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第4話

キスはされたが「好きだ」と言う言葉は頂戴していない。あれ以来キスもしていない。葉君のキスにどんな意味があったのか私は測りかねている。心射られた自覚はあったけれど、それ故に「私のことどう思ってる?」という質問は簡単に出来ずにいる。「天音さんは僕にとって尊敬すべき人ですよ。」などと微笑まれては、つるりとした真珠のように傷のない心が抉れてしまう。抉れた時の痛みを思うと中々口に出すことが出来ない。ああ、葉君の心も私の黒い長い髪で縛れたらいいのに。

夏休みも我が家に入り浸っていた葉君であったが9月に入る頃、葉君の家族関係を知った葉君の実母が怒って、葉君のお父さんから葉君の親権を取り上げた。葉君は地方にあるという葉君の実母の家へ引っ越すことになった。


「天音さんの作る食事は優しくて暖かい味がしました。ありがとう。」


そう軽やかに微笑んで、葉君は私の前から姿を消した。



***

「私…弄ばれたのかなあ…」


茫然と呟いてしまう。ファーストキスまで捧げたというのに、葉君の退場はあまりにも呆気ない。あんなに悠然と微笑んで旅立たれると何か胸にもやもやとした蟠りが残る。


「ファーストキスが何よ。犬に舐められただけよ。」


親友の新藤友近しんどうともちかが慰めてくれる。男の子みたいな名前であるが女の子である。それも学校屈指の美少女。私は男子にとって「新藤さんにこの手紙を届けて欲しいんだ!」と気軽に呼び出せるメッセンジャーである。私は男子なら堂々と告白した方が男気があるのではないかと思うのだが…。友ちゃんは撃墜女王として名を馳せている。


「誰か男紹介しようか?」

「要らない。傷心なの。」


ハートブレイク。どうも男の子好きになれそうにない。

友ちゃんは肩を竦めた。


「なんか楽しいこと考えようよ。うちのハムタンは電気を消すとカラカラロール回してる音がするけど、電気つけると。『なんやねん?』って顔で見てくる。」


友ちゃんは最近飼い始めたハムスターに夢中である。私は動物は嫌いでもないが、好きでもない。


「友ちゃんに構ってほしいのかもよ?」

「ハムタンはケージから出すと暴れるからなあ。やんちゃなんだよ。」

「早く丸々と肥えると良いね。」

「食うために育ててるわけちゃうで!」


ノリツッコミしつつ会話する。

因みに今は学校の昼休みである。友ちゃんは友ちゃんのお母さんお手製の、私は私お手製のお弁当を食べている。


「エビチリおいしそー。」

「味見する?」

「するするー。」


今日はエビチリと、青椒肉絲と、焼売と、春巻きと、酢豚がたっぷり入った中華弁当なのである。おにぎりは普通の昆布と、たらこだけどね。


「んまー…」


友ちゃんはエビチリを箸で摘まんで食べて、頬を緩ませている。

二人でのんびりランチ。


「まー…雨の中、濡れ鼠の少年を拾うとか、普通はドラマが始まるシチュエーションだけどね。」


友ちゃんが笑った。


「ドラマチックなシチュエーションにときめいちゃっただけなのかなあ…」

「人生にドラマは転がってるよ。いつかまた天音のハートを射抜く狩人も現れるさー。」

「友ちゃんのドラマは?」

「それは言いっこなしで。」

「モテるのにー…」


友ちゃんは恋にはあまり乗り気でないらしい。まさに高嶺の花だね。だから男子も夢中になっちゃうのかもしれないけど。直ぐに手折れる道端の雑草はそそらないですか、そうですか。



***

友ちゃんは私のハートブレイクを忘れさせるように楽しげなことばかりを企画した。サプライズな私のバースデーパーティー。私がパンプキンパイを焼いて二人して仮装をして写真を撮ったハロウィンパーティー。アウトドアな紅葉狩り。初心者のスキーやスケート。手作り友チョコのバレンタイン。友ちゃんは私以外の誰にもチョコをあげてないのにホワイトデーにはお返しをいっぱい貰っていた。

卒業式には3年の先輩に沢山告白されていた。友ちゃんへの告白待ちの行列は思わず「ここが最後尾です」とかプレートを持たせたくなる光景だった。


「新藤、モテモテだったな。」


数学担当の伊沢いざわ先生に冷やかされて、友ちゃんが照れていた。伊沢先生は中々若くて男前の先生だ。面倒見のいい先生で生徒からも人気は高い。


「アハハ…いいでしょ?せんせーのお嫁さんになってあげようか?」

「はっはっは。ありがとな。だけれど先生は売約済みだ。今年の6月に挙式する。羨ましかろ?」

「爆発しろ!!」


友ちゃんが笑って罵った。


「お前も早く爆発できると良いな。」


伊沢先生は友ちゃんの頭をポンポンと撫でて去って行った。


「…………本当に、ばく、はつ…しろよぉ…」


俯いて友ちゃんは泣いていた。私は友ちゃんが今まで男の子の告白に乗り気でなかった理由を知った。友ちゃんは報われない片思い中であったらしい。

私は友ちゃんを無言で抱き締めた。

私と友ちゃんは失恋パーティーをした。オレンジジュース片手に酔っぱらってるふりをした。


「男なんて星の数ほどいるー!!」

「そうだそうだー!!」

「失恋がなんぼのもんじゃー!!」

「そうだそうだー!!」

「綺麗になって悔しがらせてやるー!!」

「そうだそうだー!!」


やんややんやとするめ片手にオレンジジュースを飲んだ。


「絶対せんせーよりいい男捕まえてやるー!!」

「そうだそうだー!!」

「天音もだよ?」

「前向きに考えて善処いたします。」

「政治家みたいな回答は禁止だー!!」


くすぐられた。

でもね、友ちゃんがまだ忘れられないみたいに、私もまだ忘れられないんだよ。葉君元気にしてるかな。お母さんとどんな生活してるんだろう。葉君の新しい住所は知らない。地方とだけ聞かされている。知ってれば手紙の一つも送ったかもしれないけど、その分切なくなったと思う。私の黒い長い髪にも葉君を絡めとれる情念が宿っていれば良かったのに。




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