5話 シャンデリアの灯
「名前ね」
ソファの背もたれにもたれかかった。思ったより背もたれはふかふかだ。もふっと鈍い音がして半身がソファに埋まった。
「俺は貝原雄治。」
「かいばら ゆうじ」
彼女は機械的に名前を繰り返しそのまま考えに耽ってしまった。なぜ名前を聞いただけでこんなに考え込むんだ?暫し考えてみたが無駄のようだ。彼女が考え込む間きらびやかなシャンデリアの吊ってある天井を眺めながら体を休めた。数分たち
「歳は?」
と訪ねてきた。
「歳?23だよ」
「どこに住んでるの?」
「さっき君と会った時にあったアパート。」
冴月はあぁ、と小さく言った。彼女、何も知らないで俺に近づいたのか。ますます奇妙な話だ。
「職業は?」
いよいよ職務質問か。もしやこの子は警察なのでは?な訳ないないか。自分から出た馬鹿みたいな発想に思わずため息がでた。
「某有名お菓子メーカーの工場で仕事してる。」
「・・・お菓子。」
そう呟いたきり彼女は彫刻のようにピクリとも動かなくなった。無表情だ。目は口ほどに物を言うと言うが彼女の場合口も目もなにを言っているのか分からない。こんなもんお手上げだ。
またシャンデリアを眺めようと天井を見上げた時、雷が鳴った。
今までも幾度となく雷の音を聞いてきた雷とは少し違った。打ち上げ花火が上がる時ピューっと音がするがその音がしたのだ。文字に起こしてみるとピューゴロゴロゴロという塩梅でどうもおかしい。それに雷はここから近い所に落ちたようだ。
外の景色を見たい。窓を探すため立ち上がってみた。見渡してみて気づいたがこの部屋に明かり一つ、先ほどから何度か見上げているシャンデリアだけなのだが、それにしては部屋が妙に明るい。正確に言えば部屋の明るさに群がない。どこも均一にオレンジ色の光が差している。こんなことがあるであろうか?
いや、もうこの世界に正常を求めるのはやめにしよう。この世界はもう、俺が知っている世界ではない。
静かに鼻で息を吸い、肺全体に空気が行き渡るのを感じてからフッと短く吐いた。
雄治の眼に暗くそれでいて鋭い光が映ったのをささやかに冴月の漆黒の双眼が捉えていた。