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異世界へ来て幾歳




 ミアが異世界へ来て4年目――。


 ミアが7歳の時、テオに恋人ができた。

 名前をリリーと言う。


 彼女は、捕虜から逃げ出して仲間に加わり、15歳のテオより2歳年上の17歳だった。


 彼女はとても美しい容姿をしていた。金色の髪の毛。色も白く。スタイルがよかった。

 ミアも身長は伸びていたが、かなり痩せていた。

 食料があまり豊富にないため、朝はポリッジ。昼は果物だけ。夜はポリッジとスープがあるかないかで、時々、肉も食べたが、皆、お腹をすかせていた。

 リリーは捕虜ではあったが、食料には困っていなかったのか、ふっくらしていた。


 彼女は最初、食糧がポリッジしか食べられないのを不満そうにしていたが、テオが優しくなだめると、頬を赤らめて恥ずかしそうに食べていた。

 それから、いつもリリーとテオが一緒にいるのをアメリアの側で仕えている時に見た。


 アメリアは何気ない口調で、あなたのお兄さんはモテるわね、と言った。

 そう。テオは綺麗な顔をした少年だった。


 15歳の中では一番背が高く。引きしまった体つきとハンサムな顔に、優しい甘い声を持っていた。

 付き人の間でも人気のある男子はテオだった。

 ミアは兄を誇らしく思っていたが、彼に恋人ができたことがショックだった。

 もう、テオの中で自分は一番ではなくなってしまったような気がした。


「ミアっ」


 アメリアの寝支度を整えた後、テントから出てきたミアに珍しくテオが会いに来てくれた。


「テオ」


 ミアは嬉しくてテオに抱きついた。彼の手には小さいリンゴが二つあった。


「お食べ」


 テオがリンゴを差し出す。ミアは口を開けてそれに齧りついた。


「美味しい!」

「だろう?」


 テオは二つとも譲ってくれた。


「どうしたの? これ」

「リリーが分けてくれたんだ」

「え?」

「お前が痩せているのを心配していた」

「うん…。ありがとう」


 急にリンゴが味気ない物に感じたが、ミアはお腹を空かせていた。

 ゆっくりと芯まで食べるつもりで、丁寧にリンゴを味わった。


「美味しかったありがとう」


 リンゴの種を植えたら、リンゴの木ができるかもしれない。芯を大切に取って、明日アメリアに渡そうと思った。

 ジェイクにもらったハンカチをポケットから出した。


「それは?」


 テオが首を傾げてハンカチを見た。


「ジェイクにもらったの」


 その頃、ジェイクとはよく話をするようになっていた。

 ミアは、ジェイクとアメリアを出来るだけ二人きりにしてあげたいと、いろいろ働きかけようと思っていた。

 ジェイクの名を聞いて、テオが変な顔をした。ミアは気づかずハンカチにリンゴの芯を入れて胸にしまった。


「ありがとう。テオ。おやすみなさい」


 テオはかがんでから、ミアをぎゅっと抱きしめると頬にキスをして、愛してるよミア、と言った。

 ミアは背伸びをしてテオを抱き返した。テオはかなり背が伸びて肩には手が届かないほどだった。


 大好きだよ。兄ちゃん。


 と、テオを抱きしめた。


 テオは大きく手を振り、自分のテントへと戻って行った。

 ミアはふうっと息をついた。

 見張りはジェイクだったのか、どこからかゆっくりと現れた。


「ミア、早く休むんだ。もうだいぶ暗くなった」

「はい」


 頷くと、すぐにテントへ戻った。

 テントに入ると、他のみんなはもう寝入っていた。

 リンゴの芯を取り出して匂いを嗅ぐ。

 酸味のあるリンゴ。


 どこに生っていたのだろう。そして、どうやってリリーは手に入れたんだろう。

 そんなことを考えながら眠った。


 翌日、アメリアにリンゴの芯を渡すと、彼女は顔色を変えた。そして、すぐにリリーを呼び出した。

 呼び出されたリリーは、なぜ呼ばれたか分からないというようにキョトンとあどけない顔でアメリアを見た。


「何?」

