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補給物資を調達するための組と生存者を探す組の二手に分かれて探索することを指示された一同は、食料調達をする組は拾われた人間達が多く起用され、生存者を探す組は九割方隊員達で構成された組となった。
ロウは生存者を探す組に入っており、バーツは調達をする側だったが、率先して生存者組へと入った。
夜になる前にはこの場所に戻ってくることを決めると、二手に分かれ、素早く行動を開始する。
「あれ? お前はあいつ等に付いていかなくていいのか?」
交差点に差し掛かった道程で、ロウだけを残して隊員達は四人一組の構成された小隊で辺りに散会する。
ロウだけが単独行動を取って生存者を探す手筈なのかとバーツは一瞬だけ考えるが、他の部隊は四人一組の集団で行動していることを踏まえると、これは苛めの類なのではないのかと思考が行き渡る。
「あいつ等はどうでも良いんだよ。それよりもなんで俺に付いてきたんだよお前は?」
「なんでって、話す奴がお前しかいないからだよ」
これ以上何かを言った所で、バーツは付いてくることには変わりない事を悟ったロウは特に突き放そうともせずに前を進むだけにした。
「そういえば、ロウは何者なんだ? 本国から来たとか隊長が言っていたけど、支部と本国は違うのか?」
「大いに違う。意味合いも違う。ていうか、お前何歳だよ? 本当に大人か?」
「言ってくれるね、一応二八歳妻子持ちだったぜ?」
「だった?」
ロウは足を止めて振り返る。笑みを浮かべているバーツの顔は特に気にしている様子でなかった事に怒りが込み上げてきた。
突然の出来事にバーツも反応できず、胸倉を掴まれているのだと認知した時には目の前には鬼の形相をしたロウがいた。
「お前、辛くないのか? 愛する人たちが殺されたんだぞ? 悔しくないのか?」
「……なるほど、お前も同じ境遇だったか。それはすまなかった」
ロウの手を払いのけてバーツは襟を正し、深いため息を吐いた。
「悪いなロウ。俺はお前のように復讐には興味が無いよ」
「なんだと?」
「これは、俺の感覚だから理解しようとしてくれなくていい。寧ろしなくてもいい」
にやけていた表情がスッと、波が引いたようにバーツから笑みが消えると、バーツ自身が持っている人の感覚をロウに押し付ける。
人は生まれた時から死ぬことが決まっている。それは生物も然り、この世のありとあらゆる物質全てに死は平等にして訪れること。これが彼の持つ生死観だった。
死とは平等であり運命とイコールして繋がっている。少年の時からバーツは独自の感性を持っており、妻子がうたいびとによって殺されてしまっても、それは彼女たちの運命だったのだと割り切っていたのだ。
その説明にロウの表情はますます怒気に染まっていく。
「本心でそう言っているのか?」
ロウの迫力に物怖じする気配も無く、バーツは静かに頷いた。
「……そうかよ、そうやって何もかも忘れちまえよ。妻も子供も、何もかも」
「それは無理さ、今もこうして肌身離さず持ち歩いている。なあロウ? 俺はお前が心配だ」
ポケットから取り出したのは小さなロケットだ。その中身は三人で撮った家族写真だろう。仲睦まじい様子を写されたそれはロウの心に痛みが走る。
「出会って数時間しか会話をしていないのによく言うぜ」
「お前だって、俺と似た境遇なんだろ? お相子さ」
二人は互いに笑みを浮かべて再び探索を開始する。
路地裏の薄暗い通路に二人はやってきた。
特に何かある訳でもない普通の通り道であり、生存者がいるような場所には到底思えない。
しかしロウは初めからここが目的地だったかのように淡々と先を進み、バーツは先導するロウに付いていくしか出来なかった。
付いてきたのは間違いだったかと軽く思いかけると、ロウはその歩みを止めて拳銃に指を掛ける。
「どうしたんだよ?」
問いかけに応じないでロウはゆっくりと路地裏に入っていくと、奥でなにかの影が動いたのを見たバーツだったが、それはロウも同じ事だ。
一瞬で間合いに入り込んだロウは影を引きずりだす様に銃身を地面へと向けて引き金を引く。路地裏に響き渡る轟音は、近くに他の隊員達がいれば駆けつけるだろう。
仕留めた得物を乱雑に取り扱うようにバーツの足元に放り投げると、そこに転がったのは人間だった。
「やっぱりいやがった。この街からさっさと逃げるぞ。夜になれば手遅れになる」
