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 私の名はサイラム。これは、私の記録だ。

 私が見た物、聞いた物、そして、得た物……その全てを、ここに記そうと思う。



 ――あの日私は、砂漠を歩き続けていた。

 当ての無い旅ではあったが、迷い込んでしまったわけではない。砂漠を越えた先に、私の当面の目標としていたものがあったのだ。

 勿論、必要な品は全て用意してあったし、何より、私にとって砂漠を越えるなど、そう難しい事ではなかった。


 何故なら私には、特別な力が有ったからだ。それは世に二つと無い、私だけが持つ力。

 人間は時に自然を恐れ、時に敬う。それは、自らの制御できぬ存在だからだ。

 だが、私は違う。私の力とは、それら自然にある元素を操る力だ。

 火、水、風、雷。私の知る限りこの四つ。これらを、自らの意思で起こし、自在に操る事が出来た。


 だからこそ私は、全身に鎧を纏っていても、水冷の力で鎧を冷却し、飲み水に困る事も無く、砂漠を渡ることが出来る。

 だが、これらの力は私にとって忌むべき物でもあった。それは、私の半生に起因する。



 私は騎士の家系に生まれ、王宮に仕える騎士である父の教育を受け育った。

 父の教育は厳しいものであったが、私はそれに良く応えたと思う。青年期を迎えた私は、無事に騎士としての位を得た。

 誰からもその才を認められ、中には私を疎ましく思う者もいたが……その時期は私にとっても最も充実した時であった。


 しかしこの時期から、私の中に例の"力"が目覚め始める。

 始めは、誰もがこの力を奇跡と呼んだ。私を神の使いなどと崇める者まで現れる始末で、私自身も有頂天になり、思い上がっていた。


 ――やがて人々は、私の力を恐れ始めた。無理も無い。既に私の力は天災にも匹敵する物となっていたのだから。

 私は力を二度と使わぬ事を決意した。だが、遅かった。人々は私を化け物のように恐れ、顔を見ることさえ避けるようになった。

 私を嫌う者達の尽力のお陰もあり、王国は遂に私を国外追放するという決断を下した。


 そして今、私は故郷を追われ、当ても無く放浪する身となった。

 始めは我が身の不幸を大いに嘆いたものだ。いっそ、この力で私を見捨てた国を焼き払おうとまで考えた事もある。

 勿論、思っただけだ。そんな事に意味は無い。自棄を起こし、何もかも壊すよりは、何もかも捨て去り、新たな人生を生きるというのも悪くは無い。

 私は少しでも自分の今後を前向きに考える事にした。



 そうして、私が前向きに砂漠を進んでいると、目の前に一人の少女が現れた。彼女はなんともこの場に似合わぬ黒いドレスを纏い、これまた黒く、美しい長髪を、砂漠の乾いた風になびかせていた。

