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訪問者



 朝食を終え、紅茶を入れるとトマスと分かれて一人で落ち着ける場所に行った。そこで聖歌を歌う。


 落ち着いた環境で言葉を紡ぐと、この歌が宇宙へと繋がっているのかと思うと、穏やかな気持ちになるのだ。


 壁にもたれ、呼吸を落ちつけて小さくハミングしてから声を出していく。音はか細くていい。歌いながらエブリンの事を思い出した。



――大きな口を開ければいいんじゃないのよ。ほら、タバコを吸う男の人っているじゃない? 彼らは息を吐く時、大きい口を開けて吐いたりしないでしょ。口をすぼめてふっと吐きだすの。その煙を想像してみて。


 エブリンとタバコを吸う真似をして笑ったことを思い出した。

 不意に、ツンと目頭が熱くなった。

 涙が出そうになる。

 一人になると、いつも旅をしてきたみんなの事を思い出す。


 小さかったミアを大切に守ってくれた人たち。

 みんな生きるのが精いっぱいだったのに、一緒に助けあった仲間たち。

 どうして人同士で争わなくてはいけないの?

 トマスの言うように、世界から戦争がなくなればいいのに、と心から願う。

 

 ミアは目を閉じて聖歌を歌った。

 その時、入り口のドアが激しくバタンと閉まる音がして、ミアは文字通り飛び上がった。


「何っ?」


 心臓がドキドキしている。今までこんな乱暴な音は聞いたことはなかった。

 ミアは震える足を何とか奮い立たせて部屋を出ると、パブの方へ向かった。

 部屋からはトマスと男の怒鳴り声がした。

 まだ眠っていたはずの女の人たちも次々と現れ、皆、不安そうに身を寄せ合っていた。


「何があったの?」


 すぐ後ろからエイミーがやって来て、抱き付くようにして言った。

 ミアは分からない、と首を振った。


「トマスの声だわ」


 エイミーそっとドアを開けて中をのぞいた。ミアもそろそろと従って中に入った。

 見ると、中にたくましい体つきの男性が3人立っている。トマスが追い出そうとしているので、後ろ姿しか姿が見えないが、体つきは若々しい。


 エイミーが浮き立ったように言った。


「お客かしら?」


 顔が見えないのが残念だが、男たちはかなり鍛えられた肉体を持っていて背が高い。小柄なトマスを見下ろし、トマスとそのうちの一人が大きな声で話している。


 彼らは兵士だろうか。似たような背恰好で、腕は黒く日焼けしていた。

 ザックには旅道具が詰め込まれていた。

 そのうち、男の低い声がはっきりと聞こえてきた。


「俺たちは頼んでいるんじゃない。国王の命令で来ているんだ」

「命令だか知らないが、俺とあんたらの国王は無関係で、その命令に従う理由はない。今すぐ出て行ってくれ」

「頭の固い人だな」


 男がため息をついた。

 その時、ふっとその男がこちらを向いた。彼らを見ていたミアたちは、あっと声を出して後ずさりした。

 男はとてもハンサムで目がきりっとしていた。顎もがっしりして強そうだ。

 女たちは恥ずかしそうに顔を隠したりお互い寄り添ったりして照れたようにもじもじした。

 トマスが呆れたように息をついた。


「みんな、部屋に戻ってろ」


 みんなすぐに部屋を出て行くと思ったが、エイミーはミアの手を離すとトマスたちへ近づいた。


「何かお困りなのですか?」


 兵士の一人に声をかけると、彼がにっこりと笑った。

 隣の二人の兵士が肩をすくめるのが分かった。


「可愛いお嬢さん、あなた方を捜していたのです」

「え?」


 エイミーが首を傾げた。


「まあ、何かしら」

「エイミー、黙ってろ」


 トマスは言ったが、エイミーは引き下がらなかった。


「お前には関係のない話だよ」

「店主、関係ないかは俺たちが決める」


 男が言うと、トマスが目を吊り上げた。


「あんたら、俺の店の子を傷つけるつもりじゃないだろうな」

「誤解しているようだが…」