「あなたこのリンゴをどこで手に入れたの?」


 リリーは、最初何を言われたか理解していなかったが、側にミアがいるのを見て、ああ、と言った。


「森に行ったの」

「一人で?」

「ええ。大丈夫だったわ」

「一人で行動するのはとても危険なのよ」

「分かってる。でも、大丈夫だったのだから」


 リリーはなぜ怒られたのか分からない、と言った顔で頬を膨らませた。


「ミアや小さい子供たちが痩せているから、食べ物を取ってあげようと思ったのよ。リンゴがたくさん生っているところを見つけたから」


 アメリアはため息をついた。


「ゴーレは頭上でうようよしている。あなた、殺されるところだったのよ」

「そんなはずないじゃない」


 リリーは笑った。

 ミアはぞっとした。

 ゴーレが空を旋回しているのかと思うと、もう、道も歩けない気がした。


「リリーには今後、護衛をつけるように」


 アメリアが付き人に命令をした。すぐさま、頷いた兵士の一人が立ち去る。リリーが叫んだ。


「いやよっ。なぜ、そんな余計な事をするのっ」

「あなたの命を守るためよ」


 アメリアがピシャリと言ったが、リリーは、顔を赤くさせて大声を出した。


「だったら、ここを出て行くわっ」


 リリーがテントを飛び出して行く。

 ミアは心配のあまり追いかけようとしたが、アメリアに止められた。


「でも、いいのですか?」


 アメリアは何も言わなかった。彼女の顔は青ざめていた。


 それからだ。

 リリーの側にはたいていテオが一緒にいるようになった。


 テオは、リリーの肩を抱き、彼女もよく笑顔でいるのを見た。

 リリーはわがままだったので、誰も彼女に声をかけたがらなかったが、テオだけは優しく接していた。

 集落の中で一番ハンサムなテオが優しくしてくれるので、リリーは有頂天になって見えた。

 はしゃく声が時々聞こえる。

 今が、戦いのさなかとは思えないほどだった。




 リリーにもらったリンゴの種を蒔くため、ミアは麻袋に土を入れていた。

 数日前からリンゴの種は水に湿らせておいた。

 芽が出るか分からないが、果物は貴重だ。

 種は湿らせるか濡らしておくと芽が出ることがある。

 ザックに入れて持ち運びできるよう小さい麻袋に蒔いた。大切に育てるつもりだった。

 種に土をかぶせた時、突然、銅鑼の音がした。

 ミアは持っていた麻袋を落として立ち上がった。

 銅鑼はゴーレの襲撃の合図だ。

 すぐさまテントにいるはずのアメリアの元へ走った。

 アメリアはすでに剣を持って銅鑼の鳴る方角へ走って行く。ミアはアメリアの無事を確認してから、子供が集まる場所へ走った。

 そこにはすでに守りの兵士たちがゴーレと戦っていた。

 わりと小柄なゴーレが数匹いる。しかし、油断はできない。

 戦う事のできないミアたちは自分の身を守りながら、兵士のそばにいるよう教えられている。

 ミアはテントに常備されている剣と楯を手に取ると、しっかりと握りしめた。


 この楯には何度も救われた。


 今のミアは初めて異世界に来た時とは違う。

 うずくまって震えるだけの子供じゃなかった。

 ゴーレの翼をもぎり取ったこともある。剣を振り回し、足を貫いたこともあった。

 けれど、ゴーレは元は人間なのだ。


 戦いたくなかった。

 ゴーレであっても、殺すくらいなら自分が死にたかった。

 そんな時、アメリアとテオの顔が浮かんだ。

 二人の事が大好きだったから。ミアは生きる道を選んだ。


 兵士たちは懸命に戦った。ゴーレの数は少なかったようだ。

 しばらくしてアメリアが戻って来てミアの顔を見ると、ほっとしたように笑った。


「みんな、無事ね!」


 号令をかけると、一人の兵士が青ざめた顔で言った。


「リリーとテオがいない」

「みんな、持ち場へ戻り移動の準備をっ」


 そう叫んだアメリアはすぐさま走り出した。ジェイクがその後を追う。ミアも追いかけようとしたが、誰かに手をつかまれた。もがいたが兵士の力は強く、振りほどくことができなかった。


