ、うん……あ、ありがと」
真っ直ぐすぎる詩織の言葉に、優芽は顔が熱くなるのを感じる。露骨に赤くなってやしないか不安である。
顔を冷ますように、気持ちを落ち着かせるように、まだ温かいままのコーヒーはそのままに席を立ち、レモンティーを注文する。
いつも柔らかな笑みだけを浮かべる店長と思しき老紳士が眉に皺を寄せるのではないか、と勝手な不安を抱いたが、その表情は何も変わらなかった。
老成した人の目には、高校生という時分はどのように映るのだろうか。
ひょっとすると、誰も何も言わないだけで、誰だって今の自分と同じような経験をしてきているのではないだろうか。
もしも、それが本当であれば。本当であってくれるならば。
「あらあら先輩不思議ですね。あったかーいの次はつめたーいをご所望ですか。相反してますね。それとも、優芽先輩と萌映先輩とで好みが違ったりしちゃうんですか」
「この今も、いつか過去になったら笑い飛ばせるのかな」
「今は今ですし過去は過去ですよ。過去のことも今のことも今笑い飛ばしてください。いつか助かるんじゃなくて、かつて助かったんじゃなくて、今助かってください。だから今の私に今の先輩を助けさせて欲しいです」
年を取った後のことなど考えてどうするのだ、という言葉をここまで詩織は詩織らしく語ることができる。
優芽にはそれが既に眩しい。
詩織にとっての世界は今しかなく、今だけが真に価値があるという感覚をはっきりと持っている。
「じゃあ、知恵を貸して欲しい。私はこの事件を、私が犯人でした、で終わらせたい」
「そこは、譲れないポイントなんですね? 例え事実がどうであれ」
「うん。自己犠牲とかじゃないの。そうしたいんだ。他の誰でもない、私のために」
「そ、ですか。先輩がそうしたいなら、私から否定材料を提供することはしません」
その詩織の言葉はまるで現時点で既に否定材料があるかのようだったが、優芽は殊更指摘しようとはしなかった。
もしも詩織が何かに気付いたのだとしても、彼女は今、否定材料を言いはしないと宣言している。
「あ、でも、事実として、この時間軸で見たところの未来の詩織ちゃんと私とで、認識の差があるかもしれない。だから、借りたいのは、そう、詩織ちゃん風に言って今だけなんだ」
「また明後日に先輩が行ってしまったら、明日何かを経験した私がお相手するわけですからね。まぁまぁ気味が悪いですね」
「でも、わからないのはまさにそこなの。私は未来に向かって飛び級しているはずなのに、どうしてか、昨日の私が今日に向けて中途半端に未来を知ってるかのような行動をしている」
「未来を語らぬ未来人ですか。つまり、今は未来に向かってスキップで向かっているのに、また過去にも戻っているらしい、と」
「うん。それで、語らないなら語らないでいいんだけど、中途半端に、が気になる」
「誰かを助けるために過去に戻ってきたのだとしたら、報告連絡相談がなさすぎるって印象ですね。確かに。とはいえ、何も知らないのだと仮定するには、行動が謎すぎる。ふむふむ、お言葉ですが先輩」
「え、なに」
「先輩てば、大概行動が謎すぎるからちょっと私にはその機微たるはわかんないです」
「リコールしようか」
「せめてチェンジって言って欲しいです。欠陥製品じゃないんです。先輩が変なのが悪いんです」
詩織が実に失礼なのもいつも通り。
だが、詩織目線ではそれが事実なのだろう。大好きと恥ずかしくもなく言えるだけの想いがあるからこそのこの態度。大切なものを大切だと言える詩織は、わからないものをわからないとも言える。
優芽が時間をかけて何度も言おうか迷って右往左往してしまうようなことを平然とできる詩織の力はとても強く、軸が全くぶれていない。
「でも、いいんですか。奏音先輩に友莉先輩のことは。奏音先輩とは昨日、いえ、一昨日決別を告げたまま。友莉先輩はさらにその前に疑心暗鬼を残したままなんですよね」
「うん……うん、そうなんだよね」
「今から話しに行きますか?」
「でも、何にも話さず勝手をしたこと、怒ってたからなぁ。そうなるのわかってて話してない私のことも信用ならないし」
「え? あぁ友莉先輩のことですか。そりゃ怒りますね。明らかに異常事態に巻き込まれているのにヘルプも出さなきゃ説明もなし、とかやったら私のみもりも怒ります」
いつみもりは詩織の幼なじみで親友の枠から所有物になってしまったのだろうか。
優芽は枝葉末節には触れず、重要な部分にだけ言及する。
「でもなぁ……」
「引っかかるとこでもおありですか?」
「覚悟の上で拒絶したんだしさ。昨日の今日でごめんなさいって、言うのは、ちょっと」
「昨日の今日も一昨日の今日なんですけどね」
なんとも戯れ言である。
昨日だろうが今日だろうが、既に壊れてしまった時間の流れに意味が付加されるはずもない。
同じなのは優芽と詩織で今を共有していることだけで、過ぎた時間は少しも合致していない。
詩織はまさに、道を違えたはずのみもりと今は共に歩んでいる。それはみもりにとっては当たり前で、部外者である優芽にとっても勿論当然のことのように見えるが、しかし詩織にとっては違う。
詩織は今を諦め、未来を諦め、しかし過去だけは決して手放さなかった。
その結果、詩織は自分自身の人生を丸々一回分失ってしまった。
少なくとも詩織は喪失を覚悟していたわけだが、しかし親友であるみもりが詩織の覚悟も願いも全てを否定し、ただ詩織と共に生きていたいという我が儘を言って、詩織はそれに頷くことしかできなかった。
