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私の居場所




 ヘンリーは石の力によって回復できたが、体力の方はなかなか元に戻らなかった。


 グレイスが、ヘンリーをどうやって治したのかと聞いてきた。

 うまく説明できないけれど分かることは、石は他の石と共鳴している、という事だ。

 グレイスには分かってもらえなかったが、その話を聞いていたトマスが言った。


「疑問に思う事こそ、平和への道しるべとなる」


 トマスは旅に出る前に一人ひとりの目的を話しあうべきだと言った。誰が何を思って旅に出るのか知っておく必要がある、と。

 そこで、ヘンリーが回復するのを待つ間、みんなで話し合いをした。


 トマスの考えは、救世主の石の力を研究することだ、と言った。

 石の役割を知れば、次に何をすればいいのか分かるのではないか、と考えていた。


 ソフィーは、みんなの生活を守りたいとのことだった。

 食事などできることは手伝う、と言った。


 グレイスは軍隊にいた経験を生かし、みんなを守りたいと言う。そして、ミアに防御の仕方や戦い方を教えたいとも言った。


 テオは、あまり語らなかった。

 ヘンリーが行くなら、俺も一緒だ、と言うだけだった。


 わたしは――。


 ミアはみんなに秘密にしていることがある。

 それは、ミアがこの世界の人間ではないと言う事。

 3歳の時に異世界に来てから、13年が過ぎた。

 けれど、本当のわたしは中学生の少年なのだ。


 アメリアは一目で姿を見抜いた。

 救世主はどこまで分かっているのだろう。


 だから、ミアは救世主に会うのが恐ろしかった。

 クロエは気づかなかったけれど、他の救世主は違うかもしれない。


 救世主とは、何なのか。

 わたしの目的は――。


 ミアはこの機会に考えてみた。


 わたしはミアとして生きる。

 だから、もう、あの頃のわたしには戻らない。

 この異世界で生き、救世主としてできることならなんでもしよう、と思った。


 この場にアメリアがいればいいのに。


 アメリアにはもっといろいろ教わりたかった。

 けれど、彼女はジェイクと共に生きる気力を失った。


 救世主として、できること。

 アメリアと同じ目的があるなら、わたしも救世主を見つけることができると思う。

 アメリアは後継者を探していたのだ。


 今、クロエの石を持っている。

 この石を持つ資格のある救世主がこの世界のどこかにいるはずなのだ。


 一つずつ目的を果たして精いっぱい生きる。

 それが、ミアの役割だと思う。


 わたしは、みんなにそう伝えた。


 テオがアメリアに恋していると打ち明けた時、ミアの心は打ち砕かれた。

 でも、今は大丈夫。

 アメリアなら許せる。


 彼女は素晴らしい人だった。

 みんなのために、命をかけて戦ってくれた人。


 テオの気持ちに気づかなかったけど、今なら納得できる。

 わたしはアメリアにはなれないけれど。

 これで、テオを兄として見ることができるようになる、と思えた。

 そう思う事で、自由になれた気がした。


「ミア」


 ヘンリーが時々目を覚まして、ミアの手を取りたがった。

 ミアがその手を握りしめると、ヘンリーは涙をこぼして許してくれ、と言った。


「ヘンリー、弱気にならないで。あなたらしくないわ」


 ミアが笑うと、彼は決まってこう言った。


「君が、本当の俺を知ったら幻滅するかもしれないだろ」

「あなたはもう昔のヘンリーじゃない。わたしたちの仲間よ」


 ヘンリーがミアの頭を撫でながら呟いた。


「テオがうらやましいよ、君のような可愛い妹がいて」

「あなたにはいないの?」

「妹はいるのだが、可愛くないんだ」


 困ったように言って、ミアを笑わせた。


 ヘンリーの体が回復して、とうとう出発の日が来た。

 要塞に住んでいた人はもういない。

 ジニアは滅ぶ寸前かもしれない。

 土地を捨てて皆、宮殿に移動した。そこで、王を守るのではなく、みんなで助け合うようにと伝言をしてから、ミアたちは旅に出ることにした。


 ヘンリーは苦しそうだった。

 土地が小さくなったからではない。

 国王に皆で協力しあう強い国になって欲しい、と願っていた。


「きっと、あなたの願いは通じていると思うわ」


