『日露戦争 その1』
おはこんばんちは!
毎日読んでくれてる友達は本当にありがとう!
面白かったら夏休みが終わって友達に会った時に、この『大人の事情で』を教えてくれると嬉しいぞい!
モチロン!夏休み中ならもっと嬉しいぞい!
さて、今回は『日露戦争』について解説して行くぞい
学校で習った友達は、まぁかなり大ざっぱに教えられたと思うがの?
せいぜい『203高地争奪戦』とか、『バルチック艦隊との日本海海戦』とかぐらいだろうの?
では、『日露戦争』はどうして起きたのかの?
満洲を勢力下においたロシアが朝鮮半島に持つ利権を手がかりに南下政策を取りつつあったのじゃ
ロシアは高宗【当時の朝鮮王】を通じ売り払われた鍾城・慶源【朝鮮半島の地域】の鉱山採掘権や朝鮮北部の森林伐採権、関税権などの国家基盤を取得し朝鮮半島での影響力を増したのじゃが、ロシアの進める南下政策に危機感(1861年(文久元年)にロシア軍艦対馬占領事件があったため)を持っていた日本がこれらを買い戻し回復させたんじゃな。
ようするに、ロシア側が既に朝鮮半島や満州を経由して、江戸時代末期に日本の対馬を侵略しよっておったのじゃよ!
これが事の発端じゃな?
いかに『倒幕派』【明治維新を起こした側】が、危機感を持って居たか?これでよく分かったじゃろ?
当初、日本は外交努力で衝突を避けようとしたのじゃが、ロシアは強大な軍事力を背景に日本への圧力を増していったのじゃ。1904年(明治37年)2月23日、開戦前に「局外中立宣言」をした大韓帝国【日韓併合前に、短期間存在した国家】における軍事行動を可能にするために日韓議定書を締結し、開戦後8月には第一次日韓協約を締結、大韓帝国の財政、外交に顧問を置き条約締結に日本政府との協議をすることとしたのじゃ。
大韓帝国内でも李氏朝鮮による旧体制が維持されている状況では独自改革が難しいと判断した一進会【韓国の政治結社】は日韓合邦を目指そうと鉄道敷設工事などに5万人ともいわれる大量の人員を派遣するなど、日露戦争において日本への協力を惜しまなかったのじゃよ?
と言う訳で、そもそも『日韓併合』は韓国側からの希望で行われたのじゃよ!!
とても大事な事なのでもう一度書くぞい!!
『日韓併合』は一進会【韓国の政治結社】の要望によって行われたのじゃ!!
では、次回に続くぞい!!




