表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

ジュリアン




 けがをしたアナスタシアを見た時、ジュリアンは心臓が止まるほど驚いた。


 なぜだ。この城ほど安全な場所はないはずなのに、どうして彼女がけがをしているのだ。


 カーッと頭に血が上ったがすぐに冷静になれと自分に言い聞かせた。

 開け放たれた調理場の中はめちゃくちゃだったので、すぐに中で何者かが魔法を使ったのが分かった。


 ジュリアンは一人先にダイニングルームで座っていると、次々と人が現れた。

 マシューとテオ、グレイスに数名の兵士、馬丁のジャック、魔女、そして最後にアナスタシアとミアだ。


 アナスタシアが現れるとみんながいっせいに立ち、マロリーが彼女のためにイスを引いて席へ座った。すると、トマスとソフィーがサンドイッチやレモネードと果物をテーブルに運んだ。


 グレイスと兵士たちはドアの付近で見守りをし、ジュリアンは軽く挨拶をした。


「挨拶が遅くなったが、みんな、ようこそ! エリンギウムカースルへ。食事の前に今日から料理長となったトマスとソフィーを紹介しよう」


 二人がお辞儀をし、飲み物で乾杯をしてから食事を始めた。各々が食べ始めたのを見て、ジュリアンが言った。


「まず、旅の疲れを取って欲しい。城の掃除についてはエディと俺が町から使用人を探してくる。食事がすんだらすぐに取りかかろう」

「分かった」


 エディが頷いた。


「閣下、教えて欲しいのはそのことではありません。どうして、この城に魔法がかかっているのかです」


 真ん中に座っているマレインが言うと、エディが驚いた顔でマレインを見た。


「昔、俺の父が敵の襲撃を恐れて、城全体に魔法をかけたんだ」

「あなたのお父上のはずはない。魔法が使えるのは女性のはずだ」


 マレインが指摘する。ジュリアンは唇を噛んだ。

 鋭い魔女だ。


「そうだ」


 エディが隣から息を吐いて言った。


「ぼくの母だ。母がこの城に魔法をかけた。そして、亡くなってしまった。だから、この城にかけた魔法を解くことはできない」


 マレインは目を丸くして、それから顔をしかめた。


「やっかいな事をしてくれる」


 ぶつぶつ呟く。


「魔法は本人にしか解くことはできない。失礼だが、どうしてお亡くなりに?」

「病気だ。心臓が弱かったのだ」

「まあ、お気の毒に」


 アナスタシアが、エディに言葉をかける。


「ありがとう、アナスタシア」

「という事で、この城では魔法は禁ずる」

「ふむ…」


 マレインは考え込む仕草をして、ミアを見た。


「閣下、わしがここにいるのは救世主の手伝いをするためでもある。救世主に力の使い方を学ばせるのがわしの役目。ミアと約束をしたのだ」


 ジュリアンはじっとマレインを見た。


「城の中でなければ魔法を使ってもいい」

「それはありがたい!」


 マレインが嬉しそうに言った。


「それと、城の外に温室があったようだが」

「もう見たのか。以前は使っていたが、今は使っていない。構わないですよ」

「感謝します。フォード卿」


 アナスタシアの隣にはマシューが座っていて、軽く頭を下げて言った。


「フォード伯爵、この城に書斎はあるのでしょうか」

「ああ、わたしが使っている」


 そう答えると、マシューは少し考える顔をした。


「では、図書室などは?」

「図書室があるの?」


 アナスタシアが顔を輝かせた。


「書斎にはあまり本を置いていないから、自由に図書室を使ってくれていい」

「素敵ね!」


 アナスタシアは喜んだ。


「どこにあるの?」

「マロリーに聞いてくれ」

「まあ、ありがとう」


 アナスタシアは感謝の言葉を述べると、隣のマシューに笑いかけた。マシューが頭を下げる。


「ありがとう。レディ・アナスタシア」

「どういたしまして」


