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うたいびと  作者: 元帥
第一章~うたいびと~
7/25

 ボスの命令でロウと別れたアレクは、今の環境では飛ばす事だけでも数千万単位で金が費やされる事となる乗り物になった飛行機から降りると、待っていたのはニューヨークシティで、何とか生きてきた支部隊と合流する。

 ロウからの通信がない事を携帯で確認するとさっそく、自分がやらなければならない事を実行した。

 支部隊と合流したアレクは西へと向かう準備を進める中で、北アメリカ大陸に陣取っているうたいびとが居ると思われる最有力候補を挙げて調整を行う。

 今の所、世界中で確認されているのは三人のうたいびとと言われている。

 名前も知られておらず、何もかもシークレットの状態であるが、一つだけボスから注意されている項目は、うたいびとはあの星屑の塔と同じ様に音で攻撃すると言われ、おちびと化させることも出来るという報告がある。

 創始者であるボスの言う事だ、間違いはないだろうと信頼しながらアレクは、一足先にワシントンへと向かったのだった。

 到着した一行は絶望を目の当たりにした。

 ただ一人アレクだけがこの事実を受け入れて作業を始めようとする。

 うたいびととの接触、これがアレクに課せられた本国での命令だ。ワシントンを取り囲むように誰かが設置したのだろう、街を囲うように取り付けられた柵にはおちびと化した人間たちが群がっていた。

「嘘だろ? 俺達は映画の中にでも迷い込んでしまったのかよ?」

 隊員の一人が群衆を一望し、そして絶望していた。もう、誰も助からないと。この中に入ることとなっている作戦である以上、自分たちは生きてここから出られるとは到底思えないのだ。

 ニューヨーク支部の隊長が恐る恐るアレクに歩み寄り、本当にこのワシントンの中に入るのかを問いかけると、アレクの反応は素っ気ないものだった。

「し、しかし、ここにうたいびとが居るとは到底思えません……」

「それは貴様の憶測だろう? 調べてもいないのによく断言が出来るな?」

「な、なら、どうして貴方はここにいると思えるのですか?」

 アレクは短くため息を吐いて冷たい眼差しで隊長を睨んだ。

「あからさまにここは巣だと言っているようなものだろう? どうしても何も理由はこれしかない。俺は作業を行うが貴様たちはどうする?」

 アレクは銃のスライドを引き、準備完了と無言で合図するように隊長から興味が消えたように目を逸らし、群衆の中でも穴が無いかを調べるために歩き出す。

 他の隊員達は隊長の指示に従うだけであり、アレクの背中を見つめていた隊長の背中は震えていた。横を見れば大群のおちびとが生者である人をこちらに引き寄せるように柵から腕を伸ばして手招きしている。

「隊長……」

 隊員の一人が心配そうに声を掛けると、俯いていた隊長の顔がアレクを真っ直ぐ見つめると、大声を張り上げて呼び止めた。

「我々も同行します。指示をお願いします。アレク殿」

 呼び止められたアレクは、特に顔色一つ変えないで隊長に指示を促した。

 車を二台使い、ワシントンを囲う柵を探索し、一番おちびとの数が少ない場所を見つける事を支部隊に命令し、他の人員には強行突破出来るように、頑丈かつ大きなトラックを用意させた。アレクは穴を見つけるための先行した車に乗り込み、天窓を開かせて辺りを伺う。

 一通り見終わったアレクは穴を見つけたというよりかは、この柵に群がっているおちびと達の事を考えていた。

 この先を超えれば実はおちびとはもういないのではないのか? という予測をアレクは立てる。確信はない、あくまで予想の類なので、わざわざ巣の中に飛び込んで自殺してくる必要は無い。

 一つ考えたのはロウを待つことだ。先にアメリカに付いたロウはシアトル空港で荷卸しをして今頃こちらに向かって居るに違いないが、時間の事を考えると数日以上は待たなければいけない。ならば、こちらで少しぐらい負担を減らすぐらいは出来るだろう。

 ロウの顔を思い浮かべて鼻で笑う。こちらが負担を減らしても特に感謝をするわけでもない性格を承知の上でワシントンを攻め込もうとしている自分にも呆れるような冷ややかな微笑。

「穴があるのは、ポトマック川ぐらいでしょうかね?」

「そうだな、俺もそこに目を付けた」

 一回りしてきた隊長と合流し、ワシントンへ突入するための計画を立てている。隊長もアレクと同じように柵越しからおちびとの群衆の穴が無いのかを探していた。目を付けたのは互いに川からの侵入だった。

 水辺にはおちびとの数が他よりも比較的に少なく、侵入するには楽な場所だ。だが、ここで考えたのは、川からの侵入はうたいびとも予想の範疇ではないのかということだ。

 これが罠だとすると、うたいびとは相当頭がキレる者である。わざわざ川の近辺を開けているのだとしたら? 罠にまんまと引っかかった我々は一瞬にして命を奪われかねないのだが、ふいにアレクは周りにいる支部隊の連中を一望する。