「なんで、手遅れになるんだよ? こいつだけじゃないのか?」
「ここにおちびとがいるだけで問題なんだ。一人いるだけで隠れている奴らは数十人そこら中にいる」
「まじかよ……」
「お前、本当に何も知らないんだな」
呆れたようにバーツを笑うと、自分が馬鹿にされたのだと気付き、肩を竦めて口元をへの字に歪めた。
「ごめんなさいね、世界情勢に興味持てなかったんでね。それで、どうするんだよ?」
「さっきも言ったように、この街から出る。夜になればそれこそのたれ死ぬ事になる」
速足で二人はガソリンスタンドまで戻ってくる道中、バーツはロウの表情にまたもや殺気を感じる。
「お前、楽しそうだな?」
「は? 何も楽しいとも感じないが?」
「じゃあ、なんで笑っているんだよ?」
「冗談言うな、笑ってなんかいない」
その言葉にバーツは歩くのを止めてロウの背中を見つめる。止まってしまったことなど気にも留めないように先に進んで行く彼にバーツはバンダナをずらして頭を掻いた。
「こりゃあ、駄目だな。手遅れかもしれん」
吐き捨てるようにバーツはロウの精神状態を呟いた。手遅れだ、もう手の施しようもなく、救うことはできないと断定するように。
おちびと、というよりかは、ロウが追っている、うたいびとが一番関係していると考える。
自分と同じ境遇だと思ってはいたが、あそこまで復讐の道に進んでしまったのならば、元に戻すことは到底成しえない事だった。
先に到着していたロウは、戻ってきていた隊長のマイクにおちびとの話をしているようだった。
「やはり、先ほどの銃声は貴様だったか! なにがおちびとだ、貴様が呼び寄せたのだろう、この疫病神が!」
「無駄な時間を使うのなら揃ってここでおっ死ぬか? それが嫌なら早く車を出せ、日が暮れてくる。夜はあいつ等の分野だ。交戦するのなら死を覚悟しろよ?」
「う……っく!!」
マイクはロウの指示に従って、まだ戻ってきていない探索隊と補給部隊を呼び戻す。小一時間程だったが、補給隊が持ち帰ってきた物資は意外にも多く手に入り、一週間は持つ計算だ。と言っても、手に入った者は乾物系統の物ばかりだが、無いよりはましだろう。
探索隊は残念ながら生存者はいなかったという報告だけだった。
全員がトラックに乗り込む中でロウはあの巨大なトラックの中に乗り込んだ。
床がコードで埋まっており、見えないくらいに張り巡らされている。それを特に気にするわけでもなく、この車で引きこもっている男にロウは用事があった。
奥に進む間にもモニター画面が壁に埋もれている。ただし、中身は正常に動いているようで、モニターには外の様子が映し出されていた。
「ちょっと! 何勝手に入って来ているんだよ!?」
「黙ってろデブ。ちょいと通信機器借りるぞ」
デブと言われたエイブは口をもごもごと動かして不満を訴えてはいるものの、その不満をぶつけるという事は更なる追い打ちを掛けられることを彼は知っている。
通信機を引っ張り出したロウはヘッドホンを耳に宛がい、使い慣れたような軽やかな動作でとある場所に電話を掛けていた。
五度目のコール音が鳴るものの、繋がらないのかと相手に対して苛立ちを表に出したロウは舌打ちをした時に回線が繋がったようだった。
「さっそくな挨拶だな?」
静かな男の声、機械的にも聞こえてくる相手側の人間はロウの舌打ちを聞いており、軽く鼻で笑う。
「ようアレク、そっちはどうだ?」
ロウの問いかけに、特に際立った感情を感じさせるような声音ではなく、ただ静かに淡々とした報告をするようにアレクは口を開く。
「そうだな、こちらは意外にも情報通り、ワシントンに彼女は居たよ」
「へえ……そうかよ。それで、ちゃんと止めているんだろうな?」
彼女は居た、その言葉にロウは一瞬だけほくそ笑みながら、逸る気持ちを抑制しながらアレクに問いかける。
メンシュ・ハイントに属しているロウと通信機越しのアレクはお互いに本国から送り込まれた人員だ。
ロウはアメリカ合衆国を西からうたいびとを捜索し、アレクも同じくうたいびとを捜索するために東側から攻めていった。
うたいびとは、現状観測されている情報では三人いると言われている。その内の一人がこの北アメリカ大陸のどこかにいるという情報が本国に入った。
大陸全土を探すとなると大変な規模になることは間違いなかったが、組織の情報網は素早く的確にうたいびとの特定に行き着き、今に至る。
「一応な、だが、早く来ないと逃げられるかもしれんがな?」