 アナスタシアとマシューが二人で体を寄せ合って話をしている。

 どうして、自分だけこんなに遠い場所で、正面に座るアナスタシアをただ、見ているしかできないのか。


 ジュリアンは歯がゆかった。


 二人はとても仲がよさそうに見えた。おそらく気があるのだろう。

 嫉妬している男に思われたくなくて見まいと思ったが、アナスタシアが男に笑いかけるたびに苦しい気持ちになった。


 この結婚はお互いが望んだものじゃない。

 アナスタシアは仕方なくここへ嫁いで来て、夫の命令に従うと言っていた。


 自分もそうだ。

 あんな、わがままに育てられた王女と結婚をしたのは金のためだ。

 自分に言い聞かせるが、どうも心が反発しているようだ。


「ジュリアン、顔色が悪い」


 エディに言われてハッとする。


「平気だ」

「アナスタシアとは仲良くやっているのだろう?」


 ふと、エディが窺うように聞いてきた。

 ジュリアンは答えられなかった。

 無言でワインを飲んで急に立つと、皆がハッとした。慌てて立とうとするのを制して、少し用事ができた、と一人部屋に戻った。



 部屋に戻り、自分がとても疲れていることに気づいた。

 アナスタシアに振り回されてばかりいる。

 彼女が悪いわけじゃない。自分が勝手に気になっているのだ。


 ジュリアンは汗でも流そうと風呂場へ行くと、バスタブのそばにアナスタシアのクリーム色のドレスが無造作にかけてあるのが見えた。

 右肩から胸、腰のあたりまで血で黒くなっている。


 彼女の肌に傷が残ったらと思うと、怒りすら湧いてくる。しかし、ミアのおかげで救われた。


 これで二度目だ。

 救世主に助けられのは。


 ドレスを持っていると、ドアが閉まる音がして振り向くとアナスタシアが立っていた。目が合うと、一瞬、ひるんだように見えたが近寄って来て、ちらっとドレスを見た。

 彼女はそれには触れず、ジュリアンの容体を尋ねた。


「どこか悪いの?」

「え?」

「急に部屋に戻るから心配したの」

「少し疲れたようだ。風呂に入ろうと思ったんだ」

「そうだったの…」


 アナスタシアはほっとして少し笑ったが、出て行かなかった。

 さっきここで二人は大ゲンカをした。ジュリアンはすぐに思いだし、自分の言ったことをすぐに訂正しようと思った。


「アナ……」

「手伝いましょうか?」


 おずおずと言う。

 結構だと言いそうになり、ぐっと我慢する。


「ああ、頼むよ」


 舌が緊張で絡んでうまく言えなかったが、アナスタシアは微笑み返した。


 ジュリアンはお湯の出し方を教え、アナスタシアは真剣に見ている。

 バスタブに十分お湯が入り、ジュリアンは裸になった。

 アナスタシアがあっと言って、くるりと背中を向けた。

 その間にバスタブに体をうずめ、自分で体を洗った。背中だけ洗ってもらおうと声をかけると、アナスタシアはびくっとして振り向いた。


「大丈夫かい? 無理なら…」

「平気よ」


 アナスタシアはタオルを受け取り、バスタブの横に座りジュリアンの背中を洗った。

 ゆっくりと少し力を込めてこする。


「もういいよ。手が疲れただろう。ありがとう」

「あなたにひどいことばかり言ってごめんなさい」


 背中越しにアナスタシアが謝った。


「謝るのは俺の方だ。君が謝る必要はない」


 優しく言ったつもりだったが、後ろにいるので様子が分からない。すると、アナスタシアが立ってバスルームを出て行くのが見えた。


「アナスタシア?」


 呼びかけたが、彼女は隣の部屋へ行ってしまった。

 ジュリアンは息をついて、この気まずい雰囲気を何とかするにはどうしたらいいか、自分には分からなかった。


 着替えて居間に戻ると、驚いたことにアナスタシアが待っていた。

 てっきりみんなの所へ戻ったと思っていたのに、意外に思った。


「ずっと待っていたのか?」

「少し、考えていたの」


