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「しかし、分かり切っている事とは言え……暑いのう」


 吸血鬼エルンは日光の下、舌をだしてとても苦しそうにしている。だがそれは、私が想像した姿とは全くかけ離れていた。

 勿論、私は鎧を冷却し続けている為暑さは殆ど無い。

 相手が吸血鬼なら、この力の事を話してしまっても問題ないのではないかもしれないが、そうすればこいつはさらに私の腕に組み付いてくるだろう。

 それどころか、おぶってくれなどと言って来る可能性さえある。つまり、こいつに一先ず離れてもらう事こそ、今の私にとって最大の急務であった。


「そんなに暑いなら離れたらどうだ?」


「いやじゃ。はぐれたらどうする」


「その時はさよならだ」


「おいおい、寂しい事を言うでない」


 それにしても、このような下らない会話を交わしたのは何時振りだろうか。

 などと、私が物思いに耽っていると、エルンは突然、服を脱ぎ始めた。

 暑さで頭がどうかしてしまったのだろうか?


「おい、(頭は)大丈夫か?」


「大丈夫じゃ!! 涼しいぞ!!」


 彼女はあっという間に全裸になってしまった。だが何という事だろう。全くなんとも思わない。

 この状況に、余りにも現実感が無いからか。


「日焼けとかしないのか?」


「せんわ! 見よこの透き通るような肌を! というかお主、なんでそんな平然としておるんじゃ! もしかしてホモか?」


「貴様の様な平らな身体を見ても何も思わん」


 エルンはむすっとした表情で私を見つめる。しかし、この日差しの中、平気で全裸になる小娘が吸血鬼、か。

 なんだか、私の中の吸血鬼のイメージが音を立てて崩れていくようだ。


「しかし、やっぱりまた暑くなってきたのう……」


 エルンは早くも全身汗だくだ。額から流れ出た汗が、へその辺りまで流れ落ちているという有様である。

 仕方ない……このままにしておいても五月蝿いので、私は"力"を彼女に見せる事にした。

 私がおもむろに右手をかざすと、彼女は不思議そうにしている。


「なんじゃ? わらわの胸が揉みたいのか?」


「揉めるほどないだろうが。いいか、よく見ておけ」


 私の手の平から勢い良く水が飛び出し、エルンはその場にすっころんだ。


「な、なんじゃ!? 手品か!?」


「これは、私の能力だ」


 私は、エルンに事情を説明した。生い立ちから、この能力が使えるようになった時の事まで。

 すると彼女は何度か頷き、私の肩に手を置いた。


「そうか……大変じゃったのお。お主、友達いないんじゃろ? 大丈夫、わらわが友達になってやろうぞ」


「悪いが、変態の友達はいらん」


「つれないのう」


 エルンは腰に手をあて、残念そうな表情を作る。いちいちわざとらしい奴だ。

 しかし、私は何故このような事を話したのだろうか。能力の事だけを説明することも出来た筈だ。

 そんな私の疑問を遮るように、エルンは私に要求をしてきた。


「おい、そんなことより、もっと水を掛けるのじゃ!」


「水は要らないんじゃなかったのか?」


「何を言う、それは飲む場合の話じゃぞ。浴びるのは大好きじゃ!」


 なら望み通り、水を与えてやる。先程より、かなり強い勢いで。

 エルンはこちらに尻を向けて派手に吹き飛ぶ。これは中々におもしろい。愉快だ。


「なにをするか! ……よし、もっとやれ!」


 エルンは水を掛けられる度、子供のようにはしゃいだ。

 最早水を浴びる事自体の方が楽しくなってしまったらしく、何時までたっても満足せず水を要求してくる。

 仕方なく私は水を出し続け、結局、日が暮れるまで水遊びに付き合わされるハメになってしまった。

 なんと無駄な時間だろうか……ショックの余り、私は頭を抱えその場にしゃがみ込んだ。


「くそっ……」


「ま、よいではないか。どうせ急ぐ旅でもなかろう?」


 確かに、それもそうではある。やってしまったものは仕方が無い……そう自分に言い聞かせた。

 取り敢えず、今日はここで野宿するしかなさそうだ。私は簡素なテントを張り、野営の準備をした。



「ふー、やっと涼しくなってきたのう」


 やはり、砂漠の夜は冷える。だが、相変わらずエルンは全裸だ。どうやら吸血鬼は寒い方が好きらしい。

 しかし、私は厚い鎧を着ていても寒気を感じるし、周囲は既にかなり暗いので、私は能力を使い、薪に火を付けた。

 おお、と目を輝かせ、エルンが火に手をかざす。


「便利じゃのー!」


 なんというか、今日一日、私はこいつに随分いいように使われているように感じる。

 それに問題なのは、何故か私が彼女の服を持ち歩かされている事だ。完全に余計な荷物だ。