そうして得られたのが、詩織にとっての、今。
よくもまぁ平気な顔で笑っていられるものだ、などと優芽は思わない。
お気楽で調子者である詩織の性格に突っ込むことはあっても、詩織がどれだけ苦しみ、その苦しみを隠して笑っているのかを、それこそ理解できないからこそ優芽に触れることなどできやしない。
「えと、奏音先輩は? 友莉先輩も気にはなりますが、気にするべきだとは思いますが、致命傷は割と奏音先輩じゃないですか? 友莉先輩はあくまで先輩が時間を巻き戻さないって約束を破ったことを断罪しただけですし」
「致命傷だから後に引けなくて困ってるの! 後に引かないために決裂したの! 察して!」
「わー、先輩がこんなに大声出せるってこと初めて知りました。状況とシチュエーションと立場やら環境が違えば感動していたかもしれません」
「それ、ほぼ、一緒」
「……困ってるけど、ね。後悔はしてないんだよ。さっきも言った通り、私は今回、私が悪かった。私がまた何か皆を狂わした。私が私欲のために能力を使った。ああ、夢叶優芽は嫌で卑怯で性悪で卒業できて清々するって話で終わりたい」
「卒業、ですか。さっきも言っていましたね。こだわりますね。奏音先輩の推測でしたか。体育祭、文化祭と来て二度あることは三度ある、三度目の正直、石の上にも三年、三日坊主、三人寄れば文殊の知恵、三種の神器、二束三文、三つ子の魂百まで、三日天下、仏の顔も三度までこと卒業式でまた何かが起きているんだと」
「え、と、うん、朝三暮四だね」
ひとまず詩織のノリに合わせておく。
よくもまぁあらかじめ用意していたかのようにすらすらと慣用句やことわざが出てくるものだと半ば感心しそうになるが、そもそも会話が出来ていない点で大幅減点である。
頭の回転は早い癖にその早さを十分に活かせていない。
優芽が感じた詩織らしさは、実は親友であるみもりが常々口うるさく詩織に言って聞かせている内容とほとんど同じであった。
みもりは現在、詩織矯正計画を実行に移そうとしているらしく、優芽は直接相談されたことはないものの、順番的にはそろそろではないかと内心冷や冷やしていた。
こんな、異常な事件さえ起きなければ、だが。
「ま、奏音先輩は片付けてからでもいいとしましょうか。私からこっそり告げ口するのも、先輩達じゃ逆効果でしょうし。面倒くさいですもんね」
「お宅のみもりちゃんほどじゃないよ。ついでに詩織ちゃんほどじゃないよ」
「私はさておきみもりに関しては賛同です。ちょっともう最近悩んでいるみもりが可愛いを通り越してむかついてきましてますし」
「え、なんで。可愛いよ? あんなに誰かのこと、想えるなんて、素敵だと思う」
「それ誰かの為だかに時間まで巻き戻して数ヶ月を繰り返してた人が言う台詞じゃないですよー。あのですね、両想いをだらだらしてるあやつらには愛想が尽きるってもんです」
「秋山くんは、狙ってみもりちゃんに告白してなさそうだけどね」
「それはそれで腹が立つんですぅ! 付き合えよ! なにあれ!? なんかもう付き合ってないからこそのイチャイチャを楽しんでるまである!」
「……みもりちゃんは、秋山くんが自分を好きだって自信が全然なくて、でも、今もいい雰囲気だとは思っていて、それすらも壊れちゃうのが怖くて告白できない。秋山くんは、みもりちゃんが自分を好きでいてくれてるらしいってことに気付いていて、自分も好きだって気持ちを隠そうとはしてなくて、でも言葉にする前に気付いて欲しいと思っていて、行動はしていても告白はしない」
「うわぁ、状況だけ並べると気持ち悪さ倍増ですね。いやもう私、二人のことは認めているんですよ。全然。親友の目から見てもお似合いだと思うし、秋山くんは、ま、悔しいけれど合格。今後のことはわからないけど、きっとこの高校生活の間は少なくともみもりを幸せにしてくれると思う。私なんかよりもよっぽど、みもりの人生を豊かにしてくれてるって……あぁ、まぁ、うん、そう、そうなのかも」
「えと、何が?」
「先輩。もしかしたら、の可能性のお話をします」
「あ、はい」
本題に入るタイミングが全くわからなかったので、詩織が冗談をこれから言おうとしているのか、真面目な話をしようとしているのか、優芽には皆目見当がつかなかった。
かつてホットとアイスを自称した飲み物は既に双方いい塩梅にぬるくなっており、適温が持続する時間はこうも短いものだなと、優芽は自分の人生の幸せの在処を過去に見出しながら感じる。
過去に幸せな記憶がある。
だから、もう幸せは、来ない。
「未来人が未来を語らないのは、語らなくても未来がいいものになるって、知っているからかもしれませんね」
詩織は、笑う。
優芽は。
「ポジティブにいきましょう」
詩織は、笑う。
優芽は。
「先輩は無事に悪役を完遂して、一段落したところで私に救われちゃうんです。どうです? 最高でしょう?」
優芽は。
「先輩の考えは、尊重したいです。でも、私だって大好きな先輩をこのままになんて、しておけないです!」
優芽は。
「だから、お願いです。お願いがあるんです。先輩」
優芽は。
「どんな結末になったとしても、自分を責めることだけはしないでください」
優芽は。
「どうか、最後には笑っていてください。じゃないと……私が自殺してやりますから」
そうして、ようやくと優芽は、笑う。