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うたいびと  作者: 元帥
第一章~うたいびと~
3/25

 荒れ果てた大地を四台の車が列を成して走っていた。

 貨物用のトラックが三台あり、最後尾を走っている一際大きな車体は一つの要塞にも見える。

 車外の天井にはパラソル型の、それこそ時代的に錯誤している骨董品のようなレーダーは強風に煽られれば弾き飛ばされてしまいそうだ。

 取りつけられているレーダーは敵を見つけるための役割を持っており、街に行けば新しい物でもありそうだが、それが出来ない理由が一つだけあった。

 既に他の街もゴーストタウン化しており人が見当たらない状態だったからだ。

 そのため彼等は同じ組織内で連絡を取り合った結果、ニューヨーク州にはまだ無事だった人たちがいるとの報告を受けたために急いで都会まで車を走らせている。

 内部には様々な機材置き場となっており、大半を占めるのが銃火器の類だ。他の機材はと言うと、レーダー用の端末やラジオといった物がそろっている中で一人だけがこの異質な部屋の中にいた。

 パソコン画面を眺めつつ、椅子の上で胡坐をかきながら湿気たスナック菓子を少しずつ食べながら周りの地域を調べ上げていた。

 運動不足だと三者の目からでも納得できる体型を持ち、パソコンの逆光によってメガネに反射している間も、片時もキーボードからは手を離さず周りの情報整理を続けている。

 他の車内には十人組の大人達が揺れる車体の中で、眉間に皺を作りながらも睡眠を取っているようだった。

 大きな石に乗り上げた車体は大きく上下に揺れ動き、中で眠っていた人たちは強制的に起こされた。

 起こされた人もいたが無理矢理休息を取ろうと再び眠りに入る者もいれば、苛立ちを表情に出したまま目を覚ます者もいた。

 最後尾に位置していた男は、今の揺れで意識を覚醒し、太陽光線による熱で起きざるを得なかったため頭を掻きながら外を見つめた。

 季節は夏の終わりごろを差し掛かってはいるものの、熱い事には変わりない。

 男はため息を吐きながらぼうっとした表情で荒野を見渡しながら、これから向かう休憩場所に早く着かないかと思い耽る。

「おはようさん」

 目の前にいたアメリカ人が挨拶をしてくるが男は空返事で挨拶を返すとアメリカ人は肩を竦めるように分かりやすい仕草をする。

「あんた日本人なんだろ? 挨拶をしたら返してくれるのが普通なんじゃないのか?」

 アメリカ人ではあるものの、その顔立ちはアジア圏に寄っている。どちらかというと親近感を覚える部類だ。

 だが男の表情は面倒くさそうに眉根を寄せるだけで言葉を交わそうとはしない。むしろアメリカ人である彼の方が会話をしようとしてくる。

「俺の名前はバーツ。生まれはニューヨークだ、そこんところよろしくな。まあ俺の家系図を見ると日本人の名前があるんだよね。覚醒遺伝的な奴かな? だからこんな顔をしているんだけど……って俺の話聞いてる?」

 バーツの目の前にいる男は無視しようと瞼を閉じているが、忙しなく話しかけてくるこの男に嫌気が指したのか睨み付けた。

 能天気そうなバーツに男は苛々していた。このご時世に幸せそうな顔をしているなと。この男はきっと不幸を知らない奴なのだと勝手に決めつけていた。

 目の下に浮き出ている隈は睡眠不足から来るものなのか、それとも疲弊しきったために出てきている物なのかは分からないが、この日本人も苦労を背負っている身だ。

「たのしそうだなお前は、何が楽しいんだ?」

 我慢の限界になった日本人は悪態をつく勢いでバーツに返事をすると、返事が返ってきたことが嬉しかったのか、バーツは再び話を始める。

「いやだってさ? 周りを見ても疲れている奴ばかりだしさ。つまらないんだよね。だから俺の目の前にいたあんたが起きたから話しかけいるってわけ」

「じゃあ、もう話しかけてくるな。俺は能天気なやつが嫌いなんだよ」

「おいおい、そりゃあ無いぜ日本人。俺もあんたも同じ組織内に所属している訳だし、話しかけてくるなって言われても、俺は無理だ。それにあんたからは不穏な臭いがするからな?」