 もう一人の男が声を出した。

 彼の声は穏やかで優しかった。髪の色は茶色で3人の中で一番背が高い。思わず見惚れてしまう。宿に、こんな立派な体格の人が来ることは滅多になかった。


 ミアは3人を観察しながら、どうしてトマスはこんなに怒っているのだろうと、不思議に思った。

 お客様には親切にするのに、何か理由があるに違いない。


 もう一人の男は穏やかな口調でトマスに言った。


「陛下は、宝石を持つ救世主を捜してしておられる。俺たちは、その救世主を連れてジニアに戻らなくてはならない。ここで足止めを食っている暇はないんだ」

「だったら、今すぐ戻って下さいよ。ここには、救世主なんていませんから」

「全ての女性に確認を取るよう仰せつかったのだ」

「お、お前らっ、俺の妻の裸を見るつもりかっ」


 トマスが手を振り上げた。

 おっと、と男の一人が軽くトマスの腕をつかんだ。ぎりっと腕をひねられてトマスの顔が歪む。ミアはとっさに飛び出した。


「乱暴はやめてっ」


 男の腕をつかんでトマスの前に立ちはだかった。その時、男が驚いたように叫んだ。


「ミアっ……」

「え?」


 顔を上げると、目を大きく見開いた男がミアをじっと見ていた。

 その顔は一日も忘れたこともない。

 ミアの大好きな顔だった。

 テオだった。


「知り合いか?」


 男二人が口々に言う。テオは茫然としていたが、すぐに小さく首を振った。


「いや…、違ったよ。一瞬、知り合いに見えたが、こんな……売春宿にいるはずがない…」


 冷たい声で吐き出すように呟いた。

 兵士の一人がミアをじろじろ見た。


「なんて綺麗な娘だ。こんな肌は見たことがない」


 男が手を伸ばしてミアの頬を撫でようとする。トマスがすぐさまその手を振り払いミアを抱きしめた。


「こ、この子には触るなっ」

「トマス……」


 ミアはショックのあまり、身動きできなかった。

 テオが、自分など知らないと言ったのだ。


 立っていられない。


 トマスはミアの異変に気づいて、腕をしっかりと支えた。


「エイミー、ミアを外へ連れ出せ」

「ええ」


 エイミーが飛んで来て、ミアを強引に連れ出した。外へ出た途端、ミアは気を失った。





 目を覚ましたのは、ソフィーの囁き声が聞こえてからだった。


「嘘だろう? 本当に奴らはここにいるみんなの胸を見たのかい?」

「ええ」


 相手は誰だろう。

 ぼんやりと目を開けると、ソフィーと一番年嵩のイモージェンだった。

 イモージェンは、ミアが起きたのにすぐに気付いた。

 目が合うなり、イモージェンは悲しそうに目を伏せた。


「ごめんね、ミア、守ってあげられないよ」

「……え?」


 意味が分からず、体を起こした。


「大丈夫かい?」

「ありがとう、ソフィー。ねえ、何があったの?」


 二人に尋ねると、イモージェンはため息をついて、話はソフィーに聞きなさい、と言って出て行った。

 ミアは胸騒ぎがして、落ち着かない気持ちになった。

 ソフィーは背中をさすりながら、説明してくれた。


「どうしようもない。あいつら宿の中に入って来てしまった。出て行ってもらうには証明するしかなかったんだ」

「何の事?」


 答えを知るのが怖い。


「救世主ではないと言う証拠さ」


 瞬間、ミアの顔は青ざめた。ソフィーはミアの顔色を見て頷いた。


「分かるよ、あんたの気持ちは。誰だって、他人に裸を見せるなんて簡単にできるものじゃない。売春婦にだってプライドはあるんだよ」


 ミアは震えながら首を振った。


「お願い、ソフィー、わたしは絶対に違うって彼らに言って、お願いよ」

「ダメだ」


 その時、ドアが開いてテオと残りの2人が入って来た。ソフィーが立ち上がり、ミアをかばった。


「あんたら、病人に何をさせるつもりだいっ」

「何もしやしない」


 男が呆れたように言った。彼は茶色い瞳をしていて、ミアを見るとにっこりと微笑んだ。


