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その日の夜、アレクはロウを呼び出してエイブのトラックに乗り込んだ。
客間とエイブは呼称を付けているがただ単にそこには机が一つと椅子が四脚あるだけだ。エイブの後ろにはひっそりとブライドが四人に差し出す為の珈琲を淹れていた。
ロウはまた付いてきたのかと、半ば呆れながらバーツから視線を逸らす。アイコンタクトで、別に良いじゃないかと言ってくる辺りから精神的に疲れていた。
「お久しぶりですねアレクさん」
「ああ、エイブも。お前また太ったか?」
「これでも二百グラムは落ちていますよs」
エイブは笑いながら言うが、アレクは苦笑いでその場を濁す。この場に居るのは本国の組織に居た連中の集まりなのだが、アレクは一人だけ場違いな男がいても、特に気にしない様子で話を切り出した。
「うたいびとだが、アレは手に負えないかもしれない」
「ほう? お前がそうやって断言するのは珍しいな。言ってみろ」
「憶測だが、俺達が川からワシントンに侵入した時からアレは気が付いていたかもしれない。接触を試みたが、紙一重で躱されているような感覚だった。その間に隊長達はうたいびとの罠にはまっておちびと化したぐらいだろう」
「という事は、やはり強行突破の方がメリットはあるということか」
「メリットもデメリットも、相手が相手だ。六対四で敗北し、外に出られるかぐらいの確立だと俺は考えている」
「六、四ねぇ? 意外と強気じゃないか?」
ロウは九対一の割合でこちらが負けると考えていたのだが、アレクが言う限りだと、どうやらそこまで負け戦ではなさそうだった。
相手の能力が全て解明されている訳ではないので迂闊に近づけることは出来ない。先にアレクが言った、ワシントンに入った時から気付かれているのならば、何らかの形でワシントンを覆う警戒網が張られているのだとロウは考える。
「厄介だな……」
頬杖をつきながらロウはワシントンの方向を見るように遠くへと視線を向けている間に、バーツはアレクへと話しかけた。
「さっきはすまんな。余計な事を聞いてさ?」
「ん? あぁ、別に気にはしていない。お前にとっては知識として取り入れたかった情報なのだろう?」
「そうだな、やっぱり気になってな。案外話しかけやすい人間で良かったよ」
「それでは、質問に答えようか。おちびとにならなかった事に関してだったか?」
アレクは簡潔に説明する。その内容は少しだけバーツにはショックな内容だった。
本国ではうたいびと対策の一環として、わざと星屑の塔から発信される音波を聞くという事を強要されている、と言った内容だ。それはつまるところ、集団自殺未遂をやっていることと同じだ。下手をすればおちびとになり、もう人として生きる事は出来なくなる。それをわざわざ自分から聞いているという内容は、狂っているのではないのかとバーツは顔をしかめた。
「という事はお前もなのか?」
バーツはエイブに問いかけるとどや顔で親指を立てる。その表情はエイブ自身の心からの感情表現には間違いないのだが、アレクの話を聞いてしまったバーツはその笑顔ですら偽物のように見えてきた。
「と言っても僕がやったのはレベル弐までだけどね、それ以上は多分耐えきれなかったから」
「レベル弐? レベルなんてあったのか?」
「そうともさ、レベルは全部で五段階に分けられていて、音波レベルを増幅させる機械が本国にあるんだ。それを使って、本国にいる人間は鍛えられるのさ」
自慢げにエイブは本国の取り組みについて語っているが、バーツは常軌を逸していると率直に思う。ここにいる三人は本国の訳のわからない実験に付き合わされてこの場に居るのだろうと考えると、やはりこの組織は危険だと思い始めた。
「ああ、バーツ。あまり考えるな。俺達は特にこの組織の事について恩義なんて感じていないから、言いたいことがあるのなら言えば良い」
考え事をしていた筈のロウは姿勢を整えてバーツを見やっていた。その目の隈でさえ、もしかすれば本国の生になるのかもしれないというのに、この男は組織について保護するような気持を持ち合わせていない。
「俺はこの組織に入ったのは、うたいびとを殺せると思ったから入隊したんだ。お前みたいに拾われた身ではないんだよ」
だからと言って、非人道的な行為をしている本国でさえ、まるで人類を滅ぼそうとしている連中ではないのか?
