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ジュリアン



 エドワードから、レノックス卿がすぐに見つかった話を聞いて、ジュリアンはなぜか胸騒ぎがした。


 テオの親族が貴族であるだけでも驚きなのに、その祖父が自分よりも位が高い公爵家であった事は今でも信じられない。


 公爵家の孫が、なぜ祖国を捨てて危険な地へ逃げたのだろう。

 キャクタスへ戻ったことは間違いなのではないか。


 目の前に座っているレノックス卿は、体格のいいテオとは違って骨格は細めの男性だが、若い頃は端正な顔をしていたに違いない。

 貴族らしい背筋の伸びた姿勢でジュリアンたちを見ている。

 見下ろした風はなく、穏やかな顔で少し疲れても見えた。


 彼はアナスタシアを見ると改めてお辞儀をした。


「フォード伯爵夫人、テオドールを助けて下さりありがとうございます」


 アナスタシアはにっこり笑うと、レノックス卿の手を取った。


「いいえ。わたしの方こそテオとミアにはたくさん助けて頂きました。ご家族が見つかって本当によかったわ」


 その言葉を聞いてレノックス卿は静かに笑った。


「これからお話する内容は決して他言してはなりません。フォード卿ならご存じと思いますが、お命にかかわる事ですので」


 アナスタシアがハッとして頷く。そして、ジュリアンを見た。その時、ドアをノックする音がしてレノックス卿が口をつぐむと、ドアが開いてレノックス卿よりもずっと若い女性が入ってきた。長い黒髪を両肩に垂らし、白いモスリンのワンピースドレス姿で落ち着いた雰囲気の美しい女性だ。

 中にいる全員にお辞儀をすると、レノックス卿がすぐに彼女を紹介した。


「こちらはイザベラ。わたくしの姪にあたります。イザベラがこれからこの部屋の会話を外へ漏れないよう魔法で封じます」


 アナスタシアが目を丸くして彼女を見た。レノックス卿が笑い、小さく頷いた。

 ジュリアンとエドワードはサッと目配せをする。


 やはり、この国でも対策をしているのだ。

 噂では、キャクタス国王は国々の会話を盗聴していると言う。

 悪口を言って縛り首になるようでは、おちおち会話もしていられない。しかし、この国の女性には魔力があった。王族にはまれに男性にも魔力を持つ男がいるらしいが、女性は魔法が使えた。

 このイザベラと言う女性もかなりの力を持っているのだろう。


 イザベラがレノックス卿に許可を得ると、目を閉じて深呼吸をした。

 呪文を唱えているのだろうか、流れるように美しい声で囁き、手を動かした。部屋全体の空気が一瞬で変わったのが分かった。

 アナスタシアも感じたのだろう。

 天井を見たり横を向いたりしている。


 イザベラが頷いたのを確認してレノックス卿が話はじめた。


「テオは間違いなくわたしの孫です。わたしが娘に命じて逃亡させました」

「テオの正式名称は?」


 ジュリアンの質問に彼は答えた。


「テオドール・ミルトン。わたしの娘の一人息子です。そして、ミア王女は…」


 彼は一度息を吸った。

 言葉にするのも辛そうだった。


「ミカエラ・オブ・キャクタス。カール国王の娘、第3皇女に間違いありません」

「叔父様、心配なさらないで、わたしが守っているから」

「ああ…」


 レノックス卿はそれでも緊張していた。

 キャクタス国王に関することをしゃべるのは命がけなのだろう。いくら魔法で遮っていると分かっていても、うかつに口にすることはできない。


「レノックス卿、それ以上は結構です」

「えっ?」


 ジュリアンの言葉にアナスタシアが驚いた。

 これ以上、キャクタス国王に関する話題は避けた方がいい。


「彼らが何者だったのかさえ、分かればそれでいい」

「フォード…」


 レノックス卿は悩んでいるようだった。

 そして、彼は呟いた。


「では、そのお言葉に甘えることと致しましょう」


 言うなり、サッと立ち上がった。

 ジュリアンとエドワードもすぐに立つ。

 アナスタシアは何が起きたのか分からないようだったが、すぐに立ち上がりお辞儀をした。


「後日、孫を迎えに参ります」


 レノックス卿はそれだけ言った。


 レノックス卿の屋敷を出る時、アナスタシアが何か言いださないか不安だったが、彼女は何も言わず、彼と別れを惜しみながら挨拶をしていた。


「また、お会いできますよね。レノックス卿」

「もちろんですよ。あなたのようなお美しい方と話ができて今日は楽しい一日でした。また、ご挨拶に参ります」

「ぜひ、いらして下さい」


 アナスタシアは心から願っているようだった。


 帰りの馬車の中でも彼女は静かだった。


「ジュリアン、ねえ、聞いてもいいかしら」

「うん」


 アナスタシアは口を開きかけたが、ふっと黙った。


「どうした?」

「なんだか、怖くて。ここでの会話も聞かれているの?」

「分からない」


 それしか答えることはできなかった。


 キャクタスに近ければ、近いほど魔法の力は強いのは確かだ。しかし、我がエリンギウムカースルは違う。エドワードとジュリアンの母が魔法を使っているので、おそらく聞かれる心配はない。