「心配しなくていい、ちょっと胸を見させてもらうだけさ」

「悪いが……」


 テオが静かに言って、2人を追い出すようにドアの方を見た。


「2人は出て行ってもらえるだろうか。調べるのは俺一人でいいだろう」

「何だって?」


 もう一人の男が眉をひそめる。


「何を言っているんだ、テオ」

「ヘンリー、俺が頼んでるんだ」


 テオが真剣に言うと、ヘンリーと呼ばれた男は真顔になった。

 分かったよ、と言って出て行く。もう一人の優しい顔の男は、よかったね、と言って出て行った。


「あなたも出て行ってくれませんか?」


 テオがソフィーに言う。ソフィーはどかりとイスに座った。


「お断りだね。この子はうちの宿でも一番大事にしている子なんだ。あんたが傷つけないかどうか、この目でずっと確かめてるからね」

「俺はっ」


 突然、テオが叫んだ。ソフィーがびくっとする。


「子供になど興味はない。つべこべ言わず、さっさと出て行けっ」


 テオの激しい物言いにミアは毛布を胸まで引き上げた。ソフィーはそれ以上、刺激するのを恐れたのか、テオを睨みつけると静かに出て行った。


「ソフィー…」


 ミアは助けを求めるように彼女を呼んだ。


 テオが恐ろしかった。まるで見知らぬ人のようで、彼が自分の兄だとはどうしても思えない。

 別の人ではないか、とすら思えた。


「胸を見せろ」


 テオは怒りを抑えるように深呼吸して、低い声で命令した。

 ミアは怖くてたまらなかったが、震える指でシャツのボタンを一つずつはずした。シャツを広げ、胸を見せる。

 テオは無表情でミアの上半身だけ見ると、そのまま何も言わず黙って出て行った。

 ミアは彼がいなくなっても動けなかった。

 しばらくはボタンを止めることも出来ず、裸のまま震えていたが、ようやく落ち着きを取り戻し、胸を隠した。


 まるで汚い物でも見るかのように、テオの目は冷たかった。


 テオは知っていたのだ。

 アメリアの宝石の位置を。そして、胸に現れると思い込んでいるのだ。


 お腹の宝石がどくどくと脈打っている。


 怖かった。

 ゴーレに襲われた時や、人間同士の戦いのときとは違う恐怖が全身を襲った。


 テオが私を憎んでいる。

 せっかく会えたのにどうして?

 会わない方がよかったのだろうか。


 それ以上考えられず、テオの冷たい顔しか思いだせなかった。それからすぐにソフィーが飛び込むように入って来た。彼女はすぐさまミアを抱きしめた。


「怖かったろう。ミア。かわいそうに」


 ソフィーが頭を撫でてくれるたび、涙が溢れた。

 その日の夜、ソフィーの作ってくれた食事を少しだけ食べた。テオたちは明日の朝には出発するらしい。


 テオが行ってしまう。

 憎まれたまま別れなくてはいけないのか。

 会えなかった6年間、何があったのか。

 どうやって生き伸びたのか、アメリアはどうなったのか。

 聞きたいことがたくさんあるのに、テオの変貌が恐ろしかった。



「ミア?」


 眠る前にエイミーが様子を見に来た。少しお酒を飲んで頬が赤い。

毛布にくるまるミアに言った。


「あのかっこいい兵士に今夜呼んでもらえたの」

「え?」

「あんな素敵な人、見たことないわ」


 エイミーは熱に浮かされたようにうっとりと言った。


「嫌じゃないの?」

「胸を見られたこと? そりゃあ、家畜のようにただ胸を見せて終わりだったら屈辱だわ。けれど、今夜来てもいいって言ってくれたのよ」


 誰に呼ばれたの? と怖くて聞けなかった。

 エイミーは嬉しそうに手を振って、ドアの向こうに行ってしまった。

 ミアの心はぐちゃぐちゃだった。



 目を閉じようとしても、眠ることなどできない。


 昼間、あんなに恐ろしかったテオが恋しかった。


 彼とは6年ぶりに出会えたのに、どうしてこのまま別れることができるだろう。

 何か誤解しているのなら、少しでも話をしたい。


 彼が恋しかった。

 テオは、ミアの唯一の家族。愛した人なのだ。

 