「五段階をクリアできた人間は僕が知っている中だと、この二人と本国にもう一人、後は創始者であるあの人くらいじゃないかな?」
「四人もいるのかよ、スゲエな」
アレクは目の前の二人を見比べながら、残りの二人の事を考える。まだ共に戦っている所を見たことは無いが、二人からは殺気が漏れている。ロウは荒々しい殺気で、とにかく殺したいという、触れれば割れてしまいそうな飴細工みたいだ。対してアレクは静かな殺気だ。奥底にしまい込んでいるような殺気だが、案外曲者なのだとバーツは直感で感じる。
残りの二人は、きっとこの二人と同等なのか、それともそれ以上なのか。
「あらあら? なんだか空気が悪いですよ皆さん。どうぞ、珈琲を淹れたので一息でもついてください」
助け船のようにブライドは珈琲を卓の上に置いていく。あの苦々しい珈琲を味わなければいけないのかと考えたバーツは、顔に感情が出ていた。ギロリと睨み付けながらエイブはブライドにミルクと砂糖を注文して苦い珈琲を薄めて飲んでいた。
「俺にもくれよブライド?」
バーツはミルクと砂糖を貰おうとするがブライドはそれを拒否する。
「駄目ですよバーツさん。大量にお砂糖とミルクなんて摂取したら、体に毒ですよ!」
「でもお前のご主人は良いのかよ?」
「良いのですよ、ご主人様は私のいう事を聞いてくれないので」
ああ、なるほど。とバーツは思った。横目でロウを見ると眉間に皺を寄せながら飲んでいる所を見ると、こいつもこの苦さには慣れていないのだなと、軽く失笑する。大してアレクは表情には現れておらず、寧ろ美味いというぐらいだ。苦いのが好きなのかなと考えながら四人は珈琲を飲みほして話し合を再開する。
「本国に行きたいのか?」
唐突な切り出しにバーツは一瞬だけ考えたが、頭を振って否定する。死ぬ事に付いては特に考えるようなことは無く、死んでしまった時はそこが自分の運命なのだと割り切れるくらいだ。だが、やはり本国に行ってうたいびとによる攻撃を影響されにくい所まで鍛え上げようと考えると一概に行きたいですとは言えない。
ふとバーツは考えた。否定的に考慮するあたり自分もマイクが言っていたように死ぬ事に付いて恐怖しているのだと思った。
「俺は俺で何かをやりたいからね。本国とやらに行く時間はないのさ」
「なんだ? 初めて聞いたぞそれは」
「そりゃあそうだろう? 今初めて公言しているんだからさ」
「ふむ、今の状況で何かをやりたい事とかあるのか?」
「それを踏まえて探しているんだよ。だからシカゴで放浪していたんだけどな」
つまるところ、まだ見つかっていないという事だ。
「そういえば、バーツよ」
「あん? なんだよロウ?」
「お前、トラックの時に言っていたよな? 気が付いたらシカゴにいたってさ?」
「ああ、言っていたな。そうそう、二人共聞いてくれよ。こいつ急に変な態度を取ったんだよ。俺を殺しかねない勢いでよ」
「そうだな、そういう発言をすれば警戒される」
「なんでだよ?」
「俺達は特別な訓練を受けていると言ったな? つまりおちびとになった奴らも多く見てきたのと同じだ。初期症状では君が言うように、記憶の欠落が確認されたんだ」
記憶の欠落、なるほど確かに気が付いたらその場所に居たなんていう発言は、ロウが本国の人だとは知らなかったものの、それは警戒されるような部類に入るだろう。これからは発言に気を付けようとバーツは心に誓った。
「分かったか? バーツ」
「ん、分かったよ。これからは発言に気を付けるさ」
ポケットから煙草とライターを取り出し、慣れた手つきで火を付けようとするとエイブが物申すように声を荒げた。
「ちょっと、煙草吸うなら外に行ってくれよ。僕は吸えないんだ」
「あ、そうなのか。それは悪かった」
そう言ってバーツは外に向かうため席を立ちあがる。続いてロウとアレクも立ち上がりぞろぞろという形で三人はトラックの外に出ると、全員一緒の動作を行い、傍から見れば鏡を見ているかのようだった。
「なんだ、お前も吸うのかよアレク」
ロウが物珍しそうな顔でアレクに話しかける。今まで彼が吸うという行為をしたことが無かったのだろう。ロウは口元を吊り上げて意地が悪そうに笑い声を上げる。
吸い込んだ煙を深い溜息と一緒に吐き出す。白い煙が宙を漂い霧散する。
「こんな時代では吸いたくもなるさ」
「はん、違いないな」
二人は笑う、お互いの目的は同じようで実際は同じではない。うたいびとを排除する側、人類を排除する側、似たような目的だが中身は掛け離れた内容だ。
空を見上げると、それは清々しい程の夜空であり、雲は無く満月が存在していた。明日は雨にならないなどとどうでも良い事を考えて三人は吸殻を握り潰した。