 緊張で顔が強張っているのが直ぐに読み取れる。初めの頃は自分もこういう感じだったなどと思い出しながら、アレクは不敵に口角を吊り上げるだけだった。

 計画を決めたアレク達はポトマック川南部から船で内部へと侵入。そのまま北上していき、ホワイトハウスへと突入した。

 やはり、柵の周りに群がっていた連中はフェイクであり、内部へと進めば途端にその姿は消失した。ここまではアレクの予想の範囲内である。

 宮殿のような作りをされたホワイトハウスも人の手入れが行き届いていなければひどい姿になっていた。部隊は侵入し、生きている人間及びうたいびとの探索と、おちびとによる奇襲に警戒しながら奥へと進む。

 ハウス内部を探索するものの、生存者もいなければ誰もいなかったことに隊員達は内心安堵しながらアレクへと話しかける。

「誰もいなかったですね、探索を続けますか?」

 確かにここには誰もいなかった。ならば次の場所を探索したいところだが、無意味に労力を使えばワシントンから出るための体力が底を付く。うたいびとと交戦になった場合、隊員達の何人かは人ならざる者に落とされる事も考えている。一旦ワシントンから脱出してロウへと通信を送ろうかと考えると、小さく、今まで雑多な音が飛び交っていた中で、一際耳に届いた音色がアレクの意識を集中させた。

 微かに聞こえてくるのはピアノの音だ。一体誰が鍵盤を叩いているのか? 今のご時世では楽器という物は全て廃棄され、残っているのが奇跡と言われているくらいだ。

 他の人達は聞こえていないような雰囲気でアレクの指示を待っているのだが、アレクは聞こえてくるピアノの音色を手繰り寄せていた。

 何処から聞こえるのか、丹念に蜘蛛の糸を手繰り寄せるように神経を集中する。

「地図を見せてくれ」

 アレクの言葉に支部隊長が焦るように近辺の地図を広げ、食い入るようにアレクはピアノの音が聞こえてくる場所に指を指した。

「ここは、コンサートホールですな。数年前までは綺麗な場所でしたが、と言っても他の場所も綺麗でしたけれど……」

 数年前までは他の国や都市も人の手が行き届いており廃墟になったような風貌はしていない。うたいびとの出現によって、こうして人類が今まで建造してきていた者はただの瓦礫と化している。

 音楽というジャンルが人類には危険視され、音楽家や楽器、そして世間に広げるための活動場所であるコンサートホールは撤廃された。音楽活動をしようものなら死よりも酷い目に合う事になっているのが現状だ。

「ここがどうしたんですか?」

「居るな、ここに」

 短く呟いたアレクの言葉に隊員達は驚きを隠せず、呆けた表情でアレクを見ていた。

 このピアノの音がどうして自分に聞こえてくるのかは分からない、他の隊員達にはどうして聞こえていないのかも原因は不明だ。だが、間違いなくここにうたいびとが居るという疑心は確信に変わった。

「少し人数を減らしてからここに向かおう。下手をすると全滅しかねない」

 提案に支部隊は快諾。アレク率いる支部隊隊長と十人の隊員がケネディセンターに向かう事にし、残りの副隊長と隊員は船で待機をさせる。

 近づくにつれて音色は大きくなってくるが、他の隊員達は全くの無反応だ。やはり自分だけにしか聞こえていない事に懸念するが、うたいびとに会えば理由が分かるかもしれない。日が暮れる前に到着した一行は隊列を見出さずホールの中へと入った。

「隊長、何か聞こえませんか?」

「気付いたか? 俺にも聞こえるという事は幻聴ではないのか」

 心配するように隊員達はヘッドホンを耳に宛がって自分たちの声だけしか聞こえないようにする。しかし、アレクだけがその行動を起こさないで奥へと向かうので隊長が引き止めた。

「アレクさん、耳栓を付けないのですか? もしこれがうたいびとの攻撃なら危険ですよ?」

「本国の人間は訓練をされているから無意味だ。それと、単独行動をさせてもらう」

「え、で、ですが、一人では危険すぎますよ?」

「構わん、おちびとになっていれば殺してくれて構わない」

 そう言ってアレクと隊長は二手に別れて内部探索を再開。ヘッドホン越しで話している隊長達の耳にはピアノの音は届いていない。呼吸の音とノイズ混じりの各隊員の声だけが聞こえている。対してアレクの耳には全部聞こえてくる。ピアノの音、そのピアノは演奏者が、まるで怒りに任せて鍵盤を叩いている姿が想像できた。

