赤い炎の髪色の少女
何から話せばいいだろう。
ある国の王女からこの物語を描くよう託された。
よって、この異世界で起きた出来事をできるだけ鮮明に描きたいと思っている。
王女はこの奇跡を多くの人々に伝えたいと心より願っている。
わたしの名はアンリ。
昔は、アンリ・フォレストと名乗っていた。
わたしについては深く追求しないで頂きたい。
さて、この物語と深くかかわって頂くためには、皆さまには登場人物について理解してもらわなければならない。
物語は、主人公が現実の世界から異世界へと旅立つ少し前から始まる。
彼は異世界へ飛ばされるまで日本の少年だった。
この少年は人と少しだけ違っていた。
中学二年生の彼が恋した相手は、自分と同じ少年だったのだ。
彼は悩んでいた。
自分が好きなのはクラスメートの男の子だ。
誰にも言えず、密かに好きだった。
ところがある日、些細なことから彼に気持ちを知られてしまう。
その部分を精細に描いてみよう。
君は中学生だ。
そして、放課後誰もいない教室に一人残り、好きな男の子のイスに座ってドキドキしている。
この机が彼のだと思うだけで、心臓が破裂しそうなくらいだ。
ほほえましい光景だが、危険が孕んでいる。
誰かに見られたら言い訳できない。
君にとって、幸福感は一瞬だった。
数秒座って、さあ、帰ろうと思った時、いきなり教室のドアが開いた。君は死ぬほど驚いた。振り向くと、好きな人が入り口に立っている。いったい何が起きているのか理解できない。唖然としていると、好きな人が叫んだ。
「何してんだよっ」
君は慌てて椅子から立ち上がった。
彼は近づき、自分の机の中から教科書を取り出して君を睨んだ。
「何してんだよっ、俺の机になんかあんのかよっ」
「……ごめん」
「何か盗んだんだろっ」
「盗んでないっ」
「じゃあ! 何してたんだよっ」
「君が好きだから…」
「はあっ?」
「ご、ごめん…」
相手を見ると、彼が後ずさりした。
「近寄んなっ」
彼は逃げて行った。
君にはどうすることもできなかった。
君は傷つき、とぼとぼと教室を後にする。
わたしがここにいたら何とか助けてあげたいと願ったろう。
けれど、ここには誰もいない。
君しかいなかった。
君の辛い思いも分かってあげることができない。それを思うともどかしさが募る。
君は誰にも言えない内緒をまた一つ抱えてしまった。
お母さんに言えたら楽だが、彼女こそ、一番言いにくい相手だった。
それからの日々を描くのは辛い。
だから、君が異世界へ召喚された日の事を描こう。
君はあの日から、彼に避けられいじめにあった。
我慢の限界から学校を休みたい、とお母さんに相談したいと思うところまで追いつめられた。
だが、その日、君は家に帰らず図書室にいた。
図書室は君にとって安寧の地である。
そこで声を聞く。
――助けて……。
女の子の声だ。
「誰?」
君は振り向く。でも、誰もいない。
そのはずだ。誰もいないから。
だから、君はここにいるのだ。
君はたった一人きり。そこへ、もう一度、
――お願い、たす……けて…。
姿は見えないのに女の子の声がする。
両腕にざわりと鳥肌が立った。足は竦んで動けなくなる。
――助けて…!
「…誰? どこにいるの?」
――早く助けに来て、殺される!
切羽詰まった声は本の中から聞こえた。ぞっとすると、君の真後ろにある本棚から一冊の本がぽとりと落ちた。落ちた拍子に本が開き、そこからすさまじいエネルギーが溢れだした。
君はとっさに逃げようとした。だが、逃げることはできなかった。まばゆい光が君の目をくらませる。
「あっ」
君は腕で顔を覆った。
瞬間、本の中に吸い込まれた。
「お母さんっ」
叫んだ声は誰にも届かない。
君は異世界へ召喚された。
これより、異世界の物語の『始まり』を告げることとする。
※※※
熱い……。
皮膚が火傷しそうなほど、ひりひりしている。
腕を伸ばしゆっくりと体を起こして辺りを見渡すと、見たこともない場所にいた。
焼け野原だ。もくもくと灰色の煙が立ち込めている。
ここはどこ?