 しかし、城の中では一切魔法の力は働かない。


「そっちに座ってもいい?」

「ああ」


 何だろうと思っているとアナスタシアが隣に来て、そっと肩に頭を乗せた。甘えるしぐさが何だか嬉しくなる。

 ジュリアンは彼女の肩を抱き寄せた。


「すまない。おかしなことばかりで驚いただろう」

「合格だった?」

「え?」

「キスしなかったから…」


 何のことだろうと思ったが、昨日、余計な事を言いそうな時はキスをしてやめさせる話をしたことを思い出した。

 苦笑すると、アナスタシアが怪訝な顔をする。


「何?」

「いや。君はよく頑張ったよ」


 そう言うと、彼女は少し不満そうな顔をしただけだった。

 アナスタシアには黙っていたが、帰り際にレノックス卿から手紙を預かっていた。

 おそらく、テオとミアに関することだろう。

 正直、関わりたくないと思ったが、アナスタシアはそうはいかないだろう。問いただされるかもしれないが、城に戻ったら、一番安全な場所で中を見るつもりだった。


 静かだな、と思ってアナスタシアを見れば、眠ってしまったようだった。


 カール国王は恐ろしい男である。

 二度とアナスタシアをあの国へ連れて行くのはごめんだ。


 見慣れた景色が見え始め自分の領土に帰ってくると心から安堵した。

 エリンギウムに到着し、かわいそうだったがアナスタシアを起こすと、彼女は小さく欠伸をして目を覚ました。


「ごめんなさい。わたしったら寝ていたのね…」

「気にする必要はない」


 ジュリアンは先に降りてアナスタシアが馬車から下りるのを手伝った。

 彼女は肩を落とすと、小さく謝った。


「退屈だったでしょう」

「いや、慣れている」


 自分は無口であまりしゃべらない方だから慣れていると言う意味だったが、アナスタシアは傷ついた顔をすると、そう…と呟いて屋敷の中へ入ってしまった。

 出迎えたマロリーがジロリとジュリアンを睨んだ。


「ひとこと付け足した方が奥方様には伝わると思うんですがね」


 ムッとしたが、話が長くなると言い訳にしか聞こえないと思ったから簡潔に言ったまでだ。


「今日は早めの夕食を摂る」

「かしこまりました」


 ジュリアンの後に従ってマロリーは静かについて来た。


「書斎に用があるから食事の準備が整ったら呼んでくれ」

「かしこまりました」


 マロリーが恭しく頭を下げる。そして、背中を向けて歩きだす姿を見て、ハッとした。マロリーは、あの薄汚い洋服ではなくピシッと糊のきいた制服に変わっていて、彼にピッタリ似合っていた。