 その肌も、この砂漠にはとても似合わない透き通るような白さで、容姿は幼いが、どこか落ち着いた、大人びた印象を受ける。

 全身黒尽くめの少女はなんと、私を見るなり、猛烈な勢いで飛び掛ってきた。

 その牙と爪は鋭く、私の全身、頭から足の先まで覆う分厚い鎧にも構わず、その歯牙を突きたてようとしている。


 私は、このような存在の噂を聞いた事があった。"吸血鬼"と呼ばれるその者達は、鋭い爪と牙を持ち、人間の血を好んで啜るという。

 しかし……彼らは日光を苦手としているとも聞いている。ならば、この噂が嘘であるか、この少女が吸血鬼では無いかのどちらかだ。

 私は、彼女に問いかけてみる事にした。


「おい、君は吸血鬼か?」


 私がそう問うと、彼女は驚いた様子で私の身から離れた。そして、静かな口調でこう言った。


「お主……自分が襲われて居るのに、そのような事が気になるというのか?」


「そうだ。吸血鬼なら、何故日光を浴びても平気なんだ」


 私は怯まずに言い放った。その言葉を聞き、少女は笑い始めた。

 何がおかしいのか。私がそう問うと、彼女は笑みを浮かべたまま答える。


「いやな、お主のような人間は初めてじゃ。あれだけ喉が渇いておったのに、どうでもようなってしもうたわ」


 妙に大仰な言葉遣いで喋る少女は、衣服が砂で汚れるのも構わず、その場に仰向けで寝転んだ。


「吸血鬼なら、何故日光を浴びても平気なんだ?」


 私は、どうしてもその事が気になって仕方が無かった。

 余りにしつこい私に、少女は笑い転げながらも説明してくれた。


「あのな、お主、吸血鬼が日光に弱いなんていうのは迷信なんじゃぞ。よいか? 本当に日光に弱いのはな、歩く屍、グール共じゃ」


「それは勉強になった」


 私が心からの感想を言うと、少女はさらに笑い始める。何がおかしいのか。

 私が不満を顔に浮かべると、少女は寝転がったまま、こちらに首を傾けて言った。


「いやいや、すまんな。なんというか、誰かとまともに話をしたのは久方ぶりでの。お主、名はなんと言う?」


「人に名前を聞く時は……」


「おっと! みなまで言うな! すまんすまん、まったく、おぬしは真面目な奴じゃのお。

 わらわはな、エルンレート・ローレンハイムじゃ」


「変わった名前だな?」


 私は率直な感想を述べる。すると、またも彼女は大笑いを始める。良く笑う子だな。私はそう思った。


「当たり前じゃ! わらわは吸血鬼ぞ? さ、わらわは名乗ったぞ? お主の名前を聞かせておくれ?」


「……サイラムだ」


 少し悩んで、私が名前だけを言うと、彼女は心底意外そうな顔をした。

 彼女が言いたい事は私にも分かっている。恐らく、私の身なりを見て騎士である事を見抜いたのだろう。

 だが私は、理由はどうあれ、国も故郷も、家柄も捨てた身だ。つまり、今の私がサイラムでしかないということは事実だ。

 そして、お互いに暫く沈黙が続くと、突然彼女は合点が言ったというように勝手に頷き始めた。


「そうか……分かったぞ。お主、家出じゃな?」


「わかるか」


 家出とは少し違う。どちらかと言えば勘当だな。だが、当たらずも遠からずだ。

 私は特に否定する事も無くそういう事にしておいた。すると、彼女は突然起き上がり、またもわざとらしい大げさな口調で語りかけてきた。


「うう……可愛そうなヤツじゃな。よしよし、泣いていいんじゃぞ?」


「その隙に血を吸おうって言うんじゃないだろうな?」


「何を言う? わらわがそんな女に見えるか?」


 私は無言で頷いた。彼女は記憶力が欠落しているのだろうか?


「ふむ……ま、安心せい。お主を襲う気は無くなった……」


 そう言いながら、彼女は僅かにふらついていた。ほんの僅かな動作だが、私はそれが少し気になった。

 幾ら日光が平気とは言え、砂漠で喉が渇いているんじゃないだろうか?

 吸血鬼の心配をするなど私も焼きが回った。そう思いつつも、彼女に水はいるかと問いかけてみた。


「水……か。うーん」


「不満か?」


「いやな……すまん、やっぱり、お主の血を少しくれんか? 喉が渇いて死にそうなのじゃ……」


 吸血鬼の少女は上目遣いで懇願して来た。少しばかり可愛いなどと思ってしまった自分を今すぐにでも殺したくなったが、騎士道に則り、彼女に自らの血を与える事にした。

 ……正直な所、このような判断をした事は不思議に思う。


「おお……すまんのう……」


 私が手甲を外し、左腕を差し出すと、彼女はわかりやすく弱弱しい声で感謝を述べた。

 そして、口を大きく開き、私の腕を両手で掴み、静かに噛み付いた。痛みは無く、舌の生暖かい感触が私の腕を包み込む。

 彼女は瞳を閉じ、夢中で私の血を吸い上げている。なんとも不思議な感触だった。


「なあ、うまいのか?」


 私は、興味本位で聞いてみた。すると、彼女は私の顔に目を向け、静かに二度頷いた。

 そして何事も無かったかのように再び私の腕にむしゃぶりつく。


「っはぁ……」


 暫くすると、満足した様子で彼女は私の腕から口を離す。その唇から僅かに垂れた唾液が、私の腕に生暖かさを残した。


「おっと、失礼。すまんの」


 彼女は少し恥ずかしそうに、ハンカチで私の腕を拭った。

 さて、あちらの要求を呑んだのだから、こちらも聞きたい事を聞こう。


「確か、エルンレートと言ったな?」


「ああ、エルンでよいぞ」


 彼女、エルンはにっこりと笑って言った。

 私の血を吸い上げただけあり、その表情は元気そのものといった感じだ。

 私は、エルンに何故このような場所に居たのかを聞いた。

 返ってきた言葉は、意外ではあったものの、私にとってはある意味納得の行くものだった。


「んー、この先の町にちょいと用があってな。ま、大した用事でもないし、散歩がてらじゃよ」


「成る程、私と同じということか」


 それを聞いたエルンは妙に嬉しそうに私を見つめ、当然の様に言い放つ。


「そうか! では、一緒に行こう!」


 私が返事をするよりも早く、彼女は私の腕に組み付いてきた。

 勝手なもので、私の困惑は一切意にも介さないようだ。


「あのな、私はまだ良いとは言っていないぞ」


「よいではないか! 旅は道連れじゃ!」


 流石吸血鬼というだけあって、その力はかなり強い。

 引き剥がす事も出来ないので、仕方なく、私は彼女とともに目的地を目指す事にした。

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