第1話
夕食の支度を始めよう。とした段になってお醤油を切らしていることが発覚した。もう今日の夕食は筑前煮って決めてるのに!!
仕方なくとぼとぼとコンビニまでの道を歩む。コンビニに小ボトルの醤油が売っていることは知っているが、大ボトルの醤油なんて売ってたっけ?ダメならもうちょっと先のスーパーまで足を伸ばさねばならぬのだが。
空模様は曇天。雨など降らねば良いが。
とぼとぼと道すがら、公園に通りかかると、一人の少年がブランコに揺られていた。
キイ…キイ…とブランコの揺れる音がする。
シャツと黒いズボン…制服か。私より少し幼く見える。中学生だろうか。
とても綺麗な整った顔をしているが、表情は陰鬱だ。
「どうしたの?」
興をそそられ聞いてみる。
「……別に、何でもないです。」
言いたくないってことか、無理には聞くまい。
「もう日が暮れるから早く帰った方がいいよ。」
「はい…。」
キイ…キイ…とブランコを漕いでいる。
私は少年のことを頭から追い出し、醤油を買いにコンビニへ行った。残念ながら大ボトルの醤油は売ってなかった。代わりに雨が降り始めたのでビニール傘を購入した。少し先のスーパーまで足を伸ばして無事醤油をゲット。ホクホクで帰路についた。
ザーザー降りの雨音の中に、キイ…キイ…と音がする。
まさか、と思い公園を覗くと、少年がブランコを漕いでいた。勿論傘など差さずに。
「ばかっ!何やってんの!すごい雨だよ!!」
私は少年に傘を差しかけて叱った。
「まだ…6時半…帰りたく…ない…」
そんな真っ青な唇をして何を言ってるんだ。
「家…帰りたくないの…?」
尋ねると少年が頷いた。
「じゃあ、うち…来る?」
誘うと迷うような素振りをした後頷いた。私は少年と相合傘しながら自宅のマンションに帰った。素早く湯船にお湯を張って少年を突っ込んだ。着替えはお父さんの未使用Tシャツと未使用下着、ジャージ下だけどいいよね。びしょ濡れの学ランのズボンを干して、シャツと下着はビニール袋に入れてもらった。本当は洗って乾燥機にかけてあげたいところだけど、初対面の女子高生に自分の使用済みの下着を洗濯されるのは思春期少年の心的になしな気がした。
私も少し濡れてしまっていたので着替えた。エプロンをして手を洗って、予定通り筑前煮を作る。豆腐とわかめのお味噌汁に、ほうれん草のおひたし、だし巻き卵も。白米は予約炊飯がセットしてある。
45分くらいすると少年がお風呂から上がった。
「あの…お風呂頂きました…有難うございます。」
「いいよ~。着替え大丈夫?お父さんのジャージ臭くない?洗ってはあるんだけど。」
「大丈夫です…服、お借りして申し訳ないです…」
「いいよ。夕食食べてく?大したもんじゃないけど。」
「そこまでしていただくわけには…」
少年の身体の方は正直で、くきゅう~…とお腹が鳴った。
「あはは。食べていきなよ。多めに作ったから。」
「……有難うございます。」
少年は食卓に着いた。ご飯とお味噌汁をよそってあげる。筑前煮は小鉢に入れられ、だし巻き卵もお浸しも小分けにされている。
少年は里芋を一つ口に放り込んでほっこり笑った。
「美味しいです。」
「良かった。私、新崎天音。高峰高校1年。よろしくね。」
「綾川一葉。三蔵中学3年です。」
「あれ?私も三蔵中学出身だよ。葉君みたいな後輩見たことないなあ…」
これだけ美少年なら目立つと思うのだが。ふんわりと色香すら漂いそうな美貌の美少年なのだ。
「3ヶ月前、こっちに引っ越してきたばっかりです。」
「そうなんだー?」
「天音さんはお父様と二人暮らしですか?」
「うん。」
私んちは父子家庭。お母さんは私が12の頃亡くなっている。お父さんはお母さんのことが忘れられず、再婚せずに男手一つで私を育てた。って言っても12から強制的に私が家事担当なんだけど。今では家事も中々手馴れている。いつでもお嫁に行けると自負している。
「素敵なお父様ですね。」
「そうかな~?中年だしお酒も好きだからお腹も出っ張ってきてるよ。最近はダイエットに執心してる。愛情深いのは嬉しいけどね。」
葉君は羨ましそうな顔をした。
「うちは…」
3年前ご両親が離婚して、葉君は父側に引き取られたようだ。葉君のお父さんは一昨年再婚して、葉君の義母は去年子供を出産したらしい。それからは葉君のお父さんと義母とその子供の一家族。葉君は蚊帳の外…みたいな感じで家の居心地がよろしくないらしい。露骨に虐待はされないが、何となくひんやりした態度をとられる。特に父が帰る8時までの義母とその子供と3人きりの家の中が最高に居心地がよくないらしい。だからさっき「まだ6時半…」って言ってたのか。
中学生が非行に走りだす一過程を見ているようだよ。そのうち盗んだバイクで走り出しそう。
「また…おいでよ。逃げたくなったらいつでも。ご飯御馳走してあげる。」
ニコッと微笑むと葉君は赤くなった。
そのうち父も帰宅して「おお!天音、男か~?隅に置けんな~。」とニヤニヤした。私は葉君を拾って来たいきさつを説明した。雨も激しくなってきていたし、父が葉君を車で家まで送っていくことになった。