『リアル民間人大虐殺!! 通州事件とは?』
おはこんばんちは!
さて今回は『通州事件』についてのお話じゃ!
この事件は、1937年(昭和12年)7月29日に中国の通州において冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)が日本軍の通州守備隊・通州特務機関及び日本人居留民【民間人】を襲撃した事件なのじゃ
通州守備隊は包囲下に置かれ、通州特務機関は壊滅し、猟奇的な殺害、処刑が行われよった
通州虐殺事件ともよばれてるのじゃ
ようは、中国人による日本人虐殺事件じゃな
どうしてこんな事が起きたのか?解説して行こうかの
通州には、義和団の乱後の北京議定書に基づき、欧米列強同様に日本軍が邦人居留民保護の目的で駐留しておったのじゃ
通州事件当時、通州を守備していた日本軍第二聯隊の主力は北京南部の南苑に出動中で、通州には戦闘能力を持たない人員しかおらんかったのじゃ
日本は冀東防共自治政府保安隊【中国人部隊】を友軍つまり仲間だと思っており、油断しておったのじゃな
その冀東防共自治政府保安隊が、一説には、国民党軍が流した嘘のラジオ放送に騙されて、日本人を虐殺した事件だと言われておる
又は通州事件から日本へ生きて帰った人の証言によると、反日テロ行為を行っていた朝鮮人による、中国人への『日本悪し』の政治宣伝による、中国人の反日感情の悪化によると言う話も有るのじゃ!
今も在日コリアンや韓国政府が、世界中で反日ヘイトスピーチをやっておるの?
彼らは昔から変わらないのじゃよ
さて、具体的にはどんな事件だったのか?
外国人記者が書いた記事を見てみようかの
※当時中国を取材していたフレデリック・ヴィンセント・ウィリアムズは1938年11月に『誰も書かなかった支那の出来事』Behind the News in China を刊行し、そのなかで以下のように記している。
日本人は友人であるかのように警護者のフリをしていた支那兵【中国人】による通州の日本人男女、子供等の虐殺は、古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺【虐殺の意味】として歴史に記録されるだろう。
それは1937年7月29日の明け方から始まった。
そして一日中続いた。
日本人の男性、女性、子供たちは野獣のような支那兵によって追い詰められていった。
家から連れ出され、女子供はこの兵隊の暴漢どもに暴行を受けた。
それから男たちと共にゆっくりと拷問にかけられた。ひどいことには手足を切断され、彼等の同国人が彼等を発見したときには、ほとんどの場合、男女の区別もつかなかった。多くの場合、死んだ犠牲者は池の中に投げ込まれていた。
水は彼等の血で赤く染まっていた。何時間も女子供の悲鳴が家々から聞こえた。支那兵が強姦し、拷問をかけていたのだ。
どうかの?
これが現実の史実として存在した、日本人虐殺事件の内容じゃ!
史実として存在が疑わしい『南京大虐殺』と違って、紹介しきれないが、コチラは数々の資料証拠が有るのじゃ!!
『南京大虐殺』よりも、日本人は『通州事件』を忘れるべきでは無いのではないかの?
では、次回もお楽しみにの?




