20:譲れない戦い
Vatican VCSO headquarters
準々決勝が始まろとしているバチカン、異様な熱気に包まれ、参加する者達からピリピリとした空気が伝わって来る。
ココまで足を運んだ者達は普通のホーリナーからしたら化け物レベル、正に雲の上の存在、しかし出ている者からしたら、戦い方一つで誰が優勝してもおかしくない。
『さぁさぁ集まったぜぇ、ここにいる8人の規格外なホーリナー共が、こいつらはまさに各々が各々の誰にも譲れない何かを持っている、だが、本当の最強はたった一人だけだぁ!今のホーリナー達のトップに立つのはどこのどいつだ!?』
盛り上がる会場、早く始めろと言わんばかりの興奮具合だ、出場者は冷静なのに、会場が興奮を煽っているようにも思える。
コレだけの8人が集まれば普段見れない“何か”があるはず、8人全員が体験した事のない、壮絶な戦いになる事は必至。
『じゃあ注目の組み合わせを見てみようか!
準々決勝第1回戦!知識神“全能のダグザ”対、護法神“殺壁の帝釈天”!お互い神技を駆使する戦術タイプなだけに高度な戦いになるはずだ!
第2回戦!死神“死神のタナトス”対、音楽神“音速の緊那羅”!最強の剣士と言えよう緊那羅をタナトスはどう打ち破る!?唯一の神選10階未経験者の緊那羅だが、その力は神選10階のそれに勝るとも劣らない!
第3回戦!破壊神“道化のモリガン”対、太陽神“太陽のヘリオス”!全く違ったタイプの二人、肉を斬らして骨を断つモリガン、ごり押しのヘリオス!凄まじいぶつかり合いが見れそうだぜ!
第4回戦!戦闘神“天竜の阿修羅”対、風神“鎌鼬のククルカン”!女の戦いってのは昔から恐ろしいものと決まってる!その怪力はディアンギットの鉄ですら曲げちまうんだ、その純粋な攻撃力は確実のホーリナーNo.1だ!阿修羅はそのトリッキーな動き、そして戦いの度に成長するその吸収力、どれを取っても天才としか言えないぜ!』
やはりこの実況は周りに活気を持たせるだけは得意らしい、凄まじい声の波が8人を襲う、阿修羅に至ってはため息と共に耳を塞いでいる。
「どうも人前に出るのは慣れんな」
「帝釈天さんにも苦手なものがあるみてぇだな?」
「当たり前だ、人前と青髪の長髪だけはどうも苦手だ」
「あぁ!?」
タナトスは帝釈天の胸ぐらを掴み上げる、帝釈天はタナトスを見下すように見る、一触即発、今から得物を取り出して殺し合ってもおかしくない。
「ダグザ!俺と代われよ!これからコイツをぶっ殺してやる!」
「勝ち上がれば良いだけだ、貴様らの勝者は、次は俺らの勝者とだ、俺は帝釈天に負ける気はないがな」
「俺は最後まで負ける気はないがな」
まさに冷戦と言えよう睨み合い、周りはいつもの事と気にしていないが、観客は違うようだ、盛り上がっているが、ダグザ達3人の耳には全く入っていない。
そんな3人に会場の異様な盛り上がりは耳に入っていない、そう、ステージ上に元帥と元老の二人が出てきたのである。
毘沙門天はマイクを握る、毘沙門天を知っている神選10階経験者達は慌てて耳を塞ぐ、他のホーリナーはその行動が見えていない、否、マイクを持った毘沙門天しか見ていない。
そして毘沙門天は大きく息を吸い込んだ。
「チェストぉぉぉぉ!」
その瞬間マイクが悲鳴をあげ、耳を塞いでいなかった者達はめまいを起こす、そしてダグザ、タナトス、帝釈天の3人の睨む矛先は毘沙門天に変わった。
ヘリオスはため息を着いている阿修羅の肩を叩いた、阿修羅は‘一応’父親である毘沙門天の醜態に嫌になりながら、ヘリオスを見る。
「チェストってなんスか?」
「はぁ、そんな事?掛け声みたいなものよ」
「特に幕末の薩摩藩士辺りが敵を斬る時に使ってた言葉よ」
緊那羅が横目に口を挟んだ、阿修羅も一応はそれくらいの事は説明出来る、緊那羅が噛み砕いて言ったのも分かる、しかし相手はヘリオス。
「バクマツ?サツマ?ハンシ?」
「はぁ、武士の話よ、そこら辺が聞きたいなら後で緊那羅に聞きなさい」
「サムライッスか!?2本差しッスよね!?」
「はぁ、どうでも良いことは知ってるのね?」
「多少の語弊があるみたいだから今度寝ずに侍について教えてあげる」
緊那羅の顔が妖しい笑みに変わっている、緊那羅の家系もヘリオスが言う‘2本差し’だが、言われていた人間からすれば忌み嫌う呼ばれ方だからだ。
「何か馬鹿の変なのが入っちゃったけど気にしないでねぇ」
元帥が毘沙門天の事を馬鹿と、チェストの事を変なのとあしらって笑顔でマイクを奪った。
そして元帥が立つ、ホーリナーからしたら憧れの存在であり、雲の上の存在、しかし神選10階経験者達からしたらただの怠け者、体たらく、変態、と言いだしたらキリがない程のダメ人間。
「ここにいる8人は凄く強いからね、全盛期の僕達でも勝てるか分からないくらい強いよぉ」
8人全員は白い目で元帥を見る、明らかな嘘、それが分かっているからだ。
「面白い仮説だな」
「さすがは口から産まれた男だ」
「アイツより強けりゃ帝釈天さんなんかに負けちゃいねぇよ」
「元帥、元老に剣士がいなくて良かったわよ」
「僕達が束になっても勝てないんじゃないの?」
「あんなに強いのズルいッスよね」
「はぁ、あの元帥はよくもあれだけの嘘を言えたもんね」
「あり得ないあり得ない、強いって言葉の意味分かってるのかな?」
8人は口々に元帥の嘘に対するぼやきを吐露する、そう、準々決勝に進んだ8人ですらそう思う程の強さ、次元が違うレベルではない、細胞単位で違うのではないかと疑う程の差。
「こんなホーリナー対ホーリナーが本気でぶつかり合うのが見れるのなんて僕達ですら初めてだからねぇ、凄い楽しみにしてるよぉ?」
8人を見ながら笑う元帥、何故か元帥に言われると萎えてしまう。
「こんなぐうたら話してるよりもみんなは早く戦ってほしいよね?」
煽る元帥、知らぬが仏とはこの事だ、元帥の実体など見ないに越した事はない。
「その前に準々決勝から決勝までフィールドは同じ場所で戦ってもらうよ、そのフィールドを見てもらおうか?」
元帥が指をパチンと鳴らすとモニターに映し出されるフィールド、それを見て8人は早くも疲れが襲って来た。
フィールドは50メートル四方の立方体、コンクリートから出来ているそのフィールドの他は何もない、つまり弾き出されたらそれでゲームオーバー。
「ちなみにこれ、中に出るか外に出るかは分からないからねぇ」
全員からため息が漏れる、そう、強度すら疑わしい足場、モニターにはフィールド内部が映し出された、50メートル四方の立方体の内側、それは人工的に作り出された世界だから出来る事。
「このフィールドの用途は様々、今まで見れなかった戦いが見れるかもね」
会場が興奮に飲み込まれた時、8人は臨戦態勢に入る、そう、これから始まるデスマッチ、まさに戦う事しか出来ない場所で、相手を持てる力全てで蹴散らす、ホーリナー史上初の試み、それを彩るに相応しいメンツが集まった。




