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やさしさ、ぬくもり



 どれくらい歩いたのか分からない。

 空からの襲撃、地上戦、何もかもに神経をとがらせながら歩いたが、宝石の力のおかげか何事も起こらず穏やかに進んで行くことができた。

 その日、ようやく森を抜けると、広い原っぱに出た。

 焼け野原となっていて、地面から緑の雑草が足首ほど生えていた。

 以前、ここで戦いがあったのだろう。しかし、その後は何も起きていないように思えた。

 原っぱには身を潜ませるような物は何もなかった。このままでは目立ちすぎる。

 ミアは、薄汚れた木綿のシャツにエプロンをして、茶色のスカートをはいていた。革靴は擦り切れて指先からは水がしみこむほどだ。

 身を晒して歩くには無謀に思える。遠回りしてでも、林を抜けたい。

 ミアはまわり道をしようと暗い林に向かった。その途中で信じられないことに人間と出会った。

 相手も驚いた様子で、中年の男性はあんぐりと口を開けた。


「驚いた! あんた、どこから現れた」


 ミアは逃げようと後ずさりすると、男は目じりを下げて笑いかけた。


「おいで、その様子じゃ奴隷だったんだろ。何も食ってないなら食べさせてやるから」


 優しい言葉に思わず頷いていた。

 久しぶりに人と話をしたことで気が緩んでいたのかもしれない。ミアは男の後をついて行った。

 男は背中に薪を担いでいたため、ゆっくりと歩いた。


「あの、手伝いましょうか?」


 ミアが言うと、男は目を丸くして苦笑した。


「あんたが言うセリフじゃねえな。見るからにやせ細りぼろぼろだ」


 そんなにひどいのだろうか。

 自分では分からないが、男が言うからにはよほどひどいのだろう。


 男の後に従って歩いて行くと、いつの間にか原っぱの外れに来ていた。遠くからでは全く分からなかったが、目の前に崖があり洞窟が見えた。

 小さい入り口は草をかき分けないと分からない。


「ついて来いよ」


 男が入って行く。ミアは石壁に手を突いて慎重について行った。狭い上に天井が低い。ミアの背丈ほどしかない。

 男は前かがみになってすたすたと歩いて行く。

 しばらく行くと、ドアがありその隙間から明かりが漏れていた。ドアを開けるとパブのような場所に出た。中にはジョッキを持って愉快に笑っている人たちが数名いた。

 ミアはぽかんと口を開けてそれを眺めた。


 兵士の恰好をした男、そして、赤茶や黄色のドレスをまとった若い女が楽しそうに笑っている。


 ここはいったい何?