 聞くことが無くなったクラシック音楽に懐かしさを感じたアレクは演奏されている曲を呟いた。

「これは……ショパンの革命か……」

 鼻で笑う。今の時代への怒りを露わにしたような曲チョイスにアレクはこの演奏者に酷く同感した。怒り、憎悪、ただただこの世界が憎くてしょうがないと言わしめるようなピアノにいつの間にか聞き入っていた。

 重い扉を開けると照明に照らされていたステージの上には、傷だらけのグランドピアノが一つ。一点に当てられたスポットライトは主役だと強調するようだ。

 座席の方へと視線を向けても当たり前だが誰もいない。たった一人だけの音楽会は、何処となく寂しさを連想した。

 演奏者は誰なのかを知るためにアレクはホール内をゆっくりと歩き、近くの席へと腰かけた。演奏者は一人の少女だった。歳はおおよそ高学年か中学生に上がったばかりの幼さを残しているが、その表情は眉間に皺を寄せている。

 荒々しく叩く鍵盤だが、指の方は大丈夫なのだろうかと軽く心配する。ピアニストは指が命だ。と言うよりは楽器演奏者は手指も大事だが、やはり肉体が一番大切だろう。音楽家はその体が商売道具なのだから。

 いや、働いている人間はその体全てが商売道具だ。優劣を付けることは出来ない。スポーツ選手も、建築家も料理人も体は商売道具だ。だから駄目な部分など無いだろう。

 弾き終えた少女は真っ直ぐにこちらを睨み付けてきた。最初からこのホールの中に入ってきたアレクの事は認知していたのだ。

「へぇ? マナーを守ってくれるなんて、アンタ意外と常識人なのね?」

 イラついているような声音、眉間にずっと皺を作っているので大変ではないのかと軽く思いながらアレクは返答した。

「最低限のマナーは守るさ。演奏者にはストレスを与えないようにするのがこちらの配慮することだ。それが守れないのは出ていってくれればいい」

「あら、嬉しい。今の人間達って、そういうことも考えてくれない猿ばかりだから、むかついてしょうがなかったのよ」

 肩を竦めて少女はこちらをステージから見下ろす。この瞬間にアレクはジャケットの中に隠してある銃を向けて殺せばこの事件は片付くだろう。しかし、アレクはそういう事をしない、と言うよりはうたいびとを殺そうと考えていなかった。

 この少女がうたいびとと言うのは確信が付いていた。一言ひとことに、まるで言霊が付いているような迫力を持ってこちらの意識をもぎ取ろうとして来るのだ。無論うたいびとである少女もあれ国大して妙な違和感を覚えていた。

「アンタさ、どうもないの?」

「どうと言われてもな、俺には分からないのさ。星屑の塔から聞こえてくる音波の影響も俺には何故か無い。君はその理由が分かるのかい?」

 優しく問いかける口調に少女は顔をしかめるだけだった。

「さあね、アタシには分かる訳ないでしょ、アイツなら分かるかもしれないけど」

「アイツ?」

「ふん、質問なんて出来ると思うな、猿が。所詮アンタ達は滅びる存在なのだから」

 両手を大きく広げて演説を垂れる政治家のようだとアレクは思った。

「そうか、滅びるのは仕方がないな。人は増えすぎた、そして同時に醜すぎる。君の言っていることは至極当然で正論だ。救いなど無い」

「……なんか、アレルヤに似ているわね。アンタの思考」

「アレルヤ?」

「ああ、名前よ、アタシから言わせると姉さんみたいなものだけどね。っと、それよりもアンタはどうするのよ? 殺しに来たんでしょアタシを?」

 当初の目的、人類の目的であるうたいびとは目の前にいる。殺そうと思えば殺せるかもしれない。しかし、それはアレク本来の目的ではない。

 うたいびととの接触、どういう考えを持っているのかを確かめたかったが、この少女の他にも異なる思考を持ったうたいびとが居ることも分かった。

 アレクは少女の言葉を否定するように頭を横に振る。

「俺はうたいびとを殺す為に来たのではない。人類はうたいびとを憎んでいるが俺は違うんだよお嬢さん」

「お嬢さんなんて呼び名は気持ち悪いから止めてくれない? キリエで良いわよ」

「そうか、じゃあキリエ、君たちうたいびとは人類が憎いのだろう?」

「アタシは憤りしか感じない。アイツ達は我が儘よね、自己中でエゴイスト、他人の痛みを知ろうとせず、自分の痛みは過剰に反応する所とかほんとムカつく」

 なるほど、とアレクは呟く。

「俺は哀しいかな? 憤りも感じたけれど、やはり思ったのは、ああこれが人間なのかって。こんな醜悪な存在が俺なんだと思った瞬間に、急に何もかも悲しくなったよ」

――――だから、人は滅びるべきなんだよ。


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