 臭いと言われた日本人は袖口に鼻を近づけて嗅いでみるがそのような臭いはしない。

 その仕草を見ていたバーツは笑みを浮かべる。

「俺はロウ、それでいいか?」

「OK、OK。サンキュー」

 日本語を巧みに使うバーツにロウは鼻で笑う。

「それで? どうして俺から不穏な臭いがするんだよ?」

 先ほどのバーツの言葉にロウは聞き流すことは出来なかった。自分の中にある憎悪を感じ取られたのだと分かったためだ。

 彼の言った不穏な臭いという物が何を指しているのかは分からないため、これから自分の身にさらなる不幸が下りてくるのを防ごうと防衛本能が働いたのだろう。

 多少の傷を負うことはロウにとって些細な事ではない。むしろそれ以上の傷を受けること、腕が吹っ飛んだり足を切られたりすることは何とかなると、これまでの旅で言い聞かせてきている。

 ではロウが恐れている傷というものが死傷の類だ。

 掠り傷を負おうが、腕や足が無くなったりしても命があればロウの目的は果たせるからだ。

「なんていうのかな? 滲み出る気配ってやつ? それが黒いんだよあんたは」

「ほう?」

「自慢じゃないけど地元では空気が読めるやつって言われていたからな」

 鼻を鳴らして笑うバーツに、平気で嘘をついているようにしか見えなかったロウだったが、誇らしげに胸を張る辺りに突っ込みを入れたい気分にさせられた。

 ふとロウは思い出した。こんな風に人と楽しく会話をしたのは久しぶりだったと。

「なら寝かせてくれ、眠いんだが?」

「それは嫌だね、目が覚めて暇なんだよ。話し相手になってくれって言っている」

「なんて我が儘なやつなんたよお前は」

「ふふん、自慢じゃないけど地元では――」

「「空気が読めない奴って言われていた」」

 ロウはバーツが言うことを先読みして二人で言葉が重なるとお互いに笑みを浮かべた。

 バーツは大声で笑い声を上げるが、ロウは口元を緩めるだけで声を出して笑うことは無かった。

「それで、俺達はどこに向かっているんだっけかロウ?」

 組織に入ったばかりのバーツは、道中で拾われたような境遇だ。

 各国にも同じようにレジスタンスがいるのだが、その人間関係は国境を越え、人種を超えて一つとなっている。

 白人黒人の人種差別や、貧富の差など明確な敵がいる今となってはその考えは除外されている。と言っても、根強かった差別問題は昔から続いているものであり、中々拭いきれないものがあるが、その差別観を持っているのは老人たちやその影響を受けた若者だけである。

 組織名の名前はメンシュ・ハイント。由来は人類を意味している。

 国際連合がまだ活動していた数年前に、各国にこの組織を作ることを呼びかけ、昔では考えられなかった事が今では成し遂げているのだ。

 人類は排除対象を得られたことで、ようやく一つとなったのは軽い皮肉なものだった。

「オハイオ州にあるコロンバスだ。そこで休憩を取ることとなっている」

「へえ、コロンバスか。あそこも昔は綺麗だったんだがなぁ」

「言った事あるのか?」

「二回だけな、始めていったのは家族旅行、んで二回目はこんなご時世になっちまってからな」

 遠い景色を見つめるようにバーツは目を細める。

 ロウ達一行は組織の情報でワシントンからアメリカに入国しており、元々ニューヨークを終着点として目的は決めていたのだが、荷物の都合上早めにニューヨーク州へと向かうことになった。