 ミアが言うと、自分の足で歩くことができるようになったヘンリーは言った。


「妹がしっかりしているから。彼女がきっと、ジニアを守ってくれると思う」

「妹さんの名前は何て言うの?」

「オリビアだ」


 ミアは会ったこともないオリビアという女性に願いを懸けた。


 どうか、人々をお守りください。

 優しい慈悲の思いで、みんなを平和へと導いてください。


 アメリアを思い出す。

 きっと、いつもわたしはアメリアの事を思う。

 彼女はわたしの救世主だからだ。


「ミア、行くぞ」


 トマスの声にミアは我に返った。


 ヘンリーの部屋を出る。

 そして、これからは何が起きても、わたしは泣かない。

 泣いてなどいられない。




「さて」


 トマスが腰に手を当てて言った。


「さあ、どこに行く」


 みんなが顔を見合わせて誰かが何か言うのを待った。すると、トマスがすぐに口を開いた。


「俺が思うに、原点に戻るってのはどうだ?」

「原点?」


 ソフィーが首を傾げると、トマスが頷いた。


「そうさ。みんなも知っているだろう。そもそもの始まりだ。つまり、救世主とゴーレの関係」

「おとぎ話ね…」


 グレイスが苦笑した。


「誰もが知っているわ。遠い昔、ダイアン国の王子が隣国のキャクタス国の姫をさらい、強姦したあげく殺してしまった。残酷ね」

「ダイアン国は滅ぼされたと聞いたわ」


 ソフィーが先を促した。


「お話の中ではダイアン国は滅ぼされ、多くはゴーレになった。襲われた人もみんなゴーレとなり、そのうち救世主と呼ばれる宝石を持つ人が現れた」

「キャクタス国はまだあるの?」


 ミアの質問には誰も答えられなかった。

 当然だろう。誰もがおとぎ話だと思っている。けれど、現にゴーレと救世主は存在しているのだ。


「俺は主に西の方角を旅をしたが、ダイアン国とキャクタス国について知っている者に出会ったことはない」


 テオがぼそっと言った。


「クロエは西の方角に位置するケイン国の小さい貧しい村にいた」

「救世主が生まれた村か……」


 トマスが考え込むように呟いた。


「手掛かりがあるかもしれない。行ってみよう」


 テオが肩をすくめた。


「あんまり歓迎されないと思う」

「それでも行っても損はないさ」


 トマスが励ますように言った。

 ミアは持っていた石をヘンリーに差し出した。


「殿下が持っていてください」


 ヘンリーはためらった後、それを受け取った。


「ありがとう。ミア」


 と、彼は大事そうに石をしまった。


「では、西へ進もう!」


 トマスが歩き始める。旅の一行は少しずつ歩き始めた。

 ミアの隣にはヘンリーがいて、彼は病み上がりだが必死に見えた。


「大丈夫ですか? 殿下」


 ミアが話しかけると、殿下はやめてくれ、とヘンリーが苦笑した。


「ヘンリーでいいよ。ミア」

「ヘンリー…」


 ためらいがちに名を呼んでから、ずっと心に思っていた事を聞いた。


「どうしても一緒に行くのですか? もう、ジニアには戻れないかもしれませんよ」

「私はもう戻らない。決めたんだ」

「どうして?」

「私は一度、死んだんだよ、ミア。あの日、ゴーレと共に焼かれて死んだんだ。今、ここにいる私は、君に生かされたただの男だよ」


 力なく笑ったが、ミアは首を振って彼の手を取った。


「ヘンリー、きっとあなたが統治できる世の中が来ると思います」

「もうそれを望んでいないんだよ、ミア」


 ヘンリーは笑った。その笑顔は何かに解放されたような優しい笑顔だった。

 ミアはそれ以上言えなかった。

 ヘンリーは穏やかな顏でまっすぐ前を向いて歩いている。

 ミアは歩きながら、後ろを歩くテオをそっと見た。テオは最後を歩いていて表情はよく分からなかったが、ミアとは一言もしゃべっていない。


 これから、長い旅が始まるのだ。

 たどりつく場所はないかもしれない長い旅なのだ。




 旅に出てから3日目。

 久々に体を洗った。


 きれいな川が流れていて、トマスが辺りを見渡して、見張りをするから水浴びをしたらいい、と女たちに言ってくれた。

 先にソフィーが体を洗い、続いてミアとグレイスが川に入った。


 川の水は澄み切ってきれいだったが、とても冷たかった。

 服を脱いで川に入ると、グレイスが背中を洗ってくれた。


「ミアの体はすべすべね」

「ありがとう」


