プロローグ
――西暦二九〇〇年十二月三一日、午後二三時四五分、世界は残り十五分を持って新世紀を迎えようとしていた。
空からゆっくりと降りてきた白い雪は、飾り付けられた電飾の熱に当てられて蒸発していく。
その雪が先陣を切ったように、次々と多くの雪は東京の街を覆う。
約九百年前には、人類は滅びるという説があったものの、こうして繁栄することは衰えず、ただ悪戯に増え続けていく人口に、政府は月へと移住計画を進めていた。
今ではその計画も成功し、増え続けていた人類の十分の一を月面へと移住させることに成功し、遠く離れていても、今の電子機器ならば連絡を取り合うことも出来る所まで、科学は進歩していたのだった。
今では月面にもオゾンホールが生成され、人々は分厚い宇宙服を着用せずとも、生活することまで可能だ。
さて、新世紀まで残り十分を切ると、巨大なテレビに一人の女性が映し出され始め、その映像を見た人たちはざわ付き始める。
今の時代を生きる人たちに、この女性の名前を問いただせば誰もがその名前を口に出来る程に彼女の名前は世界中で人気を集めていたのだった。
彼女の名前はアイネ。今では世界の歌姫と称賛されており、その人気は絶大だ。
世界中でも新世紀になる本日のイベントは注目されており、様々なスポンサーが彼女を本日のメインイベントとなるライブを開催することに決定していたのだ。
一言ずつ各国語の挨拶を交わしていき、最後には聞きなれた日本語での挨拶。
迎える前の前夜にて一時間だけのライブだが、ファンにとっては嗜好の時間だろう。
始まった歌姫のライブはそれこそ表現するならば、歌声が世界中に響き渡った。波立っていない水面下に、一粒の石を落としたように歌声は波紋となってこの地球を覆いつくす。
感動のあまり涙を流す人、興奮して気絶をする様な人を続出する中で、地球の時間は遂に残り三十秒で新世紀へと突入しようとしていた。
一曲を歌い切った歌姫は間のトークタイムにて人類がまた一歩新しく道を進むことが出来るようにと、テレビ中継にて世界中に自分の祈り姿を配信した後、カウントダウンを始めた。
世界の人類は今、一つとなって新世紀を迎えることで興奮を抑えきれていない。
何かが変わる訳ではない、普通に一日を迎えるだけだというのに、人々は三十世紀を迎えることに嬉々としてカウントダウンを歌姫と一緒に読み上げる。
「HAPPYNEWYear!!」 カウントがゼロになり地球は二九〇一の年月を刻む。他愛ない時間の瞬間だった、だが人々は三十世紀となった数字に何らかの感情を抱いていたのは表情を見れば明らかだった。
新世紀初めの歌声を披露するために歌姫はテレビのカメラに向かって話しかけ、その背後で待機していたドラマーに合図を送る。
リズムを刻み激しくシンバルを叩き付けて二曲目が始まった。
炎のように人類の熱は歌姫と同調するように燃え上がる。今のこの時間を大切にするために、今、存在していることが幸福だと感じるように。
一時間だけのライブは直ぐに終了間際の時間まで来てしまうと、誰もがアンコールの声を張り上げる。
もう一度、もう一曲だけ、人類の意思はこの時だけ、一致していた。
アンコールの嵐は止むこともなく、このままでは暴動も起きかねないと判断した歌姫たちはアンコールの声に答えてもう一曲だけを披露することにした。
曲名は、ありがとう~またどこかで~。日本語タイトルを発信し、今までロック調だった曲は正反対の優しげな曲調になった。
宝石のような澄んだ声が静かな音色と重ね合わさり、歌は螺旋を描きながら人々の心を掴んでいく。
歌い切った歌姫たちはテレビから消えるが、もう一度と言う声は誰も上げることは無かった。余韻に浸りながら人々は家へと帰る。
これからまた一歩進んで行こう、新しい日にちを迎えた人類はどこまでいく事が出来るのだろうか。
宇宙開発がもっと進み、火星にも移住していくのか、はたまた人類は何を目標に生きていくのだろうか。
それは遠く果てのない荒野を歩くようにも似ている。目標が無ければ動くことが出来ない。目標が無いと人は生きていくことが出来ない。
三十世紀を迎えた地球と人類は、また新たに一歩を踏み出して生きていかなければならない。それが人間なのだから、知力を与えられた人は進化を考えていかなければならない。
――だが。誰が予想していたのだろう? 誰が予期していたのだろう?
この新世紀は進化への一歩ではなく、滅びへの道を進む一歩だったのだと誰が思うのだろうか?
時は流れて二九〇五年、たったの五年で地球上の人類は八割死亡した。
首謀者は誰か? 地球を襲ったのは地球外生命体だったのか? 人類だけを視野に入れた殺戮平気だったのか?
この五年間、人は決死の覚悟で敵を探し続けた。着々と滅んでいく人類へと矛を向けているのは誰なのか原因を突き止めた結果、ある一つの答えが一致した。
――人類を襲ったのは一つの歌声。
馬鹿な話だと思えるだろう、だが、これが事実だ。
地球に住む人類は、一つの歌声で滅んでしまったのだった。