「だから止めておけと言っているんだよ阿呆」
「たった一人でか? それは無謀すぎて話にならん」
「は? お前以外にも支部隊は居るだろう?」
そう言った後にロウはアレクが言い放った言葉を瞬間的に察して生唾を飲んだ。
「ご名答、お察しの通りだよロウ。俺は先にニューヨークで生存者達と合流し、西へと向かおうとした」
組織からはうたいびとが生息すると思われる場所がニューヨークから離れた先にあるワシントンにいる可能性があると前情報が流れていた。
アメリカをどちらから行くのかという話になった時、ロウは東側から行きたいと希望を出していたが、組織のボスは西側から向かうように指示を出したため、渋々ながらその命令に従った。
先にシアトルに降り立ったロウとは逆にニューヨークへと付いたアレクは、ボスの指示通りに動き、先にワシントンへと向かったのだ。
ゴーストタウンと化していたワシントン。組織が回してくれていた飛行機からアメリカ全土を一望していたが、どこもかしこも荒れ果てた街にしか見えなかった。
これがうたいびとの力、これがあの星屑の塔の力なのかとアレクは廃墟になっていた都市を一望しながら空の旅を味わった。
さて、ワシントンに付いたアレク率いる支部隊は驚愕的な現象を目の当たりにした。
街にはそれこそ亡者のようにおちびと達が群がっており、一昔前の映画を疑似体験しているような感覚に陥るものも、人気の少ない場所からワシントンへと侵入することに成功した。
そこから先を語ることは無粋に近いようなものだが、簡潔に話すと作戦は失敗、生き残りはアレク一人だけとなり、こうして電話をしているのはニューヨークに戻ってきているためだ。
「だからさっさとニューヨークへ来いって連絡をよこしたのか」
「そうだ、ボスの命令でしかお前は聞かないだろう?」
アメリカ合衆国に到着してから一カ月は滞在している。それから約二週間前にロウの元に一つの連絡が入ってきたのだ。
その内容が、アレクが話している事柄だった。
アレクの側にうたいびとが居たという報告。アレクが言うようにボスの命令でなくても彼は動いたに違いないが、何せ遠すぎるのが問題だった。
その時まだロウ達はモンタナ州で生存者とうたいびとを探していたからだ。
報告を聞いたロウは直ぐにマイクの下へと行き進路をニューヨークへと向けたという事実は実の所内緒の部類だ。
「ボスの命令でなくとも、俺は行くだろう。まぁボスも俺の性格は分かっているだろうがな」
「それで? お前の方は後どれくらいなんだ?」
「そうだな、さっきコロンバスを出たばかりだから、特に何もなければ八時間程度だろうが、日が暮れているのと、燃料問題を踏まえると、大体一日二日は掛かるな」
「燃料は持つのか?」
「大丈夫だろ、トラックに余った燃料は全て積んだからフルで行ける」
「なら、待っているよ。一人は何かと寂しいのでね」
「はっ、今日は嫌に喋るじゃないか? 何の吹き回しだよ?」
「なに、俺自身も気分が高揚しているだけだ、特に深い意味は無い。それじゃあ、切るぞ」
「はいはい、じゃあな」
通信が切れるとロウは無表情に戻った。隣でやり取りを聞いていたエイブは恐る恐るロウへと話を振った。
「アレクさん、無事だったんです?」
「ああ? 相変わらず底が読めない男だぜ、まったく」
「でも、意外と見つけるのが早かったですね。うたいびと」
「そりゃあ、あの人が優秀だからさ。俺に戦い方を教えてくれた人だぜ?」
あの人とはこの組織の創始者である人物の事だ。ロウやアレク、本国にいた隊員達は全員がボスの手ほどきを受けている。
そのボスの右腕だったロウも相当の実力者には違いない。
「すごいな、上には上がいるのか?」
背後からやってきた声に二人は振り向くと、部屋の中のテレビを流し見しながらやってきたのはバーツだった。
「なんでお前、はあ……」
ため息を付いてロウは呆れている隣ではこの中に入ってきたバーツにあわあわと挙動不審に陥ったエイブが泡を噴出し始めた。
「うお!? どうしたんだそいつ?」
「ああ、こいつも本国の人間だった男だ。人見知りが激しいやつで、ここに俺が派遣されたときに呼んだのさ」
「それにしても、こいつ失神しているぞ? 大丈夫なのか?」
「いつもの事だ、本国に帰還してもこいつはこのトラックで勝手に死ぬだろうよ」
「へぇ? ん? でもよ、こいつがこのトラックの住人なんだろ? 誰が運転しているんだよ?」
バーツの問いかけにロウは付いて来いと短く呟き、この場を後にした。