「マロリー」

「はい?」


 マロリーが立ち止り首を傾げた。


「その制服だ。よく似合っているな」


 褒めると彼の顔がぱあっと明るくなった。小走りで戻ってくると、まくしたてるように言った。


「奥方様が選んでくれたんですよ。街から行商人が来て洋服をあつらえたんです」

「そうだったのか」


 それなのに、アナスタシアの今日のドレスはひどかった。

 目立たせないよう地味なドレスを選んだが、さすがに60代が着るようなドレスは彼女にはあまり似合っていなかった。


「では、今度お礼にアナスタシアにドレスを贈ることにするよ」

「それは素晴らしいお考えです。きっと奥方様は喜ばれますよ」


 彼女が来たおかげで城は生きかえったのだ。

 これからアナスタシアに贅沢をさせてやらねば。


 ジュリアンはそう決心すると、足早に書斎へ向かった。

 コートを脱いでハンガーにかける。胸ポケットから手紙を取り出しそれを持ってイスに座った。

 ペーパーナイフで開封し、中を取り出すと部屋の中をノックの音が響いた。

 ジュリアンは驚いて思わず封筒を取り落としてしまった。


「誰だ」


 苛立った声で返事をすると、マロリーが食事の準備が整いました、と報告に来た。

 まだあれから数分も立っていない。

 自分はコートを脱いだだけなのに、ずいぶん早いなと思う。


「早いな」

「料理人のトマスがすでに用意をしてお待ちしておりました。スープが温まりましたので、すぐにおよびしなければと思ったのでございます」


 食べ物を想像すると急にお腹がすいて来た。

 ジュリアンは、手紙は後でじっくりと読むことにしようと封筒にしまった。


「すぐに行くよ」


 声をかけてから鍵のついている机の引き出しにそれを閉まった。

 鍵は自分が持っておくから安全だ。


 そのままダイニングルームへ行くとアナスタシアとマシューが隣合わせで話をしている。

 マシューが笑顔で頷いているのを見ると胸がもやもやした。

 彼はきちんと理解しているのだろうか、と思う。


 ジュリアンが現れると皆が立ち上がった。

 座ると他の皆が座り、食事を始めた。テオとミアも席にいて二人は話をしていた。


「テオ、君のおじいさんに会ったよ」

「本当ですか」


 テオが緊張した顔でこちらを向いた。ミアも同じように顔をこわばらせている。


「ご挨拶に来られるとおっしゃられていたから、安心したらいい」

「名前は何と言うんです?」

「そこまで聞いていなかったな。君の名前は教えてもらった。テオドール・ミルトン」

「テオドール…」

「聞き覚えは?」

「ありません…」


 テオは首を振ったが、少し嬉しそうに見えた。


「ミアの名前も分かったのよ」


 アナスタシアが明るい声を出すと、ミアも頬を上気させた。


「ミカエラ・オブ・キャクタス。あなたは間違いなくキャクタス国の王女よ」

「信じられない…」


 ミアはぽつりと言った。さっきまで嬉しそうにしていたが、表情は暗い。

 それもそうだろう。

 何らかの理由があって、テオとミアは国を離れなくてはならない理由があったのだ。

 その理由があの手紙に書かれているはずだった。


「今日はゆっくりと食事をして、時が解決してくれる」


 ジュリアンはそう言って、トマスとソフィーが調理した肉の料理をナイフで切り分けた。

 臭みもなく柔らかい肉だ。


「うまいな」


 こんなうまい物は久しぶりに食べた。

 やっと人間らしい生活を取り戻せそうに思える。

 テオとミアの事はおいおい片付くだろう。


 しかし、ジュリアンがどんなに思い込もうとしても、不安からは逃げられなかった。


 キャクタス国の王女がここにいるのだ。

 それも、救世主となって。

 何かが起こる予感がぬぐえない。


 皆、話をしながら食事をしていたが、ジュリアンだけはエディと会話をしながらも、あの手紙の事ばかり考えていた。


 食事がすみ書斎へ急ごうとしたら、エディに呼び止められた。

 やはり彼も気になっていたのだろう。

 レノックス卿の話をもっと聞きたがっていた。


 ジュリアンは手紙の話をしていなかったので中身を見てから説明をしようと考えていたが、レノックス卿を探してくれたのはエディだ。彼にも知る権利はある。


「エディ、書斎へ来てくれ」

「ああ」



 エディと書斎へ戻ったジュリアンは部屋の中が荒らされている事に驚いた。エディも同じだったようで、立ち止ってあんぐりと口を開けた。


「何だ? 何が起こったんだ?」


 ジュリアンが走って机を見ると、引き出しが全部空いていた。


「なんてことだ…」


 茫然と呟く。

 今までこんな事は一度もなかった。


「あいつらはいないよな」


 エディが身構えて言う。


「いるはずがない。奴らはずいぶん前に出て行った。もう、俺の屋敷に金目の物はないことは知っている」


 あいつらと言うのは、以前、ここで雇っていた兵士たちだ。金が底をつくなり屋敷中の金目の物を奪って逃走した。


 昔、キャクタス国との争いでカッサスの兵士たちはほとんどが殺されていた。父は、城を守るために新たに人を雇ったが、荒くれた男たちは金がなくなるなり城を荒らして出て行った。


 あの日の悪夢がよみがえったようにも思える。

 まだ、幼かったジュリアンには対抗することもできず、ただ、おびえるしかできなかった。

 思い出すだけで体が震える。


「ジュリアン、大丈夫か?」


 エディの声にハッとする。


「ああ…」

「何か取られた物はあるのか?」


 ジュリアンはコートハンガーを見て、上着がないことと、こじ開けられた引き出しの中身がなくなっているのに気付いていた。


「上着がなくなっている…」

「あのコートが?」


 エディには嘘をついた。手紙のことは誰にも言えない。


「そんなに値打ちがあったのか…」


 エディは不思議そうに言った。




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