いやな臭いが立ち込め、わけの分からない大きな黒い塊があちこちに置かれている。君は恐怖を感じて頭を抱えた。
これは夢だ。現実じゃない。
そう思いこもうとした。だが、夢じゃない。
君は生きている。君を呼んだあの女の子の声は聞こえなかった。
君がこの地へ召喚されたという事は誰かに呼ばれたのだ。
ここで疑問が残る。
君を呼び寄せたのは何者だ? ここはどこなのか。
それを探っていかなくてはいけない。
君は何者か。
以前は中学二年生の少年だったが、今は別の姿に変わっている。君は自分の掌がとても小さい事に気づいた。
ボクじゃない…。
姿が変わっている。けれど、今それを調べている時間はなさそうだ。命の危険が迫っていた。
突然、頭上からギャアッギャアッと獣の叫び声。目を上げると真っ黒いつるつるした羽に、鋭い爪をもった化け物が飛んでいる。
その数は数十匹いて、中には人の足のような物をくわえている化け物もいる。
君はこの生き物を見たことがない。
君はパニックになった。
「うわあっ」
君は走ろうとした、
しかし、思うように体が動かない。短い手足、小さすぎる体。
足がもつれて地面に転がった。見てはならないヤバイ物がたくさんある。ここは戦場だ。人が無残に倒れている。
助けて…!
君は叫ぼうとしたが恐ろしさのあまり声が出ない。その時、赤い髪色の少女が一人、果敢に戦っていた。
少女の体は光っていて、彼女の手から白い閃光が放たれると化け物が消滅した。君は這いつくばって彼女の足にしがみついた。
「誰!?」
少女が君を見た。そして、驚いた。
「ミアっ。どうしてここにいるのっ!!」」
少女が怒鳴り、それから目を見開いた。
「違う。あなたはミアじゃない…」
君には少女の声が聞こえていない。
少女に抱き上げられると、君は離すものかと少女を抱きしめた。
「苦しいわ、息ができないわ」
少女はそう言いながらも頭上を飛び交う化け物に手を広げた。
手のひらから白い閃光が発せられ、化け物が消えていく。
気づくと、彼女の周りにたくさんの人が集まっていた。甲冑をつけている者、農夫、いろいろな人種が混じっていて、ほとんどが男性だった。
「皆、安全な場所へ避難してっ」
少女が叫ぶと、動ける人間は助けあいながら森の奥へと移動を始めた。残された化け物は牙を剥き、長い爪を立て、少女や人間に向かって飛びかかろうと身構えている。
「そうはさせなさいわっ」
少女が叫び、手を広げた。
一瞬、まばゆい光に包まれた。
少女が光る。その光に包まれた化け物は消滅していく。
化け物が消えた時、少女は少し疲れた顔をして、君を地面へと下ろした。
「大丈夫?」
君はまだ立つことができなかった。少女の足にしがみついて震えた。
「怖かったわね」
優しい声をかけられたその時、背後から、生き残っていた化け物が少女の肩にかぶりつき肉をえぐった。化け物は少女の着ていた衣類を鋭い爪で引き裂いた。少女の透き通るような美しい肌があらわになり、胸の真ん中に真っ赤な宝石があるのを見た。
長方形にカットされた宝石はザクロのような赤色をしていて、きらめいている。
君は目を丸くしてそれをじっと見つめた。その間、少女は持っていた剣で化け物を斬りつけた。化け物が泡のように消えた。
それから少女はケガをした自分の肩に手を置くと、みるみるうちに傷が塞がっていった。
同時に胸の宝石が光った。
少女は布切れで自分の体を隠すと君の方を振り向いた。
「逃げましょう」
君の手を取り大急ぎで森の方へ走っていく。すると、どこからか誰も乗っていない馬が飛び出してきた。少女の方へかけてくる。
少女は、君を馬に乗せると自分も飛び乗った。
背後から抱きしめられ、君は安堵のあまり目を閉じた。
温もりにホッと息をつく。
だんだんと君の体は揺れて、いつの間にか眠ってしまった。
どれくらいの時が過ぎたのか分からない。君は揺り起された。
「着いたわよ。チビちゃん」
馬から下ろされると、
「ミアッ」
と、悲鳴のような声がして、人々をかき分けて少年が飛び出してきた。そして、君を抱きしめて頬や頭にキスをした。
涙ぐむその顔を見て、熱い気持ちがこみ上げてきた。
「どこに行っていたんだっ」
「テオ、叱らないであげて」
少女がなだめるように言った。
「なぜだか分からないけど、一人で泣いていたわ。迷ったのね、きっと」
少女は馬を高齢の男性に渡しながら言った。
「ミアが助かってよかったわ」
「ありがとうございました。アメリア姫さま」
「ミアのそばにいてあげて」