最前列の扉を開けると、まるでゲームの世界に迷い込んだような錯覚をバーツが体験した。
そもそも横扉である時点で異常だとは思ってはいたが、運転席はさながらコックピットのように、意味不明な羅列で置かれているボタンが多数設置されていた。
そして、その運転席に座っていたのは人間ではなくロボットだった。
「まじか、これロボットかよ? ロストテクノロジーって奴だよな?」
「それは言い過ぎだが、まあ確かに人が絶滅しかけている今のご時世では滅多に見られる代物ではないな」
二人が背後で話していると、その会話が耳に届いたのかロボットは車を自動操縦に切り替えてこちらに顔を出した。
「お久しぶりですロウさん」
「おう、久しぶりだな元気だったか?」
「元気も何も、私の体は太陽光エネルギーを可動エネルギーに変換しているので、夜道でもこうして元気モリモリですよ!」
ロウは何回か会っているので割とこのロボットの性格は知っているのだが、初めて見る人にはこのロボットは元気過ぎて相手をし終わる頃には疲れるというのが特徴だ。
体ごと座席から乗り出して容姿を曝け出したロボットは何処となく見たことのある服装を着込んでいた。
「なんていうか、趣味全開な構造をしているなこのロボットは」
俗に言うメイド服という物を着用していた。日本で流行したメイド喫茶という物があるが、ミニスカートに猫耳などは邪道だと抗議するような雰囲気がこのロボットから漂ってくる。ロングスカートと袖も長めに調節している。
「はい、エイブ様はメイドがお好きなようで、私にこのような恰好をさせていただきました」
「それにしても、流調に喋るな、どうなっているんだ?」
「ああ、それは人口AIって奴だとさ。俺にはさっぱりだが」
「はは、確かに分からんな。でも、そうするとあのおでぶちゃん、実は頭が良いのか?」
「俺よりこの分野に関しては図抜けているさ。なにせ本国のコンピューター関係で指揮を執る程の実力者だからな」
「へえ、人は見かけによらないんだな」
二人の会話が終わったと認識したロボットは軽やかな身のこなしで奥へと姿を消したかと思えば、両手で持ったトレイを机に置いてティーセットを広げる。
ロボットと言うよりかは、精巧に作られた人形に近い。人形が意思を持って動く姿はバーツにとって新鮮なものだった。
「どうせ、お前の事だ。暇だから俺に付いてきたのか?」
「正解、お前がこのトラックに乗り込む姿が見えたんでね、こっそり付いてきたといのも一つの理由だが、もう一つあるんだ」
静かに置かれたブラックコーヒーを啜り、ロウは一瞬だけ眉間に皺を寄せる。
「うへぇ、クッソ苦いな!?」
舌を突き出すようなリアクションを取っていると、傍に立っていたメイドロボはその瞳を滲ませた。
しまったとロウは額を抑えるが既に遅いと諦めていた。
「うわ、どうしたんだよあんた!? なんで泣いているんだよ?」
「申し訳ございません! コーヒーもろくに淹れることが出来ない駄目ロボットで申し訳ございません!」
何度も謝っている姿を見ると気の毒にも見えてくるのだが、バーツはまだ知らない。ロウがやってしまったと額を抑えた事には理由がある。
それは、このメイドロボの事を心底愛している人物がいるということ、すなわち、彼女の泣いている声が耳に届こうものなら、極度の人見知りであろうが鬼のような形相でこちらにやってくるのだ。
「誰だ!! 僕のブライドを泣かしているのは!!」
ロウは静かにバーツを指すと、エイブは百キロあるその巨躯で飛びかかった。
「貴様かぁぁぁぁぁ!!!?」
「うおおお!!?」
狭い運転席の入口で縺れ合う二人をしり目にロウは暗がりの道を眺める。
あと、少しで会える。
その感情は恋い焦がれた人に会うかのように一途だ。だが、一途には違いないものの、その内容は大きく変わるだろう。
脳裏に過った映像を思い出す。
灰色の海、シルエットで模られた人影、白と黒の二色で色付けされた過去の映像は、心の奥底にしまった筈の苦い思い出だ。
笑顔が好きだった、最愛の人だった、幸福な時間だった、一緒に生きようとも誓い合った仲だった。
だが、その全てを奪われた。
一体誰に? 一体誰が?
手に掛けてしまった、手に掛けるしかなかった、自分の手で最愛だった女性を撃ち殺したあの感触は今でも忘れることは無く、そして、死んだときの顔は、どうしてあんなにも穏やかで笑っていられたのだろうかと、ロウは今でもずっと考えていた。