 ミアは恥ずかしく思いながらも、グレイスの裸をあんまり見ることができなかった。

 盛り上がった形のよい胸。くびれのある腰つき。自分の体と同じはずだが、どうしてもドキドキしてしまう。

 グレイスはそんなミアに気づかずに宝石を見て、ほうっと息をついた。


「触ってもいい?」


 おへその下にある宝石に触れる。指先が触れても、宝石は何の反応も見せなかった。


「これは体にくっついているの?」

「ええ」


 ミアは恥ずかしくて、川の中に沈み込んだ。


「触られるのが嫌なの?」

「恥ずかしくて」

「あら」


 グレイスはクスクス笑うと川から上がった。ミアもすぐに出て洋服を着た。洋服もだいぶ汚れていたので、替えの洋服を川で洗い、乾かそうと岩場に干した。

 みんなの元へ戻ると、ソフィーが川で摂った魚を火で炙っていた。

 見張りをしていたトマスとテオが戻ってくる。焼けた魚をテオがソフィーから受け取り、ミアに渡した。


「ほら、ミア」

「ありがとう」


 旅に出て日がたつうちに、テオが次第に打ち解けてくれるようになっていた。昔のように優しくしてくれる。それが何よりもうれしかった。

 テオは魚を二つ受け取ると、グレイスの隣に座り彼女にも渡してあげた。


「ありがとう、テオ」


 グレイスは魚を受け取るなり、かぶりついた。


「おいしいわ」


 そう言ってテオと笑い合う。

2人が仲良くしているのを見るのはこれが初めてではない。

 旅に出てすぐに2人は仲良くなった。親密にしているのもたびたび見かけた。それを思い出すと胸が痛いのでできるだけ見ないようにしている。


 旅に出て気付かされるのは、テオは常にガールフレンドがいないとダメな性分であることだ。

昔から女性にモテるから仕方がないのだが…。


 ヘンリーだけが見張りに出たまま戻っていなかった。

 彼はあの日以来、人が変わった。

 偉そうなことは言わないし、口数も減り、テオと交代でしんがりを務め、一生懸命にミアたちを守ろうとしてくれている。

 彼の努力はもう痛いほど伝わっていた。


 ミアは魚を持ってヘンリーを探しに行った。彼は少し離れた岩場に座り、森の奥を眺めていた。


「ヘンリー」


 声をかけて近づくと、振り向いたヘンリーは少しだけ笑った。


「お腹空いたでしょ」


 魚を受け取っても警戒したままの顔だ。


「ねえ、大丈夫? 疲れない?」

「私の目的を伝えただろう。私は救世主を守る男になったんだ」


 旅に出て何度も話しあった。

 ヘンリーは一国の王子なのだから、国を平和に豊かにするのを目的として欲しいと伝えた。しかし、彼はそれは失敗だったと繰り返すばかりだ。


「ミア、君の考えを教えてくれ」


 ヘンリーは、いつもミアの考えを求めた。

 ミアは異世界から来た事は省いて、全てを伝えた。


 他の救世主を探すこと。


 けれど、ヘンリーはまだ何かあると思っているらしかった。


「わたしはアメリアから石を託されたの。きっと、クロエの石も誰かを求めていると思うわ」


 ヘンリーは時々、クロエの石を取り出して眺めた。


「まだ見ぬ救世主はこの石を持てば、ミアのように体に取り込まれるんだな」

「ええ。そうだと思う」

「でも、この石をむやみやたらに見せるわけにはいかない」


 いつもここで考えが止まってしまう。ミアは未熟な救世主だ。自分の力も十分に理解していない。


 魚を食べ終えると、ヘンリーは骨を川に捨てた。


「うまかった。さあ、みんなのところへ行こう」


 戻ると、荷造りを終えたトマスたちがいた。だが、グレイスとテオがいない。尋ねようとしたらすぐに2人が現れた。グレイスは笑って、親しげにテオの体に腕をまわしている。


「助かったよ、グレイス」


 テオがお礼を言った。グレイスは笑いながら、自分のザックを背負った。


「当然だわ。仲間だもの」

「どうかしたのか?」


 ヘンリーが聞くと、テオが笑って答えた。


「俺が川に入っている間、見張ってくれたんだ。彼女のおかげでゆっくりと汗を流せたよ」

「それはよかったな」


 ヘンリーはそっけなく言った。ミアは何も感じていないふりをしてテオに言った。


「じゃあ、行きましょう」


 不機嫌な声じゃなきゃいいけど、と思いながら背を向けた。




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