「離してっ。テオを探すのっ」


 ミアは力の限り叫んだ。

 テオがいなくなってしまったら、ミアは一人ぼっちだ。

 生きていけないかもしれない。

 ミアは泣きじゃくり、地面に崩れた。

 友達の付き人が慰めてくれたが、涙は止まらなかった。その時、ジェイクがぐったりしたテオを背負うように抱えて戻って来た。


「テオっ」


 ミアはテオに飛びついた。体に触れると冷たい、髪の毛もびしょぬれだ。


「川に浮いていたの」


 アメリアがそっと言った。そして、


「リリーが死んでいたわ」


 それは、彼女がゴーレになったと言う意味だった。

 みんな一瞬黙り込み、どうして二人は川にいたのだろう、と口々に言った。

 そんな中、ジェイクが静かに言った。


「テオは大丈夫だ。生きている」


 神様…!

 ミアは感謝のあまり、地面に打っうっぷした。


 その晩、テオと一緒に眠った。

 テオは衰弱していたので、移動はやめて一晩そこにとどまることにした。その間、一緒にいてもよいと アメリアに許可をもらい、久しぶりにテオの側にいることができた。

 テオの顔色は悪く、一度も目を覚まさなかった。でも、体はだいぶ温かくなった。呼吸も少しずつ穏やかになった。


 テオはなぜ川の中に入ったのだろう。

 なぜ、リリーだけ死んでしまったのだろう。

 何が起きたのか分からない。


 リリーの事はかわいそうで仕方なかった。

 朝方、ミアは早く起きてテオの体温を確かめた。すると、彼がうっすらと目を開けた。


「テオっ」

「ミア?」


 テオがぼんやりとした顔で口を開いた。


「…喉が渇いた……」

「今すぐ水をあげるわ」


 枕元にあった水を差し出すと、テオはゆっくりと体を起こしそれを飲んだ。


 テオが生きている。

 ミアは俯くと、ぽろぽろと大粒の涙を流した。


「……リリーは?」


 頭上でテオが静かに言った。

 ミアが無言で首を振ると、テオが自分の両手を強く握りしめた。ミアがハッとして顔を上げると、今にも泣きそうなテオの顔があった。


「ミア……」

「うん、なに?」

「少しでいい。俺を一人にしてくれ」


 出て行けと言われたのは初めてだった。せっかく二人きりなのに、看病したお礼も言ってくれなかった。


「早く、出て行ってくれないか」


 静かに言うテオに、言葉をかけることはできなかった。ミアは震えながら頷いた。

 テントを出る時に、テオが小さく言った。


「ああ、ありがとう、ミア。お礼を言ってなかったな」


 心のこもらない声に苦しい気持ちになった。


「いいの」


 それからテオはしばらくの間、元気がなかったが旅を続けるうちに元のテオらしく戻っていった。

 ミアにも愛情をかけてくれて、前以上に優しい。

 しかし、ミアは気づいていた。

 テオがすっかり変わってしまったことに。


 テオは仕事を怠けているわけではないが、よく女の人といる。いつも、違う女の人で名前を覚える間もない。


 ミアが冗談で、テオは女の人が好きなのね、と聞くと、男だからね、と返事が返ってきて、でも、お前が一番大事だよと、付け足すように笑ってごまかされた。


 リリーが死んでしまった時、テオの中で何かが終わったのだろうか。

 テオは自分の痛みを誰にも打ち明けることはなかった。






登場人物

 ミア 物語の主人公 7歳

 テオ ミアの義兄 15歳

 アメリア 救世主 24歳

 ジェイク アメリアの恋人 29歳

 リリー  テオの恋人 17歳

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