 その道中、モンタナ州から東へ真っ直ぐ進む間にも点々と都市は存在してはいたが、中身はゴーストタウンに変わり果てており、生きていた人間はバーツのように無理矢理乗車させていく。

 メンシュ・ハイントはまだ存命している人間達の集団だ。そのため、生きている人を見つければ、加入を拒もうとも強制的に連行するのが、ここのやり方だ。

 増えすぎていた人口はこの五年間の間に四分の一にまで激減しているのだ。今では生きている人間を見つけるのが難しいと言われるほど。

「お前はなんでシカゴに?」

 ロウの問いかけに景色を見ていたバーツは振り返る。先ほどのような暗い表情は出しておらず、初めて話しかけられた時と同じように気さくな感じになった。

「分かんね、気が付いたらあんなところにいた」

「…………」

 ロウは何も言わず、静かに警戒態勢に入るように胸ポケットに手を探り入れる。いつでも目の前の男が襲い掛かっても良いようにだ。

 なぜこのように警戒をしなければならないのかというと、地球の人口が激減した理由の一つに、同じく人が関係していたからだ。

 ロウの殺気に気が付いたバーツは腕を振って自分は違うと意思表示をするが警戒心を解こうとしないため、軽くため息を吐き出しながら、迂闊に自分が発した言葉を後悔していた。

 和気藹々とした空気が一変し、殺し、殺されるような戦闘が行われようとした最中、天井に取り付けられていたマイクスピーカーから声が響く。

「全隊員、衝撃に備えろ~」

 気怠さを前面に押し出したような声の主はトラックの最後尾。要塞のようなトラックに乗車しているエイブラハムだ。

 エイブが何を言っているのか理解に遅れたバーツは殺気を向けているロウに問いかけると、次に起こる事柄を知っているロウは警戒心を解いて背後にある取手を軽く握った。

「衝撃ってなんだよ?」

「とりあえず何かにしがみつけ」

 ロウの指示に従って背後に取り付けられてある取手を握った途端大きな障害物に突撃したように車体が大きく揺れた。

 先頭を走っているトラックは一番被害が起こりやすいため、中間にある二台目と三台目よりかは丈夫に作られているうえに、その障害物を突破するための武器が搭載されてある。

 回転式五爪剣、五角形を作るように取り付けられた五本の剣は障害物が出現した時だけに稼働するようにプログラムされており、その判断は最後尾にいるエイブラハムだけだ。運転席にも稼働できるようにスイッチが取り付けられてはいるが、基本的にはサーチ行動が出来るものだけの特権に近い。

 後部に座っていたバーツの目に飛び込んだのは赤い血飛沫だった。続くように無造作に五爪剣の餌食になった障害物の断片が流れる景色と交わるように転がっていく。

 バーツはそれが何なのかを理解した。いや、そもそも理解する必要が無かったのだ。

 この組織に加入する前から一人で戦ってきた身としては、何度も見てきた光景であり、その光景を作り出した本人でもあったからだ。

「やっぱり人間か……」

 ミキサーの刃に巻き込まれた食材のように、轢き殺された人の体は元の造形を止めてはいなかった。

「人間じゃないよバーツ」

「じゃあ、なんだよ?」

  軽く眩暈を催しそうな血の臭いに眉根を寄せながらも、ロウはこの惨事を何事もないように見ている。赤い薔薇が咲いたように地面が朱に染まった景色をロウは眺めながらその正体を明かした。

「アレは【おちびと】と呼ばれる者だ。人であることが出来なくなり、人を襲うように作り変えられた存在さ」

 ロウの表情にバーツは驚愕することとなった。

 先まで一緒に話していた彼だったのか? 本当に同一人物なのかと思わせてしまう程に

ロウの表情は憎悪に染まっていた。吊上がっていた口角は不気味過ぎて悪魔に憑りつかれていると錯覚するほどだった。

「そして、人類の敵は【うたいびと】と呼ばれる存在だ。【おちびと】を作り出した張本人、いや、この世界を滅ぼした原因だよ」

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