 すると、人々がいっせいにミアを見た。

 ミアは蒔を持った男の陰に隠れた。


「大丈夫、みんな陽気な人たちばかりだから」


 男はそう言ってミアを促した。

 ミアは男女に見られながら、その人たちの間をぬって奥へと入った。

 奥の部屋はキッチンになっていた。

 キッチンにはエプロンをした女性がいて、男を見るなり、


「遅かったじゃないの!」


 と怒鳴った。

 そのどなり声にミアは飛び上がった。


「あら、その子どうしたの?」

「そこで拾ったんだ」


 ミアはおどおどと女の人を見た。

 女の人は赤ら顔でふっくらしていたが人のよさそうな雰囲気だった。


「かわいそうに、ゴーレに襲われなかった?」

「はい…

「それは運がよかったね、この辺りはよくゴーレが出るのよ。気をつけなきゃ」


 そう言って、戸棚からチーズとパンを取り出した。


「食べなよ」


 テーブルに並べられたご馳走を見て、ミアはごくりと唾を呑んだ。


「いいんですか?」

「早くお食べ」


 ミアは手を伸ばし、パンを取るとちぎって食べた。

 パンはめったに食べられなかったので、口の中で噛むほど大麦のいい匂いがした。

チーズも小さく齧る。酸味のあるミルク味が口の中で溶けてパンと一緒に混ざり、飲み込むと至福を感じた。

 むしゃむしゃと一気に食べてしまうと、目の前にミルクが現れた。


「これは?」

「ヤギのミルクだけど、嫌い?」

「飲んだことがなくて」

「ああ、そう」


 女の人は悲しそうに笑った。


「飲んでごらんよ、甘いから」


 甘いと言われごくりと喉を鳴らす。

 グラスを取って一口飲んだ。優しい味がした。

 甘くて濃厚なミルクをゆっくりと飲んだ。


「美味しかった?」


 はい。

 そう答えたつもりだったが、涙の方が先に溢れて答えられなかった。

 女の人がカウンターを出てミアの肩を撫でてくれた。


「怖かったね。もう、大丈夫だよ」


 寂しかった。

 人の優しさがこんなにうれしいなんて。

 ミアは俯いて、涙をこぼした。




 ミアを助けてくれた男はトマス。

 女性は彼の妻でソフィーと言った。

 二人はここで、売春婦の宿を経営していた。


 最初、ミアはなんて所に来てしまったのだろう、と一瞬、青ざめたが、トマスもソフィーも陽気な人で働く人たちもいい人ばかりだった。


 トマスは普通の人とは異なる考えを持っていた。

 彼は本気でこの世界からゴーレをなくすことを思い描いていた。

 頭の中はいつも、この世界の混沌と闇を撲滅させることである、と言う。


 宿には、彼が集めた噂や伝承があり、その資料は膨大にあった。

 中でも救世主について一番多かった。

 ミアが興味を持つと、トマスは目を輝かせて自説を混ぜてたくさん聞かせてくれた。


 救世主はこの世に何人か存在している。

 『彼女』もしくは『彼ら』の中には、ゴーレを操ることができる者も存在する。

 救世主の声は、宇宙に共鳴し、天から光が舞い降りてくる。

 などなど。


 ほとんどが嘘みたいな噂だったが、ミアは彼の話を聞くのが大好きだった。

 そして、救世主の話を聞くたびにアメリアの事を思い出した。


 アメリアは死んでしまったのだろうか。

 トマスによれば、救世主の命の源は宝石にある。宝石がなくなれば、救世主は死を意味する。


 それが真実なら――。


 宝石は今、ミアの体にあるのだ。

 お腹に手を当てると、硬い石がある。

 宝石は存在しているのだ。


 ミアとトマスが救世主の話に夢中になっていると、ソフィーが呆れたように言った。

 

「ミア、もういい加減にして寝なさいよ。明日の朝食はあんたの当番だからね」

「はい」


 ここに置いてもらう代わりに、ミアは厨房で食事を作る役目を与えられた。試しに作った料理がとてもおいしかったと評判になり、働かせてもらう事になったのだ。


 この売春宿の女たちはみんないい人ばかりだった。

 たぶん、周りから見れば、だらしない世間体が悪いなど、他にもいろいろ思う人はいると思う。

 けれど、お金ではなく物々交換をするこの宿では、一人一人が食べていくことが重要だったので、店の主人のおかげで売春婦たちも気楽に生きていた。


 彼女たちはよく働いた。

 ゴーレが潜むこの辺りでは、外になかなか出られず、洞窟内で過ごすしかない。

 実は、洞窟は通路になっていて、その奥を抜けると地下に建てられた宿があった。

 信じられないことに、地下都市が作られていたのだ。

 そこで人々は何とか生きながらえていた。

 この宿に来るには、入り口も出口も洞窟を通らないと入れない。だから、何年もの間、ゴーレに襲われる心配はなかった。

 ただ、洞窟の外は別だ。

 敵もいればゴーレもうようよしている。


 ミアが、ソフィーに挨拶をして、自分の寝床に戻ると、友達になったエイミーがすでに毛布にくるまっていた。彼女は長い黒髪と肌の色がとても白いのが売りだった。

 年は18歳だが、笑うともっと若く見えた。

 エイミーは、ミアが部屋に入ると目を覚ました。


「ねえ、外の話を聞かせてよ」


 身を起こし、話をせがんだ。

エイミーはいろんなことを知りたがった。ミアが旅の話をし、ゴーレや人間に襲われた話をすると、


「あんた、よく殺されなかったね」


と、いつも感心するようにため息をついた。


「チビだから、助かったんだよ」


と、まだ10歳のミアの身長が小さいのをからかった。


「寝るよ、エイミー」

「そうね。お休み」


 エイミーはすぐに眠れる。数秒後には寝入っていた。

 だが、ミアはなかなか寝付けなかった。

 目を閉じると、傷ついた人々やジェイクが殺された時のアメリアの悲鳴、テオの暗く沈んだ顔などが次々と思い出されて胸が苦しくなる。

 そんな時、お腹に触れるとそこが温かくなって、ようやく眠ることができた。






 それから6年の月日が流れた。

 ミアは16歳になっていた。

 売春宿の朝は遅い。

 皆、遅くまで起きているため、昼ごろにのそのそと起きてくる。しかし、ミアとトマスとソフィーは別だった。


 ミアは朝食を作るため、誰よりも早起きをした。ソフィーはパブの片づけをするために、次に起きてくる。

 トマスは外へ出て趣味の情報収集と食糧を求めに出かけた。そのおかげで、外の情勢を知ることができた。


 救世主の噂は、今から6年前に途絶え、それ以後、救世主は現れていない。

 東の王国では堅固な要塞が完成し、兵士の数もかなり増え、勢力を増している。いずれ、ゴーレの数よりも兵士が増え、世界は平和へと近づいているのではないかという噂があるらしい。