 アナスタシアの言葉にドキッとする。

 まさか、ケインに帰ると言いだすのだろうか。

 この城からアナスタシアがいなくなるなんて。

 それだけは許せなかった。


 ジュリアンは、アナスタシアが何か言いだす前に彼女に近寄ると、ソファに座る彼女を立たせた。

 アナスタシアがおびえたように身を竦めたが、止められなかった。そして、ジュリアンはアナスタシアを抱き寄せてキスをしていた。


 結婚式の時の触れるだけのキスではなく、強いキスでアナスタシアは体を硬直させていたが、次第に力が抜けて、ゆっくりと自分の背中に腕をまわして抱きしめてきた。


 ジュリアンは、自分はずっと彼女にキスをしたかったのだ、と気づいた。


 角度を変えてキスをくり返すと、アナスタシアがうっとりしたように唇を開いた。

 二人だけの時間が過ぎていく。

 ジュリアンはそれが永遠に続けばいいと思った。


 ようやくキスをやめると、アナスタシアがぐったりと力を抜いて胸に顔を預けてきた。

 それを抱きとめる。


 彼女は腕の中で涙ぐんでいたが、離れようとしなかった。


「ごめん、何を言おうとしていたんだっけ」


 アナスタシアは、ジュリアンの胸に頬をこすりつけたまま、さらに抱きしめてきた。

 潤んだ瞳で見上げられ、再びキスをくり返すと、アナスタシアが嬉しそうに頬を寄せて、唇が離れると囁いた。


「心臓が破裂しそう」


 自分の胸を押さえてジュリアンの鼻の頭にキスをした。


「あなたはキスが好きなの?」

「君は?」

「好きよ。でも、わたしはあなたとしかしない。これから先もずっと」


 ジュリアンはその言葉に感動した。


「言いたかったのはそれなのか?」

「いいえ、違うわ」


 アナスタシアはくすくす笑った。


「忘れてしまうところだったわ。できるなら、ここに慣れるまであなたのそばにいてもいい? 仕事の邪魔をしないから。迷惑じゃないか、それを聞こうとしたの」

「大歓迎だ」

「口出ししないと約束するわ」


 ジュリアンは少し考えた。


「君がおかしなことを口走りそうになったら、キスで止めるよ」

「あら」


 アナスタシアが目をパチクリさせる。


「じゃあ、このキスもわたしが何か言うのを寸前でやめさせようとしたのね?」

「愛想尽かして出て行かれると思ったんだ。俺はひどい男だから」


 アナスタシアは首を振って、ジュリアンの顔を覗き込んだ。


「わたしはこのお城がどんな風に変わっていくか、とても楽しみなの。それにやることはたくさんあるわ。ミアの事や図書室もまだ見ていないし、それに…」


 アナスタシアは情熱をこめてジュリアンを見た。


「あなたの事、まだ何も知らない」

「つまらない男だ」

「わたしも同じよ。つまらない人間なの」


 ジュリアンは、アナスタシアの右肩をさすった。


「傷は痛まないのか?」

「すっかりきれいよ。ミアはすごい力を持っているのね」


 ジュリアンは服越しに右肩にキスをして、アナスタシアを誘った。


「よかったら、向こうで傷を見せてくれ」

「なんともないのよ」


 もう一度キスしようとすると邪魔が入った。コンコンとノックの音がする。


「閣下、エドワード様がお呼びです」


 マロリーの声にがくりとする。


「すぐに行く」


 アナスタシアの手を取って促した。


「君も一緒だ」


 アナスタシアは頬を押さえてから髪を整えるしぐさをした。


「キスしたってバレない?」


 バレてもいいと思ったが、口に出さず分からないよと教えた。

 アナスタシアはほっとしてジュリアンの手を取った。


「行きましょう。あなた」


 アナスタシアの瞳がきらきら輝いている。

 自分の妻はこんなにも美しい。

 ジュリアンは、アナスタシアに見とれそうになった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