「はい!」
テオと呼ばれた少年が君の手をぎゅっと握りしめた。
「ミア、心配したんだぞ」
「あの人はお姫様なの…?」
「この集落を守っているアメリア姫様だ。この前教えたろ?」
君は分からないので首を振る。すると、テオが困ったような顔で君の頭を撫でた。
「俺はテオ。それは分かるよな」
「うん…」
「俺たちの母親はこの間の戦いで死んでしまった。だから俺とミアは二人きりの家族なんだ。だから、もう俺から離れちゃダメだ」
お母さん、いないんだ。
不意に、君は鼻がツンとして涙が出た。
ぽろぽろと涙があふれ出し止まらなかった。
それを見たテオも一緒に泣きだす。
「行こう、ミア」
背中を押され君は歩き始めた。
急に不安がこみ上げる。
ここはどこだろう。
森の中には疲れた顔の人々が横たわり、お互いを労わりあっていた。
見たところ、顔は日本人ではない。
金髪や赤毛、黒髪、茶色、銀髪といった様々な人たちがいる。
鼻筋も高く色が肌の色も白い。中にはアジア系に近い顔の人もいた。
「テオ…」
「兄ちゃんって呼んでいいんだよ」
テオが背中を優しく撫でてくれた。
君はもうこの世界から出ることはできない。
これより君の名を『ミア』と呼ぶこととする。
ミアは心細くてたまらなかった。
しかし、テオの温かい手のひらはしっかり握られている。ミアはその手をぎゅっと握りしめた。
「怖いのか?」
テオが言ってミアを抱き上げた。
「今だけだぞ」
優しい声にミアは腕を伸ばし、テオを抱きしめた。
夜になっても恐怖は去ることはなく。ミアは眠ることができなかった。
化け物がいつ襲ってくるか分からない。それが恐ろしくて目を閉じるのが怖かった。
ミアが布の上で震えていると、隣で眠っていたテオが体を起こした。
まわりには傷ついて疲れた人々が眠っている。
テオは小声で言った。
「どうした? 眠れないのか?」
震えが止まらぬまま頷くと、テオがそっと抱きしめてくれた。
「大丈夫、もうゴーレは来ない。奴らはアメリア姫様が消してくれた」
ゴーレという単語も聞いたこともなかったが、化け物の事をさしているのだと分かった。
それでも震えは止まらない。
「怖い…」
「俺が守ってやるから。それに見張りの人たちもいるんだ。今夜は特に見張りを増やしているから、大丈夫だよ」
テオが言い聞かせるように言った。
「うん……」
次第に、テオの温もりのおかげでウトウトし始めた。
「おやすみ、ミア」
テオが額にキスをしてくれたまでは覚えていたが、それからは覚えていない。
朝、目が覚めるとテオはまだそばにいてくれた。
「おはよう。よく寝てたな」
「おはよう」
ミアは目をこすって起き上がった。
テオは敷いていた布を素早く片付けた。まるでいつでも逃げ出せるかのように袋にしまった。
「何か食べに行こう」
テントを出ると、人々が集まって何か食べていた。
近づくと、鍋にお粥のような物が入っていて、お椀を持ってみんなでよそって食べている。
テオから受け取ったミアは戸惑った。
これは何?
せっかくもらったのに聞き出すことができないでいると、頭上から少女の声がした。
「ポリッジよ。麦が収穫できたからたくさん食べたらいいわ」
アメリア姫がそう言って、自分もポリッジを受け取ると隣に座った。味わって食べなさいと言われる。
大人たちはスプーンなしで食べていたが、ミアには木のスプーンを貸してくれた。
スプーンですくって食べたが、水っぽいだけでおいしくない。
顔をしかめると、テオが息をついた。
「ポリッジは嫌いなのか」
ミアはわがままを言ってはいけないと思い、何も言わず全部食べた。アメリア姫が頭を撫でてくれた。
「それでいいの」
朝はポリッジ一杯だけで、皆、荷造りをしているようだった。ケガをした人がたくさんいて、担架に寝ている人もいた。
「どこに行くの?」
尋ねるとテオが教えてくれた。
「ゴーレに襲われたから、場所を移動する」
森の向こう側ではまだ灰色の煙がくすぶっていた。
「もう火は消えている。人も埋葬した」
ミアは昨日の事を思い出して身震いをした。
「今度はどこに行くの?」
「俺たちは東へ向かっている。アメリア姫のいとこがいる城だ」
それがどこにあるのか、どれくらいの距離があるのか、さっぱり分からないが、目的地はあるのだ。
おもむろに人々が動き出した。
テントを片付け、火も消され、担架を担ぐ人。
それに続いて、女、子供たちがゆっくりと歩き始める。
アメリア姫はいつの間にかいなくなっていた。
彼女はすでに先頭に立っていた。