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ホールから出ると、外の景色が暗くなっていたことにふと気が付いた。厚い雨雲に覆われており、今にも雨が降り出しそうな空模様が描かれていた。
「まるで人間みたいだったな……」
話した少女、名前はキリエと言っていて、うたいびとにも名前があり収穫ものだとアレクはほくそ笑む。
通路の方から隊長達が合流し、他の場所には誰もいなかったという報告をアレクは空返事で応じた。
「? どうしたんですアレク殿?」
「いや、まさかな……」
なぜアレクが失笑したのかは、またもや耳にピアノの音色が聞こえたからだ。そしてその曲目は、ショパンの作品の一つ別れの曲だった。
そしてやはりキリエの曲チョイスに少しだけ笑ってしまうのだった。まるでこれから彼が何をしようとしているのかを分かっているかのように、バックミュージックとして彼女はこの曲を弾くのだ。ならば、演奏者の嗜好にアレクは踊ろうと決める。元よりそのつもりだったのだが、演奏者は早くその三文芝居を見せてくれと逸らせてくるのだ。
「これはピアノの音?」
隊員の一人がホールの内部から聞こえてくる音色に気が付いてドアを開けようとした。
「待て! という事はこの先にうたいびとが居るのかもしれん! 全員警戒態勢で入り込むぞ!」
隊長が怒鳴り声を上げて隊員の行動を制止させ、万全の態勢で戦闘に臨もうとする。ドアに群がる隊員達から少しだけ距離を置いたところでアレクは銃口にサイレンサーを取り付けた。
「良いか、俺の合図で突入しろよ? three、two、one――」
合図を言い切る瞬間、隊長の頭に押し当てられた銃は静かにドアを血で濡らした。他の隊員達は何が起こったのか理解する前にアレクは次々とドアの前にたむろっている隊員達に銃弾を撃ち込む。狙うのは頭部、確実に急所を狙い絶命させていく。余計な時間を掛けず連れてきた支部隊の連中を殺した。
「まだ演奏中だろう? マナーは守れ」
アレクは転がった遺体を片付けるために台車を用意して外へと運ぶ。台車を押して船へとたどり着くと全員が驚愕して身を震わせた。
「すまない、彼たちはうたいびとの手によっておちびとに変化し殺すしかなかった。」
大根役者も良いぐらいだとアレクは内心自分の演技に呆れながら、副隊長に船を出す様に指示を出す。
「アレクさん、本当に隊長達はうたいびとに?」
副隊長が疑うようにアレクへと問いかける。
「そうだ、全滅だ」
淡々と吐き捨てるアレクの耳にはまだキリエが弾いている曲が流れている。サビの部分に差し掛かり、心が高揚していくのを感じる。久しぶりに聞いた音楽はこんなにも心地が良いとアレクは安らかに笑みを浮かべ、周りにいる他の隊員達の居場所を確認する。
「これから我々はどうすれば……」
後ろを振り返った副隊長は銃を突き付けられていることに気が付いた瞬間には目の前が暗転した。
「死ねばいい、死ねばいいんだよ。何もしなくても良い、ただ死んでくれるだけで良い」
独り言を呟きながらもアレクは淡々と作業を熟していく。それはまるで怨嗟のごとし、彼の過去にも事情があるのはこの現状が全てを物語っていた。
他の隊員達が迎撃体勢に移る前に次々とアレクは頭を撃ち抜いていく。一番近くに居た隊員だけをわざと残し、残りの隊員も全滅状態に陥った。
「うわぁぁ!!」
至近距離で銃を構えた隊員の腕を叩き落とす。ガシャンと無造作に床に落ちた銃をアレクは遠くに蹴り上げ、白兵戦に追い込まれた隊員は訓練通りの型を取ってアレクへと掴みかかろうとした。
だが、無情にもアレクはその白兵戦を二発隊員の太ももを撃ち抜いて拒否をした。激痛によってその場に崩れ落ちる隊員に容赦なく急所をわざと外して延命させる。
足も動かせず、手も撃ち抜かれて原型を保っていない。ゆっくりとアレクは隊員の前にしゃがみこんで目をじっと見つめた。
「なあ、人はどうして生きているんだろうな?」
「……へぇっ?」
恐怖で呂律と思考回路が回らない。ただ、ここで何かを答えようと、答えなくとも、少なくとも助かる見込みがないことを隊員は察していた。
陽炎のように立ち上がり、隊員の頭を掴むと思い切り肋骨へと蹴りを打ち込んだ。骨が砕ける音と衝撃に隊員は悶絶するしか出来ない。
「痛いよなぁ、苦しいよなぁ? 父さんも母さんもこうやって蹴り続けられたんだ。許してくれと言っても、助けてくれと言っても、誰も助けてくれなかった。当たり前だよな、音楽家だったからな俺の家はさ?」
愛していた、愛されていた、大切だった家族が過去にあった。それが今は無い。誰がアレクの家庭を崩壊したのかは彼の反応を見れば一目瞭然かもしれない。
「妹もいた。俺とは違って天才でね。世界一のバイオリニストになれるかもと期待していたのに、お前たち人間はその全てを奪ってくれた!」
激高したアレクはアーミーナイフを取り出して隊員の腹部に突き立てる。
「あああああ!!!?」
「まだ一三歳だったのに、天才と言われたバイオリニストの手にこうやってナイフを突き立てたんだ。何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!」
怒り、その表現でしか、彼の感情を言い表せない。
アレクは音楽家としての家に生まれており、代々バイオリニストとして活躍してきた家系だった。父母、そして妹の四人構成の家庭だった。
うたいびとによって音楽が世界から排除されるときにその目に留まったのが彼の家だ。一家は暴徒によって崩壊した。見るも無残な姿となって発見された家族を見て、アレクは心から人間を恨むこととなり、人類を救済しようとしているメンシュ・ハイントに入団したのも、人が集まりやすかったからだ。
その為、アレク単体で任務を行った場合、共に行動した人間はアレクの手によって殺されているのだ。うたいびとにはなんの感情を抱いていない。人間を殲滅していくのが彼の生きる目的だった。
隊員は既に絶命し、船の上は他の人間の血で溢れかえっている。ふとアレクは先ほどまで聞こえていたピアノの音が聞こえていない事に気が付くと拍手をした。彼女にこの拍手が届くように大きく音を鳴らして空を見上げていると、雨が降ってきた。
途端に雨はバケツをひっくり返したような勢いで降り注ぎ、数分も掛からないうちに血は川へと流れていき、アレクの服はシャツまで浸透していく。
たった一人、転がった死体を踏みつけながらアレクは笑う。彼はうたいびとと接触した事で一つ分かったのは、話が通じる事だ。
人形のように動いている訳ではなく、自我を持って行動している事。そしてうたいびとの目的は自分と同じ人類滅亡を望んでいる事にアレクは笑うことしか出来なかった。