 ミアは決心すると、スカートのポケットにアメリアの本があるのを確かめて立ち上がった。


 テオに会いに行く。

 ベッドから降りて床に足をつくと一歩踏み出した。


 パブの方へ顔を出すと、トマスが一人で掃除をしていた。ミアに気づいて飛んでくる。


「もう、大丈夫なのかい?」

「トマス、お願いがあるの」

「ん?」

「今夜の泊まり客の数は?」


 トマスの顔が気色ばんだ。


「信じられない! まさか、お前まであの兵士たちに骨抜きにされたと言うのか」

「違うの。聞いて!」


 ミアは真実を話そうと思った。

 テオが兄であることを伝えると、トマスは仰天してあんぐりと口を開けた。


「だから、あの兄さんはお前に対してあんなに辛く当たったのか」

「どうして? わたしはそんなに悪いことをした? 分からないの」


 トマスは不安そうなミアの肩を叩いて慰めてくれた。


「お前は何ひとつ悪くない。悪いのは話もきかないあの兵士だ」

「お願い、兄とは6年ぶりに会ったの。話をさせて」


 ミアが懇願すると、トマスは腕を組んで渋ったが、ようやくテオの泊まっている部屋を教えてくれた。


「いくら、きょうだいだからと言って部屋の中には入ってはいけない。彼らは酒を飲んでいたから酔っている。ミアだと区別がつかないかもしれない」

「大丈夫よ、テオはそんな人じゃないの」

「ミア……」


 トマスはもっと言いたそうにしていたが、イモージェンがぴょこっと顔を出して呼ばれると、気をつけるんだ、とだけ言ってトマスはパブを出て行った。


 ミアは教えてもらった部屋に向かった。

 足が重かった。


 本当は怖い。けれど、テオに会いたい。

 会いたい気持ちの方が勝った。


 テオが泊まっている部屋の前で立ち止まり、深呼吸する。

 ノックしようか、やはり、やめようか、とここに来て悩んだ。

 悩んだあげく、後悔するなら会って後悔した方がいいと思った。

 思い切ってノックをした。待ったが返事はない。


 眠ってしまったのだ。

 がっかりして肩を落とすと、ドアがゆっくりと開いた。


「あ、テオ…?」


 部屋の中に顔をのぞかせると、ベッドで項垂れているテオがいた。


「テオ……」


 ミアはおそるおそる部屋の中に入った。

 テオの前に立つと、彼は顔を上げたが、顔つきはぼんやりとしている。


「テオ?」

「誰だ? ああ、君か……」


 君と呼ばれてショックだった。

 名前すら呼びたくないのだ。


「出て行くわ」

「まあ、待てよ、せっかく来たのだから」


 ぐいっと腕を掴まれてベッドに押し倒される。お酒の匂いがした。


「飲んでいるの?」

「少しだけな」


 少しなんてものじゃない。

 ミアは顔をそむけた。


「ねえ、離して」

「嫌だ」


 テオはそう言って、顔を近付けるとミアの首筋の匂いを嗅いだ。

 ミアは驚いて両手で押し返そうとしたが、テオの体はびくともしない。腕の力は相当だった。


「テオっ」

「名前を覚えてくれたのか」

「当り前でしょ!」


 ミアは混乱していた。

 テオの様子がおかしい。


「誰かと間違えているのね?」


 ミアは全身が総毛だった。あまりに頭にきたので、テオのむこうずねを蹴ったが、彼はびくともしない。


「可愛い子だ」

「お願い、わたしよ、ミアよ」

「その名前を口にするな」


 突然、口を塞がれた。


 テオっ。

 叫んだが、息がつまりそうなほど両手は大きく声が出せない。

 そして、彼がもぞもぞとアミのスカートをめくっているのに気づいた。


 なんてこと! 逃げなきゃ、大変な事になる。

 ミアは何かないかとベッドの周りを探った。しかし、何も見つからず心が焦るばかりだ。


「んんっ」


 両手をばたつかせて逃げようとしたが、今度は手首をつかまれた。

 ミアは、無我夢中でテオの手のひらに噛みついた。


「いてっ」


 テオが顔をしかめて、隙を見せる。その隙にテオの体から這い出てたくしあげられたスカートを慌てて戻し、そして、アメリアの本を取りだした。


 今、自分を助けてくれそうな物と言えば、この本の角で彼を殴ることだけだ!


 思い切り手を振り上げる。

 えいっと目を閉じて殴ろうとした時、バタンと大きな音がした。目を開けると、テオがベッドの後ろにひっくり返っていた。


「あっ」


 びっくりして本を取り落とす。


「テオっ」


 ミアはテオに抱き付いた。

 テオは眠っていた。

 寝顔は昔の面影がある。

 寝顔を見ただけで涙がこみ上げた。

 ぽろぽろこぼれる涙はテオの顔に落ちた。


「テオ…っ。どうして? ねえ、話がしたいのよっ」


 何度も名前を呼んだが、彼は起きなかった。

 ミアはテオの体に毛布をかけてあげた。そして、隣へ潜り込んだ。昔のように彼に抱き付いた。触れ合った部分がとても温かい。テオがミアの体に腕をまわして抱きしめてくれた。


「テオ…」


 ミアはテオの胸の鼓動を聞きながら、そのまま眠ってしまった。





「起きろ、ミア」


 朝だろうか。

 温かさにもっと眠っていたいと思っていると、突然、聞き慣れぬ男の人の声がしてパチッと目を覚ました。


「あ、おはよう…」


 目の前の怒った顔がミアを見ていた。

 ミアはテオにしがみついたままだ。


「離れるんだ、ミア」

「いや」


 ミアは断り、さらにしがみついた。


「話をさせて」

「何についてだ?」

「いろいろよ」

「これは何だ」

「え?」


 テオが持っていたのは、アメリアの本だった。

 ミアはハッとした。


「返してっ」

「これはアメリア姫の物だな。なぜ、お前が持っている」

「もらったの」

「嘘を言うな」

「本当よ、アメリアは聖歌を教えてくれた。わたしにこれを持っていて欲しいと言ったの」

「盗んだんじゃないのか」

「そんなことしないわ」


 テオは考えているようだった。


「ねえ、アメリアはどうなったの?」

「アメリア姫だ。彼女は……。亡くなった」


 ああ……っ。

 ミアは目を閉じた。

 がっくりと肩を落とす。

 やはり、アメリアは命を落とされたのだ。


「ミア…知らなかったのか?」


 テオが責めるように言う。ミアは首を振った。


「アメリアがこれを持って逃げるようにと言ったの」

「え?」

「アメリアはジェイクを愛していた。彼が死ぬのを見て、もう生きていたくないと言ったの」

「嘘だ…。そんな話は信じない」

「テオ…」


 テオは顔を険しくさせると、本をザックの中へしまい込んだ。


「何をするの?」

「これは持ち主へ返す」

「わたしがもらったの。アメリアの命なのよ」

「盗人だ!」


 ミアは信じられない思いでテオを見た。


「テオ、何を言うの? なぜ、こんなひどいことが言えるの?」

「それはお前が売春婦だからだ」


 ミアは全身がサッと冷たくなった。

 違う、と言いたかったが、彼が誤解しているのはそのことなのだと今さら気づいた。


「ねえ、話を聞いて」

「悪いが、聞きたくない」


 テオは背を向けると、ザックを手に持って部屋を出て行こうとする。ミアは追いかけた。


「テオっ。話を聞いて…」

「いいか、みんなの前で俺とお前がきょうだいだなんてことを言ったら、その舌を刻んでやる」


 ミアは、テオの言葉が信じられず、口を震わせた。絶対に泣くまいと思ったが、溢れだした涙は止まらなかった。

 涙を見ても、テオの顔色は変わらなかった。

 冷たくミアを睨み、そのまま踵を返すとパブの方へ行ってしまった。




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