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第3話

「天音さん、一緒に花火大会に行かない?」


その一言で葉君と花火大会に行くことになった。

紺地に朝顔の模様の入った浴衣を身に着けた。帯は茜色。全体的に若々しい印象の浴衣。長い黒髪もアップにして簪で結っている。うっすらと化粧もして華やかな装い。鏡の中で微笑めば、花が咲いたようにパッと明るく見える…と自画自賛してみる。金星を象徴する女神ほど美しくもないけれど、まあ、年頃の乙女が持ち得る最低限の愛らしさは有しているはず。

私が思うにこれはデートと言うものなのではなかろうか。

なれば私は狩人の弓を浴衣の袖に隠し、葉君の心を射なければならぬ責があるのではないか。…戯けたことを考えつつ、待ち合わせ場所の駅に行くと葉君がいたTシャツにジーンズにスニーカー姿だった。要するに普段通りの服だ。


「やあ、天音さん。浴衣姿が可愛いですね。」

「ありがとう。」


そつなく褒めるなあ。もう少し若者らしい照れがあってもいいのではないかと思うのだが、こういうところが葉君を浮世離れした人形じみて見せる一因だと思う。


「でも銀平は渋いですね。」

「簪、これしか持ってなくて…」

「似合ってはいますよ。」


ちょっとシンプルめの銀平なんだよね。透かしで花が彫られていて美しくはあるんだけど。祖母が買ってくれたものなのだ。父方の祖母。今はもう亡くなってしまってるけれど。

まだ花火には時間が早いので、出店で食べ歩き。タコ焼きやらじゃがバターやらを食べた。


「じゃがバターって、高々ジャガイモとバターと塩にどれだけ暴利を貪ってるのでしょう?」


真面目な顔で葉君が言うので笑ってしまった。


「仕方ないよ。美味しいもん。一般家庭ではよく作るのかな?うちでは蒸し器を出さないからあんまり作ったことないよ。」

「うちでも出てきたことないですね……美味しいのが悔しいです。」

「一人1個食べると胃にもたれるけどね。」


葉君と半分こだが、半分こが丁度良い。


「金魚掬いもしよう。」


2人でチャレンジしてみたが、結果は私0匹、葉君1匹であった。物語のように一人で何匹も掬って「キャー!すごい!」ってならないね、と言ったら葉君は笑っていた。金魚をお店のおじさんに返した。葉君がカバンから取り出したウエットティッシュで手を拭い、食べ歩きに戻る。

目玉焼きの乗った焼きそばを食べた。


「不思議だなー。家でも焼きそばは作るけど、屋台のはちょっと違う味がする。」

「そうですね。何か秘密があるのでしょうか?」


葉君も首を傾げている。


「あ、ヨーヨー釣り。」

「やって行きましょうか。」


二人とも1個ずつ釣れた。


「あの紙のこよりは絶妙に1個しか釣らせぬようにしてあると思う。」

「ヨーヨーばかり幾つも貰っても仕方なのでいいのではないでしょうか?」


葉君クールだよ!二人でバズバスヨーヨーをはねさせながら練り歩いた。


「そろそろ時間でしょうか。」


葉君がちらりと腕時計を見た。

デザート用の林檎飴とかき氷を買って移動した。花火は超迫力の花火大会会場からは少し離れた、川沿いの土手にレジャーシートを敷いて見る段取りだ。葉君が大きめのレジャーシートを敷いている。離れたところにまばらに人がいる。レジャーシートの上でかき氷をシャクシャクやりながら花火が上がるのを待つ。

ドォォォオオン!


「あ、あがったね。」


色取り取りの花火が上がる。夜空に閃光が散らされ美しい。いくつもいくつも上がる。


「ねえねえ、葉君。私、あれが好きなの。しだれ桜?しだれ柳?何かつつつーって火花が尾を引くやつ。」

「しだれ柳ですね。錦冠菊にしきかむろぎくのことです。僕も好き。」

「葉君物知りだね。」

「物知りって言うか、物好きなのかも。トリビア的なのはちょっと興味あります。」


二人でお喋りしながら花火を鑑賞した。


「葉君は花火好き?」

「勿論。美しいものは好きですよ。例え触れれば大火傷じゃ済まないものだったとしても。」

「手持ち花火も好き?」

「そうですねえ。もう何年もやってませんが、線香花火が好きですよ。あの花火を好む人は存外に多いと聞きますが。」

「私も好き。」


どぉぉぉおおん、どぉぉぉぉおおん、と上がる花火を見つめる。夜空にまき散らされる火花が美しい。うっとりと見惚れる。

かき氷を食べ終わった。

ふと、葉君の視線が私に集まっているのに気付いた。


「どうかした?」


にこっと葉君に微笑みかけると、葉君は真剣な顔をした。真剣な表情をされると、少し男性味が際立つ。


「僕は、やは肌のあつき血汐に触れたい方なんです。」


葉君に引き寄せられて唇に口付けられた。かき氷を食べていた唇は葉君の唇をすごく熱く感じてしまって…ドキドキと胸を高鳴らせる私の唇を葉君は角度をえて数度食んだ。


「あまい…イチゴ味。」

「ばか…」


ファーストキスだったのに、あっさりと略奪されてしまった。それが決して嫌ではなくて、嫌でないからどんな顔をしていいかわからない。どぉぉぉおん、どぉぉおおん、と花火の音とともに心臓が響いている。

私より葉君の方がよっぽど優秀な狩人であったらしい。こんなに容易く心を射られるとは情けない。



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