 東の国と言えば、アメリアの従兄の国ではないだろうか。

 国の名前はジニア。

 ジニアの国王の名前までは知らなかった。


 パブの片づけを終えて朝食にありついていたソフィーとミアは、ライ麦で作ったパンとコーンスープとベーコンを味わっていた。

 トマスは外出から戻り、大きな荷物を下ろした。

 最近手に入れてくるものは穀物が多かった。時々、豚や牛の時もあるが、最近はめったにない。


「そろそろ、俺たちも外の空気を吸いたいもんだな」


 イスにどっかりと座ってスープを味わいながらトマスが言った。


「どうして?」


 ミアの質問に、トマスはにやりと笑った。


「最近、ゴーレの姿は全く見ないし、噂もきかない」

「でも、手に入れてくるのは穀物ばかりじゃない」

「だからだよ。穀物を作りには広大な土地が必要だろ。それができるんだから、ゴーレがいない証拠さ」


 本当にゴーレは消滅したのだろうか。

 ミアは口をもぐもぐさせて話を聞いていたが、やはり外へ出るのは恐ろしかった。


「わたしは怖くてたまらない」

「臆病だな、ミアは」


 トマスが言ったが、ソフィーも同感してくれた。


「あんた、油断は禁物だよ」

「分かってるよ」


 トマスはそう言ってバックから羊皮紙を出した。それを見てソフィーが天井を仰ぐ。


「まただよ」

「まあ、聞きな」


 トマスはどこかで噂話か伝承を集めて来たらしい。いろいろ書きこまれた羊皮紙を眺めながらこれだ! と指差した。


「宝石を持つ美女が現れたそうだ」

「はあ? それって救世主の事?」

「そうさ。それもとびっきりの美女らしい」

「なら、うちの宿に来て欲しいものだね」


 ソフィーが軽口をたたくと、トマスが目を吊り上げた。


「お前、うちの宿の子たちだって十分に美しい子たちばかりだぞ」

「そうでした」


 ソフィーは冗談だよ、と言った。

 救世主が現れた話を聞いて、ミアの胸はドキドキした。


「名前は分かるの?」

「いいや、これ以上は何も知らないさ」

「さあ、この話はもういいよ」


 ソフィーが言ってイスから立つ。


「少し、昼寝をするからね」


 ソフィーは最近疲れやすいらしく、よく休憩を取っていた。


「昼は任せて」


 ミアが言うと、彼女はありがとうと微笑んで部屋に引っ込んだ。


「ねえ、他にはないの?」


 トマスに聞くと、彼はミアの頭を撫でた。


「残念ながらこれだけだ。宿の人数もだいぶ減ったし、客足も遠のいている。俺たちはここにいる限り安全ではあるが、外で何が起きているかは分からないのさ」


 この6年の間に、森の向こうにある東のジニア国へみんな旅立った。

 宿はジニア国の近くにありそこへ向かう旅人、兵士たちが途中に寄ってくれる場所だった。

 売春婦の女性たちも、気に入られた兵士とともに数名、ジニア国へ行ってしまった。

 今、残っているのは仲の良いエイミーと2人の中年の女性たちだ。

 最近はお客も減りみんな退屈していたが、相変わらずのんびりと陽気に暮らしていた。


 エイミーは誰からも好かれるとてもいい子で、ミアが教える聖歌も一番いい声で歌った。

 ここに来て半年経ってから、ミアはアメリアから教わった大切な聖歌をみんなに教えていた。

 救世主である彼女が一番大切にしていたのが、この歌なのだから。


 ミアは、スカートに大切な本をいつでもしまえるよう、本のための袋を縫いつけた。そして、何かあった時のために、常に身につけていた。

 中身は全て暗記しているし、歌えたが、言葉というものは読み手によって解釈が違ってくる。

 この本はこの世界の平和の鍵になるような気がしてならない。

 アメリアが命をかけて守った一つなのだから。




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