 いらないなら薪代わりにでもしてやろうか。


「のぅ、他には何が出来るんじゃ?」


「風と、雷が出せる」


「ほー、すごいのう! みせ」


 私はその後の言葉が分かりきっていたので、能力を使って見せる事にした。

 まず彼女に向かって強風を巻き起こし、その目の前に雷を落とした。

 それを見て、彼女は驚くどころかむしろ大いに喜んでいるようだ。


「おお、すごいのー! お主は!」


 私はなんだか不思議な気分になった。誰かにこんなに褒められるのは随分久しぶりだ。

 不意に、有頂天になっていたあの頃を思い出す。

 戻りたいとは思わないが、もし私の故郷の人々が、彼女の様に純粋なら、私は……


「おい、どうした? 眠いのか?」


 エルンは私の眼前に手の甲を向け、上下させる。

 前言撤回だ。やはり鬱陶しい。国の人々が皆こんな奴だったら、とっくに滅んでいる筈だろう。


「その通りだ。もう寝かせてもらう」


「えー、つまらん……」


 どうやら吸血鬼という連中は夜行性のようだ。昼間も鬱陶しかったが、夜の方がさらに鬱陶しい。


「寝る」


「えー……なら、わらわも寝るぞ」


 何故かエルンはテントの中まで付いて来た。そして、私のすぐ横に寝転がる。


「起きていればいいじゃないか」


「一人で起きていても、つまらん」


 仕方が無いので、私は彼女を無視して眠る事にした。

 のだが……そう思った矢先、なにやら寝息が聞こえてくるではないか。

 まさか、と思い横を見てみると、エルンは既に穏やかな顔で眠りに就いている。


「なんなんだこいつは……」


 私はつい、一人そう呟いた。なんとも言えない複雑な気持ちになった私は、結局殆ど眠れず、一人で起きてつまらない思いをするのは私になってしまった。



「うーん、いい朝じゃな!」


 たっぷりと睡眠を取ったエルンは元気そのものだ。ふざけるな。

 私は重い瞼を擦り、無言でテントを片付け、出発の準備をした。

 ここから町まで、そう遠くは無いはずだ。そもそも、昨日あんな水遊びに興じなければ、とっくに辿りついていただろう。

 こいつと会ってから、まったくツいていない。


「さて、今日は体調がいいから服を着るかの」


 まったく意味がわからない理論で服を着て、エルンは元気良く歩き始めた。

 眠気から、私の歩調が少し後れているのを見ると、彼女は振り返り、しばし立ち止まる。

 そして、私が隣まで来たのを確認し、再び歩き始める。


「先に行けよ」


「ふっ、寂しい事を言うではない。旅は道連れと行ったじゃろ」


 ……それを繰りかえし、砂漠を歩き続けていると、遂に目の前に町が見えた。

 先に言った通り、私の当面の目的はこの町にある。


 ――この町に名前は無い。だが、人々からは、通称"棄て場"と呼ばれている。

 世間から爪弾きにされた者達が集まる場所。人も、物も、そして怪しげな情報も全てここに流れ着く。

 今の私にはぴったりの場所だ。だが、ここに永住するつもりで来た訳では無い。

 私は、この町に住むという妖術師とやらに用がある。その男はなにやら怪しい術を操り、占いや呪いを施すという。


 騎士として生きていた頃の私なら、鼻で笑うような話だろう。

 しかし、どうせ今の私は行く当てもない。そのような眉唾ものの話に乗ってみるのも悪くは無い。

 彼がもし、私と同質の力を持っているなら、何かを知っているかもしれないし、そうでなくとも、私の運命を占うくらいは出来るかも知れないしな。


「ほぉ、お主、妖術師に会いたいのか?」


 エルンの言葉に、私はふと我に帰る。何時の間にか妖術師の事を口走ってしまっていたようだ。

 エルンは、私の顔を見ると、最早見慣れた笑みを浮かべた。


「奇遇であるな。わらわも奴に用があったのじゃ」


 どうやら私は、どこまでもこいつに付き纏われる運命らしい。

 いいさ。ここまできたらむしろ好都合だ。こいつに案内してもらおう。

 そう思い、彼女に妖術師の居場所を問い掛けたのだが……


「え、お主、場所知らんの?」


「知らん……というか、それはこっちの台詞だ。奴に用があったのじゃ……などと言っておいて、その口ぶりで何故知らんのだ」


「そんな事言われてものー……ほぼお使いみたいなもんだからのぉ。わらわも奴がこの町にいるって事くらいしか、知らん!」


 私はため息を吐きそうになるが、堪えた。前向きに生きると決めたのだからな。

 どうせ時間はある。じっくりと探せばいいんだ……そうだ。横にいる鬱陶しい